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第23回 (平成16年1月号)

残業を規制するのなら、兼業禁止を撤廃しろ!

SRアップ21神奈川(会長:花上 一雄)

相談内容

経営的にはまだまだ厳しいK社ですが、専務の頑張りによって、仕事の見直しが進み、明るい兆しが見えつつありました。
正社員の採用を抑え、不足人員はパートタイマーで補う、また、残業は極力抑制し、賃金の圧縮を図るなどの方法が効果を上げています。
一方、社員たちは深刻な状態になっていました。というのも、まずは昇給が停止し、賞与がなくなり、次に残業の抑制です。創業社長が元気な頃は、月に3?5万円の残業手当がありましたので、月ベース、年ベースで考えてもかなりの減収となっています。
「入社以来毎日のように残業していたのに、給与は下がるし…、早く帰れとは…。」社員の我慢も限界のようでした。
そんなある日、社員のTが自宅近くのガソリンスタンドでアルバイトをしていることが発覚しました。
専務は激怒し、「就業規則に兼業禁止と書いてあるだろう。それをわかっていてやったのなら解雇だ…。」Tも負けていません。「家のローンや子供の教育費が必要なんですよ。この会社じゃいくら頑張ってもこれ以上給与が稼げないじゃないですか、それどころか下がる始末ですよ。空いた時間をどう使おうが私の勝手です。会社に何の迷惑もかけていないじゃないですか」
この様子を見ていた他の社員たちもTに同調してきました。
専務は、ここで引いてしまうと後々の影響が心配でしたので、「他にアルバイトしている者がいたら、全員申し出ろ。白黒はっきりつけてやる」と言い捨て、N社長の元に報告に行きました。

相談事業所 K社の概要

創業
昭和41年

社員数
46名 パートタイマー 15名

業種
自動車部品製造業

経営者像

67歳、親会社のリストラの影響で、ここ数年売上が減少し、かつては100名前後いた社員も半減となった。創業社長のNは精神的に弱くなりつつあったが、息子である専務は、会社の立て直しに必死になっていた。


トラブル発生の背景

勤続年数の長い社員が多く、その社員たちが何も言わない事をいいことに、経営的な側面だけで専務の改革が進められたことが、この問題の発生原因かもしれません。義理人情に厚い創業者であるN社長に比べ、息子である専務は社員を“駒”のように考えているところがあったようです。
また、社員の兼業についてただカッとなっただけで、なぜ就業規則で“兼業を禁止”しているのか、その理由を理解していなかったことも、社員が憤慨した理由でしょう。
さて、兼業禁止の条項に違反した場合に、果たして会社はどのような対処をすべきだったのか、K社専務の場当たり的な労務管理が問題です。

経営者の反応

N社長は息子の短気を恨めしく思い、また、社員の気持ちを汲み取らないその了見の狭さにもがっかりです。ここは、しっかりとした専門家に依頼して、徹底的に息子を再教育する必要があると思いました。
「法律的な知識はもとより、労務管理、税務等バランスのとれた経営者になんとかなってもらいたい…」決してN社長が優れていたわけではなく、たまたま時代がよかったからだけのこと、そのような環境で育てた責任も痛感していました。
知り合いの経営者仲間から「SRネット」を紹介してもらったN社長は、さっそく電話をかけました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
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弁護士からのアドバイス(執筆:中村 昌典)

N社長の相談を受け、さっそく専務同席のもと、本件に関する基本的な法解釈を説明しました。
まず、就業時間外における労働者の私生活の自由についてお話しましょう。

労働契約とは、労働者が使用者に対し、1日のうち一定の限られた勤務時間のみ労務提供義務を負担する契約であり、その義務の履行過程においてのみ使用者の支配に服するものです。勤務時間外の私生活をどのように過ごすかは労働者の自由であり、労働者の私生活に対してまで使用者の一般的支配が及ぶものではありません。
ところで、多くの会社においては、就業規則に会社の許可なくして他人に雇い入れられること(兼業・二重就職)を禁止する条項を設け、これに反した場合には懲戒事由に該当すると定めています。

そこで、この兼業禁止の合理性ですが、これは使用者が労働者に対する次のような必要性に基づいています。

ア 労働者の安全確保
労働者が、自由な時間を精神的肉体的疲労の回復のため適度な休養に用いることは、次の労働日における誠実な労務提供の基礎的条件となっているといえます。にもかかわらず他社で労働すれば、労働者は疲労回復の機会を失い、安全確保や事故防止の観点からも問題となります。

