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第80回 (平成20年10月号)

移動時間は労働時間?
…仕事をしていないのだから無給です?

SRアップ21京都(会長:安藤 壽建)

相談内容

L社の業務は、一般家庭における家事請負ですので、一軒当りの所要時間は長くても3時間くらいです。L社の3名の社員は管理業務、主戦力は31名のパートタイマーで、それぞれの家庭事情により1日1件から3件の家庭を訪問して業務を遂行しています。1日1件であれば何の問題もないL社ですが、1日複数の顧客を担当するパートタイマーには、“移動時間”の問題が発生しているようです。先日入社したばかりD子が管理部長に質問していました。「今月の給与計算がおかしいと思うのですが…、私は朝10時から午後4時頃まで1日6時間勤務しているので、3万円以上でないとおかしいですよ…でも振り込まれたお金は2万ちょっと…説明してもらえますか…」という話です。実はこのL社の賃金は、あくまでも顧客宅での実働時間をもとに算出しているので、顧客間移動の時間は労働時間となっていないのです。管理部長は、やれやれという顔で「あのね、最初のお客さんが終わったら、一旦家に帰ってもいいし、パチンコしたり、食事したりしていいんですよ。何でそんな時間まで給与を支払わなければならないのですか…最初に説明したはずですよ」と説明しました。しかし、D子は納得しません。「そう言われましたが、実際には、次のお客のところに向かう時間を考えると、家になんか帰れませんよ、30分も休憩できませんよ…」と返します。「移動って言ったって、電車やバスに乗っているだけでしょ、仕事していないじゃないですか…」と、もうこれで終わり、と言わんばかりでD子を事務所から追い出しました。「うちの主人も移動時間の賃金は支払われてないのかなぁ…」D子は、どうもすっきりしませんでした。

相談事業所 L社の概要

創業
平成10年

社員数
3名(パートタイマー 31名)

業種
家事請負業

経営者像

主婦感覚を活かし、家政婦ではない“家事請負業”を起業したA社長は40歳、買い物、掃除、洗濯、犬の散歩など、さまざまな家事をメニューとした内容が、高齢者世帯の顧客に受け入れられています。一男一女の母でもあるA社長は、まさに朝から晩まで大活躍です。


トラブル発生の背景

顧客着時間が始業、顧客宅を出た時間が就業というシステムのL社ですが、このシステムは合法的なのでしょうか。
消化不良で帰宅したD子が夫に相談すると「そんなばかな話あるわけないじゃないか、そんなことが許されるなら、俺なんか1日5時間も仕事していないぞ…」と怒鳴られてしまいました。

経営者の反応

「社長!D子のだんなさんから電話です」と管理部長が血相を変えて走ってきました。管理部長の話を聞くと、「私が話しても、あなたと同じことを言うだけでしょ、折り返しにしておいて…」というと少し考え始めました。というのも、顧客が増えてくると仕事と仕事の間の時間がタイトになりがちだったからです。「でも、長くても短くても仕事していないことに変わりないわけだし、“休憩”ということよね…」と頭を切り替えると、D子のご主人に電話しました。しかし、「次の予定が決まっていなくて、家に帰ったところをまた呼び出すのであれば別だが、一日拘束しているのでしょ」と言われると何も言えなくなってしまいました。弁護士に相談してきちんと返事します、とやっとのことで電話を切ると、どっと疲れたA社長でした。
「移動時間までお金を払っていたら、この仕事はやってられない…何とか良い方法はないものか…」悩み始めたA社長は、新聞でみた士業ネットワークのことを思い出し、パソコンを立ち上げました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:野々山 宏)

労働基準法第32条に定められている労働時間とは「労働者が使用者に労務を提供し、使用者の指揮命令に服している時間」のことです。具体的には、労働者が使用者から時間や場所、および業務内容の具体的な指示のもとに拘束を受け、その指揮命令下におかれた時間です。本来の業務作業の準備行為でも、その作業を行うのに必然的で、通常必要とされているものは、労働時間に含まれてきます。逆に、拘束されている時間であっても、労働から完全に解放されていることが保障されている時間は休憩時間となり労働時間とはなりません。
L社のように訪問先で業務を行い、次の訪問先へ移動する非定型的パートタイマーの業務が訪問介護事業や家事請負業などで最近増えているようです。これらの業務では、訪問先の介護や家事などの直接の業務以外に、(1)移動時間、(2)業務報告書等の作成時間、(3)待機時間などが発生します。現実の問題として、これを労働時間としていないことが多くあり問題となっています。これらの時間がいかなる場合に労働時間となるかについては、訪問介護事業に関し厚生労働省が平成16年に通達を出して、以下のように一つの基準を示しています(平16・8・27基発0827001号)。

