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第3回  (平成14年5月号)

事例から見る労働災害問題を探る

SRアップ21大阪(会長:木村 統一)

相談内容

F社は郊外に日用雑貨のディスカウントショップを2店舗経営しています。 交通の便が悪いこと、駐車場が広いことなどの理由から、社員もアルバイトも自家用車やオーバイを利用して通勤していました。
また、F社の営業車が3台しかないことから、業務上の買い物やお得意様への配達にも社員所有の車両が使用されていました。

ある日、社員Tが商品仕入先の問屋で商談を終え、帰社途中に交通事故を起こしました。相手方は、ベンツを運転していた会社役員の妻です。高校生の娘が同乗していました。急ブレーキの衝撃で運転者の奥様はむち打ち、高校生の娘は右足を骨折しました。ベンツの前部はかなり傷つき、ヘッドライトが割れています。
社員Tのオートバイは、自賠責保険のみで、任意保険には加入していません。
社員Tは、事故の翌日から欠勤しています。会社においてあった私物も整理されています。

事故の翌日、被害者の夫が会社に怒鳴り込んできましたが、社長は「保険会社に任せてあるし、事故を起こした社員がいないから…」と素気ない態度で追い返しました。

相談事業所 F社の概要

創業
昭和61年

社員数
本支店合計68名(正社員10名、パート・アルバイト58名)

業種
ディスカウントショップ

経営者像

46歳、自己中心的・まわりを気にしないタイプ


トラブル発生の背景

F社の日頃の労務管理はひどいものでした。就業規則もありませんし、車両管理規定もありません。人事・労務管理上の諸届すらなく、遅刻も欠勤もすべて口頭確認、唯一あるのはタイムカードだけでした。
F社の社長は、細かいことにとらわれず、社員やアルバイトが毎日出勤して、自分の思い通りに日々の作業を進めることで満足していました。
「就業規則があるとかえって人を使いづらくなる」というのが社長の持論です。
「何かあったら、自分がすべて決める、これまでも何もなかった」 社長が言うように、これまで何の問題もなかったことが、ますます放任主義を増長させていたようです。

経営者の反応

被害者の夫が弁護士と共に再び会社にやってきたことから、F社社長も不安になり、友人を通じてSRネット大阪のメンバーである弁護士に相談依頼をしました。
弁護士は問題を整理して、F社の将来のことを視野に入れながら、ネットワークで処理することにしました。
さっそくSRネット大阪のメンバーが集合し、今回のF社事件の解決と今後の指導について意見を交換しました。そして次のような役割分担を決めました。
弁護士は、早急に示談を勧める必要があることから、あらかじめ社会保険労務士と連携をとり、必要な情報を整理しておきました。
F社社長の性格から、今後の対策等については社会保険労務士が中心となることが理想的だと考えたからです。

社会保険労務士 社有、私有車両管理手順の説明、社内諸制度の構築サポート
弁護士 F社社長の経営責任などの教育と相手方との示談交渉
税理士 私有車両の業務上使用に関する経費、手当等税務上の処理、通勤経費の算定等
F P 私有車両保険の整備

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:上坂  明)

事例解決の手順・進め方のポイント  
F社社長を事務所に招き、あまりの認識のなさにイライラしながらも、根気よく話をしました。私の役割の一つは、「社長の教育」ですので、ときには声高に話しをしながらも、「使用者」の法的責任を諭しました。
交通事故が起きてしまうと、事故を起こした人も被害者も悲惨な事態に陥るものです。刑事事件として業務上過失致死傷・道交法違反のみならず、民事上巨額の賠償責任を負担しなければなりません。
刑事事件の場合は運転手その人に対するものですが、民事上の損害賠償責任は自動車の所有者、運転者のみならず、本件のような私有車両を会社が社用に使用したというのですから、使用者としての損害賠償責任(民法715条)を負わなければなりません。その損害賠償額もけがの程度等によっては巨額なものになります。(過失の程度とまた過失相殺の争いも出ます)ともすると会社自体倒産することさえあるのです。

今回の事故は、幸いにも死亡事故ではありませんが、事故当事者が行方不明、任意保険もなし、ということになると残ったのはF社長だけです。
示談には全力を尽くしますが、相当の医療費、賠償金を覚悟しなければならないことを告げました。
このようなことを防ぐにためには、先ずこの自動車に金額無制限の保険をかけることです。対物保険も忘れてはなりません。これだけしても一旦事故が起きると、後始末に大変な苦労がいるものです。後ろ向きの時間とお金がかかるだけで、得るものはありません。

