社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第37回 (平成17年3月号)

英会話講師が職場放棄?
損害賠償は誰がするのか…!?

SRアップ21鹿児島(会長:保崎 賢)

相談内容

3ヶ月前に英会話教室本部からUというネイティブの講師がC社に派遣されてきました。表向きは「出向」という契約になっており、Uに対する給与の支給や住宅関係の支援を、C社が行う契約になっています。
Uはユーモアのセンスがあって、生徒たちの評判も上々でしたが、ある日を境に、ぱったりと教室に現れなくなりました。すると、生徒の親たちから急に苦情が舞い込むようになりました。Uが直接レッスン料を生徒から徴収していたり、特定の女子生徒をつけまわしたり、というようなとんでもない内容です。
Uには月額25万円の給与と家賃の一部補助5万円、アパートの敷金、礼金の全額を投資しています。「ひどい講師をよこしたな!」と本部に掛け合いましたが、「あなたも面談した上で、Uの出向を受け入れたのでしょう…」と相手にしてくれません。
怒ったH社長は、やっとのことでUの居場所を突き止め、問いただしましたが、Uは「そんなことしらない。それよりも本部と契約した労働条件とC社での処遇が違っている。残業分の給与ももらっていないし…それ以外にもいろいろあるので、あなたに損害賠償と慰謝料を請求する」と言われてしまいました。

相談事業所 J社の概要

創業
平成14年

社員数
2名(アルバイト講師6名)

業種
英会話教室

経営者像

C社のH社長がフランチャイズシステムによる英会話教室を始めてから2年になります。大手商事会社を定年退職した後の起業でした。退職金の大半をつぎ込んでの事業ですので、必死に働きました。その甲斐あって、生徒数も徐々に増加しており、「これなら老後も安心だ」と思っている63歳の事業家です


トラブル発生の背景

雇用管理の難しい外国人を「出向」という形で安易に受け入れたことに問題なかったでしょうか。不安定な雇用状態のUの言い分にも一理あるかもしれません。本社のバックアップが万全ではなく、どうやら時間外手当も支払っていなかったようです。 小規模事業所経営者に多くみられる労働法の知識不足を補うサポーターがいなかったことも要因でしょう。

経営者の反応

途方にくれたH社長は放心状態です。「日本人なら懲戒解雇よ…、彼こそ損害賠償すべきだわ!」という妻の言葉も耳に入りません。
次の日、Uの代理という者から電話がありました。「残業手当、休日勤務手当の不足分と今回の非礼に対する慰謝料の請求書を送るので、一週間以内に支払え」という内容でした。
H社長は、このことを本部に報告しましたが、「気持ちはわかるが、Uの管理責任はC社にあり、当社にはどうすることもできない。事態の収拾はお願いしますよ。当社には籍を置いているだけですから…。」ということで、やはり相手にされません。
「今後のこともあるのでしっかりした相談先を見つけましょう」という妻の言葉に励まされたH社長は、ホームページを検索し始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:笹川 竜伴)

法律関係が問題となるのは、その多くが「何らかの責任を追及しあるいは追求される場合」ということができますが、これを検討するに当たっては、関係者ごとに分けて、責任の有無を個別に検討することが重要です。 本件で、誰が誰に対して責任を追及できるかは、C社とUとの関係、C社と本部との関係、Uと本部との関係というように、それぞれ場面を分けて検討することになります(ただし、本件ではC社の立場に立っての説明ですので、Uと本部との関係は割愛します)。

■出向とは
Uは本部からC社に出向していますので、まず出向について概観しておきましょう。 出向とは「労働者が自己の雇用先の企業に在籍のまま、他の企業の事業所において相当長期間にわたって当該他企業の業務に従事すること」(弘文堂「労働法第4版」菅野和夫374頁)といわれます。
出向の場合、出向者に対する労務遂行の指揮命令権は、出向先が有することとなりますが、その他の労務関係、たとえば労務管理や人事考査、懲戒・解雇等の人事権の帰属、賃金の決定・支払いはどちらが行うのか、などの事項については、出向元と出向先の間において締結されるべき受入契約で明確にしておく必要があります。
なお、本件で「派遣」とされていないのは、C社とUとの関係が形式的・実質的に労働契約関係であるために、労働者派遣とはいえないことによるものと思われます(労働者派遣法2条1号参照)。