(1)移動時間
事業所、集合場所、利用者宅の相互間の移動時間については、使用者が、業務に従事するために必要な移動を命じ、当該時間の自由時間が労働者に保障されていないと認められる場合には、労働時間にあたるとされています。例えば、事業者から指示された訪問業務に従事するために、事業場から利用者宅への移動に要した時間や、一つの利用者宅から次の利用者宅への移動時間が、通常の移動に要する時間程度である場合には労働時間と考えられるとされています。次の訪問先までの通常の移動に要する時間は使用者から命じられた次の訪問業務に通常必要とされている行為のための時間となるからです。
D子さんが次の訪問先までの空き時間のうち、自転車、バイク、電車、バスなどでの移動時間が通常要する時間程度であれば、その時間は労働時間となるのが原則です。なお、次の訪問先への空き時間のうち、移動時間に通常要する時間以外の時間は、(3)の待機時間の問題となります。

(2)業務報告書等の作成時間
報告書等の作成時間については、その作成が制度や業務規定等によって業務上義務付けられているものであって、使用者の指揮監督に基づき、事業場や利用者宅において作成している場合には、労働時間にあたるとされています。作成場所が事業場や利用者宅でなくとも、使用者の指揮監督によって作成していると評価される場合には、労働時間にあたると解されるべきです。D子さんが、L社から命じられた報告書を利用者宅でなく、空き時間に喫茶店で作成した場合でも、通常作成に要する時間であれば労働時間にあたると考えられます。

(3)待機時間
使用者が急な需要等に対応するため事業場等において待機を命じ、当該時間の利用が労働者に保障されていないと認められる場合には、労働時間に該当するとされています。
D子さんの場合は、特にL社へ戻ることを命じられ、待機場所を指定されているわけではありませんから、次の訪問先までの空き時間は(1)(2)を除けば休憩時間、あるいは休憩時間類似の休息時間となり、労働時間とはなりません。

以上のように、顧客着時間が始業、顧客宅を出た時間が終業を厳密に行うL社のシステムには、1日に何回も始業と終業が発生することにもなり、労働基準法上問題があります。今後、できるだけ移動時間を労働時間としないようにするには、事業場への出勤後各訪問先に移動するシステムではなく、各パートタイマーにFAXやメールなどで指示して、自宅から直接訪問先へ直行して業務に従事し、その後訪問先へ移動しても、最後の訪問先の業務の終了後は事業場へ戻るのではなく、自宅へ直帰し、FAXやメールなどで報告をさせる方法があります。通勤時間は使用者の支配管理下にない業務外の時間であり、未だ使用者の指揮命令の下に入っていない時間であるので、労働時間には該当しません。自宅から最初の訪問先への移動は指定時間までに指定された訪問先に着けば、いつ自宅を出てもどのようなルートをとっても良いのですから、通勤時間と同様であり、具体的に使用者の指揮監督下に入った最初の訪問先到着時間から労働時間が開始します。
自宅への直帰も同様に、訪問先から自宅までの移動は通勤時間と考えられますから労働時間にならず、顧客宅を出た時間が就業時間となります。事業場と訪問先との移動時間の労働時間からの節約ができます。ただし、このような現場直行、直帰型の事業場外労働には、事業場での指示や事業場への戻りが義務付けられていないことから、事業場外労働のみなし時間制度(労働基準法第38条の2)の適用が問題となります。訪問先や訪問先到着時間、作業時間、終了時間等の当日の業務の具体的指示を出すシステムを取り、さらに携帯電話等で訪問先ごとの業務の報告をさせ、そのつど指示を行うなど随時使用者の指示を受ける体制を整えて、使用者の具体的な指揮監督が及び、労働時間の算定が可能なようにしておく必要があります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:小林 新治)

弁護士の説明の通り、移動時間とは、事業場、利用者宅間の相互を移動する時間で、この移動時間が労働時間になるかどうかは、(1)使用者の指揮命令と(2)当該時間の自由利用の保障がポイントです。つまり、使用者が業務に従事するために必要な移動を命じていて、当該時間の自由利用が労働者に保障されていない場合には労働時間となります。
したがって、D子さんのように1日3件の家庭を訪問して業務を遂行している場合、利用者宅から利用者宅へ移動するのに必要とされる時間は労働時間となります。しかし、それ以外の利用者宅と利用者宅の時間がかなり空いているような「空き時間」については、労働時間とはならないと考えられます。
このように、移動時間が労働時間に該当した場合には賃金を支払う必要があります。この点については、「訪問介護労働者の法定労働条件の確保について(平成16年8月27日基発0827001号)」が基準を示しています。この通達は、訪問介護労働者の法定労働条件となっていますが、訪問介護労働者の定義は介護保険の適用にかかわらず日常生活上の世話を行うもの(日本標準産業分類中の「訪問介護事業」に従事する者をいう)です。したがって、L社の一般家庭における家事請負業にも適用されます。

