第196回 (平成30年5月号) SR高知会
「先輩に私生活のことをいろいろ言われ、仕事に集中できない!」
「これはセクハラです!」
「先輩に私生活のことをいろいろ言われ、仕事に集中できない!」
「これはセクハラです!」
SRネット高知(会長:結城 茂久)
N協同組合への相談
地元密着から全国規模へと、業務拡大に意欲的な社長とその成長スピードに魅力を感じる社員で活気があるD社。男性の育児休暇も積極的に取らせ、ワークライフバランスと業務効率を掲げています。
新卒で入社してきたYさん。先日、めでたく結婚し、部内でお祝いの飲み会を開いたのですが、その後から急に遅刻や欠勤が増えてきました。管理部長が心配して声を掛けたところ、相談があると言われました。
Yさんによると「入社してからずっとセクハラを受けていた」ということでした。
驚いた管理部長が詳細を聞いたところ、同じ部内のKさんという古参の社員から「彼氏はいるの?」「女は早く結婚しないと」「好みの男性は?」「選り好みしていたらいきおくれるわよ」と毎日ように言われ、結婚したらしたで、お祝いの席で「子どもはやっぱり2人は産まないと」「早く子作りしなさい」などと言われ、Kさんと一緒に仕事をすることにストレスを感じているということでした。
Kさんは年配の女性のため、管理部長は、Yさんに、男性社員からなにかされたのか確認したところ、男性社員からは特になにもされていないという回答でした。女性同士のよくある会話だと思った管理部長は「それはセクハラじゃなくて、Kさんなりの心遣いだよ、ちょっとおせっかいだけどね」とだけ話し、その日は終わったのですが、翌月からYさんは出社せず、ストレス性うつ病という診断書を会社に提出し、労災申請をしたいと言ってきました。
管理部長から相談を受けた社長は困り果て、N協同組合へ相談をしました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSR アップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業D社の概要
-
- 創業
- 1970年
- 社員数
- 正規35名 非正規15名
- 業種
- 卸・不動産業
- 経営者像
先代の地盤を引き継ぎ、地元だけでなくインターネットを駆使し業務拡大をしている。自ら競売等にも参加することが多いため、全国を飛び回っている。
トラブル発生の背景
女性同士のセクハラ問題です。管理部長はYさんもKさんも女性であり、また直接的な身体への被害がないためセクハラとは認識せず、特にに対応を取らなかったためYさんは休業となってしまいました。
ポイント
YさんもKさんも女性であり、また直接的な身体への被害がない場合でもセクハラに該当するのでしょうか?
管理部長はどのような対応を取るべきだったのでしょうか?
Yさんからの労災申請は申請しないといけないものでしょうか?
Kさんへの対応も含め、今後の注意点などD社の社長へ良きアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:結城 優)
職場における嫌がらせのうち、相手の意に反する不快な性的言動は、「セクシュアル・ハラスメント」(セクハラ)と呼ばれ、その類型として、①性的要求を拒否したことなどを理由として雇用上不利益な決定を行う「対価型」と、②性的な嫌がらせにより職場環境を悪化させる「環境型」の2つがあるとされています。男女雇用機会均等法では、これらの類型にあたるセクハラについて、使用者に対応措置を講ずることが義務付けられています(男女雇用機会均等法第11条第1項)。セクハラの具体的態様は極めて多様で、身体的接触等の直接的な行動を伴うものに限らず、性的な内容の発言のみであってもセクハラに該当することはあり得ます。また、セクハラにあたるか否かは、言動、回数、性格、意識、場所、抗議後の対応、相互の職場での地位等の総合的相関関係で決まります。裁判例をみても、これらの要素を総合的に勘案し、社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして、違法と判断しているようです(金沢セクシュアル・ハラスメント事件・名古屋高裁金沢支部 平成8年10月30日労判707号37頁参照)。
