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第96回 (平成22年1月号)

「早く退職金を払ってください!」
「まだ調査中だから払えません!」?

SRネット山形(会長:山内 健)

相談内容

「どうも計算が合わないなぁ…」B社の経理担当者が首を捻っています。その理由は、3階のゲームコーナーの仕入れと売上げがここ数ヶ月数万単位で誤差を生じているからでした。3階の担当であるC社員を呼んで事情を聞いたところ「今の機械は優秀ですから、お金を抜き取ることはできませんよ、アルバイトもしっかり監視していますので不正行為をする者はいないと思いますが…」としっかりとした口調で答えます。「そうか…それでは計上の仕方を誤ったのかなぁ…」経理担当者は再び首を捻りながら、販売管理ソフトのデータを確認し始めました。それから1ヵ月後、C社員が退職することになりました。勤続15年で社長の信頼も厚かっただけに、幹部社員からは慰留されましたが、C社員の意思は固く、予定通りの日付で退職となりました。ある日のこと「そんな大事なことをなぜ早く報告しないのだ!J社長が烈火のごとく経理担当者を怒鳴りつけています。「しかし…確証がないですし、原因もわからないのです…」経理担当者がおどおど答えていますが、J社長は納得しません。「累計50万円もの大金が合わないなんておかしいだろう、徹底的に原因を追求しろ!また、白黒はっきりするまで、Cへの退職金支払をストップしろ、あいつが犯人だったら懲戒だからな!」と言い捨てると、経理部からバタバタと出て行きました。
後に残された経理部員たちは途方にくれながらも「とりあえず、メーカーを呼んで機械に操作の後がないかどうかを調べてもらうか…」ということで動き始めることにしました。その結果、ゲーム機に異常はありませんでしたが、景品の在庫が少ないという疑惑が発生しました。「景品の横流しか…」「景品の在庫管理なんてやってないからな…証拠ないよ」とある経理部員がつぶやきました。

相談事業所 B社の概要

創業
昭和45年

社員数
16名 パート・アルバイト51名

業種
遊技場の経営

経営者像

商店街の中心にパチンコ店とゲームセンターを構え、毎日繁盛が続くB社のJ社長は59歳。二代目社長ですが自社ビルの飲食店をゲームセンターに改装してからは売上げが上がっています。父親の代からの就業規則はまったく変更されていません。


トラブル発生の背景

業種的な事情があるのかもしれませんが、商品(景品)の管理がずさんだったようです。また、一人の社員に長期間同じ現場を任せていたことも問題だったかもしれません。
本当にC社員が犯人かどうか、証拠も何もありません。疑わしき状態で退職金を支払わないことができるのでしょうか。

経営者の反応

C社員が退職して3ヶ月が過ぎたころ、C社員から退職金支払督促の電話がありました。「今、調査中なので原因がはっきりするまで待ってくれ」という経理担当者に対し、「退職金は3ヶ月以内に支払う義務がある」とC社員も譲りません。B社の退職金規程には、“懲戒解雇の場合、退職金は支給しない”とありますが、それ以外には退職金支払を留保する条文がありません。また、30年前に作成された規程ですので、“基本給○号俸”という表記も現在の賃金体系とはまったく異なっています。規程上は、30号俸の12万円が最高ですので、J社長は、この12万円(C社員の退職時の基本給は25万円)を上限として退職金を支払う予定でもありました。「Cが何を言おうと、あいつが犯人だったら懲戒解雇なのだから、疑わしいものに支払う必要はない!後で返せといっても返さないだろう!」とJ社長は強気です。
困った経理部員たちは、事が大きくなる前にと、相談先を探すことにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