通達の中で「訪問介護事業においては、訪問介護の業務に直接、従事する時間以外の労働時間である移動時間等について、賃金支払の対象としているかどうか判然としないものが認められるところであるが、賃金はいかなる労働時間についても支払わなければならないものであるので、労働時間に応じた賃金の算定を行う場合は、訪問介護の業務に直接従事する時間のみならず、移動時間で労働時間となる時間を通算した時間数に応じた賃金の算定を行うこと。」としています。つまり、L社は、D子さんの賃金について移動時間で労働時間に該当するものについてはきちっと支払う必要があるのです。なお、業務時間と移動時間の時給を変えても差し支えありません。先の通達によると「イ 訪問介護の業務に従事する時間とそれ以外の業務に従事する時間の賃金水準については、最低賃金額を下回らない範囲で、労使の話し合いにより決定されるべきものであること。」つまり、労使の話し合いで決定しなさいと言っているのです。ただし、最低賃金法がありますので、最低賃金を上回る単価であることが条件となります。例えば、移動時間の時給単価を最低賃金(京都の場合700円)以上の720円にします。そうすると、1分の単価は12円になります。1分の単価を算出するのは、移動時間に対して賃金を支払う場合の移動時間の賃金について労使双方が納得し、気持ちよく支払いを行うためです。ここで、ご注意いただきたいことは、契約前に労働条件通知書等で労使がお互いに確認しておくことが大変重要になってくるということです。単価が違うことを曖昧にしておくと後でトラブルになります。

次にD子さんへの対応です。L社の賃金は、あくまでも顧客宅での実働時間をもとに算出しているので、顧客間移動の時間は労働時間となっていません。顧客着時間が始業、顧客宅を出た時間が終業というシステムのL社ですが、この体制を改善しなければなりません。利用者宅間の通常必要とされる移動時間は、労働時間となるので、賃金計算に含めます。そして、必要とされる移動時間については移動距離によって合理的に見積もります。移動時間がパターン化できる場合にはパターンを作っておいて、これよりも多くなった場合は申告によりプラスします。パターン化できない場合には、申告により1カ月合計移動時間に1分単価を乗じる方法があります。私は、移動時間については、空き時間ができた場合は、自由利用を保障することを前提にして実際に移動にかかった時間を労働者から自己申告させ、その1ケ月合計時間に12円(1分単価)を乗じて支給する方法が合理性のあるやり方と考えていますが、大事なことは、会社の実態に即して移動時間に対する合理性のある賃金を支払うことです。
パートタイマーにとっては、空き時間を自由に利用できることが労働条件の魅力の一つになっている場合があります。L社では、主戦力は31名のパートタイマーで、それぞれの家庭事情により1日1件から3件の家庭を訪問して業務を遂行しています。一軒当りの所要時間は長くても3時間くらいとのことですので、家事をしなければならない主婦パートにとって、負担にならずに続けていける仕事ではないでしょうか。
会社にとっては、「気持ちよく働いてもらう」ことが大切です。職場環境を整えて、移動時間については必要な時間には賃金を支払い、空き時間は自由を保障してあげればよいのです。そして、パートの方々にしてもらうべきことを常に教育していくことです。例えば、「顧客に対して親切、丁寧に」などです。目標が達成できれば、昇給していく仕組みを作ることも励みになります。

平成20年4月1日にパートタイム労働法が改正されました。改正に伴いご注意いただく点は三点です。(1)雇い入れの際、労働条件(更新の有無、賞与、退職金、昇給の有無を追加)を雇入通知書で明示してください。(2)パートタイマーと正社員の均衡(バランス)のとれた待遇にしてください。単純に「パートだから」給与が安いという理由は通用しません。(3)パートタイマーから正社員へ転換するチャンスも整備してください。
基幹的な仕事をするパートタイマーが増加するとともに、会社側も処遇の見直しを行わないと勤労意欲や能力開発意欲に影響を与えます。経営の本質は「顧客を増やすこと」です。職場環境の整備された会社で教育訓練の行き届いたパートタイマーは顧客に対して「親切、丁寧」を実行します。それが他社との差別化になるのです。経営の三大要素は、「ヒト」「モノ」「カネ」です。「ヒト」は大切な資源です。「パートタイマーは補助的な仕事」という従来の認識は必ずしも当てはまらない時代となってきたのです。

