第47回 (平成18年1月号)
執行役員は労働者?
熟年社員を襲う執行役員制度とは…?!
執行役員は労働者?
熟年社員を襲う執行役員制度とは…?!
SRアップ21大阪(会長:木村 統一)
相談内容
「執行役員制度か…」C社の社長が業界紙を見ながら独り言を言っています。近くにいたY総務部長がそろそろと逃げ出そうとすると、「Y君、わが社に執行役員制度を導入しよう。ベテラン達がいつまでもぬるま湯にいるような人事制度ではだめだ。執行役員として統率力を発揮してもらうようにしよう。」と声をかけられてしまいました。これまでにも、年俸制や成果主義的賃金体系などの導入を試みましたが、すべて付け焼刃的な取り組みで、どれも上手くいきませんでした。その目的が高齢者の追い出し作戦だったことをY総務部長は知っています。「またか…」と半ばあきらめ顔でY部長は社長の指示を聞いていました。
それから3ヵ月後にC社の執行役員制度が実施されました。執行役員に登用されると、その時点で退職金が支払われ、雇用保険を喪失し、1年間の執行役員契約書により勤務することとなります。ベテラン社員たちは、年俸がアップすること、権限が拡大することのメリットよりも、労働者としての身分がなくなることを心配しているようです。「へたすると、1年で契約解消ということになりかねないな…」という意見が多勢を占め、ベテラン社員の誰一人として執行役員に手を上げる者がいませんでした。
怒ったのは社長です。「そういう気持ちだから部下も育たないんだ。もっと積極的に後進の育成に取り組んでもらわないと困る。そのために大幅に権限を委譲できる制度にしたのだから…」と憤慨交じりに説得しますが、ある社員が「それならば、65歳までの雇用を約束してください。」と言った途端、「あほか!」といって社長は退席しました。
相談事業所 C社の概要
-
- 創業
- 昭和49年
- 社員数
- 125名(パート 15名)
- 業種
- ビルメンテナンス業
- 経営者像
ビルや商店街等の総合管理を手がけるC社の社長は55歳、父親の後を受けて、早や15年がたちました。先代から勤務している50歳代後半の社員たちがどうも疎ましいようで、何とかしてやめさせる方法はないものか、と日頃から思案しています。
トラブル発生の背景
会社にとって実効性のない制度を無理に導入しようとすれば、働いている方はその目的を察するものです。高齢者のモチベーション向上対策は他になかったのでしょうか。
おとなしかったベテラン社員たちですが、社長の態度に不満が高まってきました。「全員でやめてやるか!」と10名の社員たちが話し合っています。
経営者の反応
「社長!」とY総務部長が社長室に飛び込んできます。「ベテラン社員たち10名が来月末日付の退職届をもってきました。」総務部長から話を聞いた社長は、顔が青くなってしまいました。そもそも辞めてもらいたかった者は、2?3人でしたので、10人ものベテラン社員が一斉に辞められては、C社が成り立たなくなります。しかも、残存有給休暇をすべて申請してきている状態でしたので、明日から誰も出社しないかもしれません。総務部長に「部門長クラスは、君が説得して退職届を撤回させるんだ。あとの者も管理職の場合は、3ヵ月前に退職を申し出ること、と就業規則に書いてあるから、日付を訂正して持ってくるように指示してくれ」と言い捨てました。Y総務部長は「私の力だけでは不安です。他の社員にも悪い影響が出ているようですし、ここは専門家に手助けをお願いしたいと思うのですが…」とやっとのことで声を出しました。
弁護士からのアドバイス(執筆:門間 秀夫)
「執行役員」というのは、「会社業務を執行する役員」という意味の役職ですが、従前の代表取締役や取締役、あるいは最近の商法改正によって法制化された大会社のうちの「委員会等設置会社」における「執行役」とは異なり、商法上の役員ではありません。
その反面「執行役員」という名称の通り、業務執行に関しては相当の裁量権限を有し、「部長」や「課長」以下の一般従業員とも異なるものと理解されています。
しかし、このような「執行役員制度」を導入するか否か、また導入するとしてその地位や権限、会社との契約形態を雇用契約にするか委任契約にするかといった点は、それが法律上の制度でなく、また実際の導入が1997年(平成9年)頃からのことで、その歴史も浅いこと等から採用する会社によって内容が異なり、細部においては種々の違いがあるというのが現状です。
大企業では、この「執行役員制度」を設ける例が多く、平成14年の商法改正で法制化された「委員会等設置会社」における「執行役」の制度は、この「執行役員」制度を商法特例法上の大会社・みなし大会社について法制化したものと言うことができます。
