第53回 (平成18年7月号)
職場の慣習?それとも…人権蹂躙?
外国人労働者が団結した…?!
職場の慣習?それとも…人権蹂躙?
外国人労働者が団結した…?!
SRアップ21千葉(会長:高柳 克之)
相談内容
「もたもたしていると、今日中に終わらないぞ!」今日も現場でB社長の檄が飛んでいます。社員を殴ることはありませんが、頭を小突くことはたびたびあるようです。日本人の社員はこのような社長の行動にすっかり慣れていますが、入社したばかりの外国人労働者にはかなり違和感があるようです。
ある日、M社の外国人労働者から相談受けたという人物から手紙が届きました。その内容を要約すると、(1)彼らが間違いをしたときに酷い扱いをすること。また、怒鳴ったり叩いたり、人権侵害とみなされる罵り言葉を用いたりすること。(2)安全対策なく働かされていること。(3)何の説明もなく給与が減額されていることがあること。等々、B社長の血圧が徐々に上がってくるのがわかったM社の総務部長は青くなりました。「この手紙を出すように指示した者を探し出せ。」B社長は総務部長に言い捨てると肩を怒らせて部屋を出て行きました。さあ、大変なのは総務部長です。犯人の検討はついていましたので、とりあえず彼らを飲みに誘うことにしました。結果的に、相手の言い分はごもっともでしたので、それを否定することはできず、なだめるにとどまってしまいました。最後に「会社が何の措置も講じないのであれば、監督署や市役所や厚生労働省に申し立てる」と言われ、ますます気が重くなった総務部長でした。次の日から、外国人労働者たちは全員仕事を休みはじめ、B社長の怒りは頂点に達しました。「全員解雇だ!こちらが不法就労で訴えてやる…」などと逆切れする状態を社員全員でなんとか収め、その日はとりあえず日本人のみで現場作業に出向くことになりました。
相談事業所 M社の概要
-
- 創業
- 昭和34年
- 社員数
- 21名(外国人 15名)
- 業種
- 建設業
- 経営者像
建物の解体から新築工事まで、あらゆる建設事業を請け負うM社のB社長は58歳。まだまだ血気盛んで、社員達が社長に逆らうことなどありません。数年前から外国人を使うようになりましたが、日本人同様に怒鳴り散らす労務管理を実践しています。
トラブル発生の背景
M社の外国人は東南アジア系がほとんどで、その半数が日本人の配偶者を有していました。不法就労かどうかはっきりしないのは4人、残りの者は研修目的で来日していました。所得税は全員甲欄適用で、雇用保険・社会保険は非加入、日給月給の給与体系で残業代も支払われていないようでした。また、これらの外国人の雇い入れ経緯は、M社で働いている者が知り合いを連れてくるというお粗末なものでした。
経営者の反応
「社長、このまま放置することはできませんし、解雇するとよけいに問題が大きくなります。ここは専門家に相談したほうが得策かも…」と総務部長が進言すると、「何でもいいから、あいつらをみんな辞めさせろ」とB社長はまったく動じません。「今後は日本人のみでいくからな、いくら頼まれたって研修生も受け入れない、わかったな!」と総務部長を叱咤しました。
外国人の雇用については、人件費的なメリットがなくなってきましたので、総務部長も社長の後半の意見には賛成でした。「しかし、この状態をどう打開するか、が問題だ…。とにかく早く相談先を探さないと大変なことになる…」
次の日もその次の日も外国人たちは仕事をしません。「このまま我慢比べをしてみるかな…」という思惑を払拭しつつ、総務部長は相談先を探し始めました。
弁護士からのアドバイス(執筆:)
まず、本件におけるM社の一番大きな問題点は、不法就労の可能性ある外国人を雇用しているという点です。
出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という)73条の2第1項には、「事業活動に関し、外国人に不法就労活動をさせた者は、3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し」とありますので、就労が許されない外国人を雇用していると、場合によってはB社長・総務部長ともに逮捕勾留されることとなります。
一方、日本人配偶者を有する外国人については就労資格が認められますが(入管法2条の2第2項、別表第2)、不法就労かどうかはっきりしない4人については就労資格の有無を直ちに確認する必要があります。
また、研修目的で来日している外国人についても注意が必要です。
在留資格「研修」は、入管法上「本邦の公私の機関により受け入れられて行う技術、技能又は知識の修得をする活動」(別表第1?4)とされており、これは労働により対価を得る就労とは異なるものです。仮に名目は研修であっても実質は労働力として受け入れているとするならば、そのような研修生は研修生に非ず、研修生受け入れ機関は不法就労助長の責任を追及されることとなります。
