第97回 (平成22年2月号)
「新婚旅行に有給休暇15日だと…!もう会社来なくていいよ」!!
「新婚旅行に有給休暇15日だと…!もう会社来なくていいよ」!!
SRネット高知(会長:結城 茂久)
相談内容
入社3年目のK社員がE社の営業部長と話しています。「いくら新婚旅行だからといって、3週間も休まれたら困るなぁ…」「しかし、部長、結婚式が仕事の忙しい時期でしたので、あえて来月に旅行を計画したのです。なかなか行けない場所なので、私も妻も楽しみにしているのですよ、何とかお願いします、仕事の段取りやお客様への連絡は、責任もってやりますから…」と何度も頭を下げるK社員をみて、「仕方ないな、せいぜい楽しんで来い」と笑顔で答えた営業部長でした。K社員から感謝されてご機嫌な営業部長でしたが、K社員の有給休暇申請書がN社長に届いた途端、N社長から総務部長と共に社長室に呼びつけられました。「お前らは何をやっているのだ!書類に目も通さず、承認印を押しているのか?いくら新婚旅行だからといって、15日はないだろう…非常識だろ、他の社員がまねしたらどうなる、やっていけなくなるよ」と怒りながらもあきれ顔のN社長でした。「しかし、社長、Kも悪いことは分かっていますよ、いつも頑張っていますからから…」という総務部長を遮って「じゃあ、頑張っていないやつには有給休暇を与えなくてよいのか?」というN社長に、総務部長も営業部長も黙ってしまいました。「君たちは、わが社の後継者だから、しっかりしてもらわないと困る!法律は分かるが、わが社の業態で、全員が有給休暇持分をすべて消化されでもしたら、大変なことだよ、少しは考えないとな、Kが辞めるならそれは仕方ないこと、社風に合った人材ではない、ということだ…」N社長は一人で納得し、取引先へ出かけました。後に残った総務部長と営業部長は、しばらく話しこむと、意を決しK社員を呼びました。案の定、K社員は興奮し始め、「そんなことを言うようじゃ、誰も頼りになりませんね、これまでは黙っていたけど、法律を全然守っていないことを訴えますよ!」と説得どころの話ではなくなってしまいました。
相談事業所 E社の概要
-
- 創業
- 昭和58年
- 社員数
- 11名 契約社員6名 パートタイマー8名
- 業種
- 電化製品の販売
- 経営者像
大型量販店の影響を受けながらも、地域密着型サービスで業績を維持しているE社のN社長は67歳。残念ながら息子は後を継ぎませんが、番頭格の社員が2名いるため、後は彼らに任せようと思っています。
トラブル発生の背景
「有給休暇を取得しにくい環境づくり」を目指す中小企業は、まだまだ多いことでしょう。しかし、N社の事件は対岸の火事ではありません。
有給休暇の問題については、“目先の賃金負担”“最小限度の人員体制”“社員の定着”といろいろな要素を含んでいます。体力のない企業が、有給休暇の積極的な取得促進に取り組めるのは、いつのことでしょうか。
経営者の反応
「K社員が“退職して会社を訴える”といっています」泣きそうな顔で、総務部長と営業部長が社長の自宅に相談に来ました。その様子を近くで聞いていたN社長の長男は「いつまでも、そんな考えだから社員が定着しないんだよ、あきれたね、K君みたいな子はいないよ、みんなで気持ちよく休ませてやったらいいじゃないか、盲腸にでもなったと思えば、会社の体制なんていくらでもできるものさ…」と言い捨てると、あっけにとられる3人を尻目に外出しました。「確かに、ご子息の言うことが正解かもしれませんね…休まず働くことだけが良いことじゃないんですよ」と総務部長がつぶやきました。営業部長も「結果的に休ませるのなら、最初から気持ちよく休ませた方がよかったですね」と後悔しきりです。二人の話を聞いていたN社長は「感情論ではない、一度にそんな日数の休暇を請求してくることが非常識だといっているのだ、Kに許可したら皆に許可しなければならなくなる…それが困ると言っている、とはいっても、訴えられたら残業代をきちんと払っていないしなぁ…弱ったなぁ…」結局は、N社長も弱気になり、仕方なく3人で相談先を探すことにしました。
弁護士からのアドバイス(執筆:参田 敦)
年次有給休暇(年休)は、労働者が心身ともにリフレッシュし、あらたな気持ちで仕事に向かっていけるようにするためにある労働者の権利です。よって、会社がこれを拒否することはできませんし、会社は労働者が安心して年休をとれるような環境を作らなければなりません。労働基準法附則第136条は、「使用者は、有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取り扱いをしないようにしなければならない。」と定めています。