イ 会社の信用維持
「職業に貴賤はない」とはいっても、社員が他の会社にも就職していること自体が取引先の評判を落とし、会社の信用毀損につながるような事態が考えられます。

ウ 秘密保持等
同業他社に二重就職した場合は、使用者の利益に著しく反し、また会社の営業秘密保持の観点からも問題があります。

判例では、兼業・二重就職の禁止条項について合理性を肯定しつつも、その適用範囲については限定的に解釈しています。これは、前述の兼業禁止の必要性と労働者の自由との調和を図っているものと解されます。すなわち、会社の職場秩序に影響せず、かつ会社に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度の兼業・二重就職は違反にならない、という立場です。

具体的な裁判例を見てみます。
労働者が兼業を行ったことを理由とする懲戒処分を無効とした事例としては、試用期間経過後の契約解除の効力をめぐる訴訟継続中の喫茶店経営を二重就職だとして懲戒解雇したものが無効と判断されたもの(聖パウロ学園事件最決平成12年9月28日労働判例794号5頁)、運送会社の運転手が年1、2回貨物運送のアルバイトをしたとしても、業務上の具体的支障がないとして解雇無効と判断されたもの(十和田運送事件、東京地判平成13年6月5日労働経済判例速報1779号3頁)などがあります。

他方、労働者の兼業禁止条項違反を理由とする懲戒処分を有効とした事例としては、営業所の事務員が就業時間外である午後6時から午前0時までの時間帯に、約1ヶ月間キャバレーの会計係として勤務していたことが、労務提供に格別の支障をきたす兼職にあたると判断されたもの(小川建設事件、東京地決昭和57年11月19日労働関係民事裁判例集33巻6号1028頁)、競業他社への取締役への就任を理由とする懲戒解雇が有効とされたもの(橋元運輸事件、名古屋地判昭和47年4月28日判例時報680号88頁)、使用者が労働者に対し、手当にかわる特別加算金を支給しつつ時間外労働・休日労働を廃止し、疲労回復・能率向上に努めていた期間における競争会社における就労を理由とする懲戒解雇を有効としたもの(昭和室内装置事件、福岡地判昭和47年10月20日判例タイムズ291号355頁)などがあります。

K社にも、就業規則に「兼業禁止」およびこれに反する行為が「懲戒解雇事由」にあたる旨の条項があります。しかし、前述したように、判例は兼業禁止条項があっても、全ての兼業がこれに該当するものではなく、会社の職場秩序に影響せず、かつ会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様のものは懲戒事由にはあたらないと限定的に解釈しています。

K社が経営の立て直しのため、昇給や賞与の停止・残業の抑制等の措置を行ったことそれ自体は、経済情勢からみてやむを得ないことといえます。しかし、社員にも生活はあります。住宅ローンを支払うために、せめてカットされた残業代分くらいは、アルバイトで稼ぎたいと考えることもまた無理からぬことでしょう。帰宅後数時間のアルバイトをかつての残業時間帯に行うことは労務の提供に支障をきたすとはいえないでしょうし、また、ガソリンスタンドでの勤務が直ちに企業秩序に反するともいえないものと思われます。したがって、社員Tを解雇することは許されません。

なお、会社が把握していない社員の兼業が増加することは、労務管理の観点から問題があると思われます。今後は、就業規則の改訂を図り、社員の兼業は「申告制」あるいは「許可制」として、労務に支障をきたさない程度の兼業は当然に許可するとすべきではないでしょうか。

社員も何も好きこのんでアルバイトをしているのではないはずです。K社を支える社員たちの
やる気をそがないためにも、ある程度は柔軟な対応をすることが望まれます。
後は、社会保険労務の指導を真摯に受け止め、改善策を実施するようにしてください。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:花上 一雄)

我が国における雇用制度は、依然として終身雇用が大勢を占め今日に至っています。
会社は社員に対して、終身、定年まで雇用するという原則に基づき、賃金や勤務、その他の労働条件について明示するとともに、退職や解雇などの際に、社員が一方的に不当な扱いをされないよう法令等で制限を課されています。

