社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第56回 (平成18年10月号)

“本当に退職金ですか?”
社員より手厚い契約社員の退職金制度?!

SRアップ21沖縄(会長:上原 豊充)

相談内容

もともとは社員のみで事業活動を行ってきたN社でしたが、社員の高齢化に伴い、そのモチベーションの低下に悩み、一方、賃金支払額は増加するというジレンマに喘いでいました。そこで「社員はもういらない、これからは契約社員一本で行く」という方針を確立し、併せて所得税、社会保険料を圧縮することを考えるようになりました。
「退職金ならば、1年間で40万円まで非課税、そして各種社会保険料の対象にもならない…」という発想から、N社のK社長が5年前に考案したのが、“契約社員慰労金制度”でした。
契約社員は1年契約ですが、契約更新を2回以上行うと最終的に退職した際に、「在職1年×40万円」の退職金が受け取れるようになるというシステムです。正社員の場合は、勤続満5年以上が退職金支給の対象となっており、規定で計算すると、勤続40年の最高額でも800万円くらいにしかなりません。仮に契約社員が20年勤めるとすると、800万円になり、その後は正社員を逆転してしまいます。「契約社員は単年度の契約によって雇っているのだから、正社員と違って安定性がなく、賞与も出さないし、社員よりも給与が低いから不公平ではないじゃないか…」というのがK社長の持論でしたが、当時から総務部長は反対していました。「いくら給与を抑えているといっても、いざ退職金を払う段階になると、きっと揉めるに違いない…」総務部長はそう思っていました。ある日、契約社員のAから今回の契約期間終了日で退職すると申し出がありました。Aは勤続3年です。「急にお金が必要になったので…120万円あればなんとかなるかと…」というAに、K社長は必死に慰留を始めました。しかし、「契約社員ですから、契約通りにやってくださいよ」とAは冷たいものです。

相談事業所 の概要

創業
平成5年 本社 那覇市

社員数
6名(契約社員 18名)

業種
中古車販売業

経営者像

営業に力を入れながらも、会社の経費削減を忘れないK社長はまだ45歳の二代目です。質のよい中古車を取り揃え、メンテナンスサービスも好評なことから、結構繁盛していたのですが、このところ急激に業績が低下していました。


トラブル発生の背景

40万円÷12=33,333円、月額25万円を支払う予定の契約社員に22万円しか支払わなければ、計算上はつじつまが合いますが、それにしてもK社長は何を考えていたのでしょうか。5年前に契約社員退職慰労金制度を導入して、Aが初めての対象者となります。
人間の性かもしれませんが、実際にお金を支払う段階になると、“もったいない”と感じるのかもしれません。

経営者の反応

まいったなぁ、今、Aに辞められたら困るし、辞める奴に120万円払うのも癪だし…」とK社長。「だから反対したのですよ。契約社員だから契約期間満了で何の支障もなく、本人は辞められるんですよ、だいたい退職金の考え方が誤っていますよ」と、それみたことかと総務部長が言い返します。「いまさら言っても仕方ない。Aには30万円ずつ分割で支払うと言ってくれ、また、この制度を見直すようにしよう、部長頼むよ」と火の粉が総務部長に降りかかってきました。「まとまった金が欲しいから辞めるんですよ、それに見直しようがないですよ。いったん退職金を清算するしかないですね。全員でざっと700万円ですよ、あるいは社員に登用するか…ですが、いずれにしても契約社員たちの反発は必至ですよ、最初から計画的に積み立てておけばまだしも、今の会社にはお金がありませんよ」と途方にくれてしまいました。「確かに、契約社員の定着という点を考えるとまずかったな…」と反省したK社長は、この窮地をどう脱出しようかと考え始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:当山 尚幸)

さまざまな企業で契約社員が活用されていますが、請負や委任の実質を有するものや、パートタイマーのような形態もあったりと契約社員には諸形態があって、これを一概に定義づけすることはできません。しかし,一般的には契約期間の定めがある雇用形態が多いようです。また労働条件を低く抑えることを目的に,契約社員として雇用する形態もあります。
さて、このような契約社員に対し,労働基準法が適用されるかどうかが問題です。
労働基準法第9条は「職業の種類を問わず、事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」を労働者と定義づけており、使用従属性を基準にしております。実質的にみて使用従属性が認められる限り、労働者ということになります。従って,会社内で正社員と一緒に労働している契約社員は労働基準法で定める労働者であり、原則として労働基準法の適用があると解されます。

