第99回 (平成22年4月号)
「休日出勤しましたよ!」
誰の指示?手当を支払う必要は…?!
「休日出勤しましたよ!」
誰の指示?手当を支払う必要は…?!
SRネット高知(会長:木村 統一)
相談内容
「ちょっと働かせ過ぎたなぁ…」S社のY社長がため息をついています。その理由は、管轄の労働基準監督署から厳しい指導を受けたからでした。残業手当や休日勤務手当はきちんと支払っていたのですが、社員6人が毎月3?4日の休日しかとっておらず、残業時間も毎月60時間以上という有様だったからでした。「この事態は社員を数人雇って打開するしかないな…」心を決めたY社長は、すぐさま求人活動を行い、1ヵ月後には3名の社員がS社に入社しました。
ある日のミーティングでY社長が全社員を集めて説明しました。「これまで随分無理をさせたが、これからは勤務シフトをきちんと組んで、休日出勤ゼロ、残業も毎月45時間以内になるようにするよ、君達も知っているように役所からも厳しく言われていることなので協力を頼む!」社員の中には不満をもらす者もいましたが、その場は大きな混乱はありませんでした。その週のこと、社員のうち4名が所定休日に勤務していることがわかりました。Y社長が驚いて事情を聞くと「社長は簡単に考えているかもしれませんが、あの現場は新入社員じゃ無理ですよ、心配になったので付き添いましたよ」という者「休んでもやることないですから、溜まった書類を片付けにきました」という者「これまで通り働かなきゃ、生活できませんよ」という者、Y社長はあきれてしまいました。「俺が指示していないのに勝手に出勤されては困る、そのために社員を増員したのだから、休みはきちんと休んでくれ」社員達の気持ちも分かるので、穏やかに説得したY社長でした。しかし、その後の休日出勤は減ったものの、残業が一向に減りません。さすがのY社長も切れてしまい「自分勝手に働くな、俺の許可がない限り規定以上の残業代は支払わない、休日出勤も事前に許可を得たもの以外は支払わないからな!」と言い捨てました。
相談事業所 E社の概要
-
- 創業
- 平成6年
- 社員数
- 6名 パートタイマー2名
- 業種
- 機械式駐車場の保守管理
- 経営者像
コインパーキングの保守管理を行うS社のY社長は45歳、同業の中堅企業を退職し独立しました。社員は20?30代の若手ばかりです。運動部系のノリで、西へ東へ大忙しのS社の社員は、兄貴のようにY社長を慕っていました。
トラブル発生の背景
社員達を自由に働かせていた“つけ”が回ってきたS社です。いきなりの時間管理を強行して失敗した事例といえるでしょう。
指示・命令のない労働について、果たして対価を支払う必要があるのでしょうか、黙認・暗黙の指示、といった実態問題と、時間外・休日勤務の許可制、多くの企業がジレンマを感じているところではないでしょうか。
経営者の反応
「自分の担当先に責任を持て!といったのは社長ですよ、クレームがきて、すぐ来てくれ、と言われても、社長の許可がありません、と言ってよいのですか」「新入社員が辞めても、規定時間を超えているから、休日だからと言って助けませんよ」「先月の休日勤務手当が支払われないのは、許可を得ていないからですか?」全社員から突き上げをくらったY社長は、「少し考える時間をくれ…」というのがやっとでした。 行政指導と社員のモチベーション、社員の収入と経営上の問題、業務の特殊性…すべてがうまくいくようなことは、到底思いつきません。 確かに、コインパーキングの保守管理の仕事は突発的なことが多く、その都度社長の許可を得て動くことなど不可能に近いものがありました。また、遠くの現場に行けば、それだけ帰社するのも遅くなるし、修理に立ち会っていると数時間拘束されます。「この仕事は、法律通りに社員を使ってできるものじゃないな…」と愚痴をいいつつも、この窮地を乗り切るためには、相談先を探す以外にないと、Y社長は決心しました。
弁護士からのアドバイス(執筆:吉田 肇)
本件のコインパーキングの保守管理業は、突発的な事態に対応する必要があるため、経営者としても社員の時間管理に頭を悩ませるところです。その解決策として、Y社長は残業許可制をとることにしたわけですが、まず典型的な残業許可制と、運用上の注意点、法的問題点を検討しましょう。
まず、休日労働、時間外労働を行う場合には、原則として上司の事前の許可を得ることとします。許可申請の用紙に残業の理由、予定時間を記載して提出させます。書面を提出させることが事実上難しい職場の場合は、少なくとも口頭で上司の許可を得ることとし、上司不在や緊急対応の必要性などやむを得ない事情で事前の許可を得ることが難しい場合は、事後速やかに報告をさせます。