「執行役員制度」が日本で最初に導入されたのは、ソニー株式会社であると言われていますが、この制度が導入された背景としては、主に大企業において取締役の人数が多くなり過ぎたことや、使用人兼取締役の比率が高いことに起因して、取締役会の形骸化という問題が生じたこと等が挙げられています。
このような背景から生まれた「執行役員制度」の目的・メリットとしては、種々の点が挙げられています。
具体的には、日常の業務執行を執行役員に委譲することにより取締役の員数を削減していくという形を取ることになりますので、取締役の人数削減による経費節約という消極的な面と、取締役ないし取締役会制度の形骸化を廃し、少数の取締役によって構成される取締役会の監督機能の強化と大局的な経営戦略のための意思決定の充実・迅速化、そして執行役員に委ねられたことによる日常の業務執行の迅速化を狙った積極的な面があります。
この積極的な面は、それにより昨今の会社経営機能の充実と迅速化の要請を満たす一方、いわゆる「コーポレートガバナンス」(「良き企業統治・企業経営」)や「コンプライアンス」(「遵法経営」)の実現のためにも役立つことが期待されているのです。
このようなことから、「執行役員制度」は、元来事業規模が大きく、かつ多角化した大企業を念頭に置いた制度であると言われております。
しかし、同族経営企業やベンチャー企業など、あまり規模の大きくない企業であっても、幹部従業員と他の従業員との権限や待遇面の差別化として、執行役員の肩書を付与することも行われているようです。例えば、執行役員を選任し、取締役会や経営会議へ参加する権利を与えたり、決裁権限を大幅に委譲したりするとともに、それに見合った待遇としてインセンティブ報酬を与え、厳格な守秘義務や競業避止義務を課すなどの処遇を与えたりする方法です。このような目的に「執行役員制度」を用いることは、この制度が本来目指す目的とは異なるものですが、「執行役員」という肩書の知名度も高まりつつある中、中小企業を中心に今後増えていくことが予想されています。
さて、本件に対するアドバイスを申し上げましょう。
C社は「執行役員制度」を導入しようとした訳ですが、まずその導入の目的自体が「気に入らない社員を執行役員にした上で首を切るため」ということであって、前記の「執行役員制度」の本来の目的から外れた目的で利用しようとしています。そして、事件発生の原因にもある通り、会社にとっては何ら実効性のない制度を無理に導入しようとしていることに本件の問題点があります。
そもそも、C社の社長は、「先代から勤務している50歳代後半の社員たちがどうも疎ましいようで、何とかしてやめさせる方法はないものか、と日頃から思案していた」ということですが、法律以前にそのような経営姿勢自体が問題であって、むしろそのような社員をいかに活用していくかということが、これからの少子高齢化社会に向けて企業経営者が考えるべき課題だと思います。定年延長制度が議論されている時代として、重要な対策のひとつであると考えるべきでしょう。
高齢者のモチベーション向上対策として「執行役員制度」を取り入れるというのであれば、本件のように新たな委任契約を締結して結果的に執行役員の身分保障が正社員より脆くなるという形にすべきではなく、むしろ雇用契約を維持しつつ、「従業員の中の特殊な従業員である」という考えの下に、肩書きの付与、インセンティブ報酬の付与、大幅な権限の委譲、それら反面としての厳格な守秘義務や競業避止義務の賦課の外、定年延長制度等正社員と同等以上の身分保障を与えていくということが必要となります。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:近藤 洋一)
本件は、本来企業の戦力になるべき従業員の中で、自己の意に叶わない従業員の排除という事業主の経営戦略の誤りから問題が発生しています。
労務管理というものは、一時的、思いつきだけでその運用を施しても、その効果を期待することは不可能であり、中長期的な制度として確立していかなければ返って従業員に不信感を抱かせます。以前に導入を試みた「年棒制」、「成果主義的賃金体系」などが不調に終った後、さらに執行役員制度の導入・実施されるということになれば、対象になる従業員が拒否反応を示すのは当然のことです。このようなベテラン従業員の大量退職という緊急事態が発生してから申し上げることではありませんが、こういう時に日頃から、また定期的に社員教育を実施している企業とそうでない企業との大きな差が出てくるものだと思います。
社員教育を実施している企業の従業員は、まず本件のような行動はしないでしょうし、事業主の従業員に対する接し方も、これらの従業員を常にその企業の戦力として意識した処遇をしていることだろうと思います。
