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第90回 (平成21年7月号)

運転は所定労働?アルバイト?
はっきりしなくてもいいのかな…

SRアップ21石川(会長:菊池 寛治)

相談内容

「おーいK君…出かけるから頼むよ」W社長が営業部で声をかけます。営業部のK社員はW社長のお気に入り運転手です。いつも嫌な顔ひとつせずW社長の言いつけを聞くので、最近では他の営業部員には声がかからなくなりました。

V社には専門の運転手がいないため、W社長やお客様の送迎は、すべて営業部員がこなしています。お客様の送迎は概ね所定労働時間内に行われますが、社長の運転手となると、深夜・休日・車内待機など、果たしてこれを労働時間とすべきかどうか、悩むケースが多々発生します。V社の営業部員たちには、月3万円から5万円の営業手当が支給され、残業手当は支払われていません。

実は、K社員の愛想がいいのは、毎回ではありませんが、夜間や休日呼出の際に、W社長から多少の小遣いがもらえることと「君の評価は高いよ」というW社長の言葉に、K社員が出世を夢として応えているからでした。

さて、V社の人事部も昨今の労使トラブルに備え、規則や規程類の見直しを進めていました。営業部については、営業手当をみなし残業手当とするなどの対策を講じようとしています。ここでK社員の労働実態が問題となりました。「いったい、彼は何時間働いているのか?」「社長の運転手時間は、労働時間にしなくてもよいのではないか?」「まともにやると、36協定違反だよ」K社員一人の問題で営業部の賃金体系がまとまりません。「所定労働時間外は、社長のお手伝い、ということにしたらどうだろう…」という意見が出ると、人事部全員が賛成し、その方向で話を詰めることになりました。後から話を聞いたK社員は驚きました。「ホテルのため、社長のために時間を犠牲にしたのに…そんな評価なんて…」

相談事業所 V社の概要

創業
昭和56年

社員数
88名(パートタイマー 165名)

業種
ビジネスホテル業

経営者像

観光名所近くにホテルを有するV社のW社長は58歳、二代目ながらも才覚あふれ、地域のイベントや結婚式などを積極的に誘致しています。しかし、社員の労務管理については、あまり興味もなく自分の思い通りに社員を使っているようです。


トラブル発生の背景

中小企業の場合、経営者の個人的な用事に社員が使われることがあります。所定労働時間内であれば、あまり問題視することもないでしょうが、所定労働時間外や休日に呼び出されたときはどのような処置をすべきでしょうか。

人事部の判断に、相当なショックを受けたK社員は、すっかりやる気をなくしてしまいました。

経営者の反応

W社長が人事部の責任者を呼びつけ「家事使用人とは何だ!少しはK社員のことを考えて事を進めるべきだし、まずは俺に相談することが先決だろう…」と怒っています。「しかし社長、お言葉を返すようですが、社長の使い方がひどすぎるので、とても賃金としてK社員の処遇を考えるわけにはいかなかったのです。事前に相談しても、“Kなら何も言わないから大丈夫だ”、で終わっていますよ…」と人事担当者も負けていません。確かに一理ある返答にW社長も黙ってしまいました。

次の日、K社員から日報のコピーが提出されてきました。これまでの勤務状況が事細かに記載されています。「できれば、残業手当をお願いしたいのですが…お金をいただけないのなら日報もって労基へ行きます…」

これには人事責任者もびっくりして「まあ、落ち着いて話し合おう、先日の話はW社長にすごく怒られたし、また最初からやり直すつもりでいたんだよ…」K社員をなだめるのに必死でした。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:二木 克明)

本件では、V社がK君の残業代を払わなければならないか、また運転中に事故を起こした場合、V社に使用者責任(民法715条)が生じるか、が問題となります。

まず、家事使用人についてご説明します。
労基法116条2項は、家事使用人には、労働基準法の適用がない、と定めています。そこで、K君がこの家事使用人に該当すれば、労働契約で明記されていない限り、労基法上の残業代等は払わなくてよいことになります。