また、事前の許可を得ないで休日出勤、残業をすること及び事前の許可を得るのが難しい場合でも、必要性がない残業をすることは禁止することを書面で社員に通知し、現実にそれをできる限り徹底します。
これだけでも、無用な残業は相当減らすことができますが、それでも許可を得ることなく残業した社員に対して割増賃金を支払う必要があるのかどうか、が本件の問題です。
この点、裁判所は、現実に仕事に従事したことを社員が証明すれば、「残業をするな」と社長が社員に一般的な指示をしていただけでは、多くの場合、上司は社員の所定時間外労働を知りながら放置していたと判断して時間外労働を黙示的に指示(命令)していたと判断しています。
例えば、ビーエムコンサルタント事件(大阪地裁平成17年10月6日判決)では、社員の作成していた勤務時間整理簿は、正確に作成する必要のあるものなので、たとえ具体的な時間外勤務命令がなかったとしても、整理簿が上司に提出され、上司もそれを確認し、時間外勤務を知りながらこれを止めなかったのであるから、黙示の時間外勤務命令が存在するとされました。
また、大林ファシリティーズ(オークビルサービス)事件(最高裁二小平成19年10月19日判決)では、マンションの住み込み管理人について、管理会社の作成したマニュアルにより、平日の午前7時から午後10時までの時間は、住民等からの要望に随時対応できるようにするため、事実上待機せざるを得ない状態に置かれており、会社は、管理日報等の提出を受ける等して、所定労働時間外に住民等からの要望に対応していた事実を認識していたのであるから、黙示の指示があったとしています。一方で、日曜祝日については、このような対応は義務付けられておらず、労働からの解放が保障されているので、会社が明示又は黙示に指示したと認められる業務に現実に従事した時間に限り、時間外、休日労働を認めました。
このように、ただ残業を禁止していただけでは、時間外労働に対する割増賃金の支払い義務を免れることはできず、会社が時間外労働を知りながらそれを放置していた場合には黙示の残業命令(指示)があったものとしているのです。
しかし、時間外労働をしていることを知りながら放置していたとはいえない事案については、黙示の命令もなかったものとして割増賃金の支払い請求を認めなかった判例があります。
神代学園ミューズ音楽院事件(東京高判平成17年3月30日判決)では、従業員に対して、朝礼等の機会や上司等を通じて繰り返し、36協定が締結されるまでの間残業を禁止する旨の業務命令を発し、残業がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、この命令を徹底していたとして、使用者の指揮命令下にある労働時間(残業時間)とはいえないとしました。
また、リゾートトラスト事件(大阪地判平成17年3月25日判決)は、会社は、上司が早く帰るよう何度も注意していたことから、当該労働者が担当業務の処理に必要なもの以外の残業を命じられていたとは認められず、また労働者が担当業務をこなすために休日出勤が必要であったとも認められず、会社が休日出勤を黙示的にも命じていたとは認められないとして割増賃金の請求を否定しました。
以上のように、残業の禁止を繰り返し徹底するとともに、残業を防ぐための方策をとっていた場合(残業が発生する場合は管理職に引き継ぐ、業務量を残業が不要な量にする等)には、黙示的な残業命令も認められないと考えられるでしょう。
本件のように、顧客の急な要請にこたえなければならない場合などは、社員が対処することを明示的に禁止するとともに、仮にそのような事態が発生した場合には、管理監督者がその対処に当たる体制をつくる等の対策を講じないと時間外労働を黙認したとみられる可能性が高いといえます。
なお、許可なく残業した者には残業代を支払わないと宣言し、あるいは書面で通知したとしても、黙示の命令があったとされれば、そのような宣言や通知は、労基法37条(時間外労働の割増賃金)に違反し、無効です。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:近藤洋一)
労働基準監督署の指導の後、残業や休日勤務の時間外労働の原因が、労務ショートであることが判明しました。これらを補うために3名の社員を採用したところまではよかったのですが、社長の思いである勤務シフトの確立、休日出勤をしない、残業毎月45時間以内という目的が、社員に通じていなかったことが今般の事案の根源にあります。
労働基準法は、労働時間の上限を定めています、使用者は、労働者に、休憩時間を除いて1週間のうち40時間を超えて労働させることはできません。また、同様に1日につき8時間を超えて労働させることはできません。(労働基準法第32条)これを超えていわゆる時間外労働をさせる場合、予め次の手続きを踏んでおく必要があります。
