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第177回 (平成28年10月号) SR山形会

「自己都合退職で辞めます」
「懲戒解雇にしたい!」

SRネット山形(会長:山内 健)

I協同組合への相談

S社は競争や入れ替わりの激しいデザイン業界にあっても、時流のブームを的確にデザインに表現すると評判で、代が変わってもその評判を落とすことはありませんでした。現在は4代目の社長で、自身もインテリアコーディネーターとして、自社の広告塔として毎日駆け回っています。S社には4代目社長の前から在籍していたOさんがいました。長く3代目社長の右腕としてS社を支えてきた人で、4代目社長も全幅の信頼をおき、かなりの裁量権を与えていました。

ある時期から、社員が辞めていくようになりました。もちろん厳しい業界のため、入れ替わりはありましたが、半年で5人が辞める事態となっていたため、社長も危機感をもち、リクルートに力を入れるようになりました。ところが、せっかく入社した社員も試用期間中に辞めたいと申し出ることが続き、さらにはOさんまでも独立したいと申し出てきました。再三の引き止めも固辞され、さすがにショックを隠し切れない社長でしたが、独立の資金にと通常よりも多めの退職金を支払いOさんを見送りました。

ところが、たまたま引き継ぎの関係で退職したTに会い、世間話のつもりでOさんが辞めたことを言うと、Tは「なんだ、それなら辞めなければ良かった」といい、S社を辞めた本当の理由を話してくれました。「実は、Oさんに毎日この会社に向いていないから辞めたほうがいいと言われ続け、精神的に参ってしまって」社長には寝耳に水でした。他の退職した社員にも連絡を取り確認したところ、全員Oさんから同じようなことを言われ続けたことが原因でした。社長としては社員を退職に追い込んだ件で懲戒解雇にしたいと怒り心頭です。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業S社の概要

創業
1968年

社員数
正規 30名 非正規 10名

業種
デザイン企画業

経営者像

事業を引き継いで4代目の社長。自身もインテリアコーディネーターとしても活躍中のため、会社に一日中いることは少ない。部下に任せるべきは任せるという方針。 


トラブル発生の背景

大切な人材を失った原因が信頼している社員の裏切り行為だったとショックを受けている社長は、Oさんを懲戒解雇とし、払った退職金も返還してもらいたいと考えています。しかし既にOさんは自己都合退職しており、手続きも完了しています。

ポイント

自己都合退職した社員を後から懲戒解雇処分へ変更することは出来るのでしょうか?また、退職金の返還請求をすることは可能なのでしょうか?社長はOさんの行為を会社に対する背任行為と捉えていますが、Oさん自身にはまだ事実確認はしていません。社長は今後どのように対応したら良いのでしょうか?S社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

本問では、①自己都合退職してしまった社員を遡って懲戒解雇することができるか、②懲戒解雇事由の存在が自己都合退職後に発覚した場合に、退職金を不支給としたり、支給済みの退職金を返還させることができるかが問題となります。なお、③Oさんの所為が懲戒解雇事由に該当するのかも問題となり得ますが、ここでは該当するという前提で話を進めます。

まず①ですが、いったん自己都合退職してしまった社員を遡って懲戒解雇することはできません。解雇は使用者による労働契約の解約であり、解雇時点において労働契約が存続していることが論理的に前提となるからです。

次に②ですが、退職金規程の文言により、場合を分けて考察します。

退職金規程に「懲戒解雇に相当する事由があった場合は、退職金を支給せず、既に支給した退職金は返還させる」という趣旨の定めがある場合には、この定めを根拠として退職金の不支給ないし返還請求が認められます(返還請求が認められた例として大阪地判昭63.11.2、阪神高速道路公団事件)。

では、「懲戒解雇事由があった場合には退職金を支給しない」旨のみが定められ、「既に支給した退職金は返還させる」旨の定めがない場合はどうでしょうか。このような場合でも、永年勤続の功を抹消してしまうほどの重大な背信行為が判明した場合には、退職金請求権という権利自体が発生しないものと解して、不当利得返還請求という形で支給済みの退職金の返還を請求できるという一般論を述べた判例があります(大阪地判平15.5.9、山本泰事件。但し、この事案では永年勤続の功を完全に抹消するほどの程度には達していないとして請求棄却)。退職金は、基本的には賃金の後払い的性格を持つものとされていますが、付随的には功労報償的な性格も持つと解されていることから、このような解釈が導かれます。