労働者が「いつからいつまで年休をとる。」と使用者に申し出ると、原則として、労働者が指定した日がそのまま年休の日になります(時季指定権)。これに対して使用者は「休暇の時期を変えてくれ」と要求することができるだけです(時季変更権)。しかもその要求ができるのは、「事業の正常な運営が妨げられる場合」だけです(労基法第39条第4項)。この場合に該当するためには、その労働者の年休取得日の勤務内容がその者の担当業務を含む相当な単位の業務(課の業務・係の業務など)の運営にとって不可欠であり、かつ代替要員を確保するのが困難であることが必要となります。
この事業の正常な運営を妨げる場合に該当するか否かは、個別の判断によりますが、判断が微妙な場合が多いといえます。最高裁は、電電公社此花電報電話局事件で、電報取扱いの各業務について、欠員の場合に代行者を配置しなければ正常な業務運営が妨げられるような業務定員が定められている場合には、この定員を欠きかつ年休請求時期の遅れで代行者配置が困難であれば事業の正常な運営を妨げる場合にあたる、としました(最判昭57・3・18民集36巻3号366頁)。
また、上記のように業務運営に不可欠な労働者からの年休の請求であっても、使用者が代替要員確保の努力をしないまま、直ちに時季変更権を行使することは許されません(最判昭和62・7・10民集41巻5号1229頁、弘前電報電話局事件、最判昭和62・9・22労判503号6頁、横手統制電話中継所事件)。この代替要員に対する要請の仕方は、現実の運用に即して個別に判断することになりますが、通常は同意の打診で足ります(東京高判平成12・8・31労判795号28頁、JR東日本事件)。しかし、恒常的に人員が不足しており、代替要員を確保することが常に困難だという状況では、それが現実の運用だとしても時季変更権は正当化されません(名古屋高金沢支判平成10・3・6労判738号32頁、西日本ジェイアールバス事件)。
また、この年休というのは、労働者がその都合でいつ休暇にするのかを自由に指定できるものですが、例外的に年休の内5日を超える部分については、使用者は労働者個人の意志に拘わらず労使協定で決めた日を年休の日と定めることができます(計画年休、労基法第39条第5項)。この制度を活用すれば使用者は年休の日程を計画的に決めることができますし、労働者も年休をとりにくい職場の雰囲気の中で年休をとりやすくなるという面もありますが、労働者としては自分の都合の良い日を自由に指定できないという短所もあります。なお、労使協定によって計画年休を定めた場合、労働者の時季指定権も使用者の時季変更権もともに使えなくなります。
長期休暇の請求に関する判例をみてみましょう。判例(最判平成4・6・23民集46巻4号306号)は、長期休暇の実現には使用者の業務計画や他の労働者の休暇請求などとの調整の必要性が生じ、しかも使用者はこの調整について休暇期間中の業務量、代替勤務者確保の可能性、他の労働者の休暇請求の状況などに関する蓋然性に基づいて判断せざるを得ないので、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない、としています(時事通信社事件、報道記者が1ヶ月にわたる24日間の連続的年休を請求したのに対し、会社が後半の12日間について時季変更権を行使したことについて適法と判断)。
有休に関する問題点を概略ご説明しましたが、本件の場合は、K社員は忙しい時期をはずしており、社長が理由に挙げるのも「一度にそんな日数の休暇を請求するのが非常識だ」という程度のものですから、そもそも先に述べましたK社員の年休取得日の労働が業務の運営にとって不可欠とは思われませんので、事業の正常な運営が妨げられる場合には当たらず、時季変更権を行使することは出来ないと考えられます。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:岩山 克)
