社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第4回  (平成14年6月号)

「いきなりの倒産宣告の後、社長が行方不明に…」
を巡ってのトラブル対応

SRアップ21福岡(会長:豊永 石根)

相談内容

5年前の創業以来、安定した経営を続けてきたG社が、6ヶ月前にメインの取引先から取引停止を宣告されました。
G社社長の努力の甲斐なく、売上は半減し、徐々に資金繰りが苦しくなってきました。ついに、社員の賃金が2ヶ月遅れ、そして小切手が不渡りとなってしまいました。
G社社長は社員15名にメールで倒産を通知し、その後行方が分からなくなりました。

相談事業所 G社の概要

創業
平成8年

社員数
本支店合計13名(正社員13名)

業種
コンピュータソフトウエア業

経営者像

38歳、かつてはかなり技能の高いSEであった。


トラブル発生の背景

G社社長は会社の営業を一手に行っていたようですから、会社経営を自分ひとりの力と責任で行っているものと勘違いしていたのかもしれません。
これまで会社を支えていた社員は、どうなるのか。社員たちは、押しかける債権者、取引先担当者などへ必死の対応をしていましたが、一人辞め、二人辞めとだんだん数が少なくなってきました。
自分たちの未払賃金の問題、賃貸事務所からの退去、各種保険の解約などを含め、最後まで会社に残っていても何もならない、と投げやりな精神状態に陥る寸前でした。その頃です、社員の一人が「SRアップ21」のホームページを見て、メールを送ってきました。「代表者印はありますから、手続して下さい。」

経営者の反応

社員の代表からSRネットに連絡があったとき、社員は残り7名まで減少していました。
社長が行方不明という緊急事態にありながら、代表者印が残っているという状況に危険なものを感じたメンバーの弁護士が行動を起こしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)

会社が倒産するといった事態にあたり、会社として法的手続きをとれるのは、あくまでも会社の代表者である「社長」ということになります。
万が一、社長でない者が社長の名前を使って法的手続きを行なったとしても、社長が手続きをしたことにはならず、無効な行為となります。

また、会社の代表印を使用して、あたかも正式に会社が作成したかのような文書を作成すれば、私文書偽造(刑法第159条第1項)に該当しますし、偽造した文書を使用すれば、偽造私文書行使(同法第161条第1項)になり、刑事上の責任が発生します。
したがって、G社の現状を考えると、会社の代表印を使用して何かを行なうということはできません。

しかし、この代表印が債権者から悪用される場合もありますから、そのまま放置するのではなく、他の取締役なり幹部社員の方が厳重に保管しておくことが必要です。
このような話をG社の社員の方にメールしました。
その後、何度かメールをやり取りする経過があって、G社に訪問することとなり、具体的な会社整理方法を指導することになりました。

G社を整理するにあたり、次の3つの方法を検討しました。

(1) 会社の代表者がいないと会社として法的手続きが取れないことから、会社の代表者を変更して諸手続を行なう
(2) 会社と取引先等の債権者が話し合うことにより、裁判所の手続によらない任意整理の方法を行なう
(3) 裁判所に破産申立ての手続を行なう

(1)については、会社が倒産という事態に陥っているときに、代表取締役を引き受けてくれる人などいない、ということで無理。
(2)についても、やはり会社の代表者がいない状態では無理。
残るは(3)の方法を選択するしかありません。

破産法では、株式会社に対しては、取締役が破産の申立てをすることができるようになっています(同法第133条第1項)。幸いにG社取締役の1人が取締役システム部長として会社に残っていましたので、この方法で事務処理を進めることにしました。
会社が破産宣告を受けると破産管財人が選任され、破産管財人において資産を売却して、債権者に平等に配当する手続をすることになります。
なお、債権者側から破産の申立てをすることも考えられますが、この場合には、債権者が裁判所に収める予納金を回収できるだけの資産がG社にあるかどうかを調べておく必要があります。

売上未入金分、保険等解約金、預貯金、事務所敷金などが調査対象となりそうです。
なんとかG社整理の目途がつきましたので、SRネットのメンバーに事情を説明し、それぞれの分野でG社を応援してもらうことにしました。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:小島 務)

G社の社員の将来のことはもとより、まず当面の生活をしていくためのお金の確保をしなければなりません。
社長が行方不明になる位ですから、とても会社に支払能力があるとは考えられません。
そうなると、未払給与はもちろん、退職金も社外の積立制度(例えば中小企業退職金共済制度)等に加入していない限り、確保は難しくなってきます。
そこで利用を勧めたのが、「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づく、未払賃金の立替払制度です。
この制度は一般の人にはなじみがないため、その概要を詳しく説明しておきましょう。

?未払賃金の立替払制度の内容は?  