退職金は、算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて算定されることが多いため、「賃金の後払い」的な性格を持つものと考えられていますが、算定基礎賃金は退職時の基本給とされ、支給率は勤続年数に応じて逓増していくことから、「功労報償」的な性格も併せ持っています。懲戒解雇の場合には退職金を支給しない(あるいは減額する)旨の規定が就業規則等におかれている例が多くあり、退職金の「功労報償」的性格からすれば、このような規定を一般的に無効ということはできませんが、「賃金の後払い」的性格からすれば、その許容性はかなり厳格に考える必要があります。そのため、退職金不支給・減額規定を有効に適用できるのは、労働者のこれまでの勤続の功労を抹消(全額不支給の場合)ないし減殺(一部不支給の場合)してしまう程の著しく信義に反する行為があった場合に限定されると解されています。懲戒解雇が有効とされる場合であっても、退職金の全額不支給は許されないとされた判例として、東京高判平15・12・11労働判例867号5頁(小田急電鉄事件、規定額の3割の支払を命じました)等があります。
さて、退職金の不支給が正当化されるのは、上述のとおり、労働者のこれまでの勤続功労を抹消・減殺してしまう程の信義に反する行為があった場合に限定されるわけですが、そのような行為が現実にあったことが事実として認定できる必要があることは当然です。疑わしいというだけで不支給を正当化することはできません(疑わしいという程度では、刑事被告人を有罪にできないのと同じです)。従って、「疑わしいものに支払う必要はない」というJ社長の強気は通用しません。退職金は退職後3ヶ月以内に支払う旨の規定がある以上、B社は期限までに規定額を全額支払う義務があります。また、「調査中」という理由で支払を引き延ばすことも正当化できません(必要な調査は支給期限までの3ヶ月間に完了しておくべきです)から、支払期限を徒過してしまった場合には、遅延損害金を加算して支払う必要が生じます。
それでは、もし、調査の結果、C社員が景品の横流しをしていた事実が判明した場合はどうでしょうか。B社は、退職金を不支給とする、あるいは、支給済みの退職金の返還を請求することができるのでしょうか(この点、公務員については立法により手当されていますが、私企業に適用される法律はありません)。退職後に懲戒事由の存在が判明した場合、解雇を含む懲戒規定を遡及的に適用することができるか、がまず問題となりますが、これは否定として解されています。懲戒規定を含む就業規則は、労働者の地位にある者に対して適用されるものであり、退職により労働者の地位を喪失した者には適用の余地はないと考えられるからです。従って、J社長がいうように改めて懲戒解雇とすることはできません。こうなると、B社は退職金を支払うしかないのか、ということになりますが、この点については、権利濫用の法理(民法1条3項)による解決が考えられます。すなわち、在職中に発覚していれば懲戒解雇・退職金不支給が正当化されるであろう程度の信義に反する行為をした者が、退職時には発覚していなかったために懲戒解雇とならなかったことを奇貨として、退職金の請求をするのは権利の濫用に当たり許されないと解することができます。また、退職金支給後に発覚した場合には、不当利得返還請求権(民法703条)に基づいて返還請求をすることが可能と解されます。
次に、B社の退職金規程上の賃金体系は30年前のままで、現行の賃金体系と異なっていますが、この場合、具体的な支給額の計算はどのようにすることになるのでしょうか。J社長は古い規定に基づいて計算しようと考えているようですが、そのような計算は通用しないでしょう。そもそも賃金体系が変更された時点において、退職金規程上の賃金体系についても変更の手続が取られていてしかるべきであり、変更手続を取るべき責任はB社にありました。B社は、自らの怠慢によって規程の不備を発生させたのですから、そのことによる不利益を労働者に転嫁するのは明らかに正義に反します。現行の賃金体系を退職金規程にあてはめ、C社員の退職金は、退職時の基本給25万円を算定基礎賃金として計算すべきです。

本件は、B社における在庫管理のずさんさに起因しているといえます。退職金規程における賃金体系の変更手続も怠っていたB社は、社内管理体制のあちこちに問題があったと言わねばなりません。これを機会に、専門家のアドバイスを得て、十分な管理体制を整備すべきでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:池田 順一)