問題の兼業禁止については、弁護士がその合理性について説明した通りです。
会社に在職のまま他社でのアルバイトや役員に就任すること、または自営業を営むなどの兼業行為は、企業機密の漏洩や会社の名誉、信用を損なう恐れがあること、さらに心身の疲労などにより、最適な労働力の提供を損なう恐れがあることから、就業規則によりその禁止を社員に求めています。

しかし、最近では期限付きで他社でのアルバイトを認める大手企業が現れました。
この会社では、就業規則の兼業禁止規定を一時凍結したのです。その理由は、会社の経営再構築のため、時短と賃金カットを実行した結果、社員の賃金が大幅に目減りし、社員の生計が困窮をきたしている現状を踏まえてのことでした。

兼業希望者は事前に届け出ることにより、企業機密の漏洩などの恐れがなければ認めているようです。労働条件を回復させるまでの間、自助努力により耐え忍んでくださいとの趣意だそうです。
場合によっては、このような手法も効果があるのかもしれません。

K社の問題は、会社再建にあたりコスト削減を人件費の圧縮に求め、社員の理解や協力を得ることなく、大切な社員を置き忘れ、痛みだけを社員に押し付けるという経営者の一方的な論理で強行した姿勢にあります。
結論として、このような状況下で兼業禁止を断行することには無理があります。
専務のように、頭ごなしに兼業を否定するのではなく、社員個々の事情をよく聴き、自社の職務を十分に踏まえて対処していくことが必要です。ただし、無制限に兼業許可を与えてよい、ということではありません。
会社経営の再構築は社員の協力体制を得ることが不可欠です。労使が一体とならなければ継続的な改善と経営維持はできません。
今後の人事労務管理については、次の諸事項について検討して下さい。なお、実施にあたっては、各々の目的と目標ならびに達成期限等について、詳細な計画の策定が必要となります。

(1) 会社の経営理念、経営目標、経営方針、経営計画などを再整備し、社員が経営に参加意識を持てるような研修を行うこと
(2) 会社は社員と接する機会(朝礼、会議、打合せ、説明会、研修など)を常に意識して社員とのコミュニケーションを深め信頼関係を構築していくこと
(3) 就業規則の整備は、法令遵守ならびに会社の危機管理面からも経営実態に即したものとし、特に解雇に関わる服務規定は、原則としての兼業禁止を含み、より具体的に規定すること
(4) 社員の勤務に対する努力の結果や成果を適正に評価できる賃金制度の導入を検討すること
(5) 組織の問題点、社員の適性や社員の会社に対する満足度を把握するために社員に対して適性検査、スキル測定、組織活力度診断などを実施すること

 

経営者自らの姿勢を社員はよく見ています。社員に不安を抱かせ、経済的にも不自由を強いてきたことを率直に認めるべきでしょう。
会社への不安や不信さらに、賃金減収事態に耐え抜いている社員に対して感謝の意を伝え、そこで改めて社員に理解と協力を要請することが現時点では最も肝要なことです。N社専務には、これからの課題を出しておきました。
 (1)真摯に社員の思いを聴き、汲み取る努力。
 (2)誠意と熱意を以って社員に語りかける努力。
 (3)人事労務管理の重要さとマネジメント能力開発のための自己啓発、

最後に、社員が兼業することは、次のような問題を発生させる懸念がありますので注意してください。

1. K社終業後アルバイト先へ向かう途上ならびにアルバイト先から帰宅する途上での事故に関する労災保険(通勤災害)の適用可否
さらにマイカー通勤による事故で、社員が加害者となった場合の会社責任の所在
2. 兼業による疲労などが原因となり業務災害が発生した場合に、兼業を承知して就労させていた会社責任の所在
3. アルバイト先の勤務はK社の勤務時間の延長となり、通算して法定の所定労働時間をオーバーしたアルバイト先の勤務については時間外勤務となる。このことは、K社の問題というよりアルバイト先の会社の問題となります。

 

また、兼業を承認する要件として考えられることは次のようなことですので、参考にして下さい。

1. 賃金低下を補う程度のアルバイトであること
2. 会社の就業日及び就業時間に影響させないこと
3. 勤務に支障をきたさないよう、精神的、肉体的疲労回復のための適度な休養が確保できること
4. 会社の機密漏洩ならびに対外的信用や対面が傷つく恐れのないこと
5. 兼業を承認する期間は、勤務条件回復までの暫定的な措置であること
6. 兼業承認要件に反した行為があったときの対処についての取り決め
7. 事前申請及び事前承認制とすること

