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第79回 (平成20年9月号)

「係長に残業手当を支払うようになったのですね…
私にもいただけますか?!」

SRアップ21北海道(会長:安藤 壽建)

相談内容

「最近は管理監督者の問題がいろいろ取り上げられているが、わが社は大丈夫かな…」とK社長が幹部会議で切り出すと、古株のT総務部長が「確かに、わが社では係長以上を管理職としていますが、最近の傾向ですと係長クラスでは無理がありそうですね」と返します。マスコミ紙上で取り上げられることの多くなった管理監督者問題は、J社も例外ではありません。近隣の同業他社が労働基準監督署の調査を受け、管理監督者の定義を見直し、課長にも残業手当を支払うようになったという話も聞こえています。J社の幹部会議は長時間に及び、その結果、部長・課長職の役職手当を増額し、係長には残業手当を支払うこととなりました。
そんなある日、3ヶ月前に退職した元係長のG社員から電話がかかってきました。「T総務部長、お久しぶりです。ところでJ社は係長に残業手当を支払うことになったそうですが、私にもいただけますか…賃金の請求事項は2年間ですのでよろしくお願いします…後で内容証明も送りますよ…」と一方的にまくし立てます。あわてたT総務部長は「君が在職中は管理者だったのだ!まして、退職しているのに、なぜ残業手当を支払わなければならないんだ…」と逆切れしてしまいました。G社員は「私のほかにも、退職した係長たちは連絡をとっていますよ。もともと安い月給でこき使われて、何の権限もないし、それで残業代なし、というのもおかしな話だったんですよ…それを会社がわかったということじゃないですか…われわれにもいただく権利があるということですよ」と負けてはいません。「社長に相談する…」疲れ果てたT総務部長は電話を切りました。

相談事業所 J社の概要

創業
昭和60年

社員数
43名(パートタイマー 11名)

業種
広告代理店

経営者像

折込広告やタウン誌を発行しているJ社のK社長は62歳、小規模ながらも地元密着型の営業手法が功を奏し、まずまずの業績を維持していますが、社員の定着はよくありません。また、係長まで管理職としているのは問題がありそうです。


トラブル発生の背景

飲食店の店長が管理職か否か、で問題になっている昨今ですが、一般企業の係長・課長クラスの処遇の方が大きな問題でしょう。企業内の管理監督者定義と労基の定義が、かけ離れているケースが多々みられます。
今後のリスク管理として、企業の管理監督者をどう定義づけるのか、労働時間管理と残業手当の支払い、そしてサービス残業といった問題を解決しなければなりません。

経営者の反応

「辞めた人間が何を言っているのだ!」K社長は怒るよりも驚きました。「しかし、彼の言うことにも一理あって…過去と現在の係長の業務内容や権限はまったく一緒だと…どうやら内部の者と連絡を取り合っているようです…」とT総務部長が小さな声で応えます。「過去は過去だ。わが社は、これから軌道修正しようとしているのだから、これをかき回すようなことが許されるはずがない!」とK社長は強気です。「辞めた人間のことなど、ほっておけ…」と言うと、社長室に消えました。困ったT総務部長は、社長の強気が通用するものなのかどうか、専門家に確認することが必要だと、相談先を探し始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:大崎 康二)