C社とUとの関係
この関係を検討する前提として、C社と本部との受入契約の内容を確定しておく必要があります。
本部の言い分によれば、Uは本部に籍を置いているだけであるというのですから、仮にこれが正しいとするならば、Uに対する指揮命令権を始め、労務に関する権限はすべてC社がもつこととなり、逆に本部はC社とUとの関係に対しては何らの権限を有しないということになるでしょう。したがって、賃金の内容等に関する事項は、すべてC社の就業規則が妥当することとなります。
そこでまず、Uに対する残業手当については、就業規則に基づいてC社が支払いをする必要があります。
しかし、Uが、C社に無断で受講生から受講料を徴収するなどしているというのが事実であれば、これは非違行為に該当し懲戒の対象となるというべきでしょうし、講義を放棄したことや、生徒の信用を損ない英会話教室として損害を被ったというのであれば、その損害賠償を請求しうる可能性があります。
なお、懲戒解雇については、籍が本部にも残っていると言うことですので、C社単独で解雇することは困難でしょう。
他方、Uからの慰謝料請求については、これだけでは断定できませんが、事実関係の調査の範囲を超えていないのであれば不法行為には該当しないといってよいでしょう。ですから、この場合の慰謝料の支払義務はありません。

C社と本部との関係
さて、C社がUに対して損害賠償をなし得るとして、本部に対しても何らかの請求ができないものでしょうか。 本部はUに対して、出向先であるC社での待遇について説明をし、それが保証されるかのごとき説明をしていることが伺われます。Uは、その説明を信じたが故に、待遇の違いを主張して直接受講料を徴収し、あるいは講義を放棄するなどしたのでしょう。
しかし、本部がUに対して行った説明の内容如何によっては、UがC社に出向した後に、労働条件の問題を提起することは、本部としても十分に予測しうる事態といえます。 およそ契約関係に入ろうとする当事者としては、相互に相手方に不測の損害を与えないようにすべきという注意義務が生じますから、「そのような説明をしたことが、将来不測の損害を招くきっかけとなりかねない」という意味において、本部は、C社に対して、Uに対する説明の内容を告知するなどして、C社に不測の損害を被らせないようにする必要があると思われます。
本部は、これを怠ったのですから、C社に対して一定の責任を負うといえ、C社としては、本部に対しても責任を追及しうるでしょう。
本件でどの程度の被害なるのかはわかりませんが、今後の事業継続ことも含めて検討する必要がありそうです。いずれにしても、“雇用問題”に関しては、“知らなかった”では済まされませんから、社会保険労務士のアドバイスをよく聞いてください。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:山崎 智健)

訴訟社会にまだ不慣れな日本で雇用管理の難しい外国人にいきなり「訴えてやる!」と言われた相談者のH社長さんは大変驚かれたことでしょう。心情をお察しいたします。
さて、本件は「外国人の雇用」と言う問題の他に、まずは「出向」か「派遣」か「紹介」なのかという問題を整理してみましょう。このことを理解していないと、今後も失敗する可能性があります。
まず、雇用関係関連等を含めてそれぞれの違いについてご説明いたします。

■労働者派遣事業とは?
正式には「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」によって定められています。
労働者派遣事業とは、派遣元事業主(例えば派遣会社)が自己の雇用する労働者(派遣労働者)を派遣元との雇用関係の下に、派遣先の指揮命令を受けて、派遣先のために労働に従事させることを業として行うことをいいます。通常、派遣労働者と派遣元事業主との間には雇用関係が、派遣労働者と派遣先との間には指揮命令関係だけで、給料を払うのは、派遣元事業主(派遣会社)です。
この定義に当てはまるものは、その事業として行っている業務が適用対象業務に該当するか否かに関わらず、労働者派遣事業に該当し、「労働者派遣法」の適用を受けることになります。