 

税理士からのアドバイス(執筆:中山 千之)

仮にK社が兼業を認めた場合、K社の法人税等の計算に直接影響を及ぼすことはないと考えられます。それでは何に注意を払えば良いかですが、社員の毎月の給料、賞与から控除する源泉所得税の額及び年末調整にあると思われます。

わが国の所得税は、納税者自らが自主的に申告して納付する「申告納税制度」を基本としていますが、これと併せて給与の所得については、その支払者である源泉徴収義務者が、その所得を支払う際に所得税を徴収して納付する「源泉徴収制度」が採用されています。
この源泉徴収制度は、給与などの源泉徴収の対象となる所得の支払者が、その所得を支払う際に、所定の方法により計算した所得税額を差し引いて国に納付するというものです。
この源泉徴収制度により徴収された給与の所得税の額は、通常年末調整により確定精算される仕組みになっています。
このように、源泉徴収制度は、源泉徴収による所得税額の大半を占める給与所得については、一般的には源泉徴収だけで課税関係が完結することになりますので、非常に重要な制度であるといえます。

さて、毎月の給料、賞与から控除する源泉所得税についてですが、給与所得に対する源泉徴収は、原則として毎月(毎日)の給与の支払の際に行うとともに、その年の最後に給与を支払う時に年末調整を行い、毎月(毎日)源泉徴収した税額の過不足額を精算することになっています。

給料の支払の際に源泉徴収すべき税額は、「給与所得の源泉徴収税額表」により求めることになっています。この源泉徴収税額表には、次表のような種類区分があり、給与の支給形態により、次表の通り適用します。

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(注)
主たる給与?「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」の提出があった人に支払う給与をいいます。
従たる給与?「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」の提出がなかった人に支払う給与をいいます。

給与所得の源泉徴収税額表により、それぞれ社員の社会保険料等控除後の給与等の金額(月給は月額表、日給は日額表)に、扶養親族等の数をあてはめ(甲欄適用)、控除税額を出します。

「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」は、原則として年の初めに従業員から特別徴収義務者である法人が提出を受けます。また、年の中途で扶養親族の数などに異動があった場合には、その都度異動申告をすることになっています。この申告書は、2ヶ所以上から給与の支払を受けている場合には、そのうち1ヶ所にしか提出することが出来ません。通常、給与受給額の多い方に提出されますので、今回の場合、K社側に提出されるものと思われます。よってK社側が主たる給与支払者となる訳です。もし、K社側に「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」の提出がなされなかった場合は、K社が従たる給与支払者となる訳です。この場合控除する源泉所得税額は、源泉徴収税額表(月額表)または(日額表)の乙欄適用となります。

次に年末調整ですが、社員から「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」の提出があった時は、従前通りに行います。提出のない場合は年末調整の対象とはなりません。その場合K社は給与の支払金額と源泉徴収税額、社会保険料等の金額を記載した給与所得の源泉徴収表を作成し、社員に渡します。

2ヶ所から給与の支給を受ける人は、K社とアルバイト先それぞれの事業所から給与所得の源泉徴収票を受け取ることとなります。

K社には関係ありませんが、2ヶ所からの給与の支払を受けた個人の所得税及び住民税の申告について触れておきます。

所 得 税
給与を2ヶ所以上から受けていて、年末調整をされなかった給与の収入金額と、給与所得や退職所得以外の各種の所得金額との合計額が20万円を超える場合は、所得税の確定申告が必要となります。
住 民 税
給与を2ヶ所以上から受けていて所得税の確定申告書を税務署に提出した場合は、その日に住民税の申告書を提出したものとみなされ、また、所得税の確定申告書に記載された事項のうち住民税の申告事項に相当するものは住民税の申告書に記載されたものとみなされますので、改めて住民税の申告書を提出する必要はありません。

以上、簡単ではありましたが、K社では特別な税務処理が発生することはないと思われます。2ヶ所以上から給与の支給を受けた社員は、今までにはなかった所得税の申告を行う可能性がでてきます。
もしも、K社が兼業を認める場合には、確定申告の説明会を実施して適正な税務処理に関する情報を提供してあげるとよろしいでしょう。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21神奈川 会長 花上 一雄  /  本文執筆者 弁護士 中村 昌典、社会保険労務士 花上 一雄、税理士 中山 千之



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