本件の対象になった従業員は、ベテランで高年齢の従業員ですが、社員教育として、外部講師による管理職研修、コーチングの研修を行うなどさまざまな教育手法があります。それらを定期的かつ継続的に受講することで自己のスキルを伸ばすことができ、事業主との信頼関係が改めて確立できることになるのだと思います。事業主も「何とかしてやめさせる方法はないものか」という発想よりも、すでに業務を熟知している従業員をもっと活用することはないか、と模索することが必要なのです。
また、後述しますように、今後各企業は、少子高齢化の急速な進展等を踏まえ、少なくとも年金支給開始年齢までは働き続けることができるよう、定年の引き上げ、継続雇用制度等の導入等による65歳までの雇用確保措置を講ずることが義務化になりました。
これらのことを踏まえて、C社社長は、自ら謝罪すべきことは謝罪して企業存続のために奔走すべきです。ただちに、退職を申し出たベテランの従業員を集めて話し合いの場を持ち、そこから活路を見出すべきだと思います。
中小企業にあっては、概して古参の従業員の権限が強く、他の従業員や取引先への影響等を考慮すると、大胆に処遇することが難しいところがあります。これは多くの中小企業に内在する問題です。
いずれにしても、労使が個々の問題に対し十分に話し合う場をもち、お互いの理解を深め、情報を共有し、信頼関係を形成した上で打開策を見出すことが肝要であります。
●高齢者雇用の現状と対策
平成17年6月1日、厚生労働省から公表された平成16年の人口動態統計により合計特殊出生率(15歳から49歳の女性の出産率の合計)が最低を更新してついに1.30を割り込み、1.28台後半であったことが判明しました。一方で、65歳以上の人口の構成はますます増加し、少子高齢化が急速に進んでいることが改めて確認されました。
人口統計が出るたびに出生率の低下に歯止めがかからず、この基礎率を前提とした年金制度の仕組みは、改正によって老齢厚生年金の支給開始年齢が65歳へと段階的に引上げられることになったのです。
また、人口動向の推移や年金の支給開始年齢等を背景に、改正高年齢者雇用安定法が成立・公布されました。その施策の骨子の一つに「65歳までの雇用の確保」が掲げられ、平成18年4月1日からは、65歳までの定年の引上げ、継続雇用制度の導入等が義務化されます。65歳未満の年齢で定年制を設けている企業については、段階的に65歳までの雇用を確保する措置を講じなければならないものとされました。
この高年齢者雇用確保措置は、平成25年4月1日以降、定年等が65歳となるように段階的な継続雇用義務の年齢が示されています。
・平成18年4月1日?平成19年3月31日 | 62歳 |
・平成19年4月1日?平成22年3月31日 | 63歳 |
・平成22年4月1日?平成25年3月31日 | 64歳 |
・平成25年4月1日? | 65歳 |
事業主が構ずるべき高年齢者雇用確保措置には、次の3つの施策のいずれかの実施が原則的に義務づけられています。
(1) 定年の引上げ
(2) 継続雇用制度の導入
(3) 定年の定めの廃止
なお、(2)の継続雇用制度は、「現に雇用している高年齢者が希望しているときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度」をいい、原則的に本人の希望を受け入れるべきものですが、労使協定によって継続雇用制度の対象となる基準を定めた場合は、希望者全員を対象としない制度でもよいものとされています。
ただし、特例として、大企業にあっては、平成21年3月31日まで、中小企業(常時雇用する労働者が300人以下の企業)では平成23年3月31日まで(すなわち中小企業では5年間)、この労使協定について、労使協議が不調に終った場合には、就業規則に継続雇用制度の対象者の基準を定めることでもよいものとされています。
税理士からのアドバイス(執筆:飛田 朋子)
(執行役員の特徴)
まず、執行役員は、業務を執行する役員であり、取締役が有している業務執行機能と意思決定・監督機能の分化を計る観点から現れた制度です。
日本の企業において、取締役や取締役会の現状の問題として、大企業では、取締役の人数が多いことから取締役会での議論が十分になされないことや、その他の一般的な会社でも社内からの昇進者が取締役に就任するで、その独立性に問題があるケースがあります。
執行役員は、商法で定められた役員ではありません。この点で、商法で規定されている「執行役」とは、異なります。
「執行役」は、商法特例法上の大会社とみなし大会社のうち「委員会設置会社」に移行した企業で設けることができる「業務執行を行う役員」であり、その権限や責任、登記の必要性など、商法で規定が明確に定められています。
一方、執行役員は、商法の定めのない制度ですので、どのような会社でも採用することができる任意の制度です。またその内容は、会社ごとに柔軟に定めることが可能であるため、各会社ごとの執行役員の内容を十分に検討する必要があります。
