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第70回 (平成19年12月号)

“休暇チケット制度を廃止!”
「それは不利益変更だ!?」

SRアップ21沖縄(会長:上原 豊充)

相談内容

市の商工会の会合で「うちの社員はみんなよく働くよ。給与は高くないが、働きやすいのだろうな」とA社のU社長が笑っています。確かにA社の社員は定着がよく、勤続20年以上の社員がほとんどです。このA社には、“休暇チケット”というものが存在し、社員が有用の際は“一枚3000円”で会社が買い取るというものでした。なかなか有給休暇が取得できない環境の中で、社員達からも歓迎されている制度です。
ある日のこと、昨年入社した新人のF子が総務部にきました。「言い難いですけど、有給休暇を買い取ってはいけないのではないでしょうか…」F子は、これまでチケットを利用したことがなく、その年の有給休暇をすべて使い切るようなタイプの社員です。どうやら「F子は休みすぎだよ、休むと皆に迷惑がかかるよ」といような意見を先輩から言われたようでした。「チケットがあるから、みんな休まないんですよ。みんなが休まないから、有給休暇とっているだけなのに、白い目で見られて…」と泣きそうなF子です。その場は、総務部長がなんとかF子をなだめましたが、「あんなことを言ってきた社員は初めてだな…」と総務部全員を見渡しました。
「会社が有給休暇を買い取っているのではない、社員が何とかしてくれというからやっているのだ」とU社長が総務部長に説明しています。「社長、そんなこと私はわかっていますよ、しかし、時代が変わっているのですから、そろそろ方法を変えたほうがよろしいように思いますが…」と総務部長が食い下がります。「しかし、チケットをやめるなんて、F子以外の社員達が反発するだろう」と社長。二人は考え込んでしまいました。

相談事業所 A社の概要

創業
昭和43年

社員数
54名(パートタイマー 8名)

業種
産業用機械器具製造業

経営者像

郊外に製造工場を有するA社のU社長は66歳、社員の平均年齢が50歳というA社を率いて40年になります。就業規則よりも長年の慣行の方が優先している職場環境を好み、“俺が就業規則だ”というタイプです。


トラブル発生の背景

もともとは、有給休暇を取得されたくない、というU社長の思惑から、社員達を誘導してつくらせたチケット制度でした。ほとんどの社員が当年分の有給休暇は温存し、前年分の休暇をチケットにて買い取ってもらうような感じです。なかには、チケットすべてを換金する社員もいました。

経営者の反応

翌月の全体ミーティングで「来年からのチケット制度は、請求時効にかかる休暇だけを対象にしようと考えている」と総務部長が発表すると、「これまで通りでいいじゃないですか」「そんなことされると最初の1年はチケットが使えないじゃないか」「何か問題があったのですか」と喧々諤々の状態となりました。
「本来、有給休暇は、休みを与える制度なので…」という総務部長の声がかき消されるように「不利益変更だ!」「だったらチケットの単価も見直してください。全員が同じ額というのも変ですよ」等々、困った問題も発生してしまいました。「わかったわかった、もう一度考えるから、しばらく時間をくれ、それまでは従来通りだ…」とU社長が収めました、そのとき「もしかしたら、F子のせいじゃないか…」という声が上がり、F子に視線が集中しました。「だって、労働基準監督署に電話したら、おかしいって言われたんだもん」とF子。U社長と総務部長は青くなってしまいました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:宮城 哲)