?労基法36条に定める労使協定(三六協定)を締結すること
??の労使協定は書面でなされること
??の書面を労働基準監督署に届出をすること
?内容については、時間外労働の必要性についての具体的事由、業務の種類、労働者の数並びに1日及び1日を超える一定の労働期間についての延長することができる時間などが求められます。
ただし、この手続きを取れば、どのような残業も命令できるというものではありません。あくまでも「時間外」ですから、原則として、労働者が残業命令に同意した場合にその義務が生じます。もっともその事業場の残業について就業規則の定めがあり、その内容に合理性がある場合には、個別に労働者の同意を得る必要はないという論理構成になっています。
このように、時間外労働といわれるものは、就業規則や労働契約を根拠に、労働契約で定めた労働時間以外に働かせることですので、労働者は上司や会社から指示されて初めて、時間外に働く義務があるということになります。
本件のように「新入社員が心配になったので付き添いました」はまだしも、「休んでもやることがないですから」とか「これまで通り働かなきゃ(残業代がもらえないから)生活できませんよ」では、会社はたまったもんじゃありません。このような社員は日常の仕事をだらだらと処理し、わざわざ残業を作るような行動に出ています。こういう「だらだら残業」を防ぐ第一歩は、上司が部下に対して時間外に働くことを指示しないことです。なお、はっきり言葉で言わないと、黙示的に指示したと認められることもありますので注意してください。
判例では、この黙示的な指示に該当する条件を、?部下が残業している事実がある。?上司が部下の残業を黙認している。?残業しなければならない仕事量と納期がある。などとしています。上司がタイムカードなどで部下の時間外労働を知りながら、残業を止めなければ黙認にあたります。それでは、黙認したと言われないために、上司はどう対応したらよいのでしょうか?判例は、「残業はするな」という指示を出していた場合に、当該残業時間を使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできないと指摘しました。残業が不要だと思えば、上司はすみやかに、具体的に注意する必要があるのです。上司には、部下の残業を止める義務があるのです。労働基準法第32条の解釈には、上司が「だらだら残業」を止めることも含まれています。
問題解決の具体的な方法
?社員の残業を減らす方法としては、一次的に残業を抑制するか、事前承認制を徹底するという方策が考えられます。また、コインパーキングの保守管理の仕事は突発的なことも多いようですので、事後にでも承認を受ける制度(たとえば、業務日報の一部で報告できるように工夫するなど)も必要です。残業の抑制には「週1回のノー残業デー」を創設することなどが考えられます。
?仕事の考え方や負荷の度合、納期の設定の仕方に細心の注意を払う必要があります。
これまで、社長と社員との関係は、体育会系のノリでいわゆるツーカーの仲といった感じだったのでしょうが、ミーティングや上司、同僚との現場の打合せをより綿密にし、互いに「情報の共有化」に努めるようにします。時には、お互いに「自分の職業観」について話し合いをしてみてはいかがでしょう。
?わざと「だらだら仕事」をしている社員には、指導と考課で対応するしかありません。注意しても社員が対応を改めない場合は、考課を下げることも選択肢の一つになります。
?継続的な社員研修の重要性
中小企業のほとんどが、OJT(オンザジョブトレーニング、職場内訓練)による教育訓練方法を採用しています。職場で実際に業務を進めながら、上司が必要な知識・技能を、計画的・体系的に部下に教え、身につけさせるものです。習得が早く効果も大きい反面、上司の個人差により結果に違いが生じるという限界もあります。しかしながら、継続的な社員研修は、数少ない社員の「教育」「啓蒙」の機会です。無駄と思わずに、テーマを選別し、継続することが、良き「社風」と「社員」をつくりあげていくことになります。
法律を遵守しながら、企業の収益をあげていくことは容易なことではありません。労働法、特に強行法規といわれる労働基準法等は、労働者保護法制下で、労働条件の最低基準を定めた法律です。最低基準さえも遵守しない使用者(社長)に対しては、刑罰の威嚇力をもって遵守させようとしています。そして、会社、使用者は、会社の収益アップの戦力である社員とその家族の生活を守る義務があります。社員は社員で自らの生活の安定、家族との生活の充実を求めて、活動する時間のほとんどを会社に委ねていますから、会社と社員には、「安心と信頼」の関係がなければ成り立ちません。
