第191回 (平成29年12月号) SR愛知会
「ルール通りに仕事をしてほしい」
「こっちのやり方のほうが効率がいい!」
「ルール通りに仕事をしてほしい」
「こっちのやり方のほうが効率がいい!」
SRネット愛知(会長:田中 洋)
N協同組合への相談
ビル清掃業を営んでいるP社。一般的な清掃のほか、外壁や窓清掃も行っています。社員はもちろん、アルバイトであっても初期研修や定期研修を行い、清掃のノウハウや安全第一で業務を行っているため、取引先からの評判はよく、それが社長の誇りです。
Bさんは中途入社でP社へ入社しました。前職も清掃業界だったということで、社長とも話が合い、期待もしていたのですが、研修は真面目に来ない、P社とは違うやり方で仕事(清掃)を進めようとするので現場が混乱してしまうと、部長から相談されました。
Bさんに指導するものの「前はこういうやり方で問題がなかった」と言うばかりでP社のやり方を全面否定。さらに些細なミスや雑な対応でクレームも多くなってきました。さらに手袋をしない、ヘルメット着用が必要な場所でも被らない等で指を切る、転んで頭を打つなど月に2度、3度の通院が増えてきました。このままでは大きな事故にもつながるおそれがあるので、再度社長からBさんにP社のルールに沿った清掃手順と、安全具の着用を求めましたが、「効率が下がる、(安全具は)邪魔だ」と聞き入れません。Bさんは態度を変えず自分のやり方で勤務を続けていますが、周りの社員も戸惑い、またBさんに何も言わない(ように映る)社長に不満を持っているようです。社長はどのような対応をしたらよいか困ってしまいました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業P社の概要
-
- 創業
- 2001年
- 社員数
- 正規12名非正規30名
- 業種
- ビル清掃業
- 経営者像
清掃会社を経て、創業。現在は自身で清掃業務自体を行うことは少なくなったが、現場にはよく顔を出す。細かいことに気が回るので取引先からは信頼されている。
トラブル発生の背景
自分のやり方でしか仕事をしない社員とのトラブルです。
P社の仕事のルールを守らず、雑な仕事で取引先からはクレームとなり、安全具も適切に使用しないため、自分の不注意から労災事故も起こしています。周りの社員はそんなBさんを放置している(ように見える)社長へ不満を持っています。
ポイント
仕事の手順を守らない社員にどのように対応するべきでしょうか?
また安全具の適切な使用をせず、重大な労災事故となった場合、P社にはどのようなデメリットが想定されるでしょうか? 社長は今すぐの解雇等は考えていないようですが、Bさんの行為は解雇事由に相当するのでしょうか?
Bさんへの対応と、今後の注意点などE社の社長へよきアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:橋本 修三)
1 会社は安全配慮義務違反を問われるのか?
会社の安全配慮義務違反に起因するものと認められる労災事故が発生した場合、会社には社員に対する損害賠償義務が生じることになります。判例では、この安全配慮義務は、業務の遂行が安全になされるよう使用者として予測される危険等を排除するに足る物的・人的諸条件を整える義務と理解されていますが(陸上自衛隊第331会計隊事件・最判S58.5.27)、会社に安全配慮義務違反が認められるためには、安全配慮義務違反を主張する社員の側で同義務の具体 的内容を特定して、その不履行を主張立証する必要があるとされています(航空自衛隊芦屋分遣隊事件・最判S56.2.16)。
今回の事例に沿って検討すると、P社はBさんに対し、清掃業務を遂行するにあたって予測される危険等を排除するに足る物的・人的諸条件を整える必要があるといえます。具体的には、P社も指示していますが、清掃作業に伴う事故を避けるために安全具を支給したりすることや、当該業務に適した清掃用品を用意すること(物的条件)、Bさんに対して清掃手順や安全具の着用を遵守させられる人的組織や管理監督体制を整えること(人的条件)などが必要であると考えられます。
したがって、BさんがP社の注意・指導を聞かないからといって、Bさんの危険を伴う作業を容認していると評価されるようなことは行ってはいけませんし、Bさんが作業手順や安全具の着用を遵守することにつながる体制を整える必要があります。こうした物的・人的諸条件の整備が不十分であると評価されると、P社に安全配慮義務違反が認められることがあり得ます。