このような規定が設けられた趣旨は、かかる者の労働条件について国家的規制と監督を行うことが困難かつ不適切と考えられるからです。ここに言う家事使用人の意味ですが、家事一般に従事している者、と解釈されています。この家事とは、家庭内の炊事や洗濯、掃除等が代表的なものです。イメージとしては、自分で家事をこなしきれないために雇うお手伝いさんです。

家事使用人かどうか、が問題となった判例としては、平成8年3月14日松山地方裁判所今治支部判決(労働判例697号71頁)があります。

これは、仏教系宗教法人の葬式や法事の受付事務等に従事していた信者であった者(原告)が、宗教法人(被告)に対して、残業代や宿直等の夜間勤務についての割増賃金を含む未払賃金の支払いを求めた事案です。これについて被告法人は、原告が家事使用人であることなどを理由として、支払いを拒否しました。原告はお手伝いさんであり、支払っていたお金は賃金ではなくお礼に過ぎない、という訳です。

この事例を見ると、原告の行っていたのは、主に受付事務でした。すなわち、葬式、法事、結婚式などの受付のほか、念珠や教本の販売や電話番等の事務もありました。また、各種行事の準備や後片付け、本堂や庫裡などの清掃、庭の草取り、洗濯物の取り入れなども行っていました。

さらに、法人の代表者不在の際には、宿直勤務として、閉門や開門、戸締まりやその点検、そして法人代表者の子の面倒を見ることもあった、という事件でした。なお、勤務時間は午前9時から午後5時が基本でしたが、宿直の時は、午後9時から10時ころに就寝して午前5時過ぎに起床していた、とのことです。

この事件について判例は、勤務時間や業務内容などからすると、いずれも一般の企業における労働条件と同様なものと言える上、何より原告は、被告代表者によって被告に雇用された労働者として雇用保険の手続がなされていたこと、などからして、原告が労基法上の労働者に該当し、勤務時間外に従事した上記事務は、労基法上の時間外勤務ないし深夜勤務に当たる、と判断しました。

さて、以上を前提に本件を考えた場合、K君の行っていたのは社長の運転手であって、その中に全くの私用が含まれていたとしても、才覚あふれ地域のイベントや結婚式などを積極的に誘致しているやり手の社長のことですから、その多くは、会社の営業活動に大なり小なり関係するものと推測されます。したがって本件で、K君を家事使用人とみなすことは到底無理と思われます。

次に、私用従事の時間を切り離すことが可能かどうか、についてですが、私用に従事した時間を切り離して、その部分のみを、労働基準法の適用がない、とすることはできるのでしょうか。

K君は、もともとV社の社員として採用され、営業部に所属するのですし、K君や社長の意識からしても、私用か公用かを明確に切り離すことは難しいように思われます。仮に、切り離すことが可能としても、同じ運転手としての労働をしているのに、それが私用の運転となった場合に、突如として労基法の適用がなくなる、というのは余りにも不当であり、裁判になった場合には、かかる主張が通るとは考えられません。一部私用のための運転が混じっているとしても、社長の運転手をしているK君を労働基準法116条2項の「家事使用人」と認定することは無理と思われます。

最後に、何かあった場合の使用者責任について検討します。民法715条は、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。公用で運転中に会社が使用者責任を負うのは当然ですが、私用の運転をしてもらっている場合はどうなるのでしょうか。

判例は、私用の場合でも、公用と同様な外形があれば、使用者責任が生じる、と判断しています。

たとえば、通産省(当時)の自動車運転手が、いつもその車を使っていた大臣秘書官の私用を満たすためにその自動車に乗せて運転し、事故を起こした場合、通産省の使用者責任を認めています(最高裁昭和30年12月22日判決、民集9?14?2047)。

以上からすると、仮に社長の私用のためにK君が運転していた場合でも、V社が使用者責任を免れるのは容易ではないことだけは明らかです。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:菊池 佳寿代)

