社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第22回 (平成15年12月号)

そんな賃下げはないでしょう?!
おとなしかった社員たちが猛反発!

SRアップ21栃木(会長:石下 正)

相談内容

手作業で精肉加工、味付け肉等を生産するS社の商品は、結構売れ行きがよく、大手のスーパーからも引き合いが多くありました。
しかし、ここ2?3年、狂牛病等の影響から売上が不安定となり、また、大手スーパーの一括仕入れの対象からはずされたりと、取引先が減少傾向となってしまったのです。
S社の社長は月給80万円、弟の副社長は月給75万円、社長の妻である専務は月給50万円、弟の妻は非常勤役員で月給15万円という、役員報酬設定です。
さて、昨今の売上減少から、まず社員への賞与支給がなくなりました。これまでは、夏・冬とそれぞれ基本給の1ヶ月分が支給されていたのですが、いきなりの不支給です。社員たちは、S社の実情を訴えられ、しぶしぶ納得した経緯があります。
そして、今回の役員会で社員全員を対象に、給与一律10%のカットが決定しました。「他に勤めるところもないだろうし、社員たちも文句言わないだろう…」と社長始め役員たちはのん気なものです。

次の日の仕事終了後、社員たちを集めて社長が話を切り出しました。
社長の話が終わるのを待たずに、
「冗談じゃない」「生活できない」「役員の方も減給ですか」「経営的な努力をされているのですか」等々、野次ともつかない怒号の嵐です。

相談事業所 S社の概要

創業
昭和55年

社員数
9名 パートタイマー 3名

業種
精肉加工業

経営者像

58歳、弟と二人で会社を興し、創業30年となる。身内中心主義で社員のことを親身に考えてやるタイプではない。
兄弟ともに商売上手で、大手のスーパーにも商品を納入している。


トラブル発生の背景

長年いる社員だから、と社員のことを軽く考えていました。その背景には何をしても社員は文句を言わない(勤続が長く、高齢者が多い)と思っていたようです。
また、経営的な努力、役員報酬の減額はまったく考えていなかったことも、社員の不満を増長させてしまいました。同族企業の悪い点が露出したのかもしれません。
S社には、就業規則も賃金規定もなく、役員が人事労務を管理することすら認識していなかったようです。

経営者の反応

社員たちの思わぬ反発に、社長は逆切れしてしまいました。
「いやなら、辞めてしまえ…」
社員たちは一斉に黙り込み、下を向きました。しかし、ある社員が「ただ、会社が苦しいとか、取引先が減ったとか、言われるだけで、我々の賞与カット、給与10%カットすると、これから会社はどうなるのか、将来給与をもとに戻してくださるのか、何もわかりません。もう少し我々の立場に立ってお考えいただけないでしょうか。あまりに理不尽なやり方をされると我々も考えます」と勇気をもって発言しました。
社長は顔を真っ赤にしていましたが、他の役員が取り押さえ、副社長が「来週また、説明会をするから、少し時間をくれ」といってその場は収集しました。
副社長の「誰か専門家に相談してみるか」という言葉に、社長を除く役員一同意義ありませんでした。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:横堀 晃夫)

経営者と労働者が事業の発展、収益の増加という共通の目的に向かって二人三脚で努力できればいいのですが、残念ながら現実には難しい状況もあります。
収益増加のために協力しても、収益の配分をめぐって労使の間で意見の食い違いが生じるからです。

今回の問題も会社は経営的な努力をしているのか、との怒号もあったようですが、労使間での話し合いがもたれなかったことが一番の問題だと思われます。
できるだけ楽をしてお金を稼ぎたい労働者と、身を粉にして企業のためにつくしてくれることを要求する使用者、両者間では何かにつけ利害関係が相反することが多く、まして現在の景気低迷が続く中では、今回のような賃金トラブルが起こることは避けられないのかもしれません。

法的な解釈としては、労働基準法に労働条件の原則があります。
「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならない」というものです。
また、行政通達には、「労働条件の低下が社会経済情勢の変動等に決定的な理由がある場合には本条に抵触せず」ともあります。

それでは、どういう場合が、「決定的な理由」になるのかが問題になります。
通常、労働条件の変更(賃金引下げ)は、賃金規定の変更という形で行われます。賃金規定を含む就業規則を変更する際には、労働者の意見を聞く必要がありますが、使用者が一方的に制定し改正することが可能です。

そこで、使用者が労働者に不利益になるように就業規則を変更することによって、それまでの労働条件を一方的に下げることができるかどうかが問題となります。
これまでの判例によれば、最高裁は「合理的」な変更であれば労働者に不利益をもたらすような変更も許されるとしています。