A社の休暇チケット制度は,使用者が労働者から有給休暇を買い取り,買い取った分について休暇取得を認めないという制度です。
このような休暇チケット制度は,「有給休暇を与えなければならない」と規定する労働基準法第39条に違反します。同条が定める有給休暇制度の趣旨は,労働者が健康で文化的な生活を実現するため、有給休暇を与えて労働者の休養や活力の養成に充ててもらうことにあります。買い上げによって金銭を支給したとしても実際に休ませないのでは、休暇を与えたことにはならず、同条の趣旨に反するからです。行政解釈でも、「年次有給休暇の買上げの予約をし,これに基づいて法第39条の規定により請求し得る年次有給休暇の日数を減じないし請求された日数を与えないことは,法第39条の違反である。」(昭和30年11月30日基収4718号)とされています。
A社は、直ちに労働基準法違反の休暇チケット制度を廃止するなど是正措置を講じるべきです。労働基準法第39条違反が刑事罰の対象とされていることを忘れてはなりません(「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金」労基法119条1項1号)。
次に、A社が検討していた「時効にかかる休暇だけを対象とする休暇チケット制度」は合法かどうかを検証します。一般的に当該年度に消化されなかった有給休暇は、翌年度までは繰り越され、労働基準法第115条所定の2年の時効にかかると解されています(東京地裁判決平成9年12月1日労働判例729号26頁等参照)。そして,時効が完成した有給休暇については、「有給休暇を与えなければならない」(労基法39条)という使用者の義務も消滅するので、使用者がこれを買い取っても労働基準法第39条に違反することにはなりません(同様に,退職時に残った有給休暇を買い取ることも,退職後にはもはや有給休暇を与える義務は問題とならないため、労基法第39条違反になりません)。
したがって,時効が完成した有給休暇(退職時に残った有給休暇)を対象とする休暇チケット制度については,それ自体は違法にはならないと考えられます。
ただし,時効が完成した有給休暇(退職時に残った有給休暇)の買取りを制度化することにより、時効完成前(退職前)の有給休暇の取得を制限するおそれがあることを忘れないでください。時効完成前(退職前)の有給休暇の請求に対し,この制度による買い取りを条件にこれを認めない取扱いをすることは労働基準法第39条違反であり,直接的にそのような取扱いをしなくても、例えば,買い取り額を高額にするなど有給休暇を取得しない動機付けとなるような制度をつくることは、労働基準法第39条の趣旨に照らし避けるべきでしょう。なお、以上の説明は、労働基準法第39条の定める有給休暇についてであり、その基準を上回って与えられる法定外有給休暇については、労働基準法の適用はなく、これについて休暇チケット制度を設けても労働基準法違反の問題は生じません。
最後に、有給休暇の関連問題として,法定の有給休暇を半日単位で取得できるかという問題について付言しておきます。
有給休暇制度の趣旨が労働者の保養にあり,労働基準法第39条が「労働日」の有給休暇と規定していることなどから、有給休暇の単位は1労働日であり,使用者は労働者に半日単位で付与する義務はないと解されていますが(昭和63年3月14日基発150号)、例外的に,労働者が希望し,使用者もこれに同意した場合には,本来の方法による休暇取得の阻害とならない範囲で適切に運用されるかぎり半日年休も認められると解されています(平成7年6月19日基監発33号。なお,この行政解釈は,時間単位での年休には否定的です。)。また、労使慣行として確立された制度として労働契約の内容となっていると認められるとして,使用者に半日年休を受け入れる義務を認める裁判例もあります(東京地裁判決平成7年6月19日労働判例678号18頁)。なお、法定外有給休暇の場合は労働基準法の適用がありませんので、半日年休はもちろん,時間単位での年休も認められると考えられます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:上原 豊充)

A社は、ほとんどの社員が前年分の年次有給休暇(以下年休)をチケットにて買い取ってもらうか、チケットすべてを換金しているようです。弁護士の説明の通り、年休の買い取りは、制度の趣旨に反するため、原則として認められません。
ただし、例外的に買い取りが認められるのは、法定日数を超える部分の年休を買い上げる制度を設ける場合のほか、結果的に未消化となった日数について手当を支給することになる次の2つのケースが考えられます。
(1)退職時に未消化で残っている年休
(2)時効によって権利の消滅した年休
上記(1)・(2)いずれの場合もその効力を失った年休を企業でどう取り扱うかについては、法律上の制限がありませんが、このような取り扱いは、年休の取得を抑制する効果を持つため、年休制度の趣旨からみて好ましいものではありません。それでも、社員達から年休買い取りが歓迎されているようですので、チケットにて買い取る場合の買い取り単価の決め方について事例を紹介します。

1. 年休を取得した場合に支払われる賃金に準じて買い取り額を決める方法
年休を取得した場合、「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」で支払うのが一般的です。これは、月給者であれば、月によって定められた賃金をその月の所定労働日数で除した金額としていますから、買い取りの場合にも、月によって定められた賃金をその月の所定労働日数で除して計算すればよいわけです。
※年休を取得した場合に支払われる賃金は、労働基準法によって、
(1)所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
(2)平均賃金
(3)健康保険法に定める標準報酬月額
のいずれかによることとなっています。
しかし、前述のように、年休は退職や時効によって消滅するわけですから、実際に年休を取得した時に支払われるときの賃金と同額である必要はなく、むしろ実際に取得した場合に支払われる賃金より低くしてもよいものと思われます。