保険以外にも、会社として何よりも事故を起こさないように従業員を指導教育することはもとより、自動車の管理についてきちんと定めなければなりません。そのためには、就業規則、自動車管理規定、自動車使用規則等を制定し、車の所有者、運転者に徹底しておかねばなりません。この件は社会保険労務士が担当しますので、さわりだけにしておきました。
また、自動車の管理者、会社の業務に使用する際の届出(出先、発車時間、帰社予定時刻、運転先)させることで自動車のキ?の保管(他人が乗れないように)等をきちんと決めることが必要です。
特に、会社の業務にいつ使用したのかをはっきりと届けさせるようにすることが肝心なのです。仕事がすんだ後に、そのまま自宅に帰ってしまうような場合に、私用か業務中なのか判然とせず、業務とみなされて会社に責任が問われることもありますから、単に車の運転と軽視せず、会社は十分な注意義務を果たす必要があります。

示談については、相手の地位もあってかなり難航しています。
いずれにしても、車両修理費含めると相当額になりそうです。
現在、3回目の交渉を控えていますが、今回はF社社長も同席して、誠意を示すそうです。やっと経営者としての自覚が芽生えたのかもしれません。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:近藤 洋一)

事例解決の手順・進め方のポイント  
弁護士との事前打合せにより、判例等の資料を整理してF社社長と最初の面談を行いました。  
F社社長のようなタイプには、最初から「管理」「規定」といった言葉や指導を行わずに、まずは会社の危機管理、今回の事故を含めて「人を使う」うえでの責任を明確にし、認識させるように努めました。このような方法がお互いの距離感を縮めることにもなります。
F社社長は、少し落ち込んでいるような感じでしたが、話し始めのころは他人事のように話を聞いていました。しかし、事例を含めながら次のような話題になると、少し身を乗り出すような姿勢で、時おり質問をはさみながら、顔つきも変わってきました。

 

(1) マイカー等を業務に使用させたり、車検費用を支給するなど特別な便宜を図っていると、会社にも損害賠償がおよぶこと。
(2) 事故を起こした本人が死傷すれば、本人やその家族にとって不幸なだけでなく、会社としても貴重な労働力が失われる。また、他の社員に業務の肩代わりをさせることによって労働過重の問題も生じること。
(3) 社員の事故ということで、会社イメージの低下につながる。
(4) 会社がマイカー等の駐車場を十分に確保していない場合は、会社周辺に駐車する者が必ず出現します。違法駐車の原因になりうることはもとより、そうでない場合でも路上駐車は、他の車の円滑な通行を妨げます。このことは、周辺の住民に多大な迷惑をかけ、会社イメージの低下につながり、へたすると住民との紛争が発生する場合もあるのです。

 

マイカー等の使用が会社の業務と何らかの関係がある場合は、マイカー等による事故により、会社の損害賠償責任が問われる可能性が大です。その法的根拠となるのは、民法715条の「使用者責任」と自賠法(自動車損害賠償保障法)第3条の「運行供用者責任」です。  
「使用者責任」とは、被用者が事業の執行について(業務遂行上)発生させた損害については、使用者が損害賠償を負うというものです。  
ここでいう「被用者」とは、直接雇用関係にある人だけでなく、パート、アルバイトさらには下請け関係の人までも含むとされています。したがって、社員やパートの人などがマイカー等を使用して、業務中に起した事故については、当然に会社の「使用者責任」が問われることになります。
また、「運行供用者責任」とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者」(このことを運行供用者といいます。)が、その運行によって起した人身事故について負わなければならない賠償責任のことです。  
「運行供用者」とは、自動車の「運行支配」や「運行利益」を有する人と解釈されていますから、必ずしも自動車を実際に運転している者だけが運行供用者となるとは限らず、会社の業務で自動車を使用している場合には、自動車の「運行支配」や「運行利益」は会社が有していると考えられ、会社が運行供用者ということになります。

 「使用者責任」は、人身、物損、いずれの事故にも適用されます。それに対して「運行供用者責任」は、人身事故のみに適用されます。少なくとも、会社が運行供用者責任を免れるためには、