具体的には、取締役から執行役員への就任、使用人として地位を持ちながらの執行役員への就任、取締役との兼任、また、代表取締役として執行役員への就任など様々なケースが考えられます。また、その権限についても会社ごとに様々です。このため、執行役員に関する問題については、その会社の執行役員制度の内容、現状を十分に把握しなければ、解決できないこととなります。
(執行役員の給与等の取り扱いについて)
本件のように従業員から執行役員へ移行する場合に就任時に受け取る退職金は、執行役員の就任後の立場によって所得税の「退職所得」として取り扱えるケースと取り扱えないケースが生じます。
所得税法30条において、「退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与(退職手当等)に係る所得をいう。」と規定されています。
また、退職手当等とは、所得税法基本通達30?1に「本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう。従って「退職に際し又は退職後に使用者等から支払われる給与で、その支払金額の計算基準等からみて、他の引き続き勤務している者に支払われる賞与等と同性質であるものは、退職手当等に該当しないことに留意する。」と規定されています。
ただし、所得税基本通達30?2(2)において、「引き続き勤務する役員又は使用人に対し退職手当等として一時に支払われる給与のうち、使用人から役員になった者に対しその使用人であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与は、退職手当等として取り扱われる。」と規定されています。
このことから、所得税の取り扱いは、従業員であった者が執行役員に就任した後、税法上の役員またはみなし役員(注)に該当する場合には、退職手当金等として「退職所得」の取り扱いとなり、該当しない場合には、賞与として「給与所得」の取り扱いとなり、税負担は、「退職所得」に比べて重くなります。したがって、役員に該当しない場合には、移行時に退職金を支給しないという選択肢もあります。
また、賞与の税法上の取り扱いについても役員に該当する場合には、就任後の執行役員の給与のうち不相当に高額な部分、また、賞与については損金不算入として取り扱いされるので注意が必要です。
本件の場合、執行役員への移行時に、退職金の支払い、雇用保険の喪失、1年間の執行役員契約書により勤務するとのことですが、その執行役員契約書の契約内容によって、執行役員の契約が委任契約か雇用契約に分かれることとなります。ただし、委任契約の内容になっている場合でも、実態によっては、労働基準法上の労働者としての取り扱いとなることもあるので、専門家である社会保険労務士とよく検討されることが必要です。
また、執行役員制度を導入するにあたっては、執行役員制度の内容に即して既存の就業規則の変更や執行役員規則の制定を検討する必要があると考えます。
以上のように執行役員制度は、商法に規定のない任意の制度であることから、会社ごとで制度設定の自由度が非常に高いものです。会社の執行役員制度の内容によって取り扱いが異なるのは、税法に限りませんので、様々な項目について十分な注意が必要となります。
このため執行役員制度を設置するかどうかについては、下記の点を十分に検討した上で判断してください。
一、 「何のために執行役員制度を設置するか」いう目的を明確にすること。
二、 執行役員の社内における位置付けをどうするか。
三、 執行役員を受け入れる組織体制が社内にあるか。
執行役員制度設置の主目的は、取締役会を活性化して経営の効率化を高めること、企業経営のチェック機能を高めることであると思われます。
また、執行役員制度が社内で十分に受け入れられる場合には、従業員にとっては、会社が取締役とともに執行役員という地位を設定することにより、昇進目標ともなり、意欲の向上から、さらなる経営の効率化につながることにもなります。
(注) 税法上の役員とは、法人の取締役、執行役、監査役、理事、監事及び精算人をいい、みなし役員には、(1)使用人以外の相談役、顧問その他これらに類する者でその法人内における地位、その行う職務等からみて他の役員と同様に実質的に法人の経営に従事していると認められるもの、(2)同族会社の使用人のうち一定の条件を満たすものが含まれる。(法人税法第2条15号、法人税法施行令第7条第1号、法人税基本通達9?2?1) |
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SRアップ21大阪 会長 木村 統一 / 本文執筆者 弁護士 門間 秀夫、社会保険労務士 近藤 洋一、税理士 飛田 朋子