2. 一定額とする場合
一定額とは、当該社員の賃金にかかわらず、恩恵的なものとして、一律に3,000円とか5,000円などの定額で買い取る方法です。しかし、一定額とする方法は、1日当たりの賃金が社員によって異なることから、不公平感が残ることは否めません。
なお、この場合も同様に、年休取得促進の阻害要因にならない為にも、実際に取得した場合に支払われる賃金よりも低い額に設定する方がよいでしょう。
今後は、退職時や時効に限定した、チケット制度として運用することが望まれます。
もともとは、有給休暇を取得されたくない、というU社長の思惑から、社員達を誘導してつくらせたチケット制度あり、また、なかなか有給休暇が取得できない環境にあるようですが、年次有給休暇は、本来、労使間で積極的に協力して消化に努めるべきであり、仕事の都合で年休が取得できない労働環境に問題があります。
また、休暇が取れない背景・原因には、休暇に係る「制度面」の不備と、U社長や社員個人の意識・余暇インフラといった「環境・意識面」の未熟が相互に「悪循環」を形成していることが指摘できます。年休本来の趣旨をよく理解し、年休を取得しやすい職場環境作りを図ることが大事だといえるでしょう。また、年休取得推進について、日頃から取組まれることが必要だと思います。
この対策としては、年休の計画的付与という方法があります。
計画的付与とは、休暇の使用は原則として個人の自由に任されていますが、上司や同僚の目を気にして休暇が取得しにくいといわれる日本の労働環境を考慮し、休暇取得を促す意味で、あらかじめ計画的に、職場でいっせいに、または交代で休暇を使用する制度です。計画的付与は、年休の付与日数すべてについて認められているわけではありません。それは、従業員が病気その他の個人的事由による取得ができるよう指定した時季に与えられる日数を留保しておく必要があるためです。
年休の日数のうち5日は個人が自由に取得できる日数として必ず残しておかなければなりません。このため、労使協定による計画的付与の対象となるのは年休の日数のうち、5日を超えた部分となります。なお、計画的付与として定められた日については、労働者の時季指定権も、使用者の時季変更権も共に行使できません。
年休の計画的付与制度はさまざまな方法で活用されています。
方式としては、(1)企業もしくは事業場全体の休業による一斉付与方式(夏季休暇や年末年始休暇、閑散期などの大型連休) (2)班・グループ別の交代制付与方式 (3)年次有給休暇付与計画表による個人別付与方式 などが実施されています。
また、年次有給休暇を取得しやすい環境づくりのために、「アニバーサリー(記念日)休暇制度」、「リフレッシュ休暇」など、記念日や勤続5年・10年などの職業生活の節目に、年次有給休暇を利用してまとまった休暇取得を奨励する制度を設けている企業もあります。
このような休暇制度は企業の実情に応じて、労使協定で自由に決めることが出来ますが、事業場全体の休業による一斉付与の場合には、年休がない労働者や少ない労働者の取り扱いが問題となります。この場合には、これらの労働者について、特別の休暇を与える、年休の日数を増やすなどの措置を取ることが望ましいのですが、そのような措置をとらずに休業させる場合は休業手当の支払いが必要になります。また、特別の事情(例えば育児中や介護中など)から計画的付与が適当ではない労働者もいますので、労使協定を締結するに際しては、そのような労働者を計画的付与の対象から除外することも含め検討してください。

税理士からのアドバイス(執筆:友利 博明)

労基法上定められた有給休暇の行使に代えて、社員が有用な際に一枚3000円で会社が買い取る「休暇チケット制度」の所得税法上の取扱いについて説明します。
これまでの換金状況は、個人差があるものの制度として定着しており、会社は買い取ったチケット料金を福利厚生費として処理し、給与としての源泉徴収をしておりません。また、換金額は一律3000円とされており、労基法39条6項の年次有給休暇の期間に支給する賃金は平均賃金又は通常の賃金及び協定による標準報酬日額を支払わなければならないとする支払規定の要件を満たしておりません。そこで、「休暇チケット制度」によって支払われる金額の税務上の性質、課税の要否及び課税時期について検討します。

