第86回 (平成21年3月号)
休日出勤の途中で交通事故!!
被害者への賠償は会社が行うべきか…?!
休日出勤の途中で交通事故!!
被害者への賠償は会社が行うべきか…?!
SRアップ21鹿児島(会長:横山 誠二)
相談内容
A社の営業社員は8名、既存顧客へのサポートと新規顧客の開拓に毎日大忙しです。A社は土日が定休となっていますが、顧客には年中無休の店舗が多く、営業社員の休日勤務はかなり多い状態となっています。
「Y君、悪いが明日の土曜日にS社へ出向いてくれないか?先日施工した玄関のコーティングに亀裂が入っているらしいんだよ、早くクレーム処理しないと、あそこの購買部長はうるさいからね、頼んだよ」とW営業部長が声をかけました。「わかりました、でも午後から家族との予定があるので、自分の車で直行してよいですか、一旦会社に来て社用車使うと間に合わないんですよ…」とY社員が答えます。「そうか…私有車両は禁止だけと、聞かなかったことにするよ、くれぐれも事故を起こさないようにな」とW営業部長が返しました。
Y社員が休日出勤した当日は、W営業部長も残務整理のため出社していました。そこへY社員がS社へ向かう途中、路地から飛び出してきた自転車をはねたという警察からの電話がありました。なんと、Y社員はオートバイでS社に向かっていたようです。「被害者は大ケガのようだし、オートバイだと任意保険にも入っていないだろうし…幸いにもY社員は無事だったが、これから大変だろうな…」と他人事のように言うと、Y社員の代わりにS社へ出かける準備を始めました。翌週月曜日、話を聞いたG社長は、二人を呼び出し「大変なことをしてくれたな、会社は責任負わないから、君たち二人で処理したまえ、黙認する方も悪いし、オートバイで客先に向かうなんて常識外だよ、話にならん!二人とも始末書を書いておけ」とまくし立てました。G社長の怒りが収まった頃、「実は、相手方への支払が何百万かになりそうなので、これまでの振替休日未取得分を買い取っていただきたいのですが…」とY社員が申し出ました。
相談事業所 A社の概要
-
- 創業
- 平成2年
- 社員数
- 25名 パートタイマー43名
- 業種
- ビルメンテナンス業
- 経営者像
企業の清掃業務を請け負うA社社長は59歳、かつては同業大手企業に勤務していましたが、持ち前の営業力を駆使して独立し、現在も新規サービスの開発と営業に力を入れています。このG社長のモットーは「顧客の笑顔が財産」です。
トラブル発生の背景
休日出勤と私有車両の使用、通常は禁止されていることが多いと思いますが、休日出勤となると、そのあたりの認識が薄くなる傾向があるようです。会社としてどのような管理を行うべきでしょうか。
振替休日と代休の取り扱いを誤っている企業が多々見受けられます。休日勤務の削減、振替休日の徹底、賃金支払との整合性を確認する必要があります。
経営者の反応
「Y社員の未取得休日は何日あるのだ!」とG社長から問われた総務部長は、「言い難いのですが…96日です…ざっと計算すると190万円位になろうかと…」と消え入るような声で答えました。「なんだと!190万円!どうしてこんなことになるんだ…」とG社長はいきり立ちますが、「しかし、営業に残業や休日勤務はない、売ってなんぼ!というのが社長の口癖ではないですか…他の営業社員もそれぞれ数十日の未取得休日がたまっています」と総務部長が反論しました。「そうか…かといってY社員だけ買い取るわけにはいかないだろう、早く休みをとらせるなり何とかしろ!」といったG社長でしたが、このままではすまないような気がしてきました。「ついでに聞くが、Y社員の申し出を他の営業社員は知っているのか?」と総務部長に尋ねると、総務部長は黙って首を振りました。「そうか、それでは早いうちに手を打つ必要がある。早急に本件を解決できる相談先を探せ!」と総務部長に命じました。
弁護士からのアドバイス(執筆:黒沢 佐和美)
本件の交通事故の被害者から損害賠償を請求された場合、果たしてA社は応じる必要があるのでしょうか。