営業の社員が社長の運転手を兼ねている場合にあっては、その運転業務が社長の私的なものなのか、V社業務に関連するものなのかを整理した方がよろしいでしょう。すなわち、社長の私的なことに社員を使用するのであれば、所定時間外に対する手当は当然社長が個人的に支払らうべきですし、業務に関連するものであれば、会社が所定時間外労働として処理すべきものです。本件では、弁護士の説明の通り、社長の業務を考慮すると、K社員は当然会社の仕事として運転するわけですので、時間外であれば時間外手当、休日であれば休日労働手当が発生することになります。社長からポケットマネーで何がしかのお手当が支払われたとしても、それは会社から本来支払われなくてはならない法律で義務付けられた賃金とは全く関係ないものとなります。

次に社長が宴席に出席している間、当該社員が車の中で待機している時間を考えてみましょう。専属運転手の場合には、労働基準法第41条第3号に監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けた場合には、労働時間に関する規定について適用除外とすることができるとされており、許可を受けた場合には時間外、休日労働を行った場合にあっても、手当が発生しないことになります。しかし、本件のように、通常は社員として営業業務に従事している社員を、時として社長の運転手として使用する場合は、労働基準監督署から前述の適用除外を受けることができません。「断続的労働と通常の労働とが混在・反復する勤務について、法第41条第3号の許可を受けた者については、労働時間、休憩及び休日に関する規定がすべて除外されるものであるから、その勤務の全労働を一体としてとらえ、常態として断続的労働に従事する者を指すのである。従って、断続的労働と通常労働が一日の中において混在し、又は日によって反復するような場合には、常態として断続的労働に従事する者には該当しないから、許可すべき限りでない。」とされています(昭63.3.14基発150)。なお、許可できるものとして、「役員専属自動車運転手の場合として、事業場の高級職員専属の運転手は勤務時間としては長時間に及ぶこともあるが、その半分以上は詰所において用務の生じる迄全然仕事がなく待っている場合、これを断続的労働として取扱って差支えない」(昭23.7.20基収2483)とされています。以上により、本件では監視又は断続的労働が許可されることがないものとして、今後の対策を考えてみます。

(1) 社長の私的な用事には社員を使用しない。もしも所定労働時間外に本人の了解のもと使用する場合、会社は関与しないことを明確にしておく
(2) 所定労働時間外に行う運転業務で、会社業務に関連したものは全て時間外、休日労働(車内待機を含め)と認識する
(3) 1人の社員を専属運転手に使うことは、36協定の上限時間を超える可能性があるので、複数の社員に社長の運転業務を担当させる
(4) 意識付けの意味も含め、固定の特殊勤務手当のような形で、一定の金額を支給して、その他運転業務に従事した時間に対しては、時間外、休日労働手当を支給するのも一つの方法。社長の運転業務については、通常業務外の業務なので、1ヵ月全く運転業務がなくとも、特殊勤務手当が支払われていれば、突然運転担当を命じられても日常的にその意識があることから、不平不満も少ないと予想できる。
(5) 運転業務は日常の営業業務の他に行われるものなので、当該社員に過労の問題が生じる可能性が高い、よって人事部で管理をしっかり行うことが重要

ここで問題になるのは、過去の清算ということです。業務に関係する運転業務であれば、会社は賃金不払として法的には2年前に遡及して時間外、休日労働手当を支払わなくてはなりません。しかし、他の社員に対する手前もあり、すべて会社が支払うというのも問題になりそうです。そうなると、社長の個人的用務で運転業務に従事した場合をどう取扱うのか、が難しい点です。K社員は、社長の命令であれば、たとえ会社の業務とは全く関係のない私的な運転業務であっても実際断りきれなかったものと思われますので、どこまでが社長の個人的用務だったか、はっきりと線引きするのは難しいと思います。よって、社長の個人的用務については、相当の金銭を提示してK社員の納得を得ることが先決でしょう。その際、社長のポケットマネーで受け取ったお礼について相殺するかどうかは検討してください。

社長の個人的用務部分の合意が得られれば、会社支給分と併せてK社員に対する支払いが行えます。K社員に対しては、会社に将来あるべき人材として位置づけ、誠意ある対応が求められます。こじれますと会社に対する不満が直接仕事にも影響することも予想され、最悪の場合は退職ということになってしまいます。