税理士からのアドバイス(執筆:谷口  薫)

本件において、D子さんの移動時間が労働時間に含まれることとなった場合には、L社からD子さんへ、過去の労働時間に対する給与(以下「過去分給与」という)が支払われることになると思われます。
この過去分給与の支払いについて、D子さんとL社には、どのような税務上の取り扱いがされるか検討します。まず、D子さんに、過去分給与が支払われた場合、その所得区分が何に該当するかという問題があります。
これについてはその性質上、給与所得と一時所得のいずれかが考えられますが、一時所得からは、労務その他の役務の対価としての性質を有するものは除かれます。(所法34条1項)よって、過去分給与は、本来的な労務の対価として支給されるものですので、給与所得として取り扱われることになると思われます。

次に、過去分給与は、その発生時期を考えると、本年に発生したものと、前年以前に発生していたものとに、大きく2つに分けられます。
本年分は特に問題とならないでしょうが、前年以前に発生した過去分給与については、これがいつの所得であるのか?収入とすべき時期の問題があります。
すなわち、本来支給されるべきであった年の給与所得となるのか、それとも一括して支払を受けた本年の給与所得となるのかを判断する必要が生じます。
この点について、所得税法基本通達36-9(1)では、給与所得の収入とすべき時期は、原則として支給日が定められている給与等についてはその支給日、支給日が定められていないものについてはその支給を受けた日と規定しています。
給与所得の収入とすべき時期については、総合的な判断を要すると思われますが、本件では、D子さんへの過去分給与が、過去の勤務に基づいて計算され、支給されるものであろうと考えられますから、本来はそれぞれの支給日に支給されるべきものであった、支給日が定められている給与等に該当することになると思われます。
よって、前年以前の各年に帰属すべき給与ということになり、L社は、D子さんへの支払額を各年の通常の給与として、既支払額と合算し、各月の源泉徴収税額を算出する作業が必要となります。
さらに、その支払額とその支払額に係る源泉徴収税額を年末調整済みの給与金額と源泉徴収税額に合算したうえ、年末調整の再計算を行い、過不足精算をするのが原則となります。

しかし、上記の処理は、結果的に年末調整において精算されるものであることから、通常の源泉徴収税額計算を省略して、年末調整の再計算によって不足額を求めても差し支えないと基本通達183?193共?8では定められています。
本件では、D子さんの毎月の給与額が2万円程度で、過去分給与の支払額を合わせても月3万円程度と思われますが、月額給与が88,000円未満であれば、結果的に毎月の源泉徴収税額は発生せず、また年間の給与収入が103万円以下であれば、年末調整の再計算で不足税額が生じることはないと思われます。ただし、D子さんがL社に「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」を提出していることが必要です。
L社の税務上の処理については、D子さんの税務で説明した通り、源泉徴収義務者として、その支払額に対応する各月の源泉徴収計算と、年末調整計算をやり直すことになります。なお、D子さんへの源泉徴収票の再発行と給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表の訂正分の提出が必要となります。
次に、D子さんへ支払った過年分の給与は、当然、L社の法人税法上の損金となりますが、その損金算入時期はいつになるかという問題があります。
法人税法では、給与のように、販売費及び一般管理費に属するものは、法人税法22条3項において、債務が確定したときに損金の額に算入することとしています
これを債務確定基準と言い、具体的には、次のような要件を充たさないと、損金として取り扱われないこととなっています。

(1)当該事業年度終了の日までに当該費用に係る債務が成立していること。
(2)当該事業年度終了の日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
(3)当該事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。(法人税基本通達2?2?12)

これら法人税法上の規定と法人税基本通達等の規定から、総合的に本件事例を考えてみますと、本件過去分給与は、遡及して支給されることになったものであり、本来ならば支払義務が発生した各年に計上すべきように思われますが、債務確定の時期は、その和解や承諾等により、その金額が具体的に確定したときとするのが相当と考えられますので、支給すべきことが具体的に確定した事業年度、つまり当期に、その確定した金額を計上することが相当と考えられます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21京都 会長 安藤 壽建  /  本文執筆者 弁護士 野々山 宏、社会保険労務士 小林 新治、税理士 谷口  薫



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