第194回 (平成30年3月号) SR福岡会
「残業80時間分を追加で支払ってください」「申請がないので認められない」
「残業申請させないよう圧力があった。ジタハラだ!」
「残業80時間分を追加で支払ってください」「申請がないので認められない」
「残業申請させないよう圧力があった。ジタハラだ!」
SRネット福岡(会長:江田 博)
W協同組合への相談
ホテルを経営しているF社。大手外資とのフランチャイズ契約により、システムはすべて大手外資のやり方に統一されました。もともと独自のシステムがあり、何十年もそれに慣れてきた古株社員からはなかなか馴染めなくて大変という声が上がっています。しかし、大手外資から出向役員として来ている社員等から厳しくチェックが入るため社長も従うしかなく、現場との板挟み状態です。Kさんは新卒で採用され、勤続12年の中堅社員で、大阪営業所を一人で守っています。売上を伸ばそうと新規開拓も積極的に行い、社長も頼もしく思っていました。ところが、フランチャイズ化してから、どうも様子が変わってきました。そしてある日社長に「今までの未払い残業分を払って欲しい。今後も残業が認められないなら辞めたい」と連絡が入りました。慌てた社長が勤怠状況を確認すると、残業申請はほとんどなく、申請分は支払いをしていたため、「なにも支払いはないはず」と返答をしました。
しかし、Kさんからは「残業申請をしようとすると、Yさんから『こんな残業は認められない』『残業申請するなんて、タイムマネジメントができていない証拠だ!』と何度も申請を却下された。一人営業のため、外に営業に出た後に事務処理をしなければならない。システムが変わり事務処理も多くなったのに…。事務処理をしようと営業所にいれば、『なぜ営業に出ない』と言われる。また残業するなと言われるので帰宅すると、夜にYさんから電話が入り、出ないと嫌味を言われ、必ず折り返すようにと言われた。
帰宅後の持ち帰り残業や今まで却下された分の残業時間は、先日集計して送った通りです。認められないなら辞めます。これはジタハラです」と言われてしまいました。
外資から出向してきているKさんの直属の上司である社長はYさんに確認するも「通常範囲での指導」という返事です。
困った社長はW協同組合へ相談をしました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業F社の概要
-
- 創業
- 1980年
- 社員数
- W協同組合への相談内容
- 業種
- ホテル業
- 経営者像
もともとは小さいビジネスホテルだったが、先代のころには首都圏に4軒と事業拡大を行った。ところが年々売上が落ち、昨年大手外資とフランチャイズ契約をした。
全システムを外資に合わせなくてはいけなくなり、現場は多少混乱気味。社長はなんとか現場の混乱を抑え、売上を伸ばそうと必死です。
トラブル発生の背景
社員からの未払い残業請求です。
勤怠上の残業代はすべて支払っていますが、本人はそれ以
外に残業があったことに加えて、ジタハラを受けたと主張しており、本人独自の記録を社長に提出しています。
ポイント
最近よく耳にするジタハラ(時短ハラスメント=パワハラの一種)ですが、早く帰宅させるために残業申請を認めず、勤怠上は残業代の未払いはありませんが、このまま残業代の支払いを拒否しても問題はないのでしょうか? また、Yさんの行為はパワハラとなるのでしょうか?Kさんへの対応はどのようにしたらよいのか、今後の注意点などF社の社長へよきアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)
まず、Kさんは、自宅で持ち帰り残業を行ったとのことですが、この場合にも残業代を支払う必要があるかが問題となります。
基本的に、労働者が残業をして提供した労務の時間が労働基準法(以下、「労基法」)上の労働時間(労基法第32条)に該当する場合、残業代を支払わなくてはなりません。そして、この労働時間の意義について、最高裁判所平成12年3月9日判決・民集54巻3号801頁では、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうとしています。また、自宅残業については、本来使用者の指揮監督が及ばない労働者の自宅で行われる業務は、指揮命令下の労働とは認められず、基本的に労働時間として扱う必要はありませんが、使用者から業務を行うことを指示されたり、黙示的に指揮命令があったと評価される場合は、労働時間に該当すると判断されます。