(1) 自己の運行や管理に過失がなかったこと
(2) 被害者や第三者に故意または過失があったこと
(3) マイカー等の車両に欠陥がなかったこと

 

の三点をすべて立証する必要があります。ここでF社社長が、「それは無理だ。不可能だよ」と言葉をはさみました。もっともなことです。これらは、事実上不可能に近いことだといえます。しかし、何もしなければ現状から脱却することはできません。
会社が日頃から講じるべき管理上の措置は、ほぼマニュアル化されています。この最低限のマニュアルを活かしながら、それぞれの会社の実態にマッチした管理方法や規定を作成することが重要なのです。人事管理上も大きなプラス要因となります。

ここでF社社長に話した判例をご紹介します。マイカー等の事故で会社に賠償責任が問われた事例です。 業務中の事故については、本件と同様、「事業の執行中の事故」ですから、当然会社の使用者責任が生じます。
また、会社が「運行責任」も「運行利益」も有していると考えられますので、運行供用者責任も生じます。したがって、会社の賠償責任を免れることはできないとされました。

 

【判例1】 従業員が、マイカーで勤務時間中に仕事現場に行く途中で起こした事故
過去にもこのマイカーによって、仕事現場に行ったり、職人等を現場に乗せていくなどの業務に使用されていたこと、そのためのガソリン代のほかに修理費の一部も会社が負担するなどの便宜を図っていたことなどから、この事故は事業の執行中に発生した事故であり、マイカーの運行支配や運行利益も会社が有していたとして、会社に対し運行供用者責任を認めた。(福井地裁・昭和52年3月30日判決)
マイカー等を無断で業務に使用して起こした事故についても、会社の責任を問われた判例です。不可抗力のようですが、「見てみぬ振り」がマイカーの利用を肯定しているとされた事件です。

 

【判例2】 マイカー等を無断で業務に使用して起こした事故
会社の幹部会議では、マイカーの業務使用を禁止する旨の申合わせがなされていたにもかかわらず、従業員が最寄りの交通機関を利用して出張したものとして交通費の支給を受けながら、実際にはマイカーで出張し、出張先の現場から宿舎に帰る途中で起こした事故について、マイカーの業務使用禁止が徹底されておらず、現実にはマイカーの業務使用が行われ、会社の上司らもそれを黙認していたとして、会社に対し運行供用者責任を認めた。(松江地裁・昭和51年5月24日判決)

 

マイカー等の通勤や業務上の使用についてはさまざまな問題点や危険があります。会社としては、マイカー等の使用についてその実態を十分に把握し、適正に管理する必要があります。
そのポイントとして、

(1) 原則として業務使用を禁止する。
(2) マイカー等の通勤に関して「許可基準」を設けて、許可手続きを定める。
(3) 駐車場を確保し、管理する。
(4) 該当者に対して安全運転指導を行う。
(5) マイカー等通勤管理規定を作成する。

などを揚げました。
 
さらに、本件のようにマイカー等の業務使用がやむを得ない場合には、次の点に十分留意して管理しなければならないことを力説しました。

(1) 業務に使用するマイカーを限定する。
(2) 運転日誌を提出させる。
(3) 十分な任意保険の付保、並びに車検証の提出。(更新時の管理も必要)
(4) マイカーの使用料を定めておく。(走行距離による一定の燃料費の支給など)
(5) 業務使用に関する規定を定めておく。

 

これまでF社社長に説明したように、通勤にしても、業務上にしてもマイカー等の使用に関しては、会社として十分な管理が必要になり、特に管理規定の作成と運用は、不可欠の要素です。  
F社社長との2回目の面談以降は、やっと管理・規定といった話題になりました。  
また、会社の基本法たる「就業規則」の作成も視野に入れなければなりません。 パートタイマーには、「パートタイマー就業規則」も必要となります。(労働基準法第89条、同法第90条参照)

何度かお会いするうちに、F社社長が社員たちを見る目が変わってきたように思えました。経営者には、ただ働く場所を提供して、対価を支払うことだけではなく、労使共にさまざまな義務と権利と責任があることを認識しなければならないことを痛感されたようです。
会社も従業員も安心して業務に従事することができれば、会社の業態も今までに増して好調になることでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:辻井 朋子)

