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第193回 (平成30年2月号) SR北海道会

「家族と旅行に行くので休みたい」「有給もないし、繁忙期なので許可できない」
「キャンセルできないので行きます!」「もう出勤しなくていい!」

SRネット北海道(会長:安藤 壽建)

K協同組合への相談

オーガニックコスメを販売しているN社。社長自ら営業やコスメ素材を現地調達するなど自社製品の開発と普及を行っています。社員ももともとN社のコスメのファンだったという者が多く、熱心ですが、急速なネット販売の拡大等により人員は不足気味です。
Yさんは中途採用されたまだ20代前半の女性です。販売職の職歴はあるものの前職も半年で退職という経歴でしたが、繁忙期を迎えるにあたり、どうしても人員が必要だったため、3カ月の試用期間を設け、社長は採用としました。あと1カ月ほどで試用期間の終わりとなったある日、Yさんから休みがほしいと申請がありました。聞くと10日間休みたいと言います。これから繁忙期を迎える中、人員を補うことで採用し、また有給休暇もないため、社長は「休みを認めることはできない」と言いました。実はYさんについては、業務自体まったく一人で行うことができず、勤怠も遅刻が多いと、指導係から報告もあり、早く一人で業務を行うようになってほしい社長は、10日間も休ませることはできないと判断したのですが、Yさんは「就職前から決まっていた家族旅行のため、キャンセルできないので休みます」とどこ吹く風。何度か休みを認められないと話をしても、「でも休みます」と態度を変えません。

怒り心頭となった社長は、「じゃあもう好きなだけ休んでもらっていいです」と言ってしまい、Yさんは次の日から出社しなくなりました。

このまま退職扱いにしてもよいのかどうか、困った社長はK協同組合へ相談をしました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業N社の概要

創業
1988年

社員数
正規20名非正規30名

業種
卸・小売業

経営者像

母親の手作り石鹸からスタートし、現在はスキンケア商品や雑貨の販売を行う社長。
店舗以外でも、通販で販路を拡大し、百貨店催事にも自ら売り込みに行くほど、自社製品に自信をもっている。
社員はもともと自社製品のファンだったという者も多く、今後も事業拡大を計画している。


トラブル発生の背景

まだ有給休暇付与のない従業員からの休みの申請について会社が拒否し、それでも休む主張を繰り返す従業員への対応中つい口にした言葉から、対象従業員が出勤しなくなってしまいました。

ポイント

有給休暇のない従業員からの休みの申請は会社が拒否しても問題はないのでしょうか?

会社が拒否したにも関わらず休んだ場合、欠勤控除以外になにか懲戒処分を科すことはできるのでしょうか?

また、出社しなくなったYさんへの対応はどのようにしたらよいのか(無断欠勤による懲戒解雇なのか、普通解雇なのか?自己都合退職扱いでも問題がないのか? 退職
日については? など)今後の注意点などN社の社長へよきアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:倉茂 尚寛)

1 N社は、Yさんからの10日間の休暇申請を拒否することはできるのでしょうか。

結論としては、N社はYさんの休暇申請を拒否することが可能です。一般常識に照らしても異論はなさそうですが、なぜ会社が休暇申請を拒否できるのか考え方を整理しておきましょう。
まず、Yさんは、N社と労働契約を締結したことにより、労働日における労働義務を負うことになります。休暇とは、労働義務のある労働日について労働者が使用者から就労義務の免除を得た日をいいます。休暇には、年次有給休暇、産前・産後休暇、生理休暇、育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇の「法定休暇」と会社が就業規則などで定める「会社休暇」があります。

本件では、年次有給休暇を含め法定休暇を取得できる事情は見受けられません。また、会社休暇もないということであれば、Yさんは労働契約で定められた労働義務を負いますので、N社は、休暇申請を拒否することが可能です。

