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第51回 (平成18年5月号)

“端数預金”ってなに?
「そんなこと聞いていませんよ!!」

SRアップ21石川(会長:菊池 寛治)

相談内容

C社の給料日がやってきました。給与明細など見ない社員が多いC社でしたが、たまたまある社員が「端数預金って何かなぁ…」と明細を見ながらつぶやくと、他の社員たちも明細を見始めました。「そう言えば、うちの会社は、何円という端数がなくて、いつも何百円ときりがいいよね」
社員たちに質問された古株の経理社員は、「私が入社したときからそうなってるわよ。多分…現金で給与を支払っていたころに両替金を用意するのが面倒だったのじゃない」とあっけらかんとしたものです。「しかし、今は振込でしょ…いや、現金の時だって会社が勝手に給与から金を引くのは違法なんじゃないかなぁ…」しかし、誰もこの話を社長にできるものはありません。
「月に多くても99円だからな、変なこと言って社長の機嫌を損ねたら、その方が大変だよ」と誰かが言うとそれを機に午後の仕事が始まりました。
その後は何事もなかったC社でしたが、端数預金の話が3ヶ月前に入社した社員Tに伝わると、「このまま黙って辞めようと思ったけど、あの頑固社長に一泡吹かせてやる…」社員Tは急に元気になったようでした。

次の日、社員Tが“端数預金の返還請求書”と書いた紙をもって社長室に現れました。「社長が願っているように、今日で辞めてやります。つきましては、いただいた給与から3ヶ月間天引きされた合計154円に利子をつけて返してください。あっ、僕が返してもらえたら、他の社員たちにも教えてあげようかなぁ…もし、帰してもらえないのなら監督署に行こうかなぁ…」と社員Tは笑っています。実は、社員Tが入社してから、何かにつけてG社長からいじめのような攻撃を受けていた経緯がありました。

相談事業所 C社の概要

創業
昭和42年

社員数
38名(パートタイマー 3名)

業種
電気設備工事業

経営者像

大手電気会社の傘下に入るC社は昨今の通信回線の改良などにより、それなりの業績を上げています。創業以来の社員が多く、68歳のG社長の一声で何でも決まる、といった社風の会社です。G社長はそれを意識してか、カリスマ的な存在を誇示しているようにも思えます。


トラブル発生の背景

C社の端数預金とは、給与の差引支給額に100円未満の端数が出た場合に、その端数を“端数預金”の控除項目で差し引き、社員達には100円単位の給与を支給するというものでした。しかし、社員の誰にもこのことを説明するわけでもなく、また、“預金”といっても誰にいくら貯まっているかなどを管理しているわけでもありません。いわば、C社に寄付しているような感じなのです。

経営者の反応

「Tの奴め、くだらないことを言いおって…、200円渡したらへらへらして帰ったよ、まぁ辞めてくれただけでありがたいけどね」とG社長が専務に話しています。「しかし、端数預金はそろそろ止めませんか。またTのような社員が現れないとも限りませんし、今会社にいる連中がTの話を聞いていたら大変なことになりますよ」と専務が返します。「なぁーに、誰も私に逆らうものはいませんよ」G社長は高らかに笑いました。
次の日、古株の経理の女性社員が「社長、みんなが参考までに端数預金の残高を知りたい、と言っているのですが…」とG社長に報告します。「いえいえ、返してほしいとか騒いでいるのではなく、ちりも積もれば山だから…なんて冗談のように言っているだけなんです」G社長の顔色を見てあわてて女性社員が言葉を続けました。女性社員が出て行った後「社長、早めに手を打っていたほうがよさそうですね」と専務が声をかけます。「そうだな、誰に相談するかな…」社長と専務は思案を始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山腰 茂広)

本件では、C社は給与の差引支給額に100円未満の端数が生じると、社員には何の説明もなく、その端数を“端数預金”の控除項目で一方的に差し引くだけで預金として何ら管理せず、控除額を事実上C社に対し寄付させるような取り扱いをしています。
さて、かかる“端数預金”が社内預金としての実質を有するものであれば、労働基準法第18条第1項【強制貯金の禁止】に違反することは明らかですが、本件については預金としての実質を有せず,”端数預金”は100円未満の端数を切り捨てるという端数処理のことを意味するに過ぎません。
したがって、C社が行っている100円末満の端数を一方的に差し引いて賃金を支払う取り扱いが労働基準法第24条第1項【賃金全額払の原則】に違反するか否かが問題となります。

