第46回 (平成17年12月号)
誰かJ子を黙らせろ!職場の規律遵守違反か?
それとも常識・非常識の問題?!
誰かJ子を黙らせろ!職場の規律遵守違反か?
それとも常識・非常識の問題?!
SRアップ21福岡(会長:豊永 石根)
相談内容
「最近は常識と非常識がはっきりしないよなぁ。親の躾の問題なのか、それともそういう時代になってしまったのか…」ため息をつきながら、T社の社長と専務が居酒屋で話をしています。それというのも、最近入社したJ子がとにかくおしゃべりで、何度も注意をするのですが、そのたびに「すみません」と舌をペロッと出す程度で、全然反省がなく、少し手が空くとあっちでペチャクチャ、こっちでペチャクチャと相手の状況にかかわらず話し始めるといった具合だからです。J子は23歳で見た目にはかわいい感じがしますので、男性社員たちは話しかけられると悪い気がしないようです。一方、女性社員には嫌われているだろうと思うと、これがまた取り入り方がうまく、“かわいい後輩”として認識されているようです。
ある日のこと、J子のおしゃべりに痺れを切らした専務が、「いいかげんにしろ!仕事中は私語を慎め!」と一括しました。突然J子は泣き始め、周りの社員たちは専務を恨めしそうに見ています。「君たちも仕事を邪魔されているんだろう。先輩なんだから、仕事中は仕事に専念しなければならないことをJ子に教えないとだめじゃないか!」
勤続10年のK社員が「でも専務、我々もJ子も仕事はちゃんとしていますよ。仕事中にも多少のコミュニケーションがあってよいと思うのですが…」と発言しました。「それにも限度というものがあるだろう。J子のおしゃべりは、社長も気にされているんだ。あの調子で顧客の個人情報などをペラペラやられたのではたまらない。だから社内できっちりと教育するか、いっそのこと辞めてもらうか、悩んでいるんだ。君たちがJ子を許容するのであれば、J子には辞めてもらうしかないかな…」
相談事業所 T社の概要
-
- 創業
- 昭和63年
- 社員数
- 10名(パート 2名)
- 業種
- 不動産業
- 経営者像
賃貸物件の管理や住宅分譲を手がけるT社の社長は48歳の3代目、小規模ながらもそれなりの収入を得て、地元では名士といわれています。専務は二代目社長からの腹心で現社長の片腕以上の働きをもって社員の定着に貢献しています。
トラブル発生の背景
服務規律の効力とは? どうやって守らせるのか? いわば労務管理の手法が成り立っていないT社には「言わなくても、これくらいはわかるだろう」的な考え方が、社長にも専務にもあったようです。
T社では、試用期間中の教育訓練や評価結果のフィードバックをどのように考えていたのでしょうか。また、経営者として「解雇は最後の手段」であることを理解しているのでしょうか、社員の育成方法が不明瞭なT社です。
経営者の反応
専務から話を聞いた社長は「そうか、それなら仕方ないな、J子がすんなりと辞めてくれるように段取りしてくれ。それから求人も頼むよ」と専務に指示しました。しかし、専務は自分から言い出したものの少し不安でした。それは、K社員の発言が頭に残っているからです。「確かに一日中黙って仕事をしろ、とは言えないし、社員間の協力体制も必要だ…しかし、物事には限度というものがあるはずだ。J子はうちの社風に合わないのだ。普通ならば常識の問題だよな…J子には2ヵ月分位の給与を提示すれば辞めてくれるかな…」いろいろな思考が頭の中を巡り、収拾がつかなくなってしまいました。「いまさら社長に相談するわけにもいかないしな…」とつぶやきながら、専務は、インターネットで検索を始めました。
弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)
社長は、J子がおしゃべりで、何度注意してもそれが改善されないとして「解雇したい」と考えているようですが、それほど簡単に社員を解雇できるものではありません。
解雇については、「使用者は原則として何時でも労働者を解雇することができるが、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できない場合には、権利の濫用として無効になる」というのが一般的な考え方です。
この点を明らかにしている最高裁判例が二つあります。
使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる(最高裁判決昭和50年4月25日民集29巻4号456頁)。
普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいても、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、当該解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効になる(最高裁判決昭和52年1月31日裁集民120・23頁)
そして、平成15年の労働基準法改正において、同法第18条の2に解雇について明文が置かれ、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されました。その趣旨について、立法者からは従来の判例法理を確認する趣旨で定めたものであると説明されていますので、これまでの判例法理は特段に変更を受けるものではないと思われます。
そこで、「J子がおしゃべりで、何度注意してもそれが改善されない」ということを理由に解雇する場合、それに合理的な理由があるか、また、社会通念上相当であると認められるかということを検討することになります。
まず、J子のおしゃべりがT社の業務遂行にいかなる支障を生じたかを検討してみましょう。J子が顧客の個人情報を現実に他に漏らしたということがあれば問題ですが、現時点では業務遂行に支障を生じていないとか、あるいは支障があってもその程度が少ない場合には解雇に合理性等があるとまでは言えません。T社に重大な損害を与えたり、T社の経営や業務運営に重大な影響や支障をきたす場合に、初めて解雇に合理性等を認めることになります。