■ 支払金は給与所得に該当
最初に「休暇チケット制度」支払金の性質について、それが源泉徴収対象の給与かまたは、非課税の福利厚生費に該当するかどうかの判断が必要になります。
税務上の給与所得とは俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得とされ(所法28(1))、その中には家族手当、住宅手当、残業手当、職務手当などの諸手当も含まれることになっております。また、給与所得と他の所得を区分する基準は「雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付」であり、「給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるもの」(最高裁判例 昭和56年4月24日判決)であると判示しております。
ただし、給与所得者に金銭支給されるものであっても一定の宿日直料、夜間勤務者の夜食代、旅費、通勤手当及び結婚祝金等や現物支給される一定の食事、制服及び永年勤続記念品等については非課税所得として扱われます。また、労基法の規定に基づき会社が支払う休業補償、療養補償、傷害補償も課税されません(所令20(1)二)。一方、税務上の福利厚生費とは従業員並びにその家族に対する慰安、厚生、慶弔、保健などのための支出をいいます。
以上の観点から本件における支払金の性質を考えた場合、労基法上の有給休暇買い取りの違法性の有無はともかく、支払が雇用者に対する年次有給休暇に基因しており、税務上は個々人の平均賃金又は通常の賃金に係らず支給される定額の皆勤手当の支払に類似し、非課税扱いとされる前述の諸手当や災害補償及び福利厚生費には該当しないものと考えられます。

■ 源泉徴収の時期
給与所得の収入すべき時期は、契約又は慣習により支給日が定められている給与等については、その支給日、その日が定められていないものについては、その支給を受けた日として取り扱われます(基通36?9)。
たとえば、タクシー旅客運送業者が支給する社員乗務員の休日乗務手当につき源泉徴収が行われていなかった事案において、源泉徴収済みの通常の各月給与との合計額に月額表甲欄又は乙欄を適用して課税を算定すべきであるという国税不服審判(平成16年12月9日裁決)があります。また、労基法第114条の規定の適用による年次有給休暇に対し平均賃金の支払をしなかった者からの付加金の基準となる使用者が支払わなければならない金額についての未払金は、支払わなければならなかった時の給与所得として取扱うという考えがあります。
「休暇チケット制度」は、年次休暇を行使するか換金するかは社員の意思に任されています。したがって、個々の社員がチケットを換金した時がその人の支給を受けた日となり、その月の給与と合計して源泉徴収することになるものと考えられます。また、過年分については課税漏れ給与等に対する税額の簡易計算(所基通183?193共?8)によって不足額を求め、追加納付をすることになります。今後の留意点として、社員に支給する金品の性質、支給形態及び金額について事前に検討し、給与に該当するかどうか慎重に判断する必要があります。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:倉本 昌明)

有給休暇をチケットによって管理するということ自体は興味深い制度だと思います。労働者から見れば与えられたチケットの枚数によって自分の取得できる有給休暇の日数や残っている日数を把握しやすいし、チケットが取得申請書を兼ねているものであれば、それによって記録が残されるので、使用者としても管理しやすくなるし、労使双方にいくつかのメリットが考えられます。しかし、これはあくまでも法令の範囲内で実施されたときの話です。
ところで、チケット1枚3000円という金額を考えてみましょう。U社長としては、それほど高くない金額を与えて片付けたいという思惑があったのかもしれませんが、長年勤務している社員であれば毎年20日の有給休暇が発生し、それをすべて換金すれば6万円になります。もし大半の社員が同様の手段を取れば、毎年100万円を超える無駄な出費を発生させることになるわけです。こんなことであれば、50人以上の社員のいる会社ですから、人員のやり繰りをして普通に有給休暇を取得させた方が通常の賃金の範囲内に人件費を抑えることができるのではないでしょうか。
次に、現状を何らかの形で改善していかなければならないわけですが、まずは社内の間違った認識をなくしていくことから始めるべきかと思われます。チケット制度そのものは残しておくとしても、いきなり全体ミーティングで改善策を発表するのではなく、ちょっとくらい手間がかかっても、事前の説明文書を作成したり、必要があれば個別面談を実施したりすることを検討した方がよいでしょう。買い取りを廃止することに対して不利益変更ととらえる社員に対しては、3000円という安い金額で買い取るよりも通常の賃金を受け取って休みを取得した方が実質的に有利なものであることを上手く説明する工夫も必要でしょう。
また、有給休暇を取得した労働者に対して、会社が不利益な取り扱いをしてはならないことが法令に規定されていますが、併せて、他の労働者からのいじめ・嫌がらせがないように配慮することも会社の義務であると考えます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21沖縄 会長 上原 豊充  /  本文執筆者 弁護士 宮城 哲、社会保険労務士 上原 豊充、税理士 友利 博明、FP 倉本 昌明



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