以下、簡単にご説明しましょう。
そもそも、労働基準法第24条第1項が賃金の全額払の原則を定めた趣旨は、労働の対価たる賃金は労働者にとって生活の基盤ともいうべき重要な財源であることから、これを労働者に全額確実に受領させることにより、労働者の経済生活の安定を図ろうとしたところにあります。とすれば、賃金の一部不払は例え少額であっても本来許されないということとなります。
しかしながら、現実の賃金計算において端数が出ることはやむを得ないところであり、その支払の便宜から端数処理をする必要性もまた否定できません。
そこで、労働者の経済生活の安定の趣旨に反しない、即ち、実質上賃金全額の支払をなしたと評価できるやり方で端数処理をすることは法も許容していると考えることができます。(賃金の過払があった場合に、後で支払われる賃金にて精算控除すること、即ち調整的相殺することを認めた最判昭和44年12月18日の判決も同趣旨と考えられます)
問題は、法が許容する端数処理はどのような場合かということとなります。
この点、旧労働省労働基準局は賃金支払の端数処理につき就業規則に規定を定めることを前提に、次の二項はいずれも全額払の原則に違反しない(昭和63年3月14日基発第150号)との解釈を示しています。
(1)1か月の賃金支払額(賃金の一部を控除して支払う場合には控除した額。以下同じ)に100円未満の端数が生じた場合、50円末満の端数を切り捨て、それ以上を100円に切り上げて支払うこと
(2)1か月の賃金支払額に生じた1000円未満の端数を翌月の賃金支払日に繰り越して支払うこと
上記の解釈を参考に実質的に賃金全額の支払をなしたと評価できるか否か、で労働基準法第24条第1項違反の有無を判定すべきであります。

本件におけるC社は、100円未満の端数が出た場合に、その端数を”端数預金”の控除名目で差し引く、即ち100円未満の端数を切り捨てて支払うだけで、後日その精算等をしない取扱をしていたと考えられるのであり、全額払の原則に違反すると考えざるをえません。

● C社に対するアドバイス
C社は,長年に亘り賃金の一部不払をしていたと判断されることから、事後の対応を間違えば刑事罰の対象にもなりえます。
したがって、C社は、”端数預金”の名目で控除した端数総額と年6%の遅延損害金を直ちに全従業員に対し支払うと共に、社内預金と誤解される恐れのある ”端数預金”の控除項目を廃止し、端数処理が必要であれば上記通達に沿った内容に改めるべきです。
この点、賃金債権の消滅時効は2年であることから(労働基準法第115条)控除した端数の2年分を返還すれば足りるとも考えられますが、長年 ”端数預金”の項目を用いて控除してきた経緯からすれば、C社が賃金債権の短期消滅時効を援用することは信義則(民法1条2項)に反するのではないかとも考えます。
以上のことを肝に銘じて、社会保険労務士の指導に従ってください。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:四辻 勝秀)

この端数預金が純然たる社内貯蓄であった場合と、100円未満を切り捨てる端数処理であった場合の法的な説明は弁護士が行いましたので、労働基準法の罰則について少し触れてみましょう。
労働基準法第18条第1項に規定されている強制的な貯蓄金の管理契約とみなされると、労働基準法第18条第1項違反となり、この場合の罰則は、労働基準法第119条に「これを六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する」と規定されています。
万が一、罰則を受けることとなった場合は、その実行当事者であるG社長とC社の両方が罰則を受けます。

ここで労働基準法第18条をもう少し詳しくご説明します。
労働基準法第18条第2項では「使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理しようとする場合においては、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出なければならない。」
第3項では「使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合においては、貯蓄金の管理に関する規程を定め、これを労働者に周知させるため作業場に備え付ける等の措置をとらなくてはならない。」
第4項では「使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合において、貯蓄金の管理が労働者の預金の受入であるときは、利子をつけなければならない。この場合において、その利子が、金融機関の受け入れる預金の利率を考慮して厚生労働省令で定める利率による利子を下回るときは、その厚生労働省令で定める利率による利子をつけたものとみなす。」
第5項では「使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理する場合において、労働者がその返還を請求したときは、遅滞なく、これを返還しなければならない。」となっています。
このように、会社で貯蓄金管理を行うことは大変なことなのです。

本件については、“端数預金”などではなく、賃金の一部不払いというG社長にとって不名誉極まりない結果となったことは残念ですが、これを機に少しは法律を勉強してほしいものです。
労働基準法第24条では、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は命令で定める賃金について確実な支払い方法で命令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除することができる。
賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので命令で定める賃金(第89条において、「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。」と規定されています。
上記の規定では、賃金の一部を法令で定める方法以外で控除して支払うことを禁じております。控除とは、支払日の到達している賃金債権の一部を差し引いて支払わないことであり、積立金、貯蓄金等の名目で賃金の一部の支払いをしないことも控除に当たります。
この労働基準法第24条に違反している場合の罰則は、労働基準法第120条に「三十万円以下の罰金に処する」と規定されています。
以上のようにC社の端数預金は、いずれにしても法令違反の状態であり、早急に中止あるいは改善する必要があります。

給与を支払う会社からみれば、出来るだけ簡便に、なおかつ少なく払いたいものですが、従業員からすればきちんと支払われて当然と考えます。給与はその全額が支払われるのが当然です。もしも、全額が支払わなければ、従業員は不満を持つでしょう。従業員が不満に思うことを出来るだけ少なくすることは従業員の「やる気」の向上に影響します。
給与を受け取る側の従業員になって考えて見ると、給与は生活すべての基本です。従業員にとって給与は「命」です。このことを経営者は忘れてはいけません。
G社長にとっては、会社は自分の力で起こし、自分の資金を注ぎ込み、自分で育てた会社です。“会社は自分のもの”と考えているでしょう。しかし、会社はG社長の力だけで成長したわけではないはずです。社長の力と従業員の「力」の結晶によって現在のC社があるはずです。
会社の規模は、社長の器の大きさによると言われます。従業員の不満要因を取り除き、従業員のやる気を引き出すことにより、会社の発展・成長があります。G社長は今まで、うまく従業員の力を引き出してきたからこそ、会社を成長させることが出来たのだと想像できます。
些細な給与の端数処理などで、従業員の不満を大きくしてはいけません。給与は全額支払われて当然である以上、給与全額を支払うことを前提に問題の可決を図る必要があります。