次に、J子に改善の余地がないかどうか、を検討してみます。
使用者側が労働者に改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善されずに繰り返す場合には,解雇に合理性を認める理由となる場合があります。しかし、J子の性格や相性を考えて上司や同僚等の組合せや環境に工夫を図ることにより、J子に改善を図る機会を与えることが相当な場合もあります。
さらに、T社にJ子の指導または、管理体制上の落ち度がないかどうかを検討しなければなりません。J子に何度も注意をしたということですが、J子にその趣旨を十分に理解させるだけの指導をしたのかどうか、が問われるのです。この点において、服務規律で何が禁止されているのか、何をなすべきなのかが判然としていなかったり、あいまいな表現であれば、労働者が遵守しようにも守るべき内容がわからないということになります。よって、服務規律は具体的に定めることが要求されます。この点においてT社に問題はなかったでしょうか。
これらの判断基準は相当厳格ですので、安易に社員を解雇できると思っている事件ほど,その解雇に相当性がないケースがほとんどです。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:大塚 哲也)
最近は家庭における躾のレベルの問題や、学校における教育の不十分さ等から、社会人としての常識やマナーが身についていない状態で入社してくる若い人が増えているようです。
J子もそうした内の一人のようですが、程度の差こそあれ会社が満足するような新入社員ばかりが入社してくるとは限らないものです。
会社が採用を決める際、さまざまな要素をもとに採用決定をしますが、自社の社員として適格性があるかどうか、という判断を間違いなく行うことは困難です。
そこで実際の勤務状態等を観察して、能力・勤務態度その他の面で自社の社員として将来的に勤まるかどうかを判断する期間として試用期間があります。
試用期間は、試用期間経過後の社員に比して広い範囲における解雇の自由が認められている期間です。
最高裁判所大法廷の判決では、試用期間について「試用期間中に従業員として不適格であると認めたときは解約できる旨の特約上の解約権が留保されているのであるが、このような解約権の留保は・(中略)・新規採用に当り、採用決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他・(中略)・の適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであって、今日における雇傭の実情にかんがみるときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるというべきである。・(後略)・
右の留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論じることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない」(昭和48年12月12日判決)としています。
しかし、一方では、試用期間は新入社員を教育する期間でもあります。
業務知識、社会人や会社員としての基本的な考え方、心構え、マナー等を教育し、自社の社員として、組織的にも対外的にも十分通用するように教育しなければなりません。
特に、社会人としての常識やマナーが不足している場合が見かけられますので、その点の教育は大事になっています。 また、自社の就業規則について既存の社員も含めて教育することも大事なことです。
たとえば、就業規則が書棚の奥に眠っていて役にたっていないということなどありませんか。会社内の規律を徹底する意味からも、経営者、役員、そして既存の社員が会社のルールを理解していることが前提です。そのうえで、社員たちが服務規律を十分に守っている職場環境を作ることがポイントでしょう。
このように理想的なことはわかっていても、小規模事業所では「なかなか教育に割く時間がない」という声をよく聞きます。この問題は、実は「時間がない」のではなく、トップが「社員教育の重要性をどれだけ認識しているか」という問題なのです。
社員教育に多くの時間は割けなくても「毎日少しずつの時間をとる」、「毎朝の朝礼で3分間スピーチを利用する」、「新入社員一人にベテラン社員一人をつけて、マンツーマン方式によりで日常業務のなかで指導をする」等工夫をすればいろいろな方法があると思います。
また、服務規律については、就業規則で明確に定め、それが守られているかどうかを普段から十分に観察し、万が一守られていない場合は注意、指導することが必要です。
本件では、専務が何度も注意をされたようですが、注意する場合には、「うるさいぞ、静かにしろ!」のようなその場だけの注意でなく、本人が心理的に受け入れやすい時を選び、事実に基づいてきちんと説明して注意する、人前でしからないこと等に気をつけてください。
J子の場合、J子のおしゃべりによってJ子自身の業務能率も落ちていること、そして他の社員の業務遂行にも影響を与えていることや、また、会社には他に漏らしてはいけない秘密というものがあり、特に今年からは個人情報保護法も制定され、社員や顧客の個人情報を漏らしてはならないこと等十分に説明して、納得理解させることが必要です。
また、社員を注意、指導した場合は、その指導教育の資料として、また後日解雇等の処分になった場合に、その理由を証明する資料として記録しておくことが必要です。
就業規則でときどき見かけるケースに服務規律を定めていても、それに違反した場合の懲戒を完全に定めていない場合があります。
状況によっては懲戒を科す場合もあるでしょうから、きちんと明記しておくべきでしょう。