大手ファーストフード店の判決が大きく報道されて以来、この種の相談が増加しています。このことは、管理職の処遇について、管理職手当を支給する代わりに、残業代は支給しないという扱いを行っている会社が多いことの現れなのでしょう。
さて、この問題を法律的に解説すると、係長などの管理者が労働基準法の「管理監督者」に該当するのか、という問題になります。労働基準法では、「管理監督者」については労働時間の制限(1日8時間1週間40時間)がなく、そのため何時間働こうとも残業代の支払い義務は発生しません。
ただし、管理職の肩書きがあったとしても、管理者としての実態が伴わなければなければ「管理監督者」には当たらないとされています。
裁判上では、
(1)労務管理について経営者と変わらない地位と権限を有している
(2)出退社時間について会社から厳格に管理されていない
(3)このような地位に相応しい賃金面の待遇を受けている
といった要素を総合して判断するものとされています。具体的には、部下の労働時間を管理し、場合によっては部下の処遇を決定する権限を有しているだけではなく、自分の出退勤時間については会社から拘束されず、本来払うべき残業代と地位に見合った高額の役職手当を受けていなければなりません。
この基準では課長・係長クラスの方が「管理監督者」と認められるケースは滅多になく、実際に、この種の裁判が起こされた場合は、ほとんどのケースで会社側の敗訴に終わっています。そして、残業代の請求については、2年間の消滅時効があるのみなので、現在から遡って2年間分の残業代の請求が認められることになります。さらに言うと、仮に残業代請求が裁判になり、判決が下った場合には、2年分の残業代の他に、大半のケースではそれと同額の「付加金」の支払と支払期限から年14.6%の利息金の支払を命じられることになります。
ただし、労働者側が裁判で残業代の支払を請求するためには、大前提として、タイムカード等を提出して、残業を何時間したのかを証明しなければなりません。この残業時間の資料が残っているかどうか、によって裁判の結論は180度変わってくることになるのです。
以上により、タイムカード等の資料がある場合は、G元社員からの請求を突っぱねて裁判になったときのリスクを説明した上で、むしろこちらから金額(例えば、本来の残業代の半額)を提示して示談することを提案します。
逆に、タイムカード等の資料がない場合には、裁判になったとしても裁判所が残業代の支払いを命じる可能性は低いことを伝えた上で、社長の考えどおりに突っぱねるのか、裁判になったときの面倒を回避するために10?20万といった金額を提示して示談するのか、という2つの方法を提案し、その選択を社長に委ねることになります。
問題は、むしろG元社員との交渉後の社内体制にあります。係長については、役職手当を残業代計算に算入すべき基本賃金から除外するために、役職手当の支払はみなし残業代として支払う旨を就業規則上明示することをお勧めします。また、課長、部長については、管理者としての実態を伴っているかどうかにもよりますが、残業代を支払うのであれば、代わりに役職手当をみなし残業代とすべきことを、また、残業代を支払わないのであれば、役職手当の上乗せと出退勤時間の自由化を提案します。
管理職の残業代の扱いについては、アメリカ政府と経済界の強い要請で「ホワイトカラーエグゼンプション」(安倍政権時代の「残業代0法案」)の導入が検討されているので、この法案が成立すれば、今後の扱いは大きく変わっていくことが予想されます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:大島 和久)

「名ばかり管理職」という言葉を紙面でよく見かけるようになりました。
しかし、10年、20年前と比べ、会社で「管理職とされる役職」や「管理職になったら残業代がつかない」と言った扱いが大きく変わっているとは思えません。ということは、同じ問題が表面には出てこなかったものの以前から存在していたのだということになります。ところが、日本特有の終身雇用制度が崩壊し、雇用形態が多様化したことにより、労働者の意識にも変化が生まれ、労働者としての権利を主張することが当然の世の中となってきました。最近では「自分は管理監督者に該当するのか否か」と言った問合せが労働基準監督署に相次いでいることからもそのことがうかがわれます。
さて、本件のJ社では係長以上を管理職として残業手当を支払っていなかったということですが、どこに問題があったのか検討してみましょう。
会社が係長以上を管理職とすること自体は何の問題もありません。その会社の中でどの役職以上の人を管理職とするのか、というだけの問題ですから、会社の人事制度上そう決めているのであれば、それはそれでOKということになります。しかし、J社は大きな判断ミスをしてしまいました。それは、「会社の決めた管理職」が「労基法上の管理監督者」に該当すると思っていた、または会社の判断でそうしていた点です。「労基法上の管理監督者」については弁護士が説明した通りですが、次のような通達(昭和22年9月13日基発17号、昭和63年3月14日基発150号)も出されています。

 

<管理監督者の範囲に関する通達の概要>
・会社が人事管理上または政策上の必要から任命する役職者がすべて管理監督者に該当するわけではないこと
・労働時間等の枠を超えて活動せざるを得ないほど重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も労働時間の規制になじまない立場にあること
・職位や資格の名称にとらわれることなく職務内容、責任と権限、勤務様態の実態に基づき判断すること
・賃金等の待遇面において役職者以外の労働者に比して優遇措置が講じられていること
・本社の企画調査等の部門に多く配置されているスタッフ職であってもその企業での処遇の程度等によっては、管理監督者に該当すること

 

 