 
2 このまま退職とした場合に何か問題があるのか
社長は、Yさんの休暇申請に対し、「じゃあもう好きなだけ休んでもらっていいです」と回答したところ、翌日からYさんは出社しなくなりました。Yさんは、会社を退職すると明確に述べたわけではありません。このような場合に退職と扱うことはできるのでしょうか。
労働者の退職に関して、労働者が会社に置いていた私物などを撤去したなど、働く意思のないことを態度で表明したと認められる場合には、黙示的に退職の意思表示をしたものといえるでしょう(昭和23.3.31基発513号参照)。このような場合、N社は、Yさんを退職したものと扱っても特段問題はないといえます。また、本件のような場合に備え、就業規則で「行方不明による欠勤が60日に及びなお所在不明のときはその翌日をもって自動退職とする」旨を定めておくことも考えられます。
そのような事情がない場合には、N社は、Yさんを解雇する必要があります。Yさんは、試用期間中ですので本採用拒否や普通解雇をすることなどが考えられます。本採用拒否も法的には解雇にあたるのですが、解雇をする場合、その意思表示が相手方に到達しないといけません。N社は、Yさんの自宅などに内容証明郵便(Yさんが受領しない可能性も考えられますので、特定記録付普通郵便も併せて送付するとよいでしょう)などでこれを通知する必要があります。なお、自動退職条項は、このような解雇の手続きを省略できる点でも有用です。

 
3 懲戒処分までできるのか
懲戒処分をするためには、懲戒事由と懲戒処分の内容が就業規則に規定されていることが必要です。仮に、懲戒事由として単に無断欠勤とのみ規定されている場合、文字通りの「無断欠勤」のみを意味するのではなく、「届け出はあるが、正当な理由のない欠勤」まで含むとする裁判例もあります(福岡高裁昭和55年4月15日判決判時986号123頁、東京高裁平成3年2月20日労働判例592号77頁)。

しかし、事案によってはこのような解釈ができない場合もあります。このため、就業規則できちんと「正当な理由のない欠勤」も懲戒事由にあたることを明確にしておくべきです。本件では、就業規則で懲戒事由と懲戒処分が規定されているのであれば、懲戒解雇を含めた懲戒処分をすることも可能です。
ただし、懲戒処分が有効とされるには当該処分が相当なものでなければならず、慎重な判断が必要であることはいうまでもありません。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:岩野 浩介)

企業の人手不足が深刻化している近年。人柄や会社へのコミットメントを十分吟味できないまま、つい焦って採用してしまい、設例のような労働者を抱える会社が今後、増えて いくのではないかと考えられます。

そこで、設例での問題点、今後の対応策などについて検討してみたいと思います。

 
1 休暇の権利が労働者にあるか
設例では、N社とYさんは労働契約を結んでおり、互いに、いつどれだけの休暇を取るかも含めて、一定の労働時間、労務を提供するという関係にあります。Yさんが有給休暇を付与されていれば、通常の権利行使として、会社に申請し、時季変更権の問題は別とすれば、休暇を取ることは、問題はなかったでしょう。しかし、設例の場合、Yさんは未だ有給休暇を付与されていません(法定の有給休暇取得は、入社6カ月後に10日となります)。そこで、N社はこのようなYさんに対して、休暇の申出の拒否が認められるか、つまり、Yさんには「休暇の権利」はあるのでしょうか。育児休業や介護休業などのような法律で認められている場合を除いて、基本的には会社の判断によります。設例のように家族旅行のためなどの理由で社長が休暇を拒否しているような場合は、やはり、自由に労働者が休暇を請求する権利があるということにはなりません。

 
2 社長の「じゃあもう好きなだけ休んでもらっていいです」という発言
この発言には多少の問題があったかもしれません。執拗な休暇の請求に業を煮やした社長が思わず感情的になり、発言してしまったと推測されますが、この発言はYさんに、N社長は労働者の自由な裁量に任せた休暇の取得を是認していると受け取られかねません。そこで今回の発言に至った経緯を含めて改めて本人に、今回の発言は、真意ではなく、今後も契約通りに働いてもらう旨を説明すべきかと思います。

 
3 懲戒処分などの対応は適切か
2の社長の発言に乗じて休み始めた以上、無断欠勤を理由として懲戒処分(懲戒解雇)を行うことは性急かもしれません。また、普通解雇扱いとすることも同様です。そこで、前述の面
談を行い、それでも執拗に働かない、休日がほしいということで勝手に休んでしまったりした場合には、試用期間満了での退職(解雇)の手続きを検討するべきです。実務でよく遭遇する誤解のひとつが、試用期間であれば解雇や試用期間満了での退職(解雇)を簡単に行えるというものです。確かに試用期間は採用後の適性の判定期間としての意味もありますが、同時に雇用契約は開始されているので、処分、特に懲戒解雇を行うという判断は、なお慎重な対応が必要です。そこで、試用期間の延長規定などがある場合は、試用期間の延長も検討し、勤務態度、会社への順応性、業務への適応能力などを厳格に、丁寧に判断し、それでもなお改善可能性がないようであれば、初めて試用期間満了での退職(解雇)という手続きを考えるべきです。

