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第64回 (平成19年6月号)

残業申請が逆効果!
社員たちの責任感と意欲が低下する?

SRアップ21石川(会長:菊池 寛治)

相談内容

同業者の会合を終えた帰路「3ヶ月前に辞めた社員から残業不払いで訴えられてね…おかけで他の社員の残業手当まで支払う羽目になったよ…」と知り合いの社長が嘆いています。何でも“営業手当”を超える時間外労働については、その差額を支払わなければならないということでした。「営業に残業手当なんてねぇ…そんなもの支払っていたらやっていけないよ、昔なら考えられないことだね…」と相槌を打ったものの、すごく気になり始めたY社長は次の日からいろいろと調べ始めました。これまでは、基本給一本と売り上げに応じた歩合給を支払っていましたが、これを基本給と営業手当に区分し、歩合給については、支給率を下げるような方法を考え、さっそく採り入れることにしました。
ある日の朝礼で、全社員を集めてY社長が説明しています。「今月から給与体系を変更します。もともと時間外相当分も見込んで給与を決定していましたが、体外的に説明できるようにするために、これを分けることにしました。また人件費のバランスを図るために歩合給の支給率も若干修正しました。みんなが遅くまで頑張っているのは良く分かっているので理解して欲しい。また、必要な残業についても月40時間(営業手当で設定した時間外労働時間)を超えた場合は、“申請”を行うこととし、承認したものについては支払うようにします…」
ある社員が質問しました。「そうすると自動車が売れなくても残業した方が給料をいっぱいもらえるということですか?」Y社長が慌てて答えます。「必要な残業についてはその内容を吟味して、承認したものについては払うということだ」社員たちがざわつき始めました。「今まで通りでいいじゃないですか…」

相談事業所 N社の概要

創業
平成3年

社員数
10名(パートタイマー 1名)

業種
自動車販売業

経営者像

新車から中古車まで取り扱うN社のY社長は46歳、人付き合いがよく、営業出身ということもあって、社員たちからもカリスマ的な信頼を集めています。若くして会社を興したせいか、これまでは“労働時間”をあまり気にしたことがありませんでした。


トラブル発生の背景

とりわけ営業職については、残業代不払い問題が重くのしかかります。毎日直行直帰というわけにもいきませんので、Y社長も苦肉の策を選択したのでしょう。
社員たちの気持ちを汲むことなく、表面的な合法性を追及したY社長が少し早まってしまったのかもしれません。経営者が一度口にしたことですから、撤回方法によっては、N社が危機的状況に陥ることになるかもしれません。

経営者の反応

Y社長の右腕である営業部長が「社長、あまりにいきなりですよ。まずは社員たちの意見を聞いてからでも遅くないのではないですか?」と言うと、「いや、本人たちがいらないと言っても、請求されれば残業代を支払わなければならないんだ。最近はそのような風潮が強いので、早く手を打たないと、言われてからでは遅いんだよ」と肩を落すY社長でした。
案の定、次の日から社員たちの残業申請が始まりました。“顧客車両の引き取り”“夜間の納車”“クレジット契約打合せ”など、考えてみれば毎日9時10時まで会社にいる者がほとんどですので、却下できるような残業申請がありません。
「弱ったな…次は歩合給を廃止するしかないか…」と思いつつ、相談先を探し始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:二木 克明)

ここ数年、労働基準監督署(以下、労基署といいます)は、残業代(時間外労働の割増賃金)の不払いに対し、厳しい態度で臨んでいます。数年前には、大手ハンバーガーチェーンが、1日30分にも満たないようなわずかの残業代を支払っていないことについて、立ち入り調査した労基署から指摘されて、多額の残業代を支払った、などという事件もありました。このようなニュースを見聞きすると、Y社長のように、心配になってもおかしくありません。
実際に残業代を支払わなかったケースで、民事裁判を起こされて敗訴すると、付加金として最大で残業代の2倍の支払いを命じられますし(労基法114条)、最悪の場合は刑事事件として立件され(悪質な事件で不合理な弁解などをすると逮捕もありえます)、6か月以下の懲役または、30万円以下の罰金刑に処せられることになります。
最近は世間やマスコミの目も厳しく、ひとたび法令違反が発覚すると、徹底的に叩かれて、大手企業でも会社の存亡に関わるような重大局面に立ち至ることもあります。
一方、法律は本来、一般企業に不可能を強いるものではなく、社会常識や一般の道徳のうち、特に最低限これだけは守ってもらわねばならない、という事柄を明文化したものである、ということになっています。この概念も視野に入れて、打開策を検討してみましょう。