■労働者供給事業とは?
次に、労働者供給とは、供給契約に基づき労働者を他人の指揮命令を受けて労動に従事させることをいいます。定義等は「職業安定法」に規定されており、労働組合法の労働組合、職員団体、労働組合の団体等が厚生労働大臣の許可を受けて無料で行う場合のほかは法第44条により全面的に禁止されています。

 

【職業安定法第5条第6号】
(労働者供給の定義) この法律で労働者供給とは、供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい、労働者派遣法第二条第1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする。

【職業安定法第44条】
(労働者供給事業の禁止) 何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。

 

 

一方「請負」とは、労働の結果としての仕事の完成を目的とするもの(民法第632条)で、前記の労働者派遣との違いは、請負には注文主と労働者との間に指揮命令関係が生じないというところにあります。ところが、この区分の実際の判断が必ずしも容易でないことなどから「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」が定められて判断を明確に行うことができるようになっています。
また職業安定法第30条の規定に基づき、厚生労働大臣の許可を受けた場合に限り、有料職業紹介事業が行えるようになっています。 これら「労働者派遣事業」「労働者供給事業」「有料職業紹介事業」についてはそれぞれの要件を満たしたものが、許可を受けた場合に行うことが出来ます。

ところでH社長の場合、「表向きは出向という契約になっている」とのことです。「出向」も「派遣」も労働を提供する点では極めて類似していますので、「区別」するのが難しいようです。
「出向」という言葉は会社ごとに色々な意味で使われており、その会社での使い方によって判断が異なり、「出向」という言葉でも実際は「派遣」と思われる場合もあるようです。

通常「出向」とは会社の命令で、子会社、関連会社などで勤務することをいいます。また、「在籍出向」と「転籍出向」とがあり「在籍出向とは」労働者が出向前の会社(出向元)に在籍したままの状態で他の企業(会社)に移り出向先の会社の指揮命令に従いその出向先の会社で仕事をすることをいいます。この場合、出向元では休職の扱いを受けることになります。

一方「転籍出向(移籍出向ということもある)とは」出向元との雇用関係を打ち切り(退職)新たに出向先との雇用契約を結ぶことになります。 出向・転籍とも、それぞれを実行するには労働者の同意が必要であることはいうまでもありませんが、その人選や出向の妥当性など、また就業規則等に出向に関する規定を明記してあれば個別的に同意を得ることなく「在籍出向を命ずることができる」場合もあります(新日本製鉄在籍出向事件・最高裁第2小・平15.4.18)
出向の場合には、出向労働者と出向先企業(会社)との間に労働契約関係が生じます。すなわち労働基準法の定める様々な規定や使用者の責任はすべて出向先の使用者が負うことになるわけです。(例えば時間外労働に関する36条協定をはじめとして就業規則など)
本件の場合は、外国人ですが、【憲法第14条】は「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定してあり、労働基準法はこの憲法の趣旨に従い、国籍等についての差別待遇を禁止しています。

 

第3条 (均等待遇) 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱いをしてはならない。

 

 

出向を巡っては労働条件の低下や不利益変更等に関しての労働者からの相談が多々あります。H社長の場合、トラブルが発生するであろうとの予測はできなかったのでしょうか?特に雇用管理の難しい外国人を雇用するわけですから十分検討すべきでした。
H社長が放心状態のようでしたので以上のような各関連雇用関係をお話した上で次のようにアドバイスすることにしました。 在留資格問題等はクリアしていますので、まず既往の労働に対する時間外労働および休日労働に対する時間外手当等(割増賃金)の不足分を支払う覚悟が必要です。
また、本部とUとが契約したとされる労働条件なるものを再確認し、出向労働者に関する契約について、コンプライアンスの点を含めて見直す必要があります。費用負担や雇用に関するリスクの問題を明確にしながら条件を詰めていかないと、いざ、というときに何の役にも立ちません。その上で本件や今後の対策を講じてみましょう。本部にまったく責任がないわけではありませんので、このような話し合いには応じてくれることでしょう。