● 契約期間満了時の退職について
本件の場合は,賃金等の圧縮を目的として契約社員制を導入しておりますが、期間1年や「契約社員慰労金制度」以外は他の正社員と何ら変らない就業形態なので、労働基準法の労働者であることは否めません。
労働基準法上有期労働契約は許されており(原則3年以内、法第14条第1項)、1年の契約社員契約も有効です。
従って,社員Aが契約期間終了日で退職すると意思表示したということは、更新手続の拒絶とみられ、期間満了によって契約は終了すると解されます。
期限付き雇用契約の使用者側からの更新拒絶等が信義則上許されないのは、労働者に契約更新を期待する合理的理由のある場合であることは判例上確立されています(水戸地裁昭46.3.2,最高裁昭49.7.22他)が、労働者側からの退職申し出についてはこの理論は当てはまりません(民法第627条第12項参照)。
よって、社員Aの申し出は、まったく問題がないことになります。
次に、退職金については、労働契約によって予め支給条件が明確に定められている場合には、労働基準法上の賃金として保護されると解するのが判例です(最高裁昭43.3.12)。労働基準法第23条第1項によると,使用者は労働者の退職の場合において,賃金を請求の日から七日以内に支払うよう義務づけています。本件の場合、予め支給条件が明確に定められて(在職1年×40万円等)いましたので,退職金が賃金の性質を有することになり、請求の日から7日以内に支払う必要があります。また、賃金は全額一括払いが原則であり(労働基準法第24条第1項),分割払いは労働者の同意がない限り許されません。なお、予め就業規則等に支払方法や支払期日について別段の定めがある場合は、その内容により支払うことになります。

● 今後の対策について
今後も契約更新を続けていると、将来的に信義則上更新拒絶ができなくなる可能性があります。仮に現在の契約社員の退職金制度が将来大きな不合理を生み出すと考えられるのであれば、2回しか更新していない今の内に各契約社員に次回は更新しない旨通告しておくか、あるいは早めに正社員へ登用して定着を図るべきでしょう。
もしも、退職金の算出方法を正社員並に変更したくとも,それが労働契約で明示してある場合は労働者との合意によってしか変更できません(労働基準法第15条第1項参照)。就業規則で定めているのであれば,所定の変更手続が要求されます。
契約社員として採用する際は、メリットとデメリットをよく検討してから契約内容を取り決める慎重さが必要です。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:上原 豊充)

N社で問題となっている契約社員とは、弁護士の説明のように、特に法律では定義されていないため、“期間の定めがある労働者”に対してその身分を定義づけしているだけのように思います。
雇用形態(労働条件)が異なる場合は、就業規則等でそれらの内容を明確にしておくことが必要です。これを曖昧にすればするほど、曖昧な点が採用・在職・退職時等のトラブルの原因になりかねません。労働条件等については、正社員、契約社員、アルバイト・パート社員等それぞれに適用される実態に合った就業規則等が必要となります。
特に、契約社員等採用時については、契約期間、就業場所や業務内容、就業時間等の労働条件決定に関して注意が必要です。

労働条件 注意点
契約期間 契約期間については、最長3年以内((1)高度の専門的知識等を有する者 (2)満60歳以上の者は5年以内)となっています。
契約期間途中の解約は、会社及び契約社員お互いに特別な事情がない限り途中解約はできません。特別な理由も無く会社から一方的に解約した場合、契約不履行による損害賠償として契約残存期間の賃金相当額の支払いを求められる場合があります。契約社員から解約(契約当初から1年を超える日以後の期間を除く)した場合は、契約不履行による損害に対して損害賠償を求めることも可能です。
就業場所や業務内容 就業場所や業務内容を限定した場合は、配置転換や他の業務への人事異動を拒否される可能性があります。将来に渡って想定される就業場所や業務内容の変更を確認し記載しておくことが重要です。
就業時間等 昼勤務から夜勤務のように大幅な就業時間帯の変更が想定される場合は、あらかじめ就業規則等に規定しておく必要があります。

次に退職金について説明します。
退職金は法律上その支払いが使用者に義務付けられているわけではありませんが、退職金制度を設けた場合は、就業規則等に支払基準を規定しなければなりません。
当然、規定の範囲内で賃金債権となれば、退職金支払いの義務が発生します。また、就業規則等に規定はされていないが、慣行として大多数の退職者に退職金が支払われている場合についても同様の扱いとなります。
退職金が支給される労働者の範囲や計算方法、支払日等、支払基準は法令等に違反しない限り、会社が自由に定めることができます。例えば、性別を理由に支給しないとなると労基法第4条の男女同一賃金違反となりますが、パート・アルバイト社員には支給しないと定めても、労基法第3条の均等待遇違反にはなりません。また、懲戒解雇による減額支給・不支給を行う場合は就業規則等に規定が必要となります。

