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第67回 (平成19年9月号)

育児休業者に不利益な取り扱い?
「職場復帰は総務部ではなく、営業部ですか…」

SRアップ21鹿児島(会長:木村 統一)

相談内容

総務課長のU社員が育児休業を取得して6ヶ月目に入ります。後2ヶ月足らずで職場復帰となるのですが、総務部長と社長が渋い顔をしています。
「今使っている派遣社員は気が利くし、仕事はできるし、他部署の社員とも連携がうまくとれているんですよ。U社員とは大違い!M社長…派遣社員を社員に登用して、U社員を何とかしてください」と総務部長が言うと、「そうは言っても辞めてもらうわけにはいかないし…、配転といってもなぁ…」とM社長はあまり乗り気ではありません。「でも社長、U社員は気が強いし、社長も嫌でしょ、営業2課の課長が空席ですから、そこにしましょう」と総務部長がたたみかけます。この総務部長は創業からの腹心の部下であり、M社長のブレーンでもあることから、ついにM社長も折れてしまいました。「それでは、派遣社員を 社員に登用して、U社員を営業2課長で復職させよう。そのかわりその話は部長が責任をもってやるように」といって社長室に戻りました。
その後、総務部長は、U社員に電話をしたり、会社に呼び出したりしては説得工作を続けました。U社員は「なぜ派遣社員の方が優先されるのか」この疑問が払拭できずにいましたが、「規則にも“原則として元の職務に復職させる”とあるでしょう。“必ず”じゃないのよ、課長で復職できるだけありがたいのよ、それにもう派遣ではなく社員になっているのよ」と言われると、夫が無職状態にあることも手伝って、まずは復職することを第一の目標に切り替えました。
しかし、今度は営業2課の社員たちが猛反発です。「U社員がなんで営業の課長なんでっか!!」とすごいクレームが起こってしまいました。M社長は、「やはり無理だったか…、部長はどう収拾するつもりかな…」と部長を呼びました。

相談事業所 C社の概要

創業
平成2年

社員数
65名(派遣社員 11名)

業種
健康食品・健康器具販売業

経営者像

健康ブームに便乗し、ここ10年で飛躍的な成長を遂げたC社のM社長は59歳、女性社員が多いC社の悩みは、出産・育児休暇が多いことでした。表向きには出産歓迎のポーズをとっているM社長ですが、内心はまったく逆のようです。


トラブル発生の背景

C社の総務部長の行動は、かなり強引です。職場復帰する当人だけでなく、配転先の反応も諮るべきでした。
育児休業から職場復帰させる際には、何かと問題が多いようですが、果たしてどのような対策が効果的なのでしょうか。また、中小企業が関連する法令に抵触しないためには、どのような仕組みが望ましいのでしょうか。

経営者の反応

「もう少し育児休業を延長してもらうか、転職支援の方向で考えたいと思います」と総務部長がM社長に報告しています。「おいおい、後で問題になったら大変だぞ。とりあえず総務に復職させて、その後のことはそれから考えたらどうだ。成績が悪ければそれで判断すればよい」とM社長が言うと「しかし、やってもらう仕事はありませんし…困ったなぁ…」と考え込むだけです。3日後、U社員からM社長へ電話がかかってきました。「辞めて欲しいのなら、はっきり言ってください。育児休業しただけなのに、何でこのような嫌な思いをしなければならないんですか…」と半ば涙声で問い詰めてきます。
やっとのことで電話を切ったM社長は、「総務部長も感情的に走っているし、ここは専門家に相談してみるか、U社員には3ヶ月分位の給与を出して決着するのであれば、それに越したことはない」と携帯電話を取り出しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:門間 秀夫)