本件のように、社員に対して十分な注意や指導をせずに、一足飛びに解雇によって問題の解決を図ろうとすることがあります。誤ってはならないのは、普段から注意や教育指導をしている実績があって、それでも社員が改善しない場合には、やむを得ず解雇という手段を講じるのです。経営者が社員に対し果たすべき義務を履行せずに社員を解雇すると、解雇された社員は納得できるはずがありませんから、問題が大きくなってしまいます。
これに関連する判例として「見習期間は、近い将来において会社の社員となって、その企業に貢献するために必要な基本的知識及び生産過程の基本的能力を修習会得させるという教育機能ならびに会社における職場の対人的環境への順応性及びその職場において労働力を発揮し得る資質を有するかどうかの判定機能を持っており、この機能を果たさせることが見習期間制度の目的であるから、右裁量権は、まず会社が実施した教育が右目的に即して社会的に見て妥当であることを前提とし、これによって制限される。
例えば、右教育によってたやすく矯正し得る言動、性癖等の欠陥を何ら矯正することなく放置して、それをとらえて解雇事由とすることは許されない」(昭和44年1月28日 東京地裁判決)というのがあります。
さて、試用期間の長さですが、概ね3ヶ月?6ヶ月程度が適当だと思われます。
これは前述したように、試用期間は従業員としての適格性を判断するとともに教育指導をする期間でもあるためにこれくらいの期間は必要だと思われます。
そして、試用期間の中途に社員としての適格性が判定された場合には、試用期間を短縮する等の定めも必要でしょう。
試用期間中に、社員教育をしても改善されない、いくら仕事を教えても適格性がない等の理由により、試用期間中、または試用期間満了時に解雇する場合は、採用後14日以内の解雇であれば解雇予告の必要はありませんが、14日経過後の解雇であれば通常の解雇と同じく、30日以上前の予告あるいは30日分以上の平均賃金※(解雇予告手当)の支給が必要となります。
※平均賃金(労働基準法第12条)
平均賃金とはこれを算定すべき事由の発生した日(この事例では解雇の予告をした日)以前3ヶ月間にその労働者に対して支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額をいう。
前項の期間は賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する。
雇入後3ヶ月に満たない者については第1項の期間は、雇入後の期間とする。
本件については、T社の就業規則全般を見直すこととし、J子については全社員の協力を求め、改めてJ子に対する教育訓練を実施することにしました。
税理士からのアドバイス(執筆:古賀 均)
まず、退職所得とは所得税法第30条1項で「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与やこれらの性質を有する給与」としており、退職手当等の範囲として所得税基本通達30-1「退職手当とは、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることになった給与をいう。したがって、退職に際し又は退職後に使用者等から支払われる給与で、その支払金額の計算基準から見て、他の引き続き勤務している者に支払われる賞与等と同性質であるものは、退職手当に該当しない。」としています。
本件に関する問題として、解雇予告手当について労働基準法第20条第1項では「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均給与を支払わなければならない。」としており、所得税基本通達30-5では「使用者が労働基準法第20条(解雇予告)の規定により使用者が予告をしないで解雇する場合に支払う予告手当ては退職手当等に該当する」と規定しています。
次に、使用人についての退職給与についての金額について、法人税法第36条の3及び法令第72条の4では、会社が役員と特殊の関係にある使用人に対して支給する退職金の額のうち、不相当に高額な部分の金額(その使用人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同業種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの使用人に対する退職給与の支給状況に照らし、その退職した使用人に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える金額)については、損金不算入としています。
(特殊関係使用人とは(1)役員の親族、(2)役員と事実上の婚姻関係と同様の関係にある者、(3)役員から生計の支援を受けているもの、(2)(3)の者と生計を一にする者の親族)
よって、使用人の退職給与は、上記の特殊関係使用人に対する過大退職給与以外は会社が退職規定以上に支払っても、損金として経理している限りその全額が認められると考えられます。
以上のように、J子に対し2か月分の給与額を解雇手当とすることについて、前掲の各法令から検討すると、この解雇予告手当は退職金とすることに起因して支払う給与であり、その支払い基準は、労働基準法に定める平均給与の30日以上であり、退職金として処理しても問題ないと考えます。しかしながら、事例のような社員に対し事業者は、解雇予告手当は、できるだけ法令に定める最低限度の支払で済ましたいのが実情でしょう。仮に解雇予告手当が何か月分になったとしても、その会社の役員と特殊の関係のある使用人でない限り、法人税法上も損金として認められ、所得税法上も退職所得となると考えます。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21福岡 会長 豊永 石根 / 本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 大塚 哲也、税理士 古賀 均