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第73回 (平成20年3月号)

業務上横領?
「ちゃんと返しているから…借りているだけですよ!」

SRアップ21山形(会長:山内 健)

相談内容

「おーい、Aさんのところに、トイレットペーパーとティッシュ5箱追加!」と今日もM社では元気な声が飛び交っています。“市内全域 あらゆるものをお届けします”をキャッチフレーズとして、M社に対するニーズは高齢者世帯を中心として急激に高まっています。社員たちも品物を届ける際に顧客から感謝されることが多く、一歩会社に入ると、そのモチベーションの高さが感じられるほどです。
ある日のこと、経理課長がT社員に問いかけています。「T君の昨日の集金分が入金されていないぞ」「昨日は直帰しましたので、本日の分と合わせて入金します」とT社員が返します。経理課長は「そうか、ほかにも2日、3日とまとめる者がいるから困ったものだ。社長に相談して何とかしなければいけないかな…」といいながら自室に戻っていきました。経理課長の後姿を見ながら「これは困ったぞ、みんなに連絡したほうがいいな」とT社員がつぶやきました。
その日の夕方「何をやっているのだ!そんなこと当たり前だろう。少なくとも次の朝には必ず集金したお金を出すように徹底しろ。へたすると使い込んでいるやつもいるかもしれないぞ…明日は臨時朝礼だ。私から話す」とY社長が経理課長を怒鳴っています。
次の日の朝礼で社長の話が終わると、すぐに集金したお金の回収が始まりました。ところが、U社員1名だけがもじもじしています。「実は、3万だけ借りていまして…」Y社長と経理課長は顔を見合わせ、ため息をつきました。Y社長は「借りている、じゃないだろう。横領、いや窃盗だ。事の重大さがわかっているのか、お前はクビだ!警察に言わないだけでもよしと思え!」と言い捨て、後のことは経理課長に任せました。

相談事業所 M社の概要

創業
平成6年

社員数
16名(パートタイマー 2名)

業種
各種商品デリバリー業

経営者像

M社のY社長は52歳、雑貨店を経営していますが、さらに取り扱い用品を増やし、宅配サービスも付加価値として急激に業績を伸ばしています。M社は若い社員が多く、職場にも活気があります。


トラブル発生の背景

最近は少なくなった“集金”という業務で問題が発生しました。目の前にお金があると“つい…”という人間の弱さを考えていないM社の管理に問題がありそうです。
T社員によると、他の者も同様の手口を使っているようですか、証拠がありません。いい雰囲気だったM社が急に暗くなりました。

経営者の反応

「社長、U社員が、なぜ自分だけが…と言っていますが、どうしましょう。証拠はありませんが、どうやら大多数の社員が使い回しをしているようです。とりあえず、解雇は撤回したほうがよろしくないでしょうか…」おずおずと経理課長がY社長に進言しています。「ばかやろう!そんなことを言っているから社員がだらけるのだ。もともとはお前の管理がだらしないから、このようなことになるのだ。せっかく良い社員たちが定着してきたと思っていたのに…お前の責任だから何とかしろ!」と社長に言われ、U社員からは「たまたま自分が見つかったからって…即時クビはないですよ、みんなやっていますよ。最後には返しているからいいじゃないですか、不当解雇で訴えますよ!」と言われ、経理課長は途方にくれました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