■ 営業職についての時間管理と給与体系
本件の営業職は、外回り中心で時間管理が困難であり、かつ、車を売るという成果が求められる仕事であることに特徴があります。通常の工場勤務の労働者や店舗販売、一般事務職とは、勤務形態が大きく異なりますので、通常のタイムカード等による労働時間管理には適しません。そこでこのような場合にふさわしいと思われるのが、労基法38条の2の事業場外労働におけるみなし労働時間制の活用です。
労基法38条の2には「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。」と定められています。つまり、外回りの営業の仕事で、当該営業職の自主性を尊重できるようなケース(自宅から取引先に直行したり、取引先からそのまま自宅に帰ったりすることを日常的に認めてよい場合など)で、雇い主が労働者の労働時間を算定するのが難しい時は、所定労働時間(一般的には8時間)働いたものとみなす制度です。これを適用すれば、社員も柔軟に時間を使ってマイペースで効率的に仕事ができますし、雇い主側も、煩雑な労働時間を把握する必要がなく、基本的には、残業代の心配が減りますので、メリットがあります。
しかし、この制度はあくまでも「労働時間を算定し難い場合」に限られます。通達によると、「(1)何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合、(2)事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によっていつでも連絡がとれる状態にあり、随時使用者の指示を受けながら労働している場合、(3)事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合」などは、労働時間の算定が可能な場合とされています(昭和63年1月1日基発第1号)。
次に、この制度の適用がある場合で、当該業務を遂行するためには通常所定時間を超えて労働することが必要となる場合(たとえば、当該業務内容からすると、1日に10時間程度の労働が通常必要とされるのが実態である場合)、みなし労働時間は通常必要とされる時間(たとえば10時間)として扱う、ということができます(労基法38条の2第1項但書)。また、その通常必要とされる時間は、営業の現場が一番よく分かるはずですから、この場合の労働時間を労使協定で決めておかなければなりません(労基法38条の2、第2項)。この労使協定は、有効期限を定めた上、所轄の労働基準監督署に届出で有効となります。(労基法38条の2第3項、施行規則24条の2)。

■ 参考判例
前述のみなし労働時間制の適用が問題になった判例があります。これは、事業場外労働で労働時間を算定し難い場合について、次のとおり判示しています。これは、ある貸金業(高利貸し)に雇用される営業担当者が、残業代を請求した事案です。会社側は、事業場外労働で労働時間を算定し難い場合に当たる、として残業代の支払いを拒否しました。それに対して裁判所は、「原告を含む営業社員は、朝必ず被告会社に出勤してその日の行動予定表を提出しなければならず、外出後は必ず帰社しなければならなかった。また、原告らを含め営業社員全員は、常時携帯電話(被告会社所有)を持たされており、訪問先を出るときは被告会社に連絡し、次の訪問先及び訪問時間を伝えなければならなかった。」という理由で、労基法38条の2の適用を否定しました。
さて、本件が事業場外労働で労働時間を算定し難い場合に当たるかどうか、ですが、上記判例でも問題になっているとおり、出社と帰社を毎日義務づけていると無理でしょう。また、日中の業務遂行状況をどの程度まで詳しく報告するように義務づけているのか、もポイントとなります。

■ 成果主義と完全歩合制
みなし労働時間制が活用できるように、社員の裁量範囲を拡大してを認める方向で検討するのであれば、残業代の支給よりも、むしろ歩合給の割合を高め、成果の出ている人にはそれに見合う歩合給を出す、という方法が適切だと思います。言い換えると、成果主義的賃金体系を採用すべき、ということになるでしょう。
ただし、言うまでもありませんが、歩合給の割合を幾ら高くしても、雇用関係がある以上は、最低賃金は保障する必要があります。一般的には、歩合給の割合については、労基法26条(休業手当)の趣旨からして、全体の4割程度にとどめるのが適当、と解されています。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:三津 昌之)