会社が、社員の個人所有車を業務に利用することはよく見受けられます。
この場合、その利用に関連して、業務利用中のガソリン代の負担、社員に対する使用料の支払や通勤手当の支給など私有車制度の規定について検討する必要があります。
F社社長には、次の二点についてアドバイスしました。よく検討してこれから作成する管理規定に盛り込むようにするそうです。

 

(1) ガソリン代等について
業務上消費するガソリン代等については、実費相当額を社員からの請求により精算するのではなく、給油するガソリンスタンドを指定したり、会社名義の給油カードを利用するなどの方法で、ガソリンスタンドに対して会社が直接支払うことで、社員の経済的利益としての給与課税を行わず、会社の燃料費等、経費としての処理をすることは、 税務上の処理として差し支えないと考えられています。
なお、休日など社員が私用で使用した部分のガソリン代の負担に対しては、上記の取り扱いは出来ず、経済的利益として税金の課税対象となるのはもちろんのことです。

 

(2) マイカー使用料について
社員の所有車を業務で使用する場合、会社からその社員に対して自家用車利用手当を支払う場合があります。この手当の額は、保険料、自動車税その他社員の費用負担を考慮した支給基準を作成し、それに従って支給すべきです。なお、社員には、受け取った金額が給与として課税されます。
また、ガソリン代の会社負担とマイカー使用料が支給されている場合に、通勤手当と合わせて支給されると、通勤手当の実費弁償である性質がなくなってしまいます。
このような事務処理は、本来非課税である通勤手当の取り扱いが難しくなりますので適当ではありません。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:辻井 朋子)

今後のアドバイス
示談がまとまりかけた頃、F社を訪問しました。
業務の都合上、やはり私有車両を利用せざるを得ないようです。 よって、各社員の車両保険の整備について提案することにしました。
今回の事故に限らず、今後も勤務時間中はもちろん、通勤途上であっても万が一事故が生じたときには、被害者に対する損害賠償責任が会社に生じると考えた方がよさそうです。
これに対する備えとしては、法律で加入が義務づけられている自動車賠償責任保険(以下、自賠責保険)は、下記の自賠責保険の補償内容からもわかるように、補償金額に制限があること、また、人身事故のみを対象としており、物損事故については保険金が支払われないことから、補償としては不十分なので、任意自動車保険への加入が必要となります。

しかしながら、従業員の所有する車両ですから、従業員が保険契約者となるのが一般的となるのが難点です。そこで、会社は、「車両に関する管理規定」(社会保険労務士のアドバイスの項を参照して下さい)を作成し、その規定に基づいて運用する必要があります。F社社長には、この規定のうち、任意自動車保険に関する部分ついて資料を渡し、説明しました。

 

【自賠責保険の補償内容】
平成3年4月1日以降に発生した事故については、死亡事故では最高3000万円、傷害事故では、最高120万円まで、また後遺症傷害の場合はその等級に応じて最高3000万円まで支払われるものです。

自動車保険は、自動車を取り巻くリスクをカバーするためのものです。その主な保険種類は、下記のように分類することが出来ます。

? 対人賠償保険
事故を起こした際、歩行者、事故の相手の自動車に搭乗中の人、あるいは自分の自動車に搭乗中の他人の身体的被害に対して補償をする保険です。損害賠償責任に対する補償で自賠責保険を超える部分を補償します。

? 対物賠償保険
事故を起こした際、事故の相手の車両、家屋、電柱など、他人の物に対して補償する保険です。

? 搭乗者損害保険
ドライバーも含めた車両に搭乗中の人が自動車事故により死傷した際のケガを補償する保険です。

? 車両保険
自分の車両の損害を補償する保険です。

? その他の補償(特約契約も含む)
・ 自損事故保険
・ 無保険車傷害保険
・ 人身傷害補償保険
・ 代車費用担保特約
・ 弁護士費用等補償特約など

このうち、特に?から?の保険についての補償の設定金額が特に重要です。たとえば?の対人賠償保険については補償金額を無制限とするなど、補償するに足る十分な金額の加入の規定が必要となります。

 

社員の所有車を業務に利用することには、様々なリスクが生じます。
したがって、なるべく避けるべきではありますが、実際使用する必要がある場合、そのリスクの洗い出しを行い、そのリスクに対応するための制度の設定、運用を十分に行う必要があることを念押ししました。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21大阪 会長 木村 統一  /  本文執筆者 弁護士 上坂  明、社会保険労務士 近藤 洋一、税理士 辻井 朋子、FP 辻井 朋子



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