2 社員を解雇することができるか
解雇とは、使用者による労働契約の解約ですが、どのような場合でも解約できるわけではありません。解雇には「客観的に合理的な理由」が存在するだけでなく、解雇を選択することが「社会通念上相当」であることを要するものとされています(労働契約法第16条)。この要件を充たしていない解雇の意思表示は、解雇権の 濫用として無効とされます。この相当性判断は、厳格で、一般的には解雇事由が重大な程度に達しており、ほかに解雇回避の手段がなく、かつ労働者の側に宥恕すべき事情がほとんどない場合にのみ解雇相当性が認められるとされていま す(菅野和夫「労働法」第11版739頁)。
勤務態度不良を理由とする解雇の有効性については、多数の判例があります。解雇を相当とした例としては、業務命令に一貫して従わず、反抗的な態度を示したことなどを理由とした解雇を相当とした判例(小野リース事件・最判平成22.5.25)や、飲酒癖やそれに伴う勤務状況、欠勤などを理由とした解雇を相当とした判例(インフォプリント・ソリューションズ・ジャパン事件・東地H23.3.28)などがあります(なお、解雇を無効とした例としては、高知放送事件・最判昭和52.1.31、西武バス事件・最判平7.5.30などがあります)。
Bさんは、P社から指示された仕事の作業手順を守らないばかりか、安全具の使用も拒んでいることからすれば、勤務態度不良といってよいですが、これだけをもって直ちに解雇をするのは相当ではないと考えられます。やはり、Bさんを解雇するにあたっては、P社からの業務指示に反した事実に対して、口頭で注意するだけでなく前段たる措置としての懲戒処分を積み重ねておく必要があるというべきでしょう。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:飛田 あゆみ)
Bさんを解雇(懲戒)処分とすることはできるでしょうか?
使用者が労働者を懲戒するには、就業規則で懲戒の対象となる事由(懲戒事由)と懲戒処分の種別(種類)が定められていなければなりません。いかなる場合にいかなる罰(処分)がなされるかについて、事前に就業規則においてルール化すること、社員への周知がされていることが求められます。今回の懲戒手続きは、まず口頭による注意、指導を行い、警告書を出して自署してもらいます。改まらない場合は始末書を提出させます。始末書には、日付と指導内容を記載し、発するに至った経緯を具体的に明示し、二度と起こさない決意と改善策を本人に書いてもらって保管しておきます。その後も改善されない場合には、減給、次は出勤停止を行います。大事なことは、就業規則に定めたようにきちんとプロセスを踏んで進めていくことであり、同じ職場の人たちに不満を持たれないためにも、公平に客観的に証拠を残すことです。
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法第16条)とされており、慎重に検討する必要があります。就業規則と労働契約書(労働条件通知書)に、どんなときに解雇されることがあるか(解雇事由)をあらかじめ示してあることが必要です。
また、解雇する際「①少なくとも30日前にその予告をしなければならない②30日前に予告をしない使用者は、平均賃金の30日分以上を支払わなければならならない」という手続きがありますが、これらはそもそも解雇が有効であることが前提であり、解雇予告手当さえ払えば解雇できるということではないので注意が必要です。
今回のケースは、懲戒事由を懲戒の種類ごとに列挙し、「正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき」に該当すると考えられますが、実務上はその都度、懲戒の種類と程度、懲戒の理由及び適用する就業規則規定の条文を記載した書面を交付すべきと考えます。書面を交付することは、懲戒の内容を明確にして、そのような行為は許さないという、使用者から労働者に対する、制裁の強い意志を示すことになります。また、懲戒処分を行うに際し、就業規則や労働契約上、弁明の機会の付与に関する規定がない場合であっても、特段の支障がない限り、労働者に対して弁明の機会を与えることが望ましく、弁明の機会を与えずに行われた懲戒処分は、無効となる可能性があります。
就業規則等に懲罰委員会の設置がある場合には、懲罰委員会を招集し、事実確認、本人の審問及び異議申し立ての聴取を行った上で検討し、処分を決定する必要があります。
Bさんが労働災害に被災した場合