J社のように「管理監督者の範囲」を誤ると、残業代不払が発生し、企業側にさまざまな弊害をもたらします。第一には、労働者から残業代の支払を求められるという直接的なリスクを負うことです。このことは大手ファーストフード店の裁判からも明らかです。仮に、そのような事態に陥ったとしたらどうでしょうか、問題解決にかかる時間や費用、取引先への信用問題、募集採用の問題等々会社にとって大きな負担になることは間違いありません。第二に、労働者のモラル低下につながる可能性があるということです。一般的には、会社で管理職になると残業代が支給されなくなる代わりに役職手当が支給されますが、場合によっては収入減となることがあります。役職手当より管理職になる前の残業代のほうが多いので収入が逆転してしまうということです。これでは頑張って昇進・昇格して管理職になろうとする人がいなくなってしまいますし、管理職になった人も会社を発展させようという気分にはなれないでしょう。そのことが結果として会社業績に影響を与えることになるのです。それでなくても現代では管理職に求められる職務や責任は広範囲にわたっています。会社の業績を伸ばすことはもちろんのこと、それ以外にも最近の管理者には次のようなことも求められているのです。

 

<管理職に求められる職務の一例>
(1)労働時間管理・・・残業代の抑制と言った理由のみならず、大切なのは長時間労働による健康障害を防止するといった観点からの労働時間管理が欠かせません。
(2)有給休暇の管理・・・労働者の権利意識の向上や、労働時間の削減などさまざまな理由から有給休暇の取得が進むものと思われます。有給休暇を管理し如何に自分の管理する部署を効率的に稼動させるかといった管理能力も求められることでしょう。
(3)パワハラ対策、セクハラ対策・・・最終的には、会社として当事者にどう対処するかと言う問題になりますが、事案を早期に解決していくためには第一線で部下を管理する立場にある管理者がどのように問題を捉えるかが非常に大切になってきます。

 

 

いかがでしょうか、これらの事項は最近増えてきた労働者と会社間で起こる個別労使紛争の原因でもあることに気がつかれたことでしょう。
ここでJ社のようなトラブルを避けるために管理者について、今後どのようにすべきかについて考えてみましょう。まずは管理監督者の権限を見直して「労基法上の管理監督者」に該当する権限を委譲することです。そして、その地位にふさわしい賃金面での処遇を手当し、出退勤についても管理者に任せることです。特に権限については、管理監督者の判断をする際に重要な要素であり、裁判では企業全体の経営に関してどのように関与しているかの程度を問われるケースが多いので注意が必要です。単に部下を統括管理しているくらいでは、労基法上の管理監督者に該当しません。出退勤については、どんな大企業の役員であっても、まったくの自由ということはあり得ないことですが、少なくとも遅刻・早退や欠勤などに対する賃金カットは行うべきではありません。なお、管理職の役割が大きくなっていますので、労働時間・休暇・休日など労基法の研修、パワハラ・セクハラの防止や実際に起こったときの対処の仕方などの研修を行い、管理監督者が使用者と一体となって労務管理を行えるような体制作りをしていくことも必要です。また、管理者に登用した労働者とは、改めて雇用契約書を交わし、本人が管理監督者であることを自覚させることも必要かもしれません。この場合、平成20年に施行された労働契約法で就業規則と雇用契約の関係が規定されていますので、就業規則の点検も忘れないようにしてください。
最後に管理監督者に該当しない役職者についての対策ですが、これまで支給していた役職手当分を固定の残業代と明示して支給するなど、残業代が支払われるような賃金構成に変更しておく必要があります。いずれにしても、通達にあるように管理監督者の要件は実態で判断されますので、常に社内の状況を考慮して、権限や待遇その他の条件を適宜見直していくことがポイントだと考えます。

税理士からのアドバイス(執筆:中川 智)