■ 今後の対策について
ま ず G社長の謝罪
次 に 今後の対策
そして 過去の清算

従業員の不満を取り除き、法違反状態を解消するためには、G社長は従業員に謝罪しなくてはなりません。その後の対策としては次の方法を提案しました。
(1)給与の100円未満の端数について、従業員との話し合いを行い、同意の上で、法令を遵守した方法で端数預金を継続する。
(2)給与は100円未満の端数を含めて、全額を給与支給日に支払う。
以上の、2つが考えられますが、今までの、端数預金と言う名称の端数処理に対する従業員の不満が大きく溜まっているようですので、(1)の実現は困難でしょう。今後の対策としは、給与の全額支払いを実行することが最善と思われます。

問題なのは、過去の清算です。会社がより発展するためには、従業員の力が不可欠です。会社が過ちを犯したのは明らかな以上、従業員が納得する形での解決を図り、従業員の不満を取り除くことによって、会社と従業員の信頼関係を再構築する必要があります。
会社は、従業員の給与の端数をいくら控除しているか記録を付けてないようですので、納得いく積立額を提示することは困難です。そこで、次のような方法で積立額を決めることを提案しました。
(1) 給与から控除した100円未満の端数は1ヵ月につき100円とする。
(2) 積立額の元本は、100円×勤続月数とする。
(3) 積立額は、元本に3?5%程度の利息を複利で積み立てた額とする。
この方法によると、会社の支出は多くなりますが、従業員の不満を取り除くことが出来ます。過ちを犯した以上は、多少の出費を覚悟する必要があります。

小さい会社は、大企業のように資本や組織では勝負ができません。どうしても「人」の力で勝負しなければなりません。「人」は中小企業の財産です。人を大切にしなければ未来はありません。従業員が会社への信頼感を構築し、安心感を育てることができれば、それだけ仕事に力を向けることができます。今回の問題解決を通じて、より人を活かせる経営へとG社長自身が変化することが求められていると思います。

税理士からのアドバイス(執筆:朝日 昇)

税法上の社内預金は、労働基準法第18条の規定によって管理される労働者の貯蓄金であり、個人別に残高が管理されており、請求があれば払い戻さなければならず、監督署への届出も必要とされているものです。(所得税法2(1)十,令2)

本件の社内預金は、従業員から見れば給与から端数預金項目として天引きされており税法上の社内預金ではないが、外見上は一般的な社内預金と考えられます。経理上も「端数預り金」として処理されていると思われます。しかし、従業員との間で取り決め(契約)がないものは、債務が成立していないので税務上の債務として取り扱われません。(法人税法基本通達2-2-12)
したがって、本件の端数預り金は会社が従業員から寄附を受けたとみなされ、益金として法人税が課税されることになります。そして、端数預り金を今回払い戻す場合には、従業員に対する臨時賞与として扱われ、通常の賞与と同じく源泉所得税の徴収が必要となります。

従業員としては、このままでは一度源泉税が課された給与の一部を預けたにもかかわらず、その払い戻しについて再度課税されることになります。それを回避するための方法は、まず端数預り金の総額からすでに退職した者の分は雑益に振り替え、在籍している者の分について個人別の残高を算定し、この金額について従業員の合意を得ます。これらの金額は、平均端数金額と勤続年数・年間支払回数によって合理的に算定することができます。そのうえで、個人別の預り残高を明確にし、請求があれば払い戻すことを合意明示すれば、現在の従業員の預り金については課税されないのではないかとも考えられます。
しかし、その合意の効果は過去の処理については遡及しないので、過去に預った金額はやはり寄附を受けたとみなされます。ただし、本件は金額と内容についての重要性が小さいので、実務的には預り金の処理で認められる可能性があります。
なお、これらの処理が認められない場合には、税金と利息の分を上乗せして臨時賞与として払い戻すことをおすすめします。端数預り金は雑益に振り替えますが、会社として税負担が増えません。従業員も手取りで預金を確保できます。
年間の端数預り金も2万円位なので、過去の分についての修正申告は必要ないと思います。またTに払った200円についても同様に臨時賞与として処理します。200円であれば源泉税は0円です。今後、寄附とみなされないためには、個人別預り残高を管理する・払い戻しに対応するなどの業務が必要になりますが、この預金の目的が不明なままでは事務の無駄であり、端数の天引きは即刻やめた方がいいでしょう。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21石川 会長 菊池 寛治  /  本文執筆者 弁護士 山腰 茂広、社会保険労務士 四辻 勝秀、税理士 朝日 昇



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