まず、集金した会社の金を社員が私的に使い回す行為(使い回し)が、法的にいかなる評価を受ける行為なのかを考えてみましょう。
U社員は、「3万だけ借りていまして」と言い、罪の意識はあまりないようですが、M社との間で“貸す・借りる”という約束をしたわけではありませんから、お金の貸し借りに留まる問題でないことは明らかです。刑法上、業務上横領罪に該当する行為であることを認識する必要があります。
業務上横領とは、「業務上自己の占有する他人の物を横領」することで、法定刑は「10年以下の懲役」です(刑法第253条)。会社の売掛代金は、社員が集金した時点で会社の所有物となりますから、社員から見れば、「他人(である会社)の物」であり、社員はこれを「業務上」「占有」していますので、これを一時的にせよ着服すれば、立派な横領です。数日後に会社へ入金しても、いったん成立した横領の罪が消えるわけではなく、被害が回復されただけと評価されます。
とはいえ、本件のように、会社側の入金管理がいい加減で、ある程度の期間分をまとめて入金することが珍しくなく行われていた場合に、比較的少額を数日後には確実に入金できる状況のもとで使い回した程度のことであれば、使い回しをしたU社員が現実に刑事罰を受けることにはならないでしょう。仮にM社が警察に持ち込んだとしても、起訴猶予処分(犯罪は成立しているが、軽微なので、刑事裁判にはかけないという処分)で終わるものと思われます。
では、次に、刑法上上述のように評価される使い回し行為が、労働法上どのように評価されるのかを考えてみましょう。
Y社長は、U社員を懲戒解雇してしまいましたが、U社員は不当解雇だと主張しています。さて、どちらの言い分が強いのでしょうか。
会社が従業員に懲戒処分を課すためには、就業規則中に懲戒事由が定められており、その事由に該当する行為が存在することが必要です。M社の就業規則には、懲戒事由として職場規律違反行為があげられており、業務上横領と言える使い回し行為は、この懲戒事由に該当しますので、U社員は、何らかの懲戒処分は覚悟しなければならないでしょう。
しかし、懲戒処分にも種類があり、程度差があります。懲戒処分は、規律違反の種類・程度その他の事情に照らして相当なものでなければなりません。懲戒解雇という処分は、懲戒の中でももっとも重い処分ですから、そのような重大な処分が相当と言えるだけの事情が存在することが必要となります。判例上も、懲戒事由該当行為は存在するが、懲戒解雇処分は重すぎるとして、当該処分を無効としたものが少なからずあります。本件の場合、M社の集金管理にも問題があり、それまでに同種行為がかなり広く行われていたとみられること、金額的にも少額であり、数日後には入金されたこと等を考えれば、懲戒解雇はどうみても重すぎます。従って、M社が懲戒解雇にこだわり、U社員から不当解雇で訴えられれば(地位保全の仮処分という手続で争われることが多いと思われます)、解雇無効の判断が下され、M社は敗訴する公算が大です。M社としては、懲戒解雇は撤回し、あらためて譴責等の相当な処分をすべきです。
それでは、同種行為を行っていた(とみられる)他の社員に対する懲戒処分は可能なのでしょうか。懲戒処分を行うためには、懲戒事由該当行為の存在が認定されることが必要です。使い回しをしていたという事実を認定できるだけの証拠(本人の自白、他の社員の証言等も証拠となり得ます)がそろわない社員に対しては、懲戒処分を課すことができないという他ありません。
M社が本件を教訓として考えるべきことは、社員が集金した現金を、いつまでに、どのようにして会社へ入金するのかについてのルールを、改めて全社員に徹底することでしょう。これまでは、この点が徹底されていなかったため、Y社長は「直帰したときでも、翌朝には入金するのが当たり前」と思っていたのに対し、社員たちは「最後には返しているからいいじゃないですか」と思い、認識に大きな差が出ていました。今回の事件の原因となった、この認識の差をなくすことが肝心です。
社員が集金した現金というデリケートなものの扱いについて、M社はやや認識不足でした。明確なルールを構築して、これを徹底しないと、社員側にも使い回しへの誘惑が生じてしまいます。今回のことは、大きな実害が生じる前に、改善のきっかけが与えられたと捉えるべきでしょう。また、社員側も、使い回しを禁止するルールが徹底された後は、使い回しに対する制裁は、これまでよりも重くなると考えなければなりません。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:西村 吉則)

少子高齢化の進展により、顧客と店舗の距離は、経営を左右する重要な付加価値要素になってきました。高齢者世帯を対象にしたM社の各種商品の宅配サービスは、かつての御用聞きにも似た時代のニーズにかなったもので、業績向上の真最中だっただけに、本件の対応を誤れば、今後の経営に大きなダメージを与えかねません。
さて、解雇とは、使用者の一方的な意思により、労働契約の効力を将来に向かって終了させる行為に当たり、Y社長が、事実関係を掌握することなく解雇を放言したことは、早計のそしりを免れません。弁護士から概要の説明がありましたが、労働法上もう少し詳しくご説明します。

懲戒処分が有効と認められるには、以下の要件があります。
(1) 就業規則に該当
懲戒処分をするためには、あらかじめその事由とそれに対する懲戒の種類・程度を就業規則に定めておくことが必要です。そして、実際の処分は、就業規則の懲戒事由、懲戒処分の種類に該当するものでなければなりません。
(2) 平等取扱い原則の遵守
懲戒処分は、種類と程度が同じでなければならず、同様の処分事例について、先例を踏まえることが必要です。
(3) 相当性原則の遵守
企業秩序の維持確保の見地から、違反行為の内容と処分が均衡の取れたものでなければなりません。
(4) 一事不再理原則の遵守
ひとつの企業秩序違反行為に対して、重ねて懲戒処分することは許されません。
(5) 懲戒処分手続きの遵守
懲戒処分手続きが定められている場合は、それを遵守することが必要になります。
(6) 不遡及原則の遵守
就業規則の懲戒規定は、それが定められている以前の企業秩序違反行為に対して、遡って適用することはできません。

本件では、大多数の社員が、日常的に使い回しを行っており、会社がそれを放置・黙認していた責任を免れることはできません。したがって、最も重い解雇の処分を課すことは、相当性の原則に反することになります。また、重い懲戒処分により、これまで維持してきたモチベーションの高さが急落するだけではなく、会社に対する反感の念を抱かせることにもなりかねません。