内勤者あるいは外勤者であろうと、労働基準法上の労働者である限り、時間外労働を行えば、割増賃金を支給しなければなりません。
しかし、営業社員のような外勤者については、弁護士が説明したとおり、労働基準法第38条の2により、みなし労働時間制を定めています。
労働時間の把握が可能な社員が時間外を行った場合、営業手当という内勤者に支払わない手当を支払っているという理由だけでは、時間外手当を支払っていることにはなりません。時間外が把握できにくいことを理由に、営業手当の一部分について時間外手当を定額払い(固定残業手当)していることを就業規則等明確に定義する必要があります。Y社長が提唱したように、営業手当の特定された部分(例えば「営業手当のうち6割は時間外手当の定額支払いとする」との定め)を超えない場合は、別途時間外手当を支払う必要はありませんが、実際に労働した時間に対する時間外手当が定額を超えた場合は、その差額を支払わなければなりません。

■事業場外労働と事業場内労働が混在する場合の時間外労働の支払い
労働基準法では、既に説明したように、原則的に内勤者であろうと外勤者であろうと、時間外労働に対しては割増賃金を支払わなくてはならない、ということになっています。
さて、N社で考えられるのは、事業場内の労働と事業場外労働が混在することです。

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(1)の場合には、外勤業務に休憩時間を除き7時間従事したのち帰社し、2時間内勤業務に従事したことを想定。
(2)の場合は、外勤業務に休憩時間を除き6時間従事した後、所定の終業時刻より1時間早く帰社して3時間内勤業務に従事したことを想定。
(3)の場合は、外勤業務に休憩時間を除き8時間30分従事した後、所定終業時刻より1時間30分遅れた帰社し、30分内勤業務に従事したことを想定。
いずれも20時には終業時刻となっているのですが、この場合に、3つのケースとも終業時刻は20時と変わらないのに、外勤業務の時間を実際の外勤時間を考えずに定めた場合(営業手当等で定額残業手当を定めたケース)は、早く帰社して労働時間算定可能な内勤業務に従事したほうが時間外手当を稼げることになってしまいます。
一方、みなし労働時間制を採用した場合の事業場外と事業場内の混在する場合の考えかたについては、次のようになっています。

 

みなし労働時間による労働時間の算定の対象となるのは、事業外で業務に従事した部分であり、労使協定においても、この部分について協定する。事業場内で労働したものについては別途把握しなければならない。そして、労働時間の一部を事業場外で業務に従事した時間と、別途把握した事業場内における時間を加えた時間となる。(昭和63.3.14 基発第150号)

 

 

N社の給与体系が(基本給+歩合給)から(基本給+営業手当+歩合給)に変更となり、その営業手当の中に月40時間分の時間外労働割増賃金を含むとのことですが、賃金は社員にとって労働条件の最も重要なことですので、Y社長が一方的に決めるのではなく、社員と十分話し合って決定すべきでした。また、時間外労働が月に40時間を超える場合には、申請により時間外手当を別途支払うというところまで言及しましたので、会社にとっては賃金が増加するだけです。営業社員は夜間の納車や打ち合わせ訪問等が常時想定されるため、申請があれば当然に承認せざるを得ない状況が容易に考えられるからです。さらに、歩合給が支払われる場合には、時間外手当算出の際に歩合給部分も加算しなければならないことになり、このことはY社長が想定していなかったようです。
昼間はそれなりに自由な時間もあるはずで、時差勤務やシフト勤務、早番遅番制など、N社業務を全体的に見渡しながら、勤務実態と賃金体系との整合性を高める検討をすべきでした。もちろん社員にとっては有利なことでばかりではなく、経営が成り立つ方向で検討しなければなりません。

