第187回 (平成29年8月号) SR山梨会
「休日出勤をしました」
「仕事をしていた形跡がないが、払うべき??」
「休日出勤をしました」
「仕事をしていた形跡がないが、払うべき??」
SRネット山梨(会長:高岡 伸次)
O協同組合への相談
L社はクチコミで顧客拡大をしてきたエステサロンです。社員も休みを取りやすいように、定休日を設定しワークライフバランスに取り組 んでいます。Eさんは、創業からアルバイトでサロンを手伝ってくれ法人化した際に社員となった人物で、社長は心から信頼していました。ところが給与計算をしているWさんからEさんの件で相談があると言われ、聞いてみると、「このところEさんの休日出勤が多い」「もう半年以上休日出勤している状態」。確かに少し給与が多いような?と思っていた社長ですが、改めてEさんの勤務表を確認すると、ほぼ毎週休日出勤していることがわかりました。さらにWさんは「実はこの休日出勤ですが、仕事をしていた形跡がないんです」と言ったため、社長はビックリしてしまいました。Eさんは鍵を持っているためサロンへの出入りは自由です。また他に休日出勤している人がいないため、本当に仕事をしていたかがわかりません。Wさんによると「どうしてもという顧客からの予約がある、事務処理がある等理由を言われるのですが、予約はすべてキャンセルですし、ファイルサーバーにもコピー機にもアクセス履歴がないんです。疑いたくはないのですが、あまりに休日出勤が多いので調べてみました」と資料を出してきました。すぐにEさんに休日出勤について聞いてみましたが、やはりWさんに言ったことと同じことしか言いません。もし本当に仕事をしていたのであればしっかりその分を支払うことには問題はないのですが、仕事をしていない分をわざわざ支払うことはしたくありません。今後はなるべく休日出勤をしないようにとEさんに伝えましたが、1カ月もするとまた休日出勤をしたという勤務表となっていました。どのような対応をしたらよいのか社長は困ってしまいました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合企業L社の概要
-
- 創業
- 2001年
- 社員数
- 正規5名非正規5名
- 業種
- エステ業
- 経営者像
大手化粧品会社から独立し隠れ家的エステを開業。丁寧な施術が評判を呼び、クチコミで顧客が増え、現在は2店舗を展開。自身も施術に入ることが多いため、経理や労務は部下に任せている。
トラブル発生の背景
休日出勤の社員について仕事をしている実態がなくても休日出勤手当を支払わなければいけないのかというトラブルです。社長としては実
態のない休日出勤手当は支払う必要はないと思っています。
ポイント
しっかりと仕事をしている人についてはしっかりと給与を支払うスタンスのため、本当に休日出勤をして仕事をしていれば支払うつもりはありますが、どうやってその実態を把握したらよいのか困っています。支払わなくても問題はないでしょうか? 今までの休日出勤分を返還してもらえるのか? また勝手に休日出勤をしないようにするにはどうしたらよいのか、Eさんに対し、どのような対応をすればよいのか、今後の注意点などL社の社長へよきアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:後藤 英恵)
1.休日出勤手当を支払う必要があるか?
どれだけ証拠を集められるかで判断が変わってきます。事業主が、労働者に対し支払う賃金の本質は、労働に対する報酬、労働の対価です
(民法第623条参照)。労働の対価ですから、労働が実際になければ対価を支払う必要もありません。休日出勤手当も同じです。今回のケースが悩ましいのは、一方で「勤務表」や「Eさんの言い分」等の「労働をしていた」と思わせるような要素があり、他方で「顧客からの予約はキャンセル」「ファイルサーバーにもコピー機にもアクセス履歴がない」等の「実際には労働をしていなかった」と思わせる要素があり、どちらが真実か判断に迷う点です。できる限り証拠を集めるのが重要です。例えば、もし店舗の入口に防犯カメラがあれば、その録画にEさんが出入りする姿が写っていれば、何月何日の何時に店舗に来て何時に帰ったのか把握できます。休日の録画を確認して、Eさんが写っていなかったら、Eさんが休日に出勤していなかったとわかります。でも、たとえ録画にEさんが写っていたとしても、実は店に出てきただけで、仕事はせず、自分の携帯電話をいじって遊んでいただけかも? 疑いは残ります。決定的な証拠が手に入らなければ、Eさんと率直に話し合うのが最善でしょう。「あなたは
顧客から予約がと言うけど、予約はキャンセルだし、事務仕事をしていたと言うけど、アクセス履歴はない。具体的にはどんな仕事をしていたのか」と尋ねてみましょう。そこでEさんの説明を聞いて、納得がいけば、L社も気持