M社の今後の労務管理上の対策として、以下のことをお勧めします。
(1) 配達・集金業務に関するマニュアルの作成・徹底
本件の発端となった入金処理については、集金した金銭は当日入金を原則とし、例外として、一定時刻(例えば、午後7時まで経理課に入金伝票とともに入金処理をする。)以降集金から戻った場合に限り、翌日入金処理をすることなど、配達・集金業務マニュアルに明文化し、周知徹底させることが重要です。
(2) 変形労働時間制の導入
M社は、労働者10名以上の小売業に該当し、週40時間適用事業所になります。雑貨店においては、顧客サービスのため、必然的に営業時間が1日9時間以上にならざるを得ません。そこで、1日8時間、早番・遅番の二交代制による1ヶ月単位の変形労働時間制の採用により、現在よりも効率的な営業活動を目指すようにします。採用の手順として、M社の就業規則を以下のとおり変更し、所轄の労働基準監督署に届け出ることになります。
(1) 1ヶ月単位の変形労働時間制の起算日を定め、1日8時間、変形期間を1ヵ月、休日は月9日(うるう年以外の2月は8日とする。)とし、週40時間制とする。
(2) 各月の始業・終業の時刻、休憩時間は部署ごとに勤務時間表で定めることとする。
(3) 各人ごとの各日の始業・終業の時刻、休憩時間は、勤務時間割表により、1ヵ月が始まる7日前まで通知する。
昔と違い「会社のために何かをする」という時代ではないだけに,自分のための目標を持たないと人は動きません。M社は,個々の社員が“自分が成長するための目標”を設定し,それをいかに組織全体の目標に統合していくか,ということをテーマにするとよいかもしれません。組織力というと,以前は同じようなカを持った者たちの和というイメージがありましたが,今は多様な個性をいかに融合,収れんしていくかがカギになってきています。
もともと社員のモチベーションが高い、という土壌のある職場環境ですから、本件を教訓としたルールを守ることを大前提として、社員が「自分で考える」機会をあらゆる場面で創出できるように仕向けてみてはいかがでしょうか。
まずは、T社員へ解雇の撤回を申し入れ、円満に職場復帰させることが先決です。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

会計・経理業務のなかでも、管理者が最も気を配る必要があるのが「現金」の管理でしょう。日々その場その場で記録しておかないことには、その足跡を追いかけることが不可能なのが「現金」だからです。その点、銀行の口座を経由した取引は、ある意味安心できるところがあります。何日もほったらかしておいても、その記録が通帳に記載されていて、しかも預金という形でお金がきちんと存在しているからです。言い方を変えれば「現金」取引を極力無くして、できる限り預金取引で済ますようにすることで、トラブルを未然に回避することができるとも言えます。
たとえば本件の場合でも、銀行から直接口座振替するなどの手段をとることができていれば、問題は発生しなかったでしょうし、また「現金」を扱う人がいる限り、常にM社のような問題が発生する可能性はなくならないと考えるべきです。
ただし、そうはいってもすべての取引から「現金」を無くすことはできません。M社でも何らかの事情で「現金」取引しかできなかったのかもしれません。
経理には、「現金出納帳」という帳簿があります。複式簿記という記帳制度の下では、仕訳日記帳・総勘定元帳という二つの帳簿を主要簿と呼び、それ以外の帳簿を補助簿といい、現金出納帳、売掛帳、買掛帳などがあります。現金出納帳は、日々の現金の動きを記録し、現在の残高を確認するためのものです。所得税や法人税では、青色申告制度という制度がありますが、これは複式簿記で記帳することを前提として、所得計算上の特典を受けられる制度です。この場合にも現金出納帳は、非常に重要な帳簿のひとつとされ、この帳簿の信憑性に疑問があった場合には、青色申告の取り消しという、非常に重い処分を受ける場合があります。記帳は日々適時に行う必要があり、特に現金出納帳はそうでなくては意味がないのです。一週間分の取引をまとめて記帳するということは、その期間の現金の動きと残高を管理できていないということであり、もし記帳の結果の残高と実際の残高が不一致だったときに、その原因を究明することが不可能な場合が出てきます。
出納業務の内部統制については、まず社内のルールを確立し、その内容を周知したうえで、これを確実に実行すること、またできれば二人以上の担当者が互いにチェックし合えるような仕組みにしておくことです。
本件でいえば、その日の集金はその日のうちに、直帰や直行は認めない、というような当たり前のルールが欠落していたことが最大の原因ではないでしょうか。社員が、不正な行為を起こせないような組織作りをしておくことが必要だと思います。二日も三日も集金したお金を社員に持ち歩かせてしまっている状況は、不正行為を助長しているようなものだともいえます。経理課長は、そのルールが徹底されているのかを常に確認し、違反者がいた場合にはきちんとした指導をするなど、事が大きくなる前にトラブルの芽を摘んでしまう工夫が大切です。
また、管理業務全体のチェック体制を構築しておくことも大切です。商品(在庫)は伝票と一緒に移動し、営業マンからお客様へ商品が移動するのと同時に、伝票もその控えが営業マンからお客様へ、そして現金とともに経理へ回す、という具合です。この商品・伝票・現金の関係を相互に各担当者が確認できる組織作りができていれば、悪質な、あるいは意図的な犯罪行為を未然に防止できることでしょう。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 西村 吉則、税理士 木口 隆



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