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第198回 (平成30年7月号) SR宮城会

休憩時間中のネットショッピング
「ネットショッピングはやめてほしい」「休憩時間なのだから問題ないはず!」

SRネット宮城(会長:新田 孔一)

H協同組合への相談

U社はクリニック専門のホームページ制作会社で、分かりやすく格安でスピーディな対応に年々依頼は増えています。
Tさんは、昨年から中途入社してきた営業事務の社員です。ある日、会社にTさん宛の荷物が届き、特に備品購入担当ではないため、受け取った社員が不審に思い、人事部長に報告しました。人事部長がTさんに話を聞くと、「ネットショッピングで購入した品物」「自宅だと再配達が面倒なので会社宛にした」とのこと。驚いた人事部長が、会社でネットショッピングをしないこと、会社宛に私物の配送をしないことを注意すると、「ネットショッピングは休憩時間に行っていることだからプライベートだ!」「プライベートに介入するのはおかしい!」と聞く耳を持ちません。入社してから色々と自分ルールがある人だと判明し、何度か他の社員ともトラブルを起こし、試用期間を延長して様子をみている最中だったため、人事部長としては試用期間満了で辞めてもらうほうがよいと社長に進言しました。社長もいくら休憩時間だといっても、会社のパソコンで個人的なネットショッピングなどを行うことは、セキュリティの問題もあるので今後は一切認めない、就業規則にも記載してあるので、従えなければ試用期間で辞めてもらう、と伝えましたが、Tさんは反発するばかり。その後、送料等の費用の一部を会社付けとしていたことも発覚。困った社長はH協同組合へ相談をしました。

相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合企業U社の概要

創業
2000年

社員数
正規22名 非正規10名

業種
ホームページ作成業

経営者像

トラブル発生の背景

社長とシステムエンジニア仲間の3名で立ち上げ、現在はクリニック専門のホームページ制作会社となっています。
社長はもともと営業担当だったため、制作自体にはあまり口は出さない方針です。今後は英文や中文にも対応できるよう、人材確保と育成に力を入れていきたいと考えています。

ポイント

会社としてはセキュリティの関係や業務効率から、会社のパソコンの私的な利用は認めておらず、就業規則にも記載があります。そこを説明しても、休憩時間はプライベートだとTさんは主張しています。

会社のパソコンであっても、休憩時間中は私的な利用ができるのでしょうか?

会社付けとなっていた送料等の費用は給与から徴収できるでしょうか?

また、このことを主たる規則違反として試用期間満了をもって解雇することができるのでしょうか?

Tさんへの対応も含め、今後の注意点などU社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:森本 裕己)