労災事故が発生した場合、当該事業主は、労働基準法により補償責任を負わねばなりません。
しかし、労災保険に加入している場合は、労災保険による給付が行われ、事業主は労働基準法上の補償責任を免れ、労災保険で補償を受けることになります。会社は、労働災害を防止するため、労働安全衛生法に基づく安全衛生管理責任を果たさなければならず、安全衛生規則第539条では、労働者にも保護帽の着用を義務づけており、労働者は保護帽を着用しなければなりません。労働者がこの規程を遵守しなかった場合には50万円以下の罰金刑に該当する可能性があります(労働安全衛生法第120条第1号)。
労働者の責任により労働災害が発生した場合、労働基準局通達では「重大な過失」と判断され、保険給付の全部または一部を行わないことができるとされており、労災保険の給付制限という可能性も出てきます。会社としては、そうならないためにも労働者に対し、作業安全の周知徹底をする責務が求められます。
税理士からのアドバイス(執筆:中村 拓己)
労災事故が発生し休業した際の、住民税や社会保険料の自己負担分及び税務上の取り扱いについて、確認します。
労災で休業した際の社会保険料については、会社に納付義務があるため、自己負担分についても会社が立て替えて支払をすることになります。会社は一時的に立て替えている状況となりますので、社員から立替分を徴収することとなります。給料は発生していなくても会社は社員から社会保険料の自己負担分を徴収する必要があります。徴収方法については、休業中に毎月振込みで回収でもよいですし、休業後の給料から天引きでもよいですが、休業が長期化すると立て替えた金額が多くなるため、会社としては回収もれに注意する必要があります。
住民税については前年の所得に対して課税される税金ですので、休職中で給料が支払われていなくても、前年の所得があれば納税が発生します。特別徴収で毎月給料天引きしていた場合は、会社に徴収義務があります。社会保険の自己負担分と同様、会社が一旦立て替えて納税をし、社員から徴収することになります。ただし、退職や休職の場合には、6月1日から12月31日までに市町村に申請をすれば、給与または退職金から一括徴収するか一括徴収しない場合には本人納付かの選択が可能です。普通徴収を選択すると、会社としては住民税の徴収義務はなくなり、本人が納税義務者となりますので、会社が立て替えて納税する必要はなくなります。
給料の源泉所得税については、その月の給料に対して課税されます。したがって、休職中で給料が発生しないと源泉所得税も発生しないので、源泉徴収の必要はありません。労働基準法第76条の規定に基づく「休業補償」(労働者が業務上の負傷等による休業した場合)については、非課税所得(所得税法第9条、所得税法施行令第20条)となるため、課税はされません。
また、勤務先の就業規則に基づき、労働基準法第76条第1項に定める割合を超えて支給される不加給付金についても、損害賠償金に相当するものとして非課税所得となります。労働基準法第26条の規定に基づく「休業手当」(使用者の責に帰すべき事由により休業した場合)については、給与所得となります。仮に、社会保険料自己負担分や住民税を社員から徴収をしないで会社負担とした場合については、その社員に対する経済的利益として給与となります(所得税基本通達36-31の8)。給与課税となりますので、源泉所得税を計算する際には加算することになります。
また、事故による見舞金については、社会通念上相当と認められる部分は給与課税の対象外で、福利厚生費となります。
今すぐ解雇等は考えていないとのことですが、解雇の際に支払われる解雇予告手当については、給与所得ではなく退職所得となります(所得税基本通達30-5)。退職所得は退職所得控除(勤続年数×40万円、勤続年数が20年を超える場合には800万円+(勤続年数-20年)×70万円)がありますので、解雇予告手当が退職所得控除額以内であれば、源泉徴収税額は発生しません。大抵の場合は源泉所得税は発生しないのではないでしょうか。ただし、「退職所得の受給に関する申告書」の提出がなかった人については、支払金額の20.42%を源泉徴収しなければならなくなります。いずれにおいても、天引き及び納税(原則支払月の翌月10日が納期限)を忘れないよう注意が必要です。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット愛知 会長 田中 洋 / 本文執筆者 弁護士 橋本 修三、社会保険労務士 飛田 あゆみ、税理士 中村 拓己