なお、本来の研修は労働ではないため、報酬が支払われてはなりませんが、本邦での滞在に要する実費の補助という趣旨で研修手当が支払われることがあります。この研修手当が報酬としての性質を有していれば(例えば、手当が活動時間に応じて支払われていれば労働の対価としての性質を帯びるでしょう)、実質は就労であるとして、不法就労の問題が生じることになります。
今後も外国人を雇い入れるのであれば、その者が入管法上適法に就労できる者であるか否かを必ず書面で確認することが必要です。例えば外国人が偽造の旅券を見せたため、企業の採用担当者がこれを信用したなど、就労の許されない外国人であることを知らないで雇い入れた場合には処罰されませんが、就労の許されない外国人であることを明確に認識していなくとも、状況からみてその可能性があるにもかかわらず、はっきりと確認せずに、あえて雇い入れたという場合には処罰の対象となります。
● 賃金未払いについて
次の問題点は、M社が従業員の給与を減額したこと及び残業代を支払っていないことです。まず、就業規則の変更等、賃金引き下げが有効となる場合もありますが、本件は「何の説明もなく」賃金を減額しているのですから、およそ減額が有効となることはないでしょう。今後、賃下げの必要が生じた場合には、事前に労務の専門家に相談することをお勧めします。
次に、残業代ですが、労働基準法37条には、(1)時間外労働(法定の1日8時間労働を超える労働)に対しては通常の賃金の1.25倍の割増賃金を、(2)休日労働に対しては1.35倍の割増賃金を、(3)深夜労働(22時から翌朝5時の労働)に対しては1.25倍の割増賃金を、それぞれ支払わなければならないとされています。
これについても、今後、何らかの対策を練る必要があるのであれば、弁護士や社会保険労務士などの労務の専門家に事前に相談することをお勧めします。
以上の賃金未払いに対しても、罰則があります。労基法119条は、残業代未払に対して、「6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」を用意しています。また、訴訟になった場合には、付加金の支払いが命じられる場合もあります(労基法114条)。
なお、労基法の適用される「労働者」には不法就労者も含まれるため、不法就労者であるからといって、未払賃金の支払義務を免れることはできません。
● 安全対策について
外国人労働者が日本人労働者と同じ現場で働く場合には、文化や言語が異なるため業務上の意思疎通が十分に行われにくく、指揮命令、安全教育、安全確認等が徹底できないおそれが強いこと、日本の作業環境が外国のそれと大きく異なることから災害の発生が懸念されること等が考えられ、従って、十分な安全衛生対策が必要となります。
少なくとも、安全衛生法に定める使用者が講じるべき措置(安全衛生管理体制の確立、健康診断等)については、直ちに導入する必要があるでしょう。
● 解雇について
就労資格がある外国人労働者に対して、仕事を休んでいることを理由に解雇できるかどうかですが、最高裁判例は「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」としていますので(最二小判昭50.4.25、労基法18条の2)、注意が必要です。
M社としては、無断欠勤している労働者をいきなり解雇するのではなく、まずは書面により出勤を命じるなどの警告を与える必要があるでしょう。とはいえ、M社においても不法就労、賃金未払いなどの問題がある以上、実務的には、あまり強硬な姿勢はお勧めできません。外国人労働者を退職させることが目的であるならば、「解雇」ではなく、「合意による退職」という穏便な手段を模索することも一つの手です。
なお、この「合意」を引き出すためには、いくらかの解決金を支払う必要がありますが、この解決金に上記未払賃金などを含ませて、労使の紛争を一挙に解決することが望ましいと思われます。
今後は、労基法等の関係法規を遵守して、万が一、従業員と争いになっても真っ向勝負ができるよう、会社として後ろめたいことのない状況を作り出しておく必要があるでしょう。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:川辺 恒雄)
最初に予備知識として外国人労働者についてご説明いたします。
一般的に、「外国人労働者」とは、日本国籍を持たずに日本において就労している外国人を「外国人労働者」と呼んでいます。
次に外国人労働者を日本国内で採用するには、「出入国管理及び難民認定法」に基づいて、入国の際に与えられた在留資格の範囲内で、定められた在留期間内に限って在留活動(就労)が認められているため、採用予定の外国人労働者が国内で就労可能かどうかを次の資料で確認する必要があります。
1. パスポート