具体的には次の点により判断されます
 (1) 就業規則変更の必要性
 (2) 就業規則内容の相当性
 (3) 労働者の受ける不利益の程度
 (4) 不利益を受け入れる特別の事情の有無
 (5) 相当な代償を与えたかどうか
 (6) 労働者側との交渉の経過
なお、就業規則を変更するうち、賃金、退職金のような労働者にとって重要な権利、労働条件を下げるような不利益変更については、高度な必要性に基づかない限り、合理性はないものと判断されていますので注意してください。

最高裁判例における合理性の判断については、以下のようなケースがありますのでご紹介します。
まず、不利益変更が合理的な変更ではないとした「みちのく銀行事件」(平成12年9月7日判決)があります。このケースでは、業績給の支給削減と賞与の支給率を削減するように就業規則が変更されましたが、労働者の被る不利益が大きく、決定的な理由との間に合理性が認められないとの判断が下されました。

一方、不利益変更が認められたケースとして、「北都銀行事件」(平成12年9月12日判決)、「函館信用金庫事件」(平成12年9月22日判決)があります。この2つのケースは、週休2日制導入に際し、平日の所定労働時間を延長したものですが、労働者が被る不利益があまり大きくないこと、変更の必要性が十分にあることなどから、その合理性が認められています。
今回のポイントとしては、“給与を10パーセントカットしなければ、経営が成り立たない”といったような経営危機的状況にあるのかどうか。また、そういう状況を従業員に説明し、話し合いの機会を十分持たれたかどうか、がポイントになります。
まずは、労使双方の相互理解を深めるために、話し合いの場を持つことをお勧めします。くれぐれも役員の皆さまが冷静に物事を分析し、雇用関係を理解された上で対応されることが肝要です。

そのためには、社労士、税理士の助言を実行されることが前提です。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:黒須 好次)

バブル経済崩壊の影響による我が国の企業の経営悪化は長引き、国際的にも様々な難題を抱えています。そして、新たな試練の時を迎えている今日、相変わらずS社のような労働問題が多数発生しています。大半の企業は、蓄えた余力を使い果たし、それでも何とか持ちこたえている程度といっても良いと思います。 

しかし、S社はまだまだ余力が十分にあるのではないでしょうか。

元来、賃金とは、企業が労働契約によって労働者に対し労働の対償として支払う義務を負っているものです。労働者にとって賃金は生活の糧です。一方、企業にとってはどうでしょう。利益を生み出してくれる社員そのものが賃金に値するのではないでしょうか。

会社経営にとって重大な影響を与える賃金・賞与の減額には、S社がいう「取引先減少」という理由もよほど切羽詰らない限り、高度の必要性に基づいた「合理的理由」にあたらずS社のように、一方的な「社員のみ全員給与一律10パーセントカット」は、強引で社員に不信感と組織の結束を乱すものであって、社員の反発を招くのは必然の事と言っても良いでしょう。
来週の説明会において、社長自らの口で白紙撤回し、謝罪することが最良のS社事態収拾策かと思われます。

使用者が賃下げを考えるには、通常それなりの理由があるはずです。労働者の同意または、同意を得る努力もせず、一方的に賃金を引き下げると宣言しているだけでは感情的な反発が必ず起こるものです。逆の立場になればわかりますよね。
そこで、賃下げとは別の方法での解決策を提案しますので検討して下さい。

1.役員報酬の切り下げと役員のリストラ
役員報酬の切り下げは簡単に行う事が出来ます。また、弟の妻(非常勤役員で月給15万円)を非常勤役員から退任させます。経営責任を果たす観点から、相当の削減は甘んじて受け入れなければなりません。

それでも賃下げが必要であれば
2.時間外労働の削減
決められた労働時間内にどれだけ多くの仕事をこなすことが出来るかが重要です。1ヵ月の残業時間枠を決め、無許可残業は一切認めないようにします。

3.変形労働時間制の導入
1ヵ月単位、1年単位などの変形労働時間制や裁量労働みなし労働時間制を活用することも残業の削減や生産性向上が期待できます。

4.成果主義賃金制度の導入
従来の年功による処遇から、仕事の遂行結果(業績)によって賃金・賞与を決定することにより能力の向上が図られ、その上能率が上がることにより短時間労働が期待できます。

5.正社員からパート・契約社員への切替 派遣社員・アウトソーシングの活用
仕事は年間を通し忙しいとは限りません。S社のような製造業では正社員を減らし、繁忙期は外部人材を採用することにより、固定的賃金の削減が出来ます。

以上の事を実施する前提条件として、社員に対し経営状況に関する情報の開示を行う必要があります。

企業が存続していく以上、労使トラブルをゼロにすることは不可能かもしれません。
経営者の最大の責任は「企業倒産をさせないこと」です。
事業を営んでいく上で最低限の人員は必要です。
コスト削減の方策として最も有効な方法は、賃下げです。
経営の維持のため、どうしても賃下げをするのであれば、一方的に通告するのではなく、そこに至った事情を社員に対して十分に説明し、全社員が将来のために今は我慢しようという気持ちになってもらうことです。