「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下、「育児休業法」といいます。)では、事業者に育児休業後の原職復帰を義務付けてはいません。従って、育児休業後の原職復帰が保障されているわけではありません。
しかし、実際の復職後の職場・職種の取扱いについては、「原則として原職又は原職相当職に復帰する」が66.6%、「本人の希望を考慮し会社が決定する」が15.4%、「会社の人事管理等の都合により決定する」が11.1%と、原職または本人の希望が考慮された形での復職とする事業所の割合が高くなっているとのことです(厚生労働省「平成17年度女性雇用管理基本調査」より)。また、厚労大臣指針においても「原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われているものであることに配慮すること」と定められているところです。さて、本件では、就業規則上「原職復帰」が謳われているということなのですから、やはり、育児休業後、配置転換をする合理的な理由がある場合を除いては、原職や原職相当職に復帰させるべきだということになります。
なお、育児休業法第10条では、育児休業後の復職に際しても労働者に不利益な取扱いをしてはならないことが定められています。
また、それに関連して、同法第21条1項では「事業主は、育児休業及び介護休業に関して、あらかじめ、次に掲げる事項を定めるとともに、これを労働者に周知させるための措置を講ずるよう努めなければならない。」として、以下の通り定めています。

労働者の育児休業及び介護休業中における待遇に関する事項
育児休業及び介護休業後における賃金、配置その他の労働条件に関する事項
前二号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項」、同条2項では「事業主は、労働者が育児休業申出又は介護休業申出をしたときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該労働者に対し、前項各号に掲げる事項に関する当該労働者に係る取扱いを明示するよう努めなければならない。

そして、同法第22条では「事業者は、育児休業申出及び介護休業申出並びに育児休業及び介護休業後における就業が円滑に行われるようにするため、育児休業又は介護休業をする労働者が雇用される事業所における労働者の配置その他の雇用管理、育児休業又は介護休業をしている労働者の職業能力の開発及び向上等に関して、必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」という努力義務が課せられています。
要するに、事業者には、労働者に対して育児休業に関する待遇や復職後の労働条件に関する事項を周知徹底させる義務、またそれに関連する雇用管理義務があるのです。
以上の点からすれば、本件の場合、C社は、就業規則に「原則として元の職務に復職させる」とあるにもかかわらず、育児休業法21条の周知徹底義務を怠っているかどうかはともかくとして、同法22条で要求されている措置を何ら講じずに、U社員に対して復職後いきなり総務課長から営業課長への配置転換を命じています。しかも、その動機が「今使っている派遣社員を社員に登用して、U社員には空席の営業2課の課長で復職させよう」というものであるとすれば、本件の配置転換は、全く場当たり的で合理性を欠いた、逆に不当な目的を持った配置転換であると判断されてもやむを得ないものと思われます。その意味で、U社員はC社に対して民事上の問題として金銭的な慰謝料請求等が認められる可能性があります。
事業者であるC社は、上述しました通り、育児休業法21条の周知義務や同22条の雇用管理義務がありますので、事前に復職後の配置転換等について十分に周知徹底をしておかなければなりませんでした。そしてさらに、復職後に業務上必要な配置転換がなされる場合においては、その間の事情を十分に説明し、他に適当な職務を提示してそのための教育訓練等を行うなど労働者の納得を得るような措置を講じておくべきだったということになります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:松井 文男)

平成4年に育児休業法が施行されて早や15年が経過しました。
しかし、まだまだ中小企業においては、育児休業取得に対して非常に消極的な考えをもっている経営者の方も多いかと思われます。
その理由としては、
(1)産前産後の休暇の後、1年近く休まれると業務に支障が出るため、代替要員を必要とする場合や残りの従業員で仕事の段取りを整えていく必要があること。
(2)育児休業取得後職場復帰の予定をしていた従業員が、育児の煩雑さや体調等を理由として復帰を撤回し退職を申し出る場合があり、その場合仕事の段取りを大幅に変更せざるを得ない状況に陥る可能性がある。
等が挙げられます。
本来育児休業法は、「育児休業に関する制度を設けることによって、子育てを契機に退職する者を減らし、より働きやすい職場をつくることを目的とする」(第1条)ことで、女性が妊娠、出産したあとも会社に復帰して仕事を続けることを支援するためにできた法律です。企業にとっても、少子高齢化社会を迎え、労働人口の高齢化に伴い、女性労働者の活用は必須であります。このように、時代の流れとして育児休業法は重要な法律であり、3歳までの子を養育する際の短時間勤務制度、子供が小学校に就学するまでの看護休暇、同じく深夜労働の免除等、労務上における制度も要求しています。
さて本件ですが、C社は次の3点について事前に措置を行っておくべきでした。
1.まず就業規則あるいは育児規程に「原則として休業直前の業務を行うものとする」という文言の後に、追加として「ただし本人の希望がある場合、あるいは組織の変更等やむを得ない事情がある場合には、配置転換や業務内容の変更を行い、元の職場に復帰できない場合がある」という文言を付け加えておくこと。
2.1を踏まえてU社員が育児休業を取得する前に、元の職場に復帰できない場合がある旨を伝えておくこと。
3.U社員が育児休業を取得して6ヶ月経過してあと2ヶ月というところで問題が発生していますが、もっと早い段階で、総務課長として復帰させることに問題がないのか?配置転換をするのであれば、どの部署にするのか?等を考慮し、もしも営業に配置転換を行うとしたら営業部長に相談をする。等の配慮をすること。