2. 査証(VISA)
3. 外国人登録証
4. 在留資格認定証明書
5. 就労資格証明書
6. 資格外活動許可書
合法的な外国人労働者であれば、労務管理上は日本人労働者と全く同様に採用が可能ですが、特に注意が必要なのは、単に外国人労働者の専門的、もしくは、技術的な知識を得るだけではなく、その外国人労働者の母国での文化、風土、生活習慣等も一緒に採用すると言う認識が非常に重要なことです。
他方、同じ「外国人労働者」でもすでに、20万人を超える不法就労者が国内で就労もしくは生活しています。
不法就労者とは、
1. 不法に入国して就労している者
2. 在留資格ごとに認められている活動範囲を超えて就労活動している者
3. 在留期間を超えて就労している者
を言います。実際には、これらの不法就労者が国内労働力の一部を担っていることも事実ですが、社会保障や外国人犯罪が今や社会問題となっていることも事実です。
これらの不法滞在者または就労することのできない在留資格の外国人を、それを知って就労させたり、他の会社等に斡旋した場合、3年以下の懲役又は300万以下の罰金に処すると言う「不法就労助長罪」も強化されています。
以上の外国人労働者に対する基礎知識を踏まえて、本件、M社に対するアドバイスをいたします。
最初に、M社に在籍する外国人に対し、言葉の問題を解決することがすべてに優先します。日本人からみれば皆同じ「外国人労働者」と思いがちですが、各々母国も言語も違います。同僚に日本語が理解できる外国人がいれば、その外国人を交え、各都道府県労働局が委嘱している外国人雇用管理アドバイサーや NPO 等の通訳を活用して母国語での意志疎通を図る場を設けることが先決です。
あらかじめM社の総務部長は上記の通訳を確保・依頼し、並行してB社長に対し、不法就労は犯罪であるが、それを知って就労させたB社長とM社も犯罪であることを十分に説明・説得し、今後どのような状況下でも不法就労者は雇用しない、というM社の方針を確立します。
次に、通訳を交え、現場での彼らに対するM社長の言動に対し謝罪する必要があります。また、通訳を介し彼らの不満を汲み取り、支払うべき金銭債務等があれば精算します。そして、必要な場合には帰国するための協力もします。要は、不法就労者に対しては、労働基準法等労働関係法令に反する部分を精算してできるだけ早く、母国に帰国させる事が肝心です。
今後の合法的な外国人労働者の建設現場における安全対策としては、日本語が十分に理解できないことを前提として、現場での禁止事項や、危険行為、緊急用語を簡単な英語や、身振り、手振りのジェスチャー、ピクトグラム(絵文字)を使って反復理解してもらう方法があります。外国人労働者からみて、その内容が理解できる方法であることがポイントです。
給与については特に、採用時の契約金額は総額であるのか、手取り額であるのか等、日本人以上に、書面でかつ詳細に理解させることがトラブルの防止となります。その他の労働条件は、国内労働者と同様です。
社会保険の適用は、合法的な就労であれば国籍を問わず、国内労働者と同じ扱いで勤務日数、勤務時間が一般社員の3/4以上であれば強制加入です。M社の場合、在留資格が日本人の配偶者等である外国人は、当然社会保険に加入する必要があります。また、母国にいる扶養家族についても国内労働者と同様、生計維持関係があれば健康保険の被扶養者となります。被扶養者に収入がある場合の取り扱いも全く同様で、母国での収入が分かるものを添付できれば認められます。一方、雇用保険についても、国内労働者と同じ扱いとなりますが、「永住者」でない場合は、在留期間があるため、実際に失業給付の基本手当を受給する際に、在留期間までの給付となりますので注意が必要です。
他方、不法就労者の社会保険については、法律自体が、就労ができない外国人労働者を前提にしていないことから加入はできません。雇用保険も同様に加入できません。
しかし、不法就労者であっても、労災保険を含む労働基準関係法令の適用はあります。これは、日本国憲法第14条は人種による差別を禁止し、労働基準法第3条も「使用者は労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として賃金労働時間その他の労働条件について差別的取り扱いをしてはならない」とあることに基づくものです。また、昭和63年1月26日 旧労働省 基発第50号・職発第31号も、職業安定法、労働者派遣法、労働基準法等関係法令は、日本国内における労働であれば、日本人であると否とを問わず、また、不法就労であると否とを問わず適用されるものであるので、両機関は、それぞれの事務所掌の区分に従い、外国人の就労に関する重大悪質な労働関係法令違反についても、情報収集に勤めるとともに、これら法違反があった場合には厳正に対処すること、とあります。