それでは、「懲戒解雇の場合には退職金を支給しない」とだけ定められていた場合はどうでしょうか。字義通りに解釈すれば、実際に懲戒解雇がなされた場合でなければ退職金を不支給にはできない(支給済みの退職金の返還請求もできない)ことになりそうであり、上述のとおり、自己都合退職してしまった者を遡って懲戒解雇することはできませんから、結局、退職金の不支給も返還請求もできないという帰結になりそうです。同旨の裁判例もあります(東京地判平14.9.3、エスエイビー・ジャパン事件等)。他方、自己都合退職後、まだ退職金が支給されていない時点で懲戒解雇事由の存在が判明した事例において、退職金請求権の行使は権利濫用として許されないとした裁判例もあります(東京地判平12.12.18、アイビ・プロテック事件)。退職後に判明した当該社員の懲戒解雇事由該当行為が永年の勤続の功を完全に抹消してしまうほどの重大な背信行為であった場合には、そのような社員に退職金請求を認めるのはいかにも正義に反しますので、権利濫用法理(民法1条3項)を用いて常識的な結論を導いたと言えます。このような裁判例の流れからしますと、S社からの支給済み退職金の返還請求も、Oさんの行為の背信性、重大性如何によっては認められる可能性があると思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:西村 吉則)

S社社長の右腕として支えてきた労働者Oさんの退職後に発覚したパワハラに、懲戒解雇処分を科すことを放言したことから今回のトラブルが発生しました。まず、労働契約の終了を意味する「解雇」と「退職」の相違を見ていきます。使用者と労働者の間に交わされた労働契約の有効期限まで継続することなく途中で解約するという点において、「解雇」と「退職」は同じものと言えますが、「解雇」とは、使用者が一方的に労働契約を消滅させる意思表示(解約告知)のことをいいます。一般的に「首になる」「首を切る」などと表現されます。他方、退職とは、解雇以外の労働契約の終了事由の総称になります。解雇の意思表示は、その事由と内容から普通解雇と懲戒解雇に大別できます。

 

①普通解雇

解雇は、労働契約を継続することが困難な事由に基づくものです。労働者側にその事由があるものと、会社側の都合で行うものとがあります。狭義の意味での普通解雇は、労働者の労務提供の不能、困難、労働能力の欠如、労働義務の不履行ないし不完全履行など、一般的には労働者側の労働契約上の債務の本旨に基づかない労務給付の不履行、又は不完全な履行の継続に基づく解雇のことです。

 

②懲戒解雇

労働者が、服務規律違反や企業秩序に反する行為、就業規則に抵触する職務上の義務違反、企業外の行為で会社に重大な名誉・信用毀損を与えた場合、その制裁としての解雇が懲戒解雇です。企業秩序の維持を目的とする懲戒処分であって、雇用契約を解約して企業外に排除するという最も重い処分になります。

 

1 懲戒解雇の規定例

S社において、労働者Oさんの自己都合退職が有効に成立した後、パワハラが発覚しても、それにより懲戒処分を科すことはできません。(民法の規定により、錯誤や脅迫などによる退職は、雇用契約が存続していると認められ、懲戒解雇が可能となる場合もあります。)懲戒処分は「刑罰」にあたるもので、罪刑法定主義が類推適用されます。労働者に重大な不利益をもたらす措置であるため、権利濫用とされた場合には、懲戒処分は無効となります。従って、就業規則において、懲戒事由・懲戒の種類・懲戒の手続き等の定めをし、懲戒解雇事由は限定列挙にて規定します。

 

就業規則に委任規定を設け、詳細を別規程に定める例(一部抜粋)

◇就業規則

(パワーハラスメントの禁止)

第○条 パワーハラスメントについては、第○○条(服務規律)及び第○○条(懲戒)のほか、詳細は「パワーハラスメントの防止に関する規程」による。

 

◇パワーハラスメントの防止に関する規程

(禁止行為)

第○条  パワハラ行為の具体例を以下の通り例示的に列挙する。社員は、このようなパワハラ行為をしてはならない。

①傷つけるような暴言や、叩いたり、蹴るような暴力をすること

②法令違反の行為を強要すること

③仕事上のミスについて、しつこく責め続けること

④大勢の社員が見ている前で、責め続けること

⑤大声で怒鳴ったり、机を激しく叩くこと

⑥仕事を与えなかったり、無視すること

⑦業務上必要のないことを強制すること

⑧本人が嫌がる噂を広めること

⑨嫌がらせ行為をすること

⑩退職強要すること

⑪プライベートな用事を強引に押し付けること

⑫その他上記に準ずる行為

 

(懲 戒)