次に本件の解決方法についてご説明します。
まずU社員には育児休業を延長してもらうこと、あるいは転職を支援するように進めていくという総務部長の考え方には労務上問題があり、U社員とのトラブルに発展する可能性が非常に高いと思われます。
U社員を総務課長として復帰させることが最も良い方法ですが、現状としては派遣社員が正社員となりU社員より仕事ができて総務部は人員が充足している状態です。

1. U社員が不快な思いをした点については、総務部長が十分に謝罪したうえで、U社員自身がどのようにしたいのかをヒヤリングする。
2. 退職したいとU社員が申し出てきた場合
精神的に苦痛を受けて仕事ができない状態で、U社員から退職したい旨を申し出てきた場合、会社の不手際を十分謝罪したうえで、退職願を提出させ、自己都合退職として処理をします。この場合はトラブルなしで終わるでしょう。
ただし退職金に特別加算金等を上乗する方法がベターだと思われます。
3. U社員から現職に復帰(総務課長)の要望が出てきた場合
現在の状況を説明し、人員的には充足状態でU社員の居場所がないこと。総務課長としての復帰は現状困難であることを説明する。
そして他部署に異動してもらう旨を説得しますが、U社員が合意しなければ、C社で働く意志がないと結論付けます。そして自己都合退職として処理をしたいところですが、U社員がこれに承諾するかどうか難しいところです。しかしながら何とか承諾するように説得する以外に方法がありません。
4. U社員が他部署に異動をすることについて承諾した場合
配置転換については、課長待遇で他部署に異動するので、配転先の部署に諮っておく必要があります。
そうしなければ配転先部署の従業員とU社員がギクシャクした関係になる可能性がありますし、配転部署の従業員が上層部に対して不信感を持つことになりかねません。また他部署に異動する場合、役職等の地位と給与は育児休業を取得する前と同じにする必要があります。

本件は総務部長が自分の部下である総務課長のU社員に対して普段どのような指導育成をしていたのか?がはなはだ疑問です。
突然雇った派遣社員のほうがU社員より優秀であるということは、総務部長の指導育成にかなり問題があったと思われても仕方がありません。総務部長の責任問題にもなりかねません。
さてC社のように女性従業員が多い企業やその他の企業においても、今後は育児休業取得者が増えることが十分考えられます。
そのためには十分な対策と準備をしておく必要があります。
<準備>

1. 大企業・中小企業とその規模に関わらず経営者は、女性の人材活用を真剣に考える必要があります。そのためには結婚後あるいは妊娠・出産後も安心して働くことができる職場作りをしていく必要があるということを念頭において下さい。
2. 出産後の育児休業は1年間、状況により1年6ヶ月間取得することが可能です。休業している間、人員をどのように手配し、確保して仕事を進めていくのか?
育児休業者が不在の間、残りの従業員で補っていくのか?派遣社員、臨時アルバイトを雇うのか?等を十分想定して考慮していく必要があります。
3. 育児休業からの復帰後、同一部署に復帰可能かどうか等を就業規則あるいは育児規程に記載していることが必要です。もしも配置転換があるようでしたら、その旨を記載し、育児休業取得の際に説明をしておく必要があります。

<給付金>
育児休業を取得している間、取得者には様々な優遇措置があります。
(1)休業中の厚生年金保険料と健康保険料が本人、会社負担とも免除される。
(2)育児休業基本給付金が本人に支給される。(休業前の賃金の30%)
(3)育児休業者職場復帰給付金が本人に支給される。(休業前の賃金の20%)