M社がこのまま何の対応もせず、外国人労働者たちに監督官庁に申し立てられた場合、不法就労者も母国へ強制送還されますが、M社も不当解雇、賃金不払い、不法就労助長罪等の罰則を受ける可能性があり、決して良い結果は残りません。
単に外国人労働者を、3K労働者、労働力の需給調整、チープレーバーと考えて採用するのであれば、そのコストは決して安価ではありません。仮に外国人労働者の業務上の死亡事故が起こった場合、最初に遺体の処理は、どうしたらいいのか?という問題が発生します。このような場合は治外法権のため、当該国大使館の判断を仰がなければその処置もできませんし、国内では火葬が主となっていますが、宗教上火葬を認めない諸外国は多々あります。遺体を真空パックで母国に空輸する費用は莫大です。また、遺族補償年金の請求についても、まだまだ、一夫多妻制の諸外国もたくさんある状況から、遺族を特定できるか等の問題も難問です。
M社が今後も外国人労働者に頼らざるを得ない状況ならば、就労可能な外国人労働者を、ハローワークを通じて募集・採用し、国際貢献する気持ちで「外国人労働者」を育成していくという心構えが必要ですし、受け入れた事業所での日本語教育への助成や、日本での生活習慣を理解させるアドバイサーの配置も必要となるでしょう。
税理士からのアドバイス(執筆:石林 正之)
現在、わが国では、少子高齢化による就業人口減少の影響で、今後ますます外国人労働者の増加が予想されます。外国人を雇うにあたっては、まず、積極的にコミュニケーションをはかり、お互いの考えを理解することが必要です。
それでは、外国人労働者に対する税務上の考え方についてご説明いたします。
税務上、外国人労働者に給与を支払う場合でも、源泉所得税を徴収しなければなりません。ただし、雇い入れる外国人が居住者か非居住者かでその取り扱いが異なります。
居住者とは、国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいいます(所得税法2条1項3号)。ただし、国内において事業を営み若しくは職業に従事するため国内に居住することとなった者で、その地における在留期間が契約等によりあらかじめ1年未満であることが明らかであると認められる場合を除き、国内において継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する者がそれに該当すると推定されます(所得税基本通達3?3)。そして、居住者の場合は、「給与所得者の扶養控除等申告書」を会社に提出することにより源泉徴収、年末調整が行われることになります(所得税法183条、190条)。また、1月1日現在、居住者であるならば住民税も課税されます(地方税法39条、318条参照)。
これに対して、非居住者とは、居住者以外の個人をいいます(所得税法2条1項5号)。非居住者の場合は、国内勤務に係る給与は国内源泉所得として20%の税率による源泉徴収を行います(所得税法161条、164条、212条、213条)。ただし、雇い入れた外国人の出身国とわが国の間で租税条約を締結している場合は、その条約が所得税法に優先して適用されます(所得税法162条)。その結果、租税条約に規定されている免税等を受けられます。ただし、会社の納税地の所轄税務署長へ「租税条約に関する届出書」を提出しないと租税条約の適用が受けられず、所得税法の適用を受けることになります。
さて、M社では、外国人労働者に対する源泉所得税に関しては全員甲欄を適用しています。外国人のうち日本人の配偶者を有している者については、国内において継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する者とみなされ、これまでどおりの税務処理で問題はないと思われます。
不法就労かどうかがはっきりしない者については、まず、パスポート・ビザ等の書類を提出してもらいます。そして、建設現場で働けるのであれば、入国して1年以上であれば今までどおりの税務処理で、1年未満であれば租税条約を確認し、その者の出身国とわが国が条約を締結していなければ給与支払額の20%を源泉徴収します。
研修目的で来日していた者は、入国事前審査において承認された研修手当の範囲内の金額であれば、それは実費弁償の範囲内であるとして源泉徴収する必要はないと考えられます。
M社での外国人雇い入れの経緯は、M社で働いている者が知り合いを連れてくるというもので、特にパスポート等の書類の提示も受けていませんが、外国人を雇う際には、まず、日本で働くことができるか否かを確認することが最低条件です。そのうえで、慎重に確認しながら事務処理をすすめることが大切です。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21千葉 会長 高柳 克之 / 本文執筆者 弁護士 、社会保険労務士 川辺 恒雄、税理士 石林 正之