KさんのYさんに対する発言は、性的な事実を尋ねたり、性的冗談・からかいを内容とするもので、Yさんの入社当初から長期間、継続的に行われていることや、先輩後輩という職場における地位関係等に鑑みれば、「環境型」のセクハラに該当すると考えられます。また、Yさんは管理部長に明確に相談しているにもかかわらず、これに適切な対応がなされていない(放置されている)ことから、この点においても、Yさんの就業環境が害されていると評価されます。管理部長としては、Yさんから相談を受けた時点で、すぐに事実関係を調査・確認し、セクハラの事実確認ができた場合には、速やかにYさんに対する配慮の措置を適正に行うとともに、Kさんに対する措置(厳重注意等)を適正に行い、さらに、再発防止に向けた措置を講ずるべきであったといえます。
次にYさんからの労災申請については、セクハラ行為とYさんのストレス性うつ病との間に業務起因性(労災保険法第7条第1項第1号)が認められるか否かが問題となります。この点、「精神障害の労災認定」(厚生労働省、平成23年12月)によれば、労働者がセクハラを受けた場合、「身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって、性的な発言が継続してなされ、かつ会社がセクシュアルハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合」には、心理的負荷の強度は「強」と判断されるとの基準が示されており、実務上参考とすべきです。本件についても、前述のとおり、性的な発言が長期にわたって継続しており、相談を受けた管理部長も適切な対応をとることができていないことから、業務起因性が認められる可能性が相当程度あります。したがって、D社としては、Yさんからの労災申請を拒否することなく、むしろ労災申請の手続に積極的に協力するなど誠意ある対応をとるべきでしょう。
なお、裁判所におけるセクハラ事案の慰謝料相場は、身体的接触を伴わず不適切な言動がなされたにすぎない事例では、30万円以下など低額にとどまるケースも多いですが、被害者が心身不調をきたしている場合や、セクハラに関連して退職に至った事例などでは、慰謝料が高額化する傾向がありますので、決して軽視してはいけません。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:結城 茂久)
セクシュアル・ハラスメントとは、一般に、相手方の意に反する性的言動のことをいいます。具体的には、女性従業員の肩や腰に触る、性的な経験・性生活について話題にしたり下着の色を尋ねたりする、ヌ-ドのカレンダーなどを貼るなどして女性にとって不快な環境をつくる、「恋人はいるの?」「子供はまだ?」などと個人的・性的な質問を繰り返すといった行為が挙げられます。また、セクシュアル・ハラスメントを拒否したことを理由に、居りにくい職場環境をつくったり、降格や配置転換など不利益をあたえるなどの行為も該当します。
職場におけるセクシュアル・ハラスメントについては、行為者だけでなく、行為者を雇用している会社も法的責任を負う場合があります。すなわち、行為者が従業員であっても、会社に対して、セクハラ行為に対する職場環境配慮義務違反(債務不履行・民法第₄1₅条)や使用者責任(不法行為・民法第71₅条)、またはセクハラの発生を防止しなかったことに対する使用者固有の不法行為責任(民法第70₉条)が認められることがあります。
また、改正男女雇用機会均等法の指針(平成26年7月施行)では、セクシュアル・ハラスメントには同性に対するものも含まれることが明記されたほか、会社が雇用管理上講ずべき具体的措置が定められています。使用者としては、就業規則本体に委任規定を設け、詳細をハラスメント防止規程などの別規程に定めた方が良いでしょう。具体的には、相談及び苦情への対応としての条文を設け、相談窓口担当者は相談者からの事実確認の後、人事部長に報告すること、当該報告に基づき、人事部長は、相談者の人権に配慮した上で、必要に応じて行為者、被害者、上司その他の従業員等に事実関係を聴取すること、行為者の異動等被害者の労働条件及び就業環境を改善するために必要な措置を行うこと、相談及び苦情への対応にあたっては、関係者のプライバシーを保護するとともに、相談をしたこと又は事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いは行わないこと、セクシュアル・ハラスメントの行為者は雇用管理上、服務規定違反として懲戒処分を受けること等を定めることが要請されています。なお、懲戒処分を行うためには、懲戒処分の種別と懲戒事由を就業規則などで明記することが必要で、明記していない場合はそれを行うことができませんので注意が必要です。