企業が倒産(注)したため、賃金が支払われないまま退職した労働者に対して、その未払賃金の一定範囲について、労働福祉事業団が事業主に代わって支払う制度です。
(注)倒産とは、次の(イ)、(ロ)の場合をいいます。

(イ) 破産宣告等裁判所の宣告、命令、又は決定があった場合
(ロ) 破産の手続はとられていないが、事実上、事業活動が停止して再開する見込みがなく、かつ賃金支払能力がないことについて労働基準監督署長(以下監督署長という)の認定があった場合(中小企業のみが対象となります。)以下(ロ)についてのみ記載

 

II 立替払を受けることができる人とは?
(1) 労災保険適用事業で一年以上事業活動を行ってきた企業(法人、個人を問いません。)に労働者として雇用されてきて、企業の倒産に伴い退職し、「未払賃金」が残っている人であること。
(2) 監督署長に対する倒産の事実についての認定申請日の6ヶ月前の日から2年の間に当該企業を退職した人であること。

 

III 立替払の対象となる未払賃金とは?  
退職日の6ヶ月前の日から労働福祉事業団に対する立替払請求の前日までに支払期日が到来している賃金(賞与等臨時に支払われる賃金を除く)及び退職手当であって未払となっているもの。  
なお、未払賃金の額は、賃金台帳及び退職手当規定等により確認できるものに限られます。

IV 立替払をする額は?
未払賃金の総額の100分の80の額です。ただし、立替払の対象となる未払賃金の総額には、限度額が設けられていますので、立替払の上限は、年齢45歳以上が、296万円。年齢30歳以上45歳未満で176万円。年齢30歳未満で88万円となっています。 (以上、労働福祉事業団資料より抜粋)  
立替払の請求手続は、まず労働者が監督署に申立て、認定申請書を提出して倒産の認定を受けます。

監督署長は、
1.事業主の社会的、刑事的責任を追求し、
2.労働者の救済を計ることになります。救済のために、労務・財務関係の証明書類を調査することになりますので、賃金台帳等の確保は緊急かつ重要になります。場合によっては、取引先への照会等も行っているようですので、倒産から支払までに数ヶ月かかっているようです。

G社社員の同意を得て、まずはこの未払賃金の立替払い制度に申込みをすることになりました。

 

雇用保険の受給について
通常、退職すると、会社から雇用保険被保険者証と離職票が送られてくるので、印鑑、写真(3×2.5センチ)、住民票または運転免許証、普通預金通帳又はキャッシュカードの六点を持って、本人の住所地の公共職業安定所(以下、安定所という。)へ行き求職の申込をすることから受給手続が始まります。
ところがG社の場合、問題になるのは離職票の交付です。社長が行方不明になる位ですから、賃金台帳の記入や、保管さえも不明です。なかには、資金繰に追われていたのか、うっかり雇用保険加入手続ができていない人もいました。
最大2年間は遡及して加入することができるので、とにかく出来る限りの関係書類を持って、安定所へ行き、最初の手続を終了しました。

今回はSRネットが関与しましたが、事情によっては、安定所が本人から事情聴取等をし、事実を確認して、職権で離職票を発行してくれる場合があります。このようなときは、本人が持っていた給料明細書や社会保険上の報酬月額算定基礎届の控等も参考になることがあります。
なお、賃金台帳には、確定した労働債権(支払義務のある賃金)の記入義務があり、遅配や未払も含めた支払予定額が離職票に記入すべき金額となります。
以前より社会保険労務士が関与していれば、日頃、労働者名簿、出勤簿、賃金台帳等の整備を指導しているし、写しを持っていることも多いので、断然確認も早いし有利ですが、今回のような事後処理からの関与ではかなり時間を要しました。
それでも1週間後には、幹部社員を除く全員の離職票を交付することができました。

失業給付は手続をしてからがスタートなので、一日も早い手続を全員に説明しました。

医療保険について
在職中加入していた健康保険を資格喪失した場合、通常、主に

(1) 今までの健康保険の任意継続という制度を利用する場合
(2) 国民健康保険に加入する場合

とがあります。

(1)の任意継続制度とは、健康保険の被保険者期間が継続して2ヶ月以上ある人が、引き続き2年間個人で健康保険の被保険者となることができる制度です。保険料は全額自己負担で在職中と同様の保険給付が受けられます。
手続は退職後、必ず20日以内に被保険者住所地の社会保険事務所で行います。
なお、やむを得ない事情で、社会保険料が滞納になっていたとしても、本人の責任ではなく、社会保険事務所が職権で廃止手続きをした後でも、20日以内であれば任意継続の手続が出来ます。

(2)の国民健康保険に加入した場合、医療費の自己負担額は一律3割となっています。
国民健康保険料は、賞与を含む前年の収入が算定基準となります。一方任意継続保険は、月々の平均給与(標準報酬月額)が算定基準となりますので、国民健康保険料より安くなるケースが多いようです。

年金について
在職中加入していた厚生年金保険は、住所地の役所で国民年金へ変更手続をしなければなりません。
国民年金保険料は、現在月額13,300円となっています。もし失業中でどうしても払えない人は、本人の申請によって、全額免除や半額免除の制度がありますので、すぐ役所で手続をすることを勧めました。
保険料を滞納すると、将来の老齢基礎年金が減額されるだけでなく、障害基礎年金や遺族基礎年金がもらえなくなることもあり得ますので注意しなければなりません。