退職金は、長期にわたる労働の対償として退職に際して支給されるものですが、就業規則に基づく退職金規程によりその支給の条件及び範囲が明確にされ、これに従って一律に支給されなければならないものである限り、労働基準法第11条にいう賃金にほかならず(最高裁 昭43.12)、その条件が満たされる場合は、労働者は当然に退職金の受給権を取得します。
また、退職金は、「退職の事実によって取得の権利は発生するが、就業規則等によってあらかじめ特定された支給時期が到来するまでは請求権は発生しない」(基収第5483号)、「退職手当は、通常の賃金の場合と異なり、あらかじめ就業規則等で定められた支払時期に支払えば足りるものである」(基発150号)とされています。
「退職金は3ヵ月以内に支払う義務がある。」とC社員が主張する根拠は、B社の退職金規程にその定めがあったからでしょう。
一方、懲戒解雇に伴う退職金の全部又は一部の不支給は、就業規則、退職金規程等に明記して初めて労働契約の内容になります。退職金を一応定めておきながら、B社の退職金規程のように懲戒解雇の場合はこれを支給しない(あるいは減額する)と定めることは一般的に行われており、判例でも「退職金支給についての制限規定を設けることはそれが社会的相当性の見地より見て合理的である限り許される」・「『懲戒解雇により退社するとき』の限度でのみ合理性を有する」(昭49.5.31 名古屋地裁 中島商事事件)、「退職金には、長年の勤務に対する功労報奨的な性格もあり、減額もしくは不支給とするには長年の功労を否定するほどの重大な不信行為が存在する場合に限られる」(平6.6.28 東京地裁 トヨタ工業事件)とされています。
従って、不支給や減額をするためには、あらかじめ就業規則、退職金規程等でその事由を明確にしていなければなりません。
本件のように、既にC社員が退職し、雇用関係が存在していない以上その後懲戒解雇事由に該当するような不正行為が発覚しても、その退職を懲戒解雇とすることできない(昭57.11.22 東京地裁 ジャパン・タンカーズ事件)とされていますので、仮にC社員が景品の横流し等の不正行為を行っていたとしても、現在のB社の退職金規程「懲戒解雇の場合、退職金は支給しない」のみの記載では、退職金は支給せざるを得ないことになります。
また、損害賠償の請求も考えられますが、B社の管理体制に問題ありとされ、退職金の全額を取り戻すことは事実上困難であると思われます。
懲戒解雇の場合の退職金不支給規定は、現に労働者を懲戒解雇した場合だけでなく、雇用契約終了後に退職金不支給に相当するような懲戒事由が判明した場合にも及ぶ」(平11.1.29 大阪地裁 大器事件)、「就業規則において『懲戒解雇された者には退職金を支給しない』とする定めはあるが、『懲戒解雇事由が存在するときに支給しない』との定めが無い場合、懲戒の手続きによることなく退職した労働者には、退職後に懲戒事由の存在が明らかになっても、退職金請求権が発生する」(平2.7.27 広島地裁 広麺商事事件)の判例を参考にすると、B社の退職金規程には「退職後に懲戒解雇に相当する事由が発見された者に対しては、退職金の全部又は一部を支給しない」旨を併せて記載するとともに、仮に支給してしまった場合に備え、「懲戒解雇に相当する行為を行った者については、既に支払済みの退職金の全部もしくはその一部の返還を命ずる」旨の規定も必要になります。
最後に、今後のB社における社内不祥事防止の為の労務管理についてご説明します。

(1)就業規則その他の規程の整備
就業規則等で労使間の権利義務関係を明文化し、統一された労働条件とその基準を分かりやすく具体的に表現し周知徹底すること、即ち、就業規則等の社内ルールを整備し機能させることが重要です。B社の就業規則等は、先代の時代に作成され全く変更されていないようですので、早急に現状に合ったものに改定しなくてはなりません。

(2)人員配置等の課題
業務の手順が明確になっていない場合はマニュアルを作成し、人員配置にローテーションを取り入れ、同一業務に同一人を長期間就かせない工夫をすると共に、複数管理体制を構築し不祥事防止を図る必要があります。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

税務という面から、給与や退職金関係で課税庁サイドや受給者とトラブルが発生するケースを整理してみたいと思います。
まず、支払い側である法人の問題としては、その経費の性質(実質)について問題となる場合が考えられます。その実質が給与や賞与として労務等の対価として支払われるものなのか、あるいは一般的な福利厚生費、または特定の交際費等としての取扱いを受けるものなのか、ということが問題になることがあります。当然労務の対価であれば、原則的には、源泉徴収が必要になり、受取る側は当然給与所得として、個人の所得課税の対象となります。
また、その費用の損金算入の時期についても注意してください。法人税法上、販売費管理費等の債務の確定時期については、次のように通達(法人税法基本通達2-2-12)で規定されています。