なお、この処理について、社長がすんなり私的なものと認めてくれることは難しいかもしれません。社長の日常の行動については、私的なものか会社の業務に関係しているものか、明白に区別のつき難いものが多々あります。ここは社長に判断を委ね、清算に協力を求めることが賢明で、そして、K社員に対し、これまでの労を社長自らねぎらうことが大切なのではないでしょうか。

税理士からのアドバイス(執筆:)

本件において、税務上のポイントになるのは、下記の2点と考えます。

1.K社員がW社長から時折もらっている小遣いに対する税務上の取扱い
2.家事使用人と労務者を兼務する場合の税務上の取扱い

まず、K社員がW社長から時折もらっている小遣いに対する税務上の取扱いについて説明します。

夜間や休日等の所定労働時間外の運転の際に、W社長からK社員に支払われる小遣いについては、単なる小遣いと考えれば贈与税の対象です。贈与と捉えると、年間110万円の非課税枠がありますので、K社員が、他に贈与を受けた現金等とこの小遣いの合計額が年間110万円以下であれば、贈与税は発生しません。

一方、所定労働時間外の運転手としての業務の謝礼と考えることもでき、雑所得として課税の対象になるということも考えられます。雑所得と捉えると、K社員がV社のみから給与の支給を受けているとすれば、雑所得の金額が年間20万円以下であれば、確定申告は不要です。 さて、今回のケースですが、金銭の支給が毎回ではないようですので、運転の対価としての謝礼というよりは、一般的な小遣いとして、W社長からK社員への贈与と認識することになろうかと考えます。

なお、K社員が、W社長と雇用関係のある家事使用人であるならば、取扱いは異なってきます。その点については、以下記述します。

家事使用人と労務者を兼務する場合の税務上の取扱い
給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいいます(所得税法第28条)。

V社からK社員が支払いを受ける給与については給与所得として、毎月、V社には源泉徴収義務があります。給与から源泉徴収した所得税額は、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、国に納付しなければなりません(所得税法第183条)。

V社の規則や規程例の見直し後、仮に「所定労働時間外のK社員のW社長の運転手としての業務は、W社長の家事使用人としての業務である」とした場合、W社長の家事使用人がK社員を含め、2人以下である場合は、W社長が自らの家事使用人としてK社員に支払う対価に対する源泉徴収義務はありません(所得税法第184条)。

K社員がW社長と雇用関係のある家事使用人として収受した対価は、給与所得になります。つまり、K社員は、V社からの給与所得(源泉徴収済み)に、家事使用人としてW社長から収受した給与所得(源泉徴収なし)を加算して計算した給与所得に対する所得税額を確定申告により申告し、納税することになります。

仮に、V社から支給されるものであれば、K社員のV社における本来の業務としての給与所得に該当し、源泉所得税が徴収され、課税関係は終了します。しかし、例えば、所定労働時間外のW社長の私的な時間の運転手としての残業手当を、V社からK社員に支給すると、その支給金額はW社長に対する役員賞与として損金に算入されない可能性があります(法人税法第34条)。

その他の留意点
もしも、K社員の日報に基づいて、過去の残業手当を支払う場合には、その残業手当は給与所得となり、この給与所得は、本来支給されるべき日の属する年分の所得となりますので、過去のそれぞれの年分ごとに区別し、所得税を源泉徴収することになります(所得税基本通達36-9)。

税務上だけではなく、他の法律上の問題発生を回避するためにも、W社長の運転手としての業務は、従業員の本来の業務として行われるべきであると考えます。また、中小企業といえども、企業としての発展を考えれば、従業員のモチベーションアップを図るために、本来の業務ということを前提とした諸規程の整備、人員配置、教育等が必要でしょう。

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SRアップ21石川 会長 菊池 寛治  /  本文執筆者 弁護士 二木 克明、社会保険労務士 菊池 佳寿代、税理士 



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