契約社員、パート・アルバイト社員等のいわゆる非正規雇用社員の割合が年々増加しています。このように企業が非正規雇用社員を増やす理由としては、人件費の抑制、生産調整等があげられていますが、N社も同様、不況による業績不振となかなか改善しない社員のモチベーションの低下を抱える一方で、年々増加する賃金コストの打開策として契約社員の採用を検討したようです。K社長の考案した毎月の賃金の一部を退職時の退職金として支給する“契約社員慰労金制度”は毎月の賃金の抑制と社会保険料、所得税の圧縮等、ある程度のコスト削減効果はあると思います。しかしながら、対象者が発生したとたんに退職金の分割払いや制度の見直し、当初から想定できた契約満了による退職についても「今すぐ辞められては困る」という理由で正社員への登用を模索し、また、退職金の積立もまったく行っていない等、計画に甘さがあったとしか考えられません。なお、正社員より条件の良い制度については、特に法律上の問題はないのですが、正社員の更なるモチベーションの低下を引き起こす可能性があり、十分な検討が必要だったと思われます。
既に規定された支給基準の変更が不利益となる場合は、原則、労働者の同意が必要であることと、仮に経営不振を理由に行う場合でも合理性が必要であり、一方的な変更はできません。仮にK社長が望むような変更ができたとしても、変更前の権利(既得権)は補償しなければなりません。今回の退職予定者に関しては、規定通りの支払いは当然のこととして、今後、制度の見直しを行うのであれば、労働者から十分な理解を得ることと、会社の実情を反映した賃金・退職金制度の再構築を検討するようにK社長へアドバイスしました。

税理士からのアドバイス(執筆:友利 博明)

所得税法は所得を十種類に区分し、退職所得については「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」に係る所得をいう、と規定し(所法30)、解雇予告手当等名称の如何を問わず退職に基因する一時金を退職所得としています。
退職所得の金額は、その年の退職手当等の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の二分の一に相当する金額とされ、分離課税の対象となります。退職所得控除は、勤続年数20年までは1年に付き40万円、20年を超える部分については1年に付き70万円の控除額とされています。なお、退職所得控除額が80万円に満たない場合は80万円とし、障害者になったことに直接基因して退職したと認められる場合には100万円加算した金額とされます。また、勤続年数の計算については、傷病・出産・育児等の理由により身分を継続した休職期間も含まれ、1年未満の端数については原則1年として計算をします。
このように退職所得に対する課税所得の計算は、累進税率適用の緩和も含めて税負担の軽減がなされています。その理由は、退職金が継続的勤務に対する報償ないし給与の一部の一括後払的な性質を有し、退職後の生活の原資になることから、退職金を受取る個人の税負担力に配慮したためとされています。

◆ 退職金の支給形態と課税関係
退職金課税は、「退職所得の受給に関する申告書」を提出させて源泉所得税の徴収をするわけですが、退職金の支給形態によって課税関係が異なります。本件では以下の二点に注意する必要があります。
1)打切退職手当について
社長は、Aの退職を契機として“契約社員慰労金制度”の見直しを指示しております。しかし、契約社員から正社員への登用に伴い清算する退職金は、雇用継続を前提とする一時金として原則賞与とみなされる場合があります。たとえば、給与規定により勤続年数が5年到来の都度退職金を支給した事案において、その後の勤務条件が実質的に同一であり、雇用関係の終了に伴う退職金に当たらないとした最高裁判例があります(昭和58年9月9日第二小法廷判決)。
ただし、「新たに退職給与規程を制定し、又は中小企業退職金共済制度若しくは確定拠出年金制度への移行等相当の理由により」改正前の期間に係る退職手当の支払は退職給与とされます(所基通30?2)。したがって、本件の場合、契約社員慰労金の支払に当たって勤務条件の大幅な変更と勤続期間の中断を打切支給要件とすることで、退職所得に該当するものと考えます。
2)退職金の分割支払について
Aに対する退職金の総支給額は120万円ですから、退職所得控除額の範囲内であり、所得税は生じません。ただし、Aに対する退職金を分割支払するように指示しておりますので、今後分割支払があった場合の課税関係について説明しておきます。
使用人は、退職金の支給の基因となった退職の日、すなわちその支払を受ける権利の確定した年分の退職所得として課税関係が発生します。しかし退職所得は源泉所得税の対象ですから、原則としてその支払の際に所得税の源泉徴収がされることになります(所法199、201)。したがって、分割支払による場合は、総支給額に対する前記退職所得税額の計算方法に基づいて源泉徴収すべき所得税の総額を算出し、支払の都度支払総額に対する支払額に応じた源泉所得税額を徴収することになります。徴収税額を算式で示すと次のようになります。

pict_advice56

 