そこで、Kさんの自宅残業が労基法上の労働時間に該当するか否かを検討すると、確かに、上司であるYさんは、自宅残業を明示的に指揮命令したわけではありません。しかし、YさんがKさんに指示した業務量が通常の勤務時間内で処理することができず、自宅に持ち帰らなければ終えることができない場合は、黙示的に指揮命令があったと評価される余地が十分にあります。Kさんは職場では残業がやりにくい状態であったこと、また、Yさんは、Kさんが帰宅した後も、業務に関して電話をしていたことを考えると、黙示的に指揮命令があったと評価されて、残業代を支払わなければならない可能性は高いと思われます。
次に、KさんはYさんの言動をジタハラだと主張していますが、Yさんの言動が何か法的に問題になるでしょうか。
ジタハラとは「時短ハラスメント」の略で、残業時間削減のための具体策がないまま、労働者に「残業をするな」「定時に帰れ」などと退社を強要することを言います。残業時間を削減することを強制されながら、業務量が減らないのでは、勤務時間中に無理をするか、残業代が払われないことを覚悟しながら自宅に持ち帰って業務を行うしかなく、結果として労働者の不利益になります。職場におけるハラスメント(嫌がらせ)が被害者の人格的利益や「働きやすい職場環境の中で働く利益」を侵害する場合、不法行為(民法第709条)として損害賠償請求の対象となり得ますし、上司の言動が不法行為に該当する場合、会社はその使用者として被害者に損害賠償責任(民法第715条第1項)を負うこともあります。
このことは、問題となっている言動が、業務にかかわる指導であった場合にも当てはまります。しかし、業務上の指導として許される範囲内の言動であるのか、許される範囲を逸脱した違法なものかの線引きは、実際上判断が難しいところがあります。行為のなされた状況、行為者の意図、その行為の態様、行為者の職務上の地位、年齢、両者のそれまでの関係、当該言動の行われた場所、その言動の反復・継続性、被害者の対応等を総合的にみて、それらが社会通念上不相当とされる程度のものである場合には、違法な行為となり得ます。そこで、本件について検討してみると、Yさんがどのような意図で、また、どのような言い方で発言したかは不明ですが、仮にKさんの立場や人格を配慮しない厳しい口調であった場合、通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような圧力を加える行為をしたと評価される可能性はあると思われます。F社 としては、YさんやKさんから詳細に事情を聞き、Yさんの言動に問題がなかったかを検証する必要はありそうです。なお、使用者は、労働者に対して「働きやすい良好な職場環境を維持する義務」(職場環境配慮義務)を労働契約上の付随義務または不法行為上の注意義務として負っていますので、F社が、Yさんの違法の可能性があるジタハラの存在を認識していながら放置した場合、債務不履行(民法第415条)または不法行為(民法第709条)として、被害者に対し損害賠償責任を負う可能性があります。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:内野 俊洋)
平成13年4月6日に、厚生労働省から「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき基準」(基発第399号 以下、「46通達」)が策定され、平成29年1月20日には「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」)が公開されています。このガイドラインは、労基法違反事件で大きな社会問題となった長時間労働問題の是正のため、これまでの46通達をより具体化したものとなっています。弁護士の解説にもありますが、このガイドライン中にも『労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間にあたる』とあります。また、実労働時間と申告した時間との間に乖離がある場合は、使用者が実態調査をしなければいけないことが明確化されています。では、このガイドラインに即してF社の問題を検討してみましょう。Kさんは、残業を申請すると、上司であるYさんに「こんな残業は認められない」「タイムマネジメントができていない証拠だ」と何度も申請を却下されたと申し立てています。社長は勤怠上の残業代はすべて支払っているとの認識ですが、Kさんからはそれ以上の残業があり本人独自の記録が社長に提出されています。まず会社は、Kさんの主張する記録の真偽について調査する必要がありそうです。労働者の時間管理の責任は事業者にあるため、Kさんの主張と会社の主張に乖離がある場合、会社側がKさんの主張が誤りであるとの具体的な証拠を提示する必要があります。この証拠が提示できない場合、Kさんの主張が通り、会社は残業代を支払わなければなりません。