セクシュアル・ハラスメントは、人権侵害の問題であることを理解し、社員、労使それぞれが相互に人権を尊重することで快適な職場環境を形成する必要があります。具体的には、パンフレット、社内報などで、会社の方針・ルールや相談窓口等について周知・啓蒙することが大切です。ただし、周知は一度行えばよいというものではなく、管理職を中心に定期的・継続的に研修を実施すべきです。また、正社員だけでなく、パ-ト、アルバイト、派遣労働者なども含めたすべての労働者に研修を実施することが 望ましいでしょう。
以上からして、会社側は誠意をもって、Yさんと話合いをすることで、早期解決を図るとともに、今後同じようなトラブルが起こらないよう、ハラスメント防止規程の整備や社内の周知・啓蒙を図ることが大切です。
税理士からのアドバイス(執筆:高木 学而)
今回の件に関してセクハラとして認定され、労災に係る休業補償が認定されるまでの一連の考察に関しては、他の先生のご説明にお願いするとして、今回の課税関係の中で注意する点に絞り込んで列挙してみたいと思います。
どうしても労災補償給付は労災認定後となりますので、その給付の開始のタイミングまでに考慮するべき課税関係を時系列的に考えていただくことになります。
ひとつは住民税の負担となります。
住民税は、今回の事案のようなサラリーマンの場合にあっては通常前年の所得に基づき、6月から翌年5月までの間に支払う金額が決定されており、それを会社が賃金から控除した上で同一市町村の住所に住まわれている方の分をまとめて納付することとなっております。結果、労働者は休職中の住民税に関しては会社に対して支払う必要があります。今回に関しましては会社が休職中の労働者に対し、その労働者が負担するべき住民税を請求し、労働者はそれを負担することとなる訳です。
二つ目は社会保険料についてです。
社会保険料に関しましては、健康保険と厚生年金の両建てとなっておりますが、休職中ではあったとしても、健康保険に関しては適用されておりますし、厚生年金に関しましても今後必要な給付を受け取ることが可能であることを前提として、適用対象となっております。結果、休職中の社会保険料に関しましてもそれぞれについて納付する必要があるということになります。これは基本的に労働者が毎月自分の負担するべき社会保険料をその会社に対して振り込む形となると思われます。
会社はそのすべての労働者の社会保険料を会社負担分も含め納付する形になります。
ただし、今回の件に関しましては住民税、社会保険料の両方に関し、休職中の労働者にとってはかなりの負担となるものかと思います。そこで、労働者の負担するべき保険料等を会社が立替えて負担しておき、労働者の休職後復職した際に労働者が分割等で返済していく、という方法を会社としても採ることができるものと思います。
三つ目に関しては所得税の負担に関する項目となります。
基本的に、所得税はサラリーマンの場合にあっては毎月の賃金に対し会社が控除した源泉所得税を会社がまとめて納付する形となっております。結果、賃金が発生していない本事案のような休職中の期間にあっては会社が控除する源泉所得税は発生することはなく、最終的に、休職中を除く一年間に支給された賃金に基づき社会保険料等の支払いに応じ、年末調整が行われ、一年間の税額が清算されることとなります。
ここで、時系列上、今回のテーマである労災に係る休業補償の給付が始まった場合における所得税に関しましては、注意が必要となります。所得税法の非課税規定の中に今回の労災に係る休業補償は含まれており、結果的に、今回の休業補償に係る所得税に関しては非課税ということで給付の際に源泉所得税分が控除されることはありません。法理としましては、労働基準法上、休業補償の金額自体が平均賃金の100分の60ということに定められていることを踏まえ、支給金額が少なくなることを考慮し、税負担を軽減させたいということがあげられると思います。
ここで会社としましては、休業前の課税される「賃金」と休業後の非課税である「休業補償」の金額に対し、これらを区分して処理することが求められることにつきましては、注意を払わなくてはならないところです。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット高知 会長 結城 茂久 / 本文執筆者 弁護士 結城 優、社会保険労務士 結城 茂久、税理士 高木 学而