まず、法人が残業手当を給与の定期支給時に支払っている場合には、その支給額は、法人においては給与(損金算入)・個人においては給与所得としてその都度源泉徴収されていますので税務上特に留意する点はありません。
ただし、本件のように、既に退職した社員に対し、過去の残業手当を支給する場合は、その性格により課税上の扱いが変わってくることが考えられます。
文字通り、残業手当の後払いであれば原則通り法人側も給与・個人も給与所得となるでしょうが、状況によっては、退職金の上乗せとしての支払で法人側は退職金・個人側は退職所得、また、慰謝料や損害賠償金となるのであれば、法人側は雑損失・個人は一時所得または、非課税所得になることもあるでしょう。
いずれにせよ、法人・個人ともその課税上の性格に沿った課税手続き(修正申告・年末調整の再計算等)が発生する可能性があります。
本件は残業がテーマでしたが、ご参考までに残業時の食事代について説明します。
基本的には、法人が個人に給与や手当てとして実際に支給する金銭のみならず、社宅や食事の提供といった物、または権利その他の経済的な利益を含めて所得税法上給与所得とされます。これらの経済的利益を現物給与といい、金銭支給される給与の代替または、追加支給的性格から原則給与所得として課税されますが、選択性や換金性に乏しいこと、福利厚生的性格も有することから、金額が僅少なもの、社会通念上相当と認められるものについてはあえて課税の対象とせず「非課税」として取り扱われることがあります。
一例を挙げると次の通りです。
(1)職務の性質上又は業務の遂行上必要とされるもの
・ 制服その他の身回り品の支給
・ 研修費用
(2)個人に対する利益の帰属や程度が不明確なもの
・ 会社加入の生命保険、損害保険
・ レジャークラブ、社交団体の入会金等
(3)少額不追求の観点から課税除外とされるもの
・ 永年勤続者の記念品、創業記念品等
・ 社員に対する値引き販売
・ 各種レクリェーション費用
・ 昼食代の補助
(4)政策的措置によるもの
・ 住宅取得資金の貸付
残業時の食事代もこの現物給与の一種で、残業または、宿日直をした人(その人の通常の勤務時間ではなく、時間外における勤務としてこれらの勤務をした人に限ります。)に支給する食事については、課税の対象としなくて差し支えないものとして取り扱われています。
ただし、現物に代えて残業している者に支給する金銭については、食事そのものではなく金銭で支給する手当の一種ですから、非課税の取り扱いは適用されず、その全額について給与所得として源泉徴収の対象にする必要があります。(深夜勤務者等については特例があります。)参考:所基通36-24(残業又は宿日直をした者に支給する食事)
もちろん、「非課税」としての取り扱いは、残業時には食事代を支給する慣行のあること、残業または、宿日直をした人には一律支給すること、福利厚生規定等の社内規定があること等が前提になります。残業手当についても遡及支給は課税上様々な問題点があることについては前述の通りです。
J社は本件を踏まえ、税務上の観点からも、適正な人事・給与制度の構築、労働時間管理、福利厚生規定を整備することがまずは必要と考えます。
なお、事実関係によっては適用要件が異なり、結論が異なることもあります。実際の適用にあたっては、必ず専門家に確認のうえ対応願います。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:横山 光昭)

本件の元係長のGさんは、もしかしたら金銭的な不安や先の見えない時代への懸念が原因で、このような問題を引き起こしたのかもしれません。また、J社の社員の定着がよくないのも、金銭的な不安や将来への不安といった部分ではないでしょうか。そうだとすれば、人材の流出は会社にとって損失となりますので、賃金面や待遇など雇用体制について早急に改善していく必要があるでしょう。
「昇給がない、賃金が低下した」「残業時間を制限された、カットになった」「ボーナスが大幅に減った…、出ない」などという厳しい現実がいつ労働者を襲うかもしれません。しかし、常日頃からこういったことは現代に生きるリスクなのだと自覚し、自らが進んで家計の見直しなどに取り組んでいくことが必要な時代になっているように思います。また、その気持ちや考え方の習慣があるかないかで、今後の生活設計が大きく左右されることになるでしょう。お金を含めた生活設計がきちんとなされているならば、本件のような事件であっても、その結果によって個々人が大きく振り回されることは決してないと思います。残業代のカットなどに大きく影響されない家計作りを目指したいものです。
最近、「貯蓄をする人が増えている」という情報やデータを目にしたことはないでしょうか。事実、私が家計の相談を受けるときも、貯蓄や節約に関するアドバイスを求められることが多くなってきていますし、確かな風潮だと思います。しかもその傾向は20代、30代といった若い男性に強く表れてきているようです。若い頃は「貯蓄」よりも、むしろお金を使っていろいろと楽しみたいと言うのが本当のところなのでしょうが、かつてのそのような常識が今や変わりつつあるのです。
「貯蓄をしたいということ」そこにはどのような心理が隠されているのでしょうか? その要因として一番大ききいのが『将来への不安』であると言われています。確かに家計相談にのっているFPの立場から申し上げると、現代では多くの事柄において「自己責任」が求められる、それゆえ将来の生活に不安を持つ若者が否応なしに貯蓄に走るという時代になっている、そう感じます。
ボーナスでやりたいことの1位が「貯金」という時代を私たちは生きているのです。私たち自身でも自己防衛力を高めていかなければなりません。

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SRアップ21北海道 会長 安藤 壽建  /  本文執筆者 弁護士 大崎 康二、社会保険労務士 大島 和久、税理士 中川 智、FP 横山 光昭



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