N社の場合、
(1) 営業手当の時間外手当以外の金額を把握(時間外手当算出の際に算入すべき手当となる)しているか
(2) 営業社員が事業場内で時間外をした場合にどうするのか
(3) 基本給の占める割合、営業手当(40時間の時間外)の割合が妥当か
(4) 歩合給の比率を見直すことによりモチベーションが下がることが予想されるがその対策をどうするのか(賞与・昇給・昇格等)
などについて考えなければなりません。“賃金の不利益変更”と訴えられでもしたら大変です。仮に社員が黙示していた場合であっても、後々争いになった場合には黙示を理由に承諾とは認めないというのが最近の考え方のようです。従って、前(1)?(4)の答を用意したうえで、新たな賃金制度を構築し、社員と十分に話し合う時間を持ちながら、個々の社員から同意書を取る方向で検討されることをお勧めします。

税理士からのアドバイス(執筆:赤羽根 秀樹)

賃金体系の変更により今後予想される結果は、悲観的な将来です。今般の変更により固定費が増加することになり、今後売上高を増加させない限り以前の利益水準を確保することが困難となるためです。
企業の支出する費用には変動費と固定費があります。変動費は売上高の増減に伴って変動する費用のことです。固定費は売上高が増減しても変動しない費用のことです。変動比率の増加、固定費の増加は、損益分岐点を押し上げる効果があり企業を運営する上で非常に注意をする必要があります。
以前の賃金体系では基本給は固定費で歩合給は変動費でしたが、今回の賃金体系の変更により基本給、営業手当、及び時間外手当は固定費となり、歩合給のみが変動費となります。変更前に比べ給与に占める固定費の比率が大きく増加し、時間外手当の支給額も加わることが予想される状況では、利益を確保することが非常に厳しいものとなります。
次に、歩合給の支給率の変更は、固定費の増加よりも深刻な問題を生じさせる可能性があります。歩合給のメリットは、企業側において社員のやる気を高めることで売上高、利益を上昇させる効果があり、社員においては成果に応じた賃金の上積みが望める点です。しかし、今回の賃金体系の見直しで歩合給の支給率を減少させたことでそのメリットが逆転し、負の連鎖を引き起こすことが予想されます。
社員が以前と同様の営業成績を上げたとしても、歩合給の支給率が減少したことで賃金の増加額は減少してしまい、企業が社員に対して以前ほどのインセンティブを与えることができない。そのため、社員は営業成績に対しての積極性が失われ、結果として企業の売上高は減少することが予想されます。
歩合給の支給率の減少でもっともマイナスの影響を受けるのは営業成績が優秀な者です。成績優秀者は歩合給の減少額がもっとも大きく、固定給の増加により営業成績の悪い社員との給与を比較すると、その差額が縮小してしまいます。そのため、成績優秀者は以前に比べ会社が自分のことを正当に評価してくれていないという不合理感を抱くことが容易に推測されます。さらにこの感情が深まれば、成績優秀者は退職という判断を下すでしょう。その結果として成績優秀者の担当していた顧客を失い、企業は更なる売上高の減少に陥ることになります。

■ 適正人件費の算定
賃金体系の構築をする上で、まず考えなければならないことは人件費総額をいくらにするかです。社員が満足する賃金体系を作ったとしても、その結果人件費総額が膨らみ企業の利益が大きく減少しては意味がありません。現在多くの企業では人件費総額を業績に連動させる手法が用いられています。一般的には、労働分配率を用いた「ラッカー・プラン」の考え方が採用されています。具体的には、付加価値額に適正な労働分配率を乗じることで人件費総額を算定する方法で、次の算式となります。

人件費総額 = 付加価値 × 労働分配率 +(?) 経営裁量

この算式の付加価値は、売上高から外部購入高(商品仕入や外注費などのことです。以下変動費という。)を差引いたものです。労働分配率は付加価値に占める人件費の割合を示す指標のことです。例えば、労働分配率が50%の場合に人件費100円支払うには付加価値が200円必要になるということを表しています。

(1)適正人件費の算定手順
適正人件費は、目標売上高、適正労働分配率を算定することで初めて算定することができます。直前期の決算書を基にして各数値を前出の算式に入れ算定していきますが、当期の変動費率、固定費の削減額、人件費の増加率を加味する場合には、それぞれの項目に加算、減算、乗算することになります。

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SRアップ21石川 会長 菊池 寛治  /  本文執筆者 弁護士 二木 克明、社会保険労務士 三津 昌之、税理士 赤羽根 秀樹



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