本件の事情において、Tさんが休憩時間に会社のパソコンでネットショッピングをしたことを注意しても改める気がないことを理由に、U社は試用期間満了をもって解雇できるのでしょうか。
この点、最高裁判所の判例では、試用期間中の解雇に関し、①試用期間中の解約権留保を、採否決定の当初にはその者の資質・性格・能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく「最終的決定を留保する趣旨」でされるものとし、②かかる留保解約権に基づく解雇は通常の解雇よりも広い範囲において解雇の自由が認められてしかるべきであるとしますが、他方、③留保解約権の行使も、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される、と判示しています(三菱樹脂事件、昭48.12.12)。そして、④留保解約権の行使が是認されうる場合については、「企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合」としています。
かかる判例の基準で重要なポイントは、③の基準でしょう。
本件について考えると、U社は、Tさんを雇用しておくことが相当ではない(適格性の欠如)と判断する具体的根拠(勤務成績・態度の不良)を示す必要がありますが、現時点で人事部長や社長がTさんに口頭での注意をし、Tさんからも口頭で反論を受けたという状況なので、U社としては、まずTさんの言動をのちに証拠とできるよう、Tさんがいつ、何をしたのか、ということを書面で残しておきましょう。
ただ、人事部長や社長がTさんに口頭で注意をしたという程度で、いきなり解雇という不利益処分を下すのは、いくら留保解約権に基づく解雇は通常の解雇よりも広い範囲において解雇の自由が認められていると考えても、無効とされる可能性が高いでしょう。
そこで、まずは、Tさんに対する指導・勤務態度の改善を求める書面を交付し、Tさんに弁明の機会(これも書面で提出させるべきです)を与えるべきでしょう。
また、本件では、Tさんはこれまでも何度か他の社員ともトラブルを起こし、試用期間を延長して様子を見ているという事情もあり、就業規則に反するような言動がTさんにあったと考えられるので、Tさんに対する指導・改善を求める上記書面には、それらについても記載し、Tさんに態度を改めるよう求めるべきです。
そして、解雇という重大な不利益処分をする以上、Tさんに対して指導・改善を求める書面の交付は複数回行い、それでもTさんが態度を改めず改善の見込みが本当にないと判断した場合にのみ、解雇に踏み切るべきでしょう。
では、Tさんがいう反論(ネットショッピングは休憩時間に行っているのだから制限されることはない)は成り立つのでしょうか。
休憩時間といっても、会社内で休憩をする場合は、労働者は会社内の規律保持や施設管理上の制約には服することになります。
この点、U社はホームページ制作会社であり、情報セキュリティについてはより一層注意が必要な業態の会社といえ、そのため就業規則でも会社のパソコンでの個人的なネットショッピング等は禁止している以上、Tさんは会社内で休憩をとっているのであれば、セキュリティの関係から定められた規律にしたがわなければならないので、Tさんの反論は成り立たないでしょう。
以上から、U社として、Tさんに対する文書での指導・改善を積み重ねてもTさんの態度が改善されない場合であれば、試用期間満了をもって解雇をしても有効になる可能性は高いと考えられます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:大江 広満)

はじめに、「休憩」とは何であるかを考察します。
「休憩」とは労働基準法第34条で「労働時間が6時間を超える場合においては少くとも45分、8時間を超える場合においては少くとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」と定められています。
労働時間が長時間継続すると心身に疲労をもたらし、能率低下、それらに起因する災害発生が予見されます。休憩時間は労働時間の途中に置かれた労働者が権利として労働から離れることを保証される時間を設け、心身の回復を図るものと定義づけされています(昭22.9.13発基17号)。
労働者が権利として労働から離れているとされる判断基準は、労働者がその時間(休憩時間)を「自由に利用」できるかという観点にあります(昭39.10.6基収6051号)。
それでは休憩時間は「自由に利用」できるとするのであれば、Tさん主張のとおり休憩時間はプライベートなのだから、個人的なネットショッピングを容認するべきなのでしょうか。
休憩時間の自由利用をめぐる判例においては、休憩時間中のビラ配布などの政治活動を、就業規則等により禁止あるいは許可制とするなど、一定の制限を行うことは有効であるとされています( 電々公社目黒電報電話局事件・最小判昭52.12.13)。使用者は休憩の適正な取得を阻害しない範囲であれば、「休憩の自由利用」に対して、施設管理権の行使、企業秩序、職場規律の維持を目的に、就業規則等に禁止行為や許可制度等を定めることができます。
U社は、就業規則で個人的なネットショッピング等の禁止を定めていることや、情報セキュリティや業務効率等の観点から企業秩序、職場規律を維持しなければならず、記載の判例を踏襲すると、Tさんへ休憩時間中の個人的なネットショッピングの禁止を命ずることは問題ないといえます。
次に、Tさんが個人的なネットショッピングのために無断で会社のパソコンを使用したこと対し、U社のように就業規則へ「ネットショッピングの禁止」と個別具体策を記載することもよいのですが、次のような規定を設けることで対応することができます。

 

≪規定例≫
 『会社の資産と私物の区別を明確にし、会社資産を勤務以外に使用せず、備品等を大切にし、消耗品の節約に努め、書類は丁寧に扱いその保管を厳にすること、許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用しないこと、これに違反する場合は、就業規則第〇条に定める懲戒(譴責・訓戒・減給・出勤停止・諭旨退職・懲戒解雇等)を適用する。』

 