年次有給休暇(以下、年休という)は、労働基準法第39条に規定された、日常業務に疲れた体や身体や精神をリフレッシュさせるために設けられた制度であり、一定の条件を満たした労働者に対して与えなければならないということになっています。また、労働者の請求する時季に与えなければならないと規定されています(労基法第39条第4項)。そして「請求」というのは時季を指定するという趣旨であって、労働者が時季を指定したときは、その指定によって年休が成立し、当該労働日における就労義務は消滅すると解されています。よって、労働者の「休暇の請求」や、これに対する使用者の「承認」という概念を入れる余地はない、ということになります。これによれば、K社員には、年休を与えるしかないという結論です。
しかし、実際問題として、あまりにも長期にわたる休暇、繁忙期における休暇を請求された場合には、その事業自体が成り立たない場合も起こりえます。そのため、請求された時季に年休を与えると事業の正常な運営を妨げる場合に、他の時季に与えることが出来る時季変更権が使用者にはあります(労基法第39条第4項但書)。しかし、この権利は、やみくもに行使できるものではなく、「事業の正常な運営を妨げる場合」にあたるとされるためには、年休を請求した労働者の年休取得日の労働が業務の運営上不可欠で、使用者が努力してもなお代替要員を確保するのが困難であることが必要とされます。
それではK社員の年休の請求について「時季変更権」は行使できるでしょうか? K社員が休暇期間中の仕事の段取り等について責任を持ってやると言い、一度は営業部長がそれを許したことを鑑みますと、事業の正常な運営を妨げる事態にはならないように思われます。よって弁護士の見解の通り「時期変更権」の行使は出来ないものと思います。
確かに中小企業にとって法令通りに年休を全従業員に取得させること、まとめて長期にわたって年休を使用されることなどは大変なことだと思います。N社長の言葉にも「有給休暇持分をすべて消化されでもしたら、大変なことだよ」とありますので、なかなか年休を取りづらい環境ではないかと推察されます。しかし、このような環境が続けば従業員の不満は募る一方になることも容易に推測されます。
そのような事態を避けるためにも発想を逆転し、「年次有給休暇の計画的付与制度」を利用してみましょう。この制度は労使協定により、年休を与える時季に関する定めをしたときは、それによって定める時季に年休を計画的に付与することができるというものです。ただし、各労働者の持つ休暇日数(前年度の繰越分を含む)のうち5日を超える日数分のみがこの協定の適用をうけます。5日分が除外されるのは、従業員が病気になった場合などの私的理由で利用できるようにするために残しておく必要があるからです。
この計画的付与は会社の実態に合わせて、事業場全体の休業による一斉付与方式、班別の交替制付与方式、年次有給休暇付与計画表による個人別付与方式を導入することが可能です。
具体的な運用方法は就業規則に「年次有給休暇のうち5日を超える日数については、労働者の過半数を代表する者との協定を締結したときは、その協定に定める時季に計画的に取得させることとする。」と規定しておきます。そして、計画的付与を導入する場合には、就業規則の規定に基づいて労働者の過半数で組織する労働組合(過半数労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者)と次の事項について労使協定を締結します。
(1)計画的付与の対象者
(2)対象となる年次有給休暇の日数
(3)計画的付与の具体的な方法
(4)対象となる年次有給休暇がない者の取扱い
(5)計画的付与日の変更
この労使協定は労働基準監督署長に届け出る必要はありませんが、留意していただきたいのは、弁護士の説明の通り、計画的付与を行った場合は、この有給休暇について労働者の時季指定権及び使用者の時季変更権はともに使用できなくなるということです(昭63.3.14基発第150号)。また、計画的付与の日が到来するまでに退職する予定の者が、有給休暇を請求した場合には、使用者はこれを拒否することができませんし、年休のない従業員や計画的付与日数分より年休が少ない従業員には特別の休暇や年休付与日数を増やすなどの措置が必要になりますのでご注意下さい。
この厳しい社会経済状況の中で、有能な社員を失うことはE社にとって大きな損失となるでしょう。この機会に従業員全員とよく話し合い、例えば次年度からは結婚記念日などに有休を与えるとか、労使共に効率的で健康的な勤務スケジュール案を出し合う環境に持っていかれたらいかがでしょうか?