 

 

 

◆ 今後の退職金対策について
最後に、今後N社が社員のモチベーション対策としてどのような退職金制度を採用すれば良いか、退職掛金が法人の損金計上可能な制度について触れておきたいと思います。
従来の退職給与引当金方式は、税制改正によって損金処理ができなくなりました。しかし、打切退職手当との関連で説明した中小企業退職金共済制度、または確定拠出年金制度への移行により、社外制度を活用した使用人に対する退職金、または退職年金制度への導入を図ることができます。また、保険を活用した退職金の社内準備も考えられます。新たな退職金制度の導入を契機に、基本給と勤続年数連動型の問題点も検討してみてください。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:倉本 昌明)

支給された退職金の使いみちとしては、人生を長い目で見た中長期的な運用をしながらの退職後の生活資金とする場合を除き、旅行やマイホーム・マイカー等の高額商品の購入を希望しているケースも多いのですが、FPの立場から申し上げると、無駄な利息の支払いを減らすために住宅ローン等の借入金の繰上げ返済に活用することも一考です。
いずれにしても、退職金は支給後まもなく、まとまった額の支払いに使われることが多いので、N社において現在の制度をそのまま継続すると、今回の事例のAさん以外にも、同様のトラブルが生じる可能性が十分に考えられます。

退職金が何故支給されるのか”ということについては様々な説があり、その主なものとしては、(1)功労報償説(退職金は、労働者の勤続や企業での役職、貢献度等に対する報償として支払われるという考え方)、(2)生活保障説(退職金は、労働者の退職後の生活を保障するために支払われるという考え方)、(3)賃金後払い説(在職中の賃金は本来受けるべき額よりも低く、退職金はその差額であり、これを受け取るのは当然の権利であるという考え方)があります。このうちのどの考え方が正しいかと言われると、これに対する正解はなく、実際にその支給額・支給方法を決める際には、これらのことを総合的に勘案した上で決定する必要があるのです。N社の採用した“契約社員退職慰労金制度”については、特に(1)の説に対する意識が弱かったと思われます。勤続年数1年あたり40万円としたのも、単に所得税の退職所得控除額から決めたもののようであり、その根拠が明確ではありません。また、勤続年数に完全に比例する退職金額とするのは、契約社員に対して数年間の勤務で退職しやすい環境を作るだけであり、全員一律の支給額とすることや20年以上勤めると正社員の退職金額を超えることについても、会社への貢献度という点について正しい評価がされているとは言えず、社員のモラールの低下を招くことにもなりかねません。

これらの問題点はすべて社長の計画性のなさから生じるものであり、一時的な損失は覚悟の上で、現在の制度を一度清算した上で新たな制度の導入を検討するのが適当であると思われます。
まず、契約社員についても人事考課等の結果を適切に反映させる評価制度を確立させることにより、契約社員の定着やモラールの向上につながってくることが予想されます。
また、退職金を一時金として支払うことが困難であることが予想される場合には、退職金の年金化という方法も考えられます。もちろん、これらの制度を設ける場合には退職金規程を作成して、その中に支払ルール等を明確に記載しておくことが必要です。

所得税や社会保険料を圧縮して経費削減を目指しているN社の場合、中小企業退職金共済制度(中退共)の利用を検討してもよいのではないでしょうか。この制度は、新規加入や掛金の増額変更の場合に、国から一定額の助成が受けられること、掛金が損金(個人事業の場合は必要経費)として全額非課税となること、従業員ごとに選択した掛金の額をいつでも増額変更できること等のメリットがあります。
退職金は、受け取る労働者にとっては退職後の生活設計のためになくてはならないものであり、企業側にとっては優秀な人材の確保にもつながってくる重要なツールであると言えます。労使間の信頼関係をより深いものとするためにも、その会社の状況に即した退職金制度を確立することは、大変重要なことなのです。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21沖縄 会長 上原 豊充  /  本文執筆者 弁護士 当山 尚幸、社会保険労務士 上原 豊充、税理士 友利 博明、FP 倉本 昌明



PAGETOP