前述のガイドラインにもありますが、労働時間管理については、都度乖離がないかのチェックを行い、乖離がある場合は早急に調査し、双方の合意を得るようにする。多少のずれは仕方ないとしても、恒常的に30分以上のズレがある場合には、サービス残業の疑いありとして指導が入る場合もあります。業務終了後は、すみやかに帰社を促すこととし、自主的な勉強会、従業員同士の懇親会などで会社施設を使用する場合には、使用許可証の提出などを徹底することも必要です。このような問題は、F社だけではありません。もし大手外資の労務管理の経営指導が46通達やガイドラインに適応していない場合、フランチャイズ全体の問題点となり、マスコミなどにも取り上げられ社会的信用に大きなダメージを受けることになるでしょう。会社の知名度が高いほど社会的影響は大きくその傷は深くなります。ここは勇気を持って、大手外資フランチャイザーと話し合うことをお勧めします。
税理士からのアドバイス(執筆:衛藤 政憲)
「働き方改革」ということがいわれる一方で、ブラック企業の存在が大きな社会問題としてあり、未払い残業代を巡る問題も少なくありません。では、未払い残業代が支払われることとなった場合に、その支払いを受ける社員と支払いをする会社には、税務上どのような手続きが必要かについて確認したいと思います。
1 支払いを受ける社員に係る税務
(1)所得税に関する取扱い
残業代ですので、雇用関係に基づく時間外の勤務に係る労働の対価ということであり、支払いを受けた場合には給与所得ということで所得税の課税を受けることになります。この場合において、支払いを受けるのは過年分の未払いとなっていた残業代であっても、次のとおり、その支払われ方によって所得税の取扱い上その所得の帰属年分が異なることとなります(所得税基本通達36―9・国税庁HP源泉所得税質疑応答事例)。
①過去の各年分の残業代として支払いを受ける場合
本来その残業代の支給を受けるべきであった日の属する各年分の給与ということになり、それぞれの年分、各月の給与所得の再計算が必要になります。具体的には、源泉徴収義務者である会社において、その支払う残業代の属する年分の年末調整の再計算とその結果生じる不足税額の納付によって精算され、所得税の課税処理は終了することとなります。なお、支払いを受ける社員が再計算されることとなるいずれかの年分の所得税について医療費控除の適用を受けるなどのための確定申告をしている場合には、その年分の所得税について修正申告等の必要が生じます。
②過年分の残業代をまとめて一時金として支払を受ける場合
本年分の未払い残業代と過年分の未払い残業代とを合算し、一時金としてまとめて会社から支払いを受ける場合には、賞与の支給を受けた場合と同じ取扱いとされ、その支払いを受けた年分において所得税が課税されることになります。この結果、支払いを受けた年分の給与支給額が多くなることで所得税額も増え、その支払いを受けた翌年の住民税額も増えることになります。なお、一時金として支払いを受ける場合として、社員が残業代の支払いに係る損害賠償を求める訴えを起こし、これにより、「損害賠償金」や「解決金」といった名目により金銭を受領することがあります。この場合は、損害賠償ということで受け取ることとなる金銭であっても、その実質が労務提供の対価である過年分の残業代であり、その一時金としての支払いであるという場合には、本来所得となるべきものまたは得ていたはずの利益が賠償されて補填されたということになりますので、所得を得たことと同じであるため、非課税所得とはされず、所得税の課税対象となります(国税不服審判所平成22年4月22日裁決、裁決事例集№79)。
2 支払をする会社に係る税務
(1)法人税に関する取扱い
前記1のとおり、支払いを受ける社員の所得税等については、①各年分の残業代として支払いをする場合と②一時金として支払いをする場合とで取扱いが異なることになりますが、支払いをする会社の法人税に関しては、①、②の支払いの方法に関係なく、実際に支払った事業年度においてその支払額を損金の額に算入することができます。これは、債務として確定した時が支払いをした事業年度ということから、そのような取扱いとなります(法人税法第22条)。したがって、F社は、支払いをした事業年度の損金に算入して法人税の確定申告をすることになります。
その他、支払いを受ける社員については、住民税への影響、支払いをする会社には、源泉所得税の納付などにも影響がでますので注意が必要です。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。
SRネット福岡 会長 江田 博 / 本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 内野 俊洋、税理士 衛藤 政憲