(1)その事業年度終了の日までにその費用に係る債務が成立していること。

(2)その事業年度終了の日までにその債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。

(3)その事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。

以上のすべての要件に該当していれば、その事業年度の損金となります(減価償却費以外の費用)。言い換えれば、(1)から(3)の要件を満たしていれば、たとえ未払いでも損金算入が認められるということになります。
通常支給される給与についても、当然前述の適用が認められるでしょうから、たとえば毎月の給与締切日が20日で、その支給時期が翌月5日である場合、その5日に支給される給与全額が、未払給与として、締切日の月の損金とすることは可能ですし、締切日以降の21日から月末までの期間に対応する給与の金額も、合理的に算定することが可能である場合には、その部分も損金処理できることになります。ここで問題になるのは、賞与や退職金です。中小企業においては、これらについては、お手盛り的な、あるいは場当たり的な支給になることがよく見受けられます。一応の規則があっても、内容的に不備が多かったり、合理的に見積もれるような計算根拠が曖昧であったり、あるいは規則があっても実際の運用が規則とかけ離れていたりすることがあります。この件について、法人税法施行令72の5 ((使用人賞与の損金算入時期))では賞与について、別途次のように規定しています。

(1) 労働協約または就業規則により定められる支給予定日が到来している賞与……その支給予定日またはその通知をした日のいずれか遅い日の属する事業年度
(2) 次の要件のすべてを満たす賞与……使用人にその支給額の通知をした日の属する事業年度
その支給額を、各人別に、かつ、同時期に支給を受けるすべての使用人に対して通知していること。
イの通知をした金額をその通知をしたすべての使用人に対し、その通知をした日の属する事業年度終了の日の翌日から一月以内に支払っていること。
その支給額につきイの通知をした日の属する事業年度において損金経理をしていること。
(3) (1)及び(2)以外の賞与……その賞与が支払われた日の属する事業年度
以上のように原則的には、賞与は支払日が基準となることが多く、(2)の様な場合(決算賞与などにみられるパターン)は例外的扱いになっています。またこの場合でも、支給日に退職者がいて、その人には支給されなかった、といったときには、通知をしたすべての使用人に支払ったことにはならないので、その人の分だけでなく、賞与総額全体について未払計上はできないことになります(法基通9-2-43)。
所得税法上、賞与は毎月の給与と同じ『給与所得』に区分されますが、退職金は『給与所得』ではなく、『退職所得』として分離課税の対象であり、税額の計算上『給与所得』とくらべて優遇されています。支払法人にとっては、通常、使用人の賞与や退職金は時期の問題はあるにせよ、いずれは損金となりますが、受給者側にとっては、いずれに該当するかによって、その後の税務の扱いはまるで変わってしまいます。また使用人と役員の場合では、さらに大きな違いがあります。まず、役員に支給される賞与は通常損金にはなりません。また、役員退職金については、その損金算入時期の問題や金額等(過大退職金の損金不算入)の問題など、様々な点で、課税当局とのトラブルが発生しやすいところです。会社オーナーと会社経営陣が同一であることが多い中小企業にとっては、まったくの内輪で決めることができる支払いですから、当然といえば当然かもしれません。金額の問題でいえば、退職金だけでなく、過大役員報酬の問題も考えられます。これも退職金の場合と同様の趣旨です。
本件は、純粋な使用人に対する退職金ですから、その支給時期については、原則的な債務の確定要件を満たした時に、損金の額に算入されると思われますが、その時期がいつなのかという判断は、少し難しくなります。法人税の所得計算における損益の認識は、一人民事上の契約関係やその他の法的基準のみに準拠するものではなく、むしろ経済的観測に重点を置いて、当期で発生した損益の測定を行う、とされています。
たとえば、前期中に計上していた売り上げについて、何らかの事情により契約が解除されたとしても、前期の所得を減額修正して所得を再計算することはなく、その事実発生の事業年度において、損益を認識することになっています。
私見ですが、会社がその退職金の支払いを留保しているとすれば、懲戒解雇の可能性がなくなるまで(あるいは実際に支給するまで)、損金処理をしないことも可能かもしれません。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 池田 順一、税理士 木口 隆



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