万が一、Uを継続雇用するならば「労働契約書」を改めて書面で締結することを忘れないでください。
Uが「損害賠償と慰謝料を請求する」といってますが、H社長もUが無断欠勤したことにより現実に発生した損害額を賠償させることができます。(昭22.9.13 発基17号)可能であれば、損害額を算定しておくのも一手でしょう。
弁護士のアドバイスからも、全面的ではありませんが、H社長が被害者である要因がいくつかありますので、「言うべきことは言う」姿勢で、自らの手落ちは認めながら交渉を重ねることが最善策のようです。
今後労働者を雇入れるときは何人も「労働契約書」を書面で交付すること。時間外労働をすることの必要があるときは「時間外協定(36協定)」を締結することだけは守ってください。 少なくとも“人”を使う以上、労働関係法令を遵守していないことには、何かトラブルが発生したときに、胸を張って対抗することができません。

余談ですが、外国人労働者が悪意ではなく会社施設内で宗教活動を行なうことがあります。会社にとっては非常に迷惑な話で、社員や顧客からクレームが来る前になんとかしなければなりません。 このような場合には次のような警告文(原文は英語)が効力を発揮します。

宗教・政治的活動に関するご説明

標記につきまして当社における取り扱いをご説明します。

なお、宗教活動や政治活動に従事されること、そのものを否定するものではなく、そのことによって当社で差別的な扱いを行うものではないことを十分にご理解ください。

禁止事項

当社教室内、施設敷地内、および施設周辺における布教活動、ビラ配り、入信・入党勧誘活動および集会等への誘い等
当社従業員、生徒、生徒の親族、地域住民から何らかの苦情が発生した場合は、規約に基づき退職していただくこととなりますので、くれぐれも上記禁止事項に抵触することのないようにお願いいたします。

 

税理士からのアドバイス(執筆:元木 康資)

本件の場合におけるC社と外国人労働者Uとの関係は、表向きは「出向」という契約になっており、Uに対する給与の支給や住宅関係の支援を、C社が行う契約になっていたようです。 そこで、C社のUに対する会計、税務処理(給与の源泉所得税)について考えてみたいと思います。

■ C社の会計、税務処理について
C社はUに対して、月額25万円の給与と家賃の一部補助5万円、アパートの敷金、礼金を全額支払っていました。
このアパート契約が大家さんとC社、あるいは大家さんとU個人であるかの違いによっても、C社の家賃の一部補助、敷金、礼金の会計処理が異なってきます。もし、このアパート契約が大家さんとU個人のものであるとすれば、C社が支払った家賃の一部補助等の金額は、全額Uに対する現物給与になります。また、C社の税務上の処理としては、Uの毎月の給料から源泉所得税の徴収が必要となります(詳細は後述)。

■ Uに対する源泉所得税
Uに対する課税は、国籍ではなく、U本人が「居住者」に該当するか、「非居住者」に該当するか、により課税方法が異なります。居住者とは、国内に住所を有するか又は国内に引き続き1年以上居所を有する個人をいい、非居住者とは、居住者以外の個人をいいます。
居住者の場合は、日本人の場合と同様に源泉徴収されます。したがって、扶養控除等申告書の提出の有無により、甲欄または、乙欄の月額表を使用します(月給の場合)。また、毎月天引きされた所得税については、毎年末に総所得額や支払った保険料等により、年末調整が行われ、所得税の過不足が生じた場合は精算されます。なお、子供が生まれて扶養親族が増えた場合や多額の医療費を支払った場合などは、税務署で確定申告をすることにより、税金の還付が受けられます。
非居住者の場合は、租税条約により免税の適用がある場合を除き、国内で生じた所得(国内源泉所得)の20%の税率で源泉徴収がなされ、課税関係が終了します(年末調整は不要です)。なお、租税条約とは、アメリカ、中国、韓国など、主要貿易相手国との間に締結される条約で、一定の免税要件を満たし、「租税条約に関する届出書」を提出することにより、源泉所得税が免除されます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21鹿児島 会長 保崎 賢  /  本文執筆者 弁護士 笹川 竜伴、社会保険労務士 山崎 智健、税理士 元木 康資



PAGETOP