休憩時間中、すなわち勤務以外に職務以外の目的で会社の物品を使用するという、就業規則に定める禁止行為を続けるTさんは、U社からの再三の注意・指導にも関わらず、改める姿勢がないのであれば、就業規則に則り、試用期間満了による退職となっても致し方ないといえるでしょう。
さらに、ネットショッピングにかかる費用の一部(送料など)を会社付けとした行為は、会社のお金を不正に使用したものと同意義であり、規定例にあるような会社の資産の不正使用と解するに十分であるといえるでしょう。Tさんが使用した費用に対し、U社は返還請求を行うことができますが、賃金等から一方的に控除又は相殺することは、労働基準法第24条に定める賃金全額払いの原則に抵触してしまいますので注意が必要です。労使協定を締結し、賃金から控除する方法もありますが、今般のような不正行為に対する請求は、賃金の支払いと切り離して請求するほうが望ましいです。

U社のように、会社における禁止行為や迷惑行為、情報セキュリティ等のリスク対策をいわゆる「暗黙の了解」とするのではなく、就業規則等に明記することでTさんのようなトラブルが生じても毅然と対応できる労務管理体制を構築することが大切です。

税理士からのアドバイス(執筆:設楽 憲史)

会社付けとなっていたネットショッピングで品物を購入した際の費用を給与から徴収する場合は、税務上どのような取り扱いになるのでしょうか。また、仮にその費用をTさんから直ちに回収できない場合は、税務上どのような取り扱いが想定されるのでしょうか。この2点について考察したいと思います。

 

(1) 会社付けとなっていた費用を給与から徴収する場合
Tさんの給与から徴収される源泉所得税を計算する際は、その会社付けとなっていた費用を差し引く前の給与の金額から社会保険料等を控除した金額を源泉徴収税額表に当てはめて計算することになると考えられます。会社付けとなっていた費用は、本来Tさんが支払うべきものをU社が立て替えて支払ったに過ぎないと考えられることから、その立替金を給与から徴収しても課税所得は減額されないためです。住民税は前年の所得を基準に税額が計算されるため、住民税も所得税と同様に会社付けとなっていた費用を差し引く前の金額を基準に税額が計算されることになると考えられます。所得税や住民税の計算をする際はU社が立て替えて支払った費用は何等の影響も及ぼさないということです。給与明細を作成する際は、これらのことを明確にするために給与の控除項目に会社立替分徴収などと記載しておくとよいでしょう。くれぐれも会社立替分を給与の額面金額と相殺してしまわないように注意しましょう。なお、単にTさんが減給の処分をされた場合は課税所得が減額されるため、源泉所得税や住民税の計算に影響が出ます。

 

(2) 会社付けとなっていた費用をTさんから直ちに回収できない場合
なんらかの理由で会社付けとなっていた費用をTさんから回収できない場合は、税務上、以下の2つの対応が想定されます。

一つめは会社付けとなっていた費用の金額を確定させてTさんに対して給与課税するというものです。U社は本来Tさんが負担すべき送料などの費用の一部を負担した形になっており、TさんはU社から経済的利益を受けているためです。U社としては本意ではないかもしれませんが給与課税することで会社付けとなっていた費用を損金に算入することができます。二つ目は会社付けとなっていた費用を立替金として処理し引き続きTさんに請求していくというものです。ネットショッピングの費用は会社の事業を遂行するうえで発生したものではないため、原則として会社の費用にすることはできません。よって、一旦立替金勘定に計上しTさんに対して請求します。

(1)(2)いずれの場合にしても実務上意外と盲点になるのが会社付けとなっている費用の残高管理です。実際のところ中小企業の場合は管理体制が万全でないケースもあるかと思います。ややもすると会社付けとなっていた費用の残高を誰も把握していないといった状況が発生しがちです。そうなると(1)(2)どちらの対応をするにしても実務が煩雑になってしまいます。立替金専用の出納帳を作成するなどして残高を明確にしておくとよいでしょう。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット宮城 会長 新田 孔一  /  本文執筆者 弁護士 森本 裕己、社会保険労務士 大江 広満、税理士 設楽 憲史



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