税理士からのアドバイス(執筆:古賀  均)

解散および清算を行なう場合の手続やその税務的な諸問題は大変多く今回は、それに伴う所得計算の考え方で清算人として、課税上特に注意すべき点について説明しました。

☆ 解散前の営業所得と清算所得の算出方法は根本的に異なる。
仮に3月決算の法人が9月30日に解散し、翌年の2月28日に残余財産が確定し、清算結了すると仮定した場合、4月1日から9月30日までの解散事業年度における法人所得の計算は簡単に表現すると下記のようになります。(以下詳細に説明すると理解しにくいので細かい表現は省略します。)

? (益金)?(損金)=所得金額 (損益計算)

次に、10月1日から翌年2月28日までの清算確定事業年度の所得計算は下記のようになる。

? (残余財産)?(資本金等,利益積立金等)=清算確定所得金額 (財産法的計算)

以上の相違点があることから、会社を清算するにあたり、取引先よりの債務免除や会社の土地建物の処分による負債の返済など、解散前に処理した場合と解散後に処理した場合とでは税負担に大きな違いが発生することがあります。

G社にお話しした事例をご紹介します。 

【事例】3月決算法人、
(解散事業年度の損益は?10,000千円、税務上の繰越欠損金はないと仮定) 
pict_advice4
(1) 取引先より債務免除を受ける場合(土地その他資産は簿価=時価と仮定)
解散前に債務免除を40,000千円受けた場合の債務免除益は?の損益計算の益金として税負担が発生する。{ 営業損益(?10,000千円)+債務免除益(40,000千円) } = 課税所得(30,000千円)解散後に債務免除を受けると?の財産法的計算となるため債務免除益については清算所得計算に含めないので税負担が発生しない。

残余財産 { 資産100,000千円―(負債140,000千円―債務免除40,000千円)} ? 資本等(10,000千円)= 課税所得0(―10,000千円)

(2) 法人所有の土地を処分して負債等の返済にあてる場合
(上記資産内容で土地の時価50,000千円と仮定)
解散前に土地を売却した場合、土地の譲渡益は(時価50,000千円―簿価10,000千円)40,000千円となり?の損益計算の益金として税負担が発生する。

{営業損益(?10,000千円)+土地譲渡益(40,000千円)}= 課税所得(30,000千円)

解散後に売却すると?の所得計算となるため税負担が発生しない。

残余財産{その他の資産90,000千円―(負債140,000千円―土地譲渡代金50,000千円)} ? 資本金等(10,000千円)= 課税所得0(?10,000千円)

また、資産に建物等の消費税が課税されるものがある場合、売却時事業年度に消費税が発生します。(消費税は上記法人税の計算と異なり。解散前も解散後も原則変わりません。)
しかし、仮に消費税申告を本則適用している会社で、簡易課税選択の届出が出来る条件の会社であれば、解散前にその届出書を提出した後、解散し売却すれば消費税の節税が可能となる場合があります。
(*消費税計算における本則課税は、その事業年度で受け取った消費税から支払った消費税を差し引いた残りを納税するのであるが、簡易課税は受け取った消費税により、みなし仕入れ率で簡易に計算する方法であり、有利に計算できる場合がある。)

 

以上の事例を交えながら、解散後、解散前の所得計算の違いによる税負担の違いについて説明し、弁護士とも相談しながら、G社を取り巻く諸条件を加味して、最善の方法で税務処理を進めました。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:安藤 政明)

社長が行方不明となり、残された社員は各種保険契約を解約し、少しでも未払賃金に充てたいという希望があるものと思いますが、会社の代表者印があるからといって安易に保険解約手続行なうことには問題があります。

弁護士が説明しましたように、権限がない者の代表印の使用は認められません。
代表者印で契約している保険契約の契約者は会社であり、保険契約に関して会社の代理権を有するか、または委任を受けた者でないと解約手続が行なえません。
G社の場合、保険会社によって取扱いに違いがありますが、法人解散の場合は法人の代表清算人、破産の場合は破産管財人によって手続を行なうことになります。
通常の保険契約の解約は、書類上整っていれば代表者印を権限なく使用して手続したとしても、受け付けられると思います。しかし、G社が破産するのであれば、その解約返戻金は破産財団に帰属すべきものであり、残された社員が決めることではありません。
ひとまず、現在効力のある保険契約の内容を把握しておきましょう。 そして、退職金共済については、退職金共済機構に事情を説明し、事務処理について指示を受けるようにしたいと思います。

話はそれますが、万が一、G社社長が生命保険解約日以降に死亡した場合は、どうなるのでしょう。
確かに権限のない者の手続きによる解約を民法上の無権代理行為として、無効を主張できるかもしれませんが、果たして保険会社がすんなりと保険金を支払ってくれるでしょうか。
取り返しのつかないこととならないように、万事慎重に事務処理を勧めることにしました。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21福岡 会長 豊永 石根  /  本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 小島 務、税理士 古賀  均、FP 安藤 政明



PAGETOP