 
4 規則上、運用上の対応策
就業規則上、試用期間中特有の満了事由を具体的に定めておくべきでしょう。また、試用期間の運用に関しては、あらかじめ目標を設定し、本人にその旨を伝え、業務上必要な技術や知識を身につけているか、勤務態度はどうかなどを詳細に記録し、目標に達していないようであれば改善可能かどうかも含め、面談、指導を行うようにします。感情的に対応せず、その後大きなトラブルに発展させないためには、試用期間満了手続きを行うことを念頭に、丁寧な対応を行うのもひとつの方法かと思います。

税理士からのアドバイス(執筆:坂本 文彦)

通常、本人が負担すべき社会保険料、住民税については、当然のようにその支給すべき給与の額から控除され、事業主が社会保険料については事業主負担分と合わせて、住民税については預かった金額を納めます。これであれば特に問題はないのですが、今回のケースでは支給すべき金額がなく、控除することが不可能なケースと考えます。このような前提で以下、話を続けます。

 
1 欠勤している際の自己負担分の社会保険料

(1)考えられる二つのケース
このケースでは育児休業等の期間でも産前産後の期間でもないため、保険料が免除されることはなく、通常通りの保険料が発生します。
よって、①事業主が納付すべき前にその保険料を預かる。②事業主が立て替えた後、本人より回収する。①のケースでは特に問題は発生しませんが、問題となるケースは事業主が先に立て替えた場合でしょう。この場合でも後日、何事もなく預かることができればよいのですが、このまま退職してしまっては…。
(2)事業主が立て替えた社会保険料の回収をあきらめた場合
立て替えた社会保険料についての支払いがなく、督促などにも応ずることなく、結局、根負けする形でその社会保険料の回収をあきらめた場合は、その負担した社会保険料は事業主としての負担義務がないにもかかわらず、その従業員が負担すべき個人的費用を負担したものと認められます。よって、その従業員に対して給与を支給したと同様の経済的効果をもたらすものとして給与課税が行われる(法基通9―2―9(10))べきところと考えられ、その負担した金額は原則的には源泉徴収の対象となります。
(3)退職してしまった従業員への源泉徴収票
退職してしまった従業員に対する源泉徴収票を交付する場合、「支払金額」と「社会保険料の金額」に(2)の負担した金額をそれぞれに加算することを忘れないようにしてください。
加えて源泉徴収した(実際には事業主が負担した)金額についても、「支払金額」「源泉徴収税額」に加算することも合わせて忘れないでください。
※ 従業員自身の社会保険料控除については、事業主が負担した社会保険料が従業員に対する給与として課税対象とされた場合には、その従業員の給与から控除される社会保険料の金額に含めて社会保険料控除ができるものとされている(所基通74・75―4)。

 
2 欠勤している場合の住民税について
(1)住民税と所得税
その月に支給される給与をもとに源泉徴収する金額を算定し、給与から控除する所得税と違い、特別徴収の場合の住民税は、前年の所得に対して計算された金額を、6月から翌年5月まで、毎月分割して会社が徴収し、納付することになります。つまり今年控除されている住民税は、前年分の所得に対して決定された税額になります。そのため、欠勤中の給与・賞与の発生がない期間についても、従業員が支払う必要があります。
(2)控除不可能な住民税について
社会保険料と同様に先に預かることを優先して考えましょう。立て替えたケースでは回収が困難なケースも考えられます。回収をあきらめた場合については社会保険料の時と同様に給与課税が行われると考えられます。

 
3 おわりに
回収をあきらめた社会保険料、住民税は給与課税という話をしてきましたが、退職金規定など種々の問題をクリアできるならば、退職金としての処理も可能かと考えます。しかし、回収をあきらめたお金は会社の大事なお金であることには変わりありません。こういうケースでは今、目の前で起きていることに気持ちが行きがちですが、こういったことが控えていることも忘れずに手を打ってください。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット北海道 会長 安藤 壽建  /  本文執筆者 弁護士 倉茂 尚寛、社会保険労務士 岩野 浩介、税理士 坂本 文彦



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