第○条  パワハラの行為者に対し、懲戒規定に基づき懲戒処分を行う。

2 前項のパワハラ行為が悪質な場合は、懲戒解雇を行うものとする。

3 職場の管理職が故意又は過失により、部下のパワハラ行為を放置していた場合は、懲戒規定に基づき懲戒処分を行う。

4 パワハラの行為について社内相談窓口又はパワハラ対策委員会に虚偽の申し立てを行った場合は、懲戒規定に基づき懲戒処分を行う。

 

2 パワハラ申告時の対応

パワハラ問題が生じた場合、被害者はもとより、周囲のメンバー、行為者自身、そして会社組織にも悪影響が及ぶことになり、時間の経過とともに対立の深刻化が懸念されます。このため、パワハラ申告があった場合には迅速かつ適切に対応することが求められます。

①相談者が、不利益な取り扱いを受けないことを明確にする。

相談者や相談内容の事実確認に協力した人が不利益な取り扱いを受けることがないようにする。

②守秘義務を負うことやプライバシーを保護することを明確にする。

相談者が相談していることが、周囲の人に知られないような相談受付の仕組みづくりをし、相談窓口が守秘義務を負うことを明確にします。

③中立・公正な立場で、事実関係を確認する。

相談窓口は、相談者の心情に配慮しながら、相談者の主張と事実関係を整理し、解決に向けて事実確認を行うようにします。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

退職金(退職所得)に関しては、その支払い時に、所得税については源泉徴収、住民税については特別徴収によって課税関係が終了しますので、原則的には、受給者が確定申告をする必要のない所得です。

ところで、本件のようなケースで、退職金の返還請求がなされた場合の税務について考えてみましょう。支払い法人側の処理が問題となるわけですが、通常、退職金の支払い時には前述したように、所得税の源泉徴収と住民税の特別徴収を行う必要があります。本件のケースでも、一旦は退職金の支払いを済ませているわけですから、当然所得税や住民税の徴収も済んでいるということになります。言い換えれば、徴収した所得税や住民税は、国や市町村に支払い済みである、ということになります。

その後、受給者に対してその退職金の返還を求めた場合において、その全部または一部の返還が認められ、かつ、実際に返還された場合には、それに対応した部分の税額については、過誤納金として還付を受けることが可能となります。基本的には、通常の給与等の源泉徴収税額の納付の際に、還付されるべき金額を相殺することで清算されることになります(所得税基本通達181~223共-6)。

さて、次に一般の給与所得者などが退職した場合の住民税の取扱いについて触れてみたいと思います。給与所得者については、通常支払われる給与等からも所得税や住民税が徴収されています。所得税については、支払われる給与等の総額、控除される社会保険料等の金額、扶養者の人数等を基に、その税額が計算されますが、最終的には、その年の年末に、1年間に支払いを受けた給与等の総額を基に課税標準(課税の対象となる金額)を計算することで、その年の所得税の精算が行われ、年税額が確定します。いわゆる「年末調整」です。

これに対して個人に対する住民税は、既に確定した前年の所得を課税標準として、その翌年に課税する「前年所得課税」が基本です。ですから前述した「退職所得」の特別徴収はその例外ということになります。これを「現年分離課税」といい、一般の個人住民税と区別しています。

給与所得者の住民税の特別徴収は、「前年所得課税」によって確定した今年の分の年税額を12回に分割して、その年の6月から翌年5月に支払われる給与等から特別徴収されることになります。この特別徴収される年税額は、もちろん確定済みの税額ですから、年の途中で会社を退職しても支払わなければなりません。しかし、会社を退職した人の場合は、当然ですが前職場からは給与の支払いがなくなるわけですから、給与から天引きしてもらうことは出来ません。

12回に分割して徴収されている住民税の残額についての精算方法は退職の時期によって違ってきます。まず、6月~12月中に退職した場合には、未徴収分を、退職時に一括で支払う(最後の給与から一括徴収してもらう)、あるいは分割払い(普通徴収と言い、退職者本人が残額を直接個人で支払う方法)にすることも可能です。退職前に会社に申し出ることで対応してもらうことになります。

次に1月~5月中に退職した場合ですが、この場合の残額については退職時に一括(特別徴収)で給与等から天引きされることになります。個人で金融機関の窓口に支払いに行く必要はありませんが、当然給料から差し引かれるわけですので、給与の手取り額は、通常の給料より少なくなってしまうと思われます。この場合には普通徴収との選択ができませんので注意が必要です。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 西村 吉則、税理士 木口 隆



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