Y社員が自分のオートバイで起こした休日中の交通事故であること、おまけに会社は私有車両禁止で、Y社員がオートバイに乗っていたことを知らなかったという事情からすれば、A社には責任がなさそうにも思えます。
しかしながら、車かオートバイかの違いはあれY社員個人の車両を使って出勤することをW営業部長が黙認し、その結果、Y社員がバイクに乗ってA社の営業活動のため出勤したのであれば、A社は人身物損問わず交通事故の責任を負います(自動車損害賠償保障法3条、民法715条)。したがって被害者からA社に請求があった場合には応じる必要があります。
この点、判例では、マイカー通勤による事故の場合、会社の責任を肯定するものと否定するものの両方があります。例えば、マイカー通勤禁止の取り決めがあったものの、以前から無届出でマイカー通勤をしており、それを知っていた上司から何も注意されることがなかったという事案では、会社の責任を肯定していますが(最判平成元年6月6日)、同じくマイカー通勤禁止の取り決めを行い、今までマイカーを使用したことがなかったのに無届出でマイカーを使い交通事故を起こしたという事案では、会社の責任を否定しています(最判昭和52年9月22日)。
会社の責任の有無の基準は、形式的にマイカー通勤を禁止しているかどうかではなく、マイカー通勤を容認する実態があったかどうかです。すなわち、会社はマイカー通勤により業務上利益を得ていますし、止めさせようと思えば止めさせられる支配関係もあるので、指揮監督者として責任を負わせても理不尽ではないという理屈です。本件ではG社長自身は事実を把握していないものの、W営業部長が黙認していますので、A社としては指揮監督責任を怠っていると言わざるを得ません。つまり、「会社は責任を負わないから、君たち二人で処理したまえ」などというG社長の言い分は被害者に対しては全く通らないことになります。
ただし、本件で被害者である自転車側にそれなりの落ち度がある場合には、A社は損害金全額を賠償する必要はありません(過失相殺。民法722条2項)。どの程度減額されるかは、交通事故の場合ある程度定型化されていますので、全額弁償する前に争う実益があるか弁護士などに相談された方がよいでしょう。たとえば自転車が赤信号を高速で飛び出し、Y社員のバイクが注意深く運転していたのによけきれなかった場合には、A社もY社員も責任なしということもあり得ます。
今後の展開よって、A社が被害者に賠償金を支払った場合は、Y社員にその分を会社に払えと請求できます(求償権。民法715条3項)。Y社員の賃金を勝手に減らして求償権と相殺することはできませんが、Y社員が合意し、生活に支障もない範囲であれば相殺も認められます。
本件では賃金の他、振替休日の買上分も考えられますので、双方の合意があれば相殺可能と思われます。
G社長への助言としては、前述のとおり、マイカー通勤の事故があったとしても、会社が適切な指揮監督をしていた場合には責任を負わずに済みます。具体的には、マイカー通勤禁止の厳格運用、社内での周知徹底などの管理を行うべきです。
また、社用車での事故の場合には会社が原則責任を負いますので、任意保険の加入はもちろんのこと、安全運転の指導などにも配慮が必要です。
なお、本件は幸いにもY社員が無事とのことでしたが、休日勤務がかなり多い状態で、かつ過酷な労働が原因でY社員が事故を起こし、けがをした場合には、会社はY社員に対する安全配慮義務違反を問われ、その損害を賠償する責任も出てきます。
それゆえ、休日出勤の多い会社では社員の生命・安全に対してより配慮するとともに、その内容を周知させる必要があります。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:横山 誠二)
社員が私有車を仕事に使う場合、また逆に社有車を私用に使う場合に、企業、個人の責任はどのように考えるべきでしょうか。