本件以外にも残業代を支払っていないなどの問題がE社には山積しています。
今後の労使間における大きな火種にならないように、時間管理を含めE社のワーキングルールを早急に構築されることを強くお勧めします。
税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)
本件について、残存有給休暇を潜在コストとして捉える考え方と実務的管理、計上方法等について説明いたします。ただし、日本の会計の基準では、現在のところ特別に定めた規定がありません。そこで有給休暇引当金を計上する実務が定着しているIFRS(国際財務報告基準)及び米国会計基準に基づいて説明します。
1.残存有給休暇を潜在コストとして捉える考え方
従業員が有給休暇を取得している期間中は、企業は労働役務の提供を受けることはありません。しかしながら、会社側は、従業員に対し給与を支払う必要があります。実態として考えれば、労働役務の対価の一部が、金銭ではなく有給休暇として支払われるということにほかなりません。
これは、労働役務の提供の時期と対価の支払いの時期にズレが生じることを意味します。そのため、労働役務の提供を受けている期間に、有給休暇に係る負債(引当金)を計上することにより、期間対応させるという考え方が成立します。これが有給休暇引当金の考え方です。有給休暇引当金とは、人件費を適切に期間損益として計上し、かつ会社の負う義務を適切に認識するための会計の処理方法です。会社が有給休暇の買取りを行うか否かに関係なく、就業規則等に定められた有給日数をもとに会計処理されます。
2.残存有給休暇の計上方法
(1)IFRSにおける有給休暇引当金の概要
有給休暇の負債計上は、日本においてはあまり馴染みがありません。日本における会計基準では、残存有給休暇の会計処理につき、現在のところ特別に定めた規定がなく、これまでは一般的に有給休暇引当金の計上は行われてきませんでした。
これに対し、IFRSでは、有給休暇を(1)使用しなかった場合に将来の期間に繰越が可能であるもの(累積型)と、(2)使用しなかった場合に繰越すことが不可能なもの(非累積型)の2種類に区分しています。(1)の累積型の場合には、未使用の有給休暇について、それまでの有給休暇の消化率や人件費を考慮して、将来支払いが見込まれる額を会社の決算期末時点で負債(引当金)として計上することが要求されます。
(2)具体的な計算例
ここでは、有給休暇引当金を計上する実務が定着している米国会計基準に基づき具体的な会計処理の方法をご紹介します。米国会計基準においても、一定の条件を満たした有給休暇については債務として引当金の計上を要求しています。
《前提条件》
平成21年4月1日に10日、翌年4月1日に11日の有給休暇を付与
有給休暇は翌年まで繰越が可能
社員Aさん 年俸500万円 年間労働日数200日(有給休暇を含む。)
平成21年4月1日?22年3月31日 使用有給休暇6日(繰越有給休暇4日)
平成22年4月1日?23年3月31日 使用有給休暇9日(繰越有給休暇6日)
《具体的な計算例》
(1)平成22年3月31日
会社は平成22年3月31日には、500万円÷200日×4日分=100,000円の有給休暇引当金を計上します。
(2)平成23年3月31日
繰越された分4日と平成22年4月1日の付与分から9日間を使用した計算となります。平成23年3月31日には、500万円÷200日×6日分=150,000円の有給休暇引当金を計上します。
なお、一般的には、この計算に、有給休暇の平均消化率を加味しますが、計算上は消化できない分は切り捨てられるという前提によります。たとえば、付与した有給休暇の75%しか使用されないとすれば、次のようになります。つまり、有給休暇が使用されないであろう25%の部分は、切捨てが予想されるため、負債の計上は必要ないということになります。
(1)平成22年3月31日は、500万円÷200日×4日分×75%= 75,000円
(2)平成23年3月31日は、500万円÷200日×6日分×75%=112,500円
また、ここでは、1人の社員を例に挙げて計算しましたが、本来は、従業員の人数分この計算を行います。
3.残存有給休暇の税務上の留意点
(1)有給休暇引当金の法人税法上の取扱い
法人税法では、確定した債務の計上しか認められず、将来発生する費用の見積計上は、原則として認められていません。現在、引当金の計上が認められているのは、貸倒引当金と返品調整引当金の2種類です。このため、会計処理上、有給休暇引当金を計上し費用として期間の損益を計上したとしても、法人税法上は損金不算入となり、法人税の所得計算の上では、損金(経費)となりませんので注意が必要です。
(2)有給休暇の買上げは、給与所得となることに注意!
労働基準法によって有給休暇の買取りは、原則としては禁止されていますが、例外的に買取りが認められる場合があります。会社が、従業員の有給休暇残数を金銭により買上げた場合は、金銭の多寡にかかわらず給与所得として課税されます。また、有給休暇の買上げにあたり、金銭の支給に代えて品物を支給する場合であっても、従業員としての地位に基づき、その従業員の労働に報いる性質のものであるため給与所得として課税されます。これらについては、会社に源泉徴収の義務が生じるので注意が必要です。
4.今後の動向
昨今、有給休暇制度が普及し、一定の消化率になっていること及び上場企業を初めとしてIFRSが今後適用されることを考えると、会計処理上、有給休暇引当金を計上することが求められる可能性が高まっています。
また、有給休暇が新たに負債として認識されるようになると、会社側にも社員の有給休暇取得を促す契機となるかもしれません。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット高知 会長 結城 茂久 / 本文執筆者 弁護士 参田 敦、社会保険労務士 岩山 克、税理士 山田 稔幸