S社は、社員数9名で就業規則を作成しなくとも労働基準法違反とはなりません。しかし同族経営から起こるトラブルを未然に防止するためには、職場の憲法である就業規則等を整え、社内ルールとして活用していく必要があるでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:石下 正幸)

BSEや景気の低迷等でS社の経営状態が悪化していることは、納入先等の減少から従業員の方も当然理解できていると思われます。しかし、経営者側が目に見える形で資料等を提示した場合には、さらに従業員側の態度の変化に期待できるものがあるかもしれません。
会社が提示できる資料としては、貸借対象表と損益計算書等の決算書類があります。一般的には、大企業では決算終了後に提示している会社が数多くありますが、9人という小企業で提示する必要性の有無には疑問がもたれるところです。

しかし、今回のケースだけを考慮すれば売上、利益の減少等などを明示することによって、賃下げに応じてくれる可能性がある限りその有効性が認められるところです。一方において、売上、利益が上昇した極面では賃上げを要求してくる可能性が高くなることを考慮に入れておく必要があります。

そこで、3年程度の中期の経営計画を作成し、それに基づいて今年度以降の損益を試算します。目標利益を設定し、そこでどれくらいの人件費を削るかを見積ります。経営計画に沿って削るべき人件費を算定し、その線で資金繰りの見積りを作成し、提示します。

それでは、経営計画の立て方について説明します。
1. 目標経常利益の決定
赤字は企業の命取りになります。今期が赤字であったなら、次期は赤字をなくすといった観点から目標経常利益を決めます。ただし、現実味に欠ける数字は掲げず、実現可能な範囲の数字を目標として掲げます。

2. 売上高を前年比で決定
次期の売上げをいくらにするのか。何%の増減があるのかといったことを決めます。

3. 粗利益率の決定
仕入価格等の再検討を行い、今期より多く確保することが可能かどうか検討します。

4. 社員の人数・給与(役員も含む)の決定
サービスの質を落とさず、質の向上を目指しながらも一人一人のスキルアップを目指し、絶対数の削減が可能かどうか、アイドルタイムを作らないような人的配置、出社退社時間の検討をします。

5. 資金繰り表の作成
資金繰りとは現金の出入りをチェックし、事業資金が不足しないよう調整することです。

S社の役員の皆さまはため息ばかりのようです。
どうやら今回の賃下げは無理のようですね。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:石川 裕美)

FPの立場からS社にアドバイスしておきます。

前提条件は次の通りです。
(保険)
生命保険(経営者保険)に加入、従業員向けの福利厚生型の生命保険は考慮しない。損害保険は考慮しない。
(保険の目的)
(1) 経営者の死亡に伴う社会的信用維持のための事業資金の確保
(2)経営者の死亡退職金、または勇退退職金の確保

S社は、狂牛病の影響が深刻になるまでは、売上が順調ということもあり、生保外交員の言われるままに大型の生命保険に加入していました。
保険種類は、長期平準定期保険で支払い保険料は1/2損金処理ができるものです。
社長は利益が順調だったこともあり、保険の目的はあまり検討せず、節税のみ考えていたということでした。

しかし、ここ2?3年売上が不安定となり、社長は自らの経営責任を省みず、いきなり従業員に対して賞与カット、給与削減を迫りました。
本来であれば、売上の減少、損失金の発生がどの程度なのかによりますが、現在加入の保険を損失金がなくなるまでの解約(または、一部解約)あるいは、それ以上の妥当なところまで解約し、資金繰りを改善させる(損失金のカバーの範囲であれば利益にならない)、経営努力をすべきでしょう。

そして、最悪、全部解約した場合でも、生命保険は再度加入すべきです。小規模企業の社長が急死すると、信用不安のうわさが流れたり、仕入先販売先に動揺を与えたり、金融機関が借入金の返済を迫ったり、給与の支払いに不安を持った従業員が相次いで退職したり、不測の事態が発生して倒産するかもしれません。

新社長が従前の業務に回復させるまでには、半年程度かかると言われています。
その間に必要な運転資金や給与の確保を生命保険でカバーすることが必要となるのです。
そのためには、社長自身が健康であることが前提ですが、必要保障額として、半年程度の運転資金(人件費、固定費、借入金の返済金などの合計)の1.6倍程度の死亡保障額で保険期間10年程度の平準定期保険に加入すれば、保険料はかなり抑えられるはずです。

1.6倍としたのは、死亡保険金が法人受け取りだと課税されるからです。
(死亡保障の例)58歳男5000万円、期間10年保険料A社月額保険料63,450円、20年99,050円。
売上や経営が安定するまでは、必要最低限の事業保障分で十分でしょう。
保険料がかなり割高になる退職金ねらいは、必要ないものと考えます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21栃木 会長 石下 正  /  本文執筆者 弁護士 横堀 晃夫、社会保険労務士 黒須 好次、税理士 石下 正幸、FP 石川 裕美



PAGETOP