本件のような事故が発生する可能性は、ケースとしては少ないかも知れませんが、どの企業にもありうることだと思います。企業の社会的責任、コンプライアンスが叫ばれる中にあって、リスク管理上どのような対策を講じておけばよかったのでしょうか。
また本件は、休日出勤のときに発生した事故ですが、A社では休日出勤が頻繁に行われていたような実態があります。未取得休日が96日にも及んでいること自体、社員のモラールの低下や健康管理、長時間労働など、労務管理上の問題が山積しているように思えます。
私有車で発生した事故の企業責任については、弁護士から説明がありましたので、本件に関連した問題点を整理し分析します。
まず、私有車を使うことを黙認した部長の責任について考えてみます。
A社においては私有車を通勤に使うことは禁止されていますので、部長の立場で安易にこれを黙認したことについては、厳しくとがめなければなりません。就業規違反により、減給、降格など何らかの処分を行い、他の社員へもルールを遵守することを徹底する必要があります。
次は労務管理上の問題です。会社所定の休日に出勤し、その代替として就労義務のある日に休むことを「代休をとる」と表現している会社が多く、また、その労働日の賃金を支払っていないケースが多々あります。ところが、労働基準法上では、これを「休日の振替」といい、休日の振替には一定の要件が必要となっています。休日に出勤させる場合には、会社の就業規則にその旨の規定が必要です。つまり、会社が休日と定めた日に出勤させることがあるとの規定が無ければ休日出勤をさせることはできません。そして、振替休日の場合は、休日に出勤させた日の代わりに休む日を特定して指定しなければならないのです。A社のように、未取得の振替休日が累積すること自体が本来ありえないことになります。この振替休日は原則として同一週、多少拡大解釈しても、その後のできるだけ近い日を指定して休日を与えなければなりません。
本件では、突発的な取引先へのサービスに応えるため、いとも簡単に休日出勤させています。休日の振替ができていれば、問題は発生しなかったはずですが、ずるずると振替を行わなかった結果、96日もの未使用休日がY社員に発生しています。Y社員から、未使用分を請求されれば、当然これに見合う休日を与えるなり、過去の休日出勤を賃金で清算しなければなりません。賃金の場合は、未使用休日が振り替えられていないため、3割5分増しの賃金で計算することになります。ただし、賃金の請求権は2年で消滅時効ですので、2年以上前の未使用休日は除外してもよろしいでしょう。また、今回の事故に対する賠償責任については、Y社員も当然負わなければなりませんので、未使用休日の債権を充当することも必要になるでしょう。
今後のことについては、G社長へ以下のアドバイスを行いました。
■ 社有車の管理について
社有車は業務以外には絶対に使用しない旨の社内規程を作成し、車両の鍵および日常の車両管理を徹底することが必要です。必要に応じて、車両管理簿のようなフォームを作成し、いつ、だれが、どの車両を使っているのか、が常に把握できるようにしておく必要があります。
■ 私有車を仕事に使用させる場合の注意点
私有車の業務使用は厳に禁止することです。どうしても使わなければならない事情の場合、自動車保険の加入状況等を申告させ、許可制とすべきでしょう。また、その使用損料(ガソリン、タイヤの磨耗、保険料の負担など)についても、月額なり、使用日または距離ごとに事前に取り決めをしておくことが肝要と思います。
■ 休日管理について
本件で最も指摘すべきは、休日管理がなおざりにされていることです。これでは、社員の健康にも重大な影響を及ぼしかねません。また、これだけ休日出勤が平然と行われ、しかも、振替すらなされていない会社には社員の不満が鬱積していることが目にみえています。モラールアップどころではなく優秀な社員ほど退職していくことになるでしょう。これまでの、未使用休日については、G社長の判断と労使協議により、何らかの金銭による解決が望ましいと思われます。他の社員も同様です。また、今後は、一斉休日とせず、社員の勤務体制をローテーション方式にして、従来の所定休日にも当番で勤務を組むなど、併せて顧客サービスの充実を図ることが望まれるところです。