<助成金>
育児休業支援に対する事業主への助成金(育児・介護雇用安定等助成金)が数種類ありますので十分活用してください。
詳しくは財団法人21世紀職業財団のHPをご確認ください。

女性が働きやすい職場をつくるため、また従業員から福利厚生的にもいい会社だと思ってもらうためにも、前向きに育児休業取得者を受け入れるような仕組みを是非つくっておいてください。

税理士からのアドバイス(執筆:飛多 朋子)

育児休業していた社員が、職場復帰する際に問題が生じる場合、直接関係する部署の社員達はもちろんのこと、関係のない社員にも悪影響が生じ、社員のモチベーションが下がる要因となります。
たとえば、今回のC社のように、育児休業前に総務に所属していたU社員が、復帰後、営業に配属されるような場合には、U社員への説明と本人の了承を得ることはもちろんのこと、復帰後の配属先である営業2課の社員たちへの事前のネゴシエーションと了承は欠かせません。
この対応がうまく行かず、復帰に際して、当初の予定とは違うことが生じたり、ましてや退職に至るなどのトラブルが発生すると、そのトラブルを周りから見ることとなる社員が、会社の方針や役員、管理職の対応に対して悪い印象をもつ結果となりますので、会社は対応に十分注意する必要があります。

さて、出産・育児に対しては、健康保険や雇用保険で給付金の制度がありますので、この制度と税金について考えます。
健康保険の制度からは、出産育児一時金と出産手当金の制度があります。一定条件を満たす場合、社員に支払われます。なお、受け取った社員は、出産一時金、出産手当金とも所得税及び住民税は課税されません。申請は、社会保険事務所で行ないます
また、雇用保険の制度からは、社員に対して支払われるものとして、育児休業給付金があります。育児休業給付金は、さらに育児休業基本給付金と育児休業職場復帰給付金の2つに分かれます。ともに一定条件を満たす場合、社員に対して支払され、所得税及び住民税の課税はありません。支給申請の手続きは、ハローワークで行ないます。
次に、会社に育児への援助の制度がある場合における税金との関係を考えます。
会社が、子育て中の社員に対して、保育所の費用の補助を目的として育児手当などの手当てを支給するケースについて考えます。この手当てについては、非課税の対象とはならないため、基本給などのほかの給与と同様に所得税、住民税の課税の対象となります。
また、会社で託児所や保育所を運営し、社員が利用するケースと税金について考えます。託児所などの運営費用が会社側で発生し、利用する社員は、外部の託児所などの費用よりも少ない負担となって、経済的利益を受けることとなります。
会社側の取り扱いは、福利厚生費として経費(損金)となります。また、社員側にその経済的利益への課税は生じません。
ただし、その経済的利益が役員のみに生じたり、非常に多額になったりする場合は給与等として取り扱われることとなりますので留意すべきです。
次に、本件のケースで、結果として、U社員が退職することとなる場合について考えます。会社から支払われる可能性のあるものとして、退職金、解雇予告手当が考えられます。解雇予告手当は、不当解雇に該当しない場面で、労働者を解雇する場合に、30日前の解雇の予告に代えて支払う平均賃金の30日分以上の金額をいいます。従業員の生活保障を目的として規定されているものです。
退職の時期に支払われるものですので、従業員への税金は退職金として取り扱われます。「退職所得の受給に関する申告書」を提出することによって、退職金と合算して、勤続年数に応じた退職所得控除額を控除した残額の2分の1に対して税率が適用されて所得税と住民税の税額が額計算されます。その税額を会社が徴収後納税することによって、課税関係が原則終了します。ただし、この書類が提出されない場合、合計額の20%の所得税が徴収され、後日、社員が確定申告する必要が生じます。

育児休業に対して会社がどのような方針を持っているか、また、実際の運用実態については、取引先など外部関係者にも影響する時代を迎えています。このことを会社の経営者は、十分に認識して対応すべきでしょう。

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SRアップ21鹿児島 会長 木村 統一  /  本文執筆者 弁護士 門間 秀夫、社会保険労務士 松井 文男、税理士 飛多 朋子



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