望ましい企業と社員のあり方は、各々の社員の多様性を理解した上で、企業としての利益をあげ、良き「社風」をつくり、会社と社員が「共栄」していくことであるのです。
税理士からのアドバイス(執筆:飛多 朋子)
S社の業務は、突発的な保守や修理対応が生じるため、会社や社員の時間外労働への認識が甘いと、残業や休日出勤が必然的に多くなり今回のような労働基準監督署の指導となってしまいました。
労働基準法での労働時間については、社会保険労務士の項に詳細な説明がありますのでここでは省略いたしますが、S社の業務について、社員で対応する方法にかえて、業務委託を行ったと考えてみましょう。
業務委託で対応する場合には、会社と業務を受託する者のあいだに請負契約もしくはこれに準ずる契約でおこなうこととなります。
民法上、「雇用」とは、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約するもの、「請負」とは、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約するものとされています。
報酬を受け取る個人側の税務の取り扱い上、「雇用」の場合は、給与所得に該当し、「請負」の場合は、事業所得に該当します。
業務の遂行または、役務の提供には種々の形態がありますので、原則はその契約によって判定しますが、判定できない場合には、例えば、次の事項を総合勘案して判定することになります。
?他人が代替して業務を遂行すること又は役務を遂行することが認められるかどうか
?報酬の支払者から作業時間を指定される、報酬が時間を単位として計算されるかなど時間的な拘束(業務の性質上当然に存在する拘束を除く)を受けるかどうか。
?作業の具体的な内容や方法について報酬の支払者から指揮監督(業務の性質上当然に存在する指揮監督を除く)を受けるかどうか
?まだ引渡しを了しない完成品が不可抗力のため滅失するなどした場合において、自らの権利として既に遂行した業務又は提供して役務に係る報酬の支払を請求できるかどうか。
?材料又は用具等(くぎ材等の軽微な材料や伝道の手持ち工具程度の用具等を除く。)を報酬の支払者から供与されているかどうか。
したがって、その個人の業務の遂行または、役務の提供について、例えば他人の代替が許容されること、報酬の支払者から時間的な拘束や指揮監督(業務の性質上当然に存在するものを除きます。)を受けないこと、引渡未了物件が不可抗力のために滅失した場合等に、既に遂行した業務または、提供した役務に係る報酬について請求することができないこと、および役務の提供に係る材料または、用具等を報酬の支払者から供与されていないこと等の事情がある場合には、事業所得と判定することとなります。
以上、国税庁 「情報:大工、左官、とび職等の受ける報酬に係る所得税の取扱いに関する留意点」より抜粋
民法の定義は、(第623条)
雇用は当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方が之に対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。(第624条)請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。とされています。
S社の場合も、業務委託で対応する場合には、上記の「請負」の条件に当てはまる契約内容となるか、その場合の対価と社員の雇用の場合の給与との比較を検討することとなります。
S社については、会社と社員が、それぞれ状況を理解し、その解決策の策定および実施が急務でしょう。
具体的には、?現状のままでは、労働時間の上限を越えており労働基準法に沿っていないこと、労働時間が労働基準法で定められていることの意味を社員に理解してもらうこと、?コインパーキングの保守管理という、突発的な対応が必要で、時間外や休日出勤が発生しやすい業態であるが、上司へ承認と報告、社員同士の情報の共有化など、時間外勤務を減らすための検討と対応策の策定、?対応策についてS社全体での理解と実行、になるでしょう。
S社は、もともと社長と社員の連帯が強い会社であるようです。今回の改善を通じて、社員が業務に対する理解を深め、会社と社員がともに意欲をもてば、業績を高めていけるきっかけとなることでしょう。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。
SRネット高知 会長 木村 統一 / 本文執筆者 弁護士 吉田 肇、社会保険労務士 近藤洋一、税理士 飛多 朋子