税理士からのアドバイス(執筆:田中 勝男)
交通事故の反則金(罰金、科料、過料等)は、いずれも国が金銭による制裁として課税するものですから、会社がその役員または、使用人に課された反則金を負担した場合たとえ業務中の行為であっても、これらを経費として認めると制裁としての意味が無くなる事から経費としては認められません。会社の業務遂行に関係なければ会社または、使用人に対する給与として取り扱うとされています。
本件の場合、Y社員のバイクに任意保険が付保されてなく、被害者から治療費等請求された場合、会社の業務中、業務の遂行に関連したものは、会社にも使用者としての責任がある事が考慮されれば、Y社員に重大な過失〔酒気帯び、高速度運転、信号無視等〕がない限りA社の経費として認められます。
次にA社が負担したY社員の損害賠償金について考えてみます。
(1)その損害賠償金の対象となった行為が会社の業務の遂行に関連するものであり、その行為が故意または重過失に基づくもので無い限りその支出した損害賠償金は会社の経費になります。
(2)その損害賠償金の対象となった行為が、会社の業務の遂行に関連するものであるが故意または重過失に基づくものである場合、その支出した損害賠償金に相当する金額は会社の使用人に対する貸付金とする。
(3)その損害賠償金の対象となった行為が会社の業務の遂行に関連しないものである場合、その支出した損害賠償金に相当する金額は会社の使用人に対する貸付金とする。
さて、累積した振替休日を賃金で清算した場合は、当然賃金となりますので課税対象となりますが、一方、年次有給休暇についてはどうでしょうか。
労務の対価として受ける報酬で雇用関係に基づくものは給料です。年次有給休暇の買い取りは、労働基準法第39条で禁止されています。しかし、例外として(1)有給休暇の法定日数を超える日数を付与している場合(2)未消化で消滅する有給休暇〔付与日から2年経過で時効となる分〕(3)退職時に未消化だった有給休暇この三項目だけは労使間の取り決めがあれば、買い取りしてもよいとなっています。このことについて、税法では有給休暇の買い取りは、休まずに働いた場合の報酬ですので、労働基準法違反の違法な買い取りが発生した場合であっても、給与としての課税対象となりますので注意してください。
最後に、社員所有の自家用車を出張時の会社業務に使用させる場合の社員への課税について説明します。
会社が、社員所有の自家用自動車の使用による走行距離等の使用実績に基づいて金銭の支払いをした場合で、その金銭が社員の職務を遂行する為の出張に伴う旅費等に代えて支給されている時は、その出張に通常必要であると認められる部分〔燃料費および走行距離に応じた借り上げ料等の実質弁償的な金額〕について非課税になります。実質弁済的限度を超える場合は、社員という地位に基づいて支払いを受ける特別な利益ですから給与所得となります。車両借り上げ規定に基づき社員一律に月額○○千円等と規定している場合は雑所得に該当します。なお、一か所から給与を受けている人で給与所得および退職所得以外の所得の合計が20万円以下の人は雑所得として申告の必要はありません。また、二か所以上から給与を受けている人で、主たる給与の支払者以外の者から支払いを受ける給与の収入金額と給与所得および退職所得以外の所得の合計金額が20万円以下の人も雑所得としての申告は必要ありません。車借り上げ料が雑所得になる場合の所得の計算は〔収入?減価償却?車保険料?車両税金〕となります。
A社も、税務署とのトラブルを防ぐ為に、手当を支給する際の計算根拠を旅費規程等で取り決めておいた方が良いでしょう。
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SRアップ21鹿児島 会長 横山 誠二 / 本文執筆者 弁護士 黒沢 佐和美、社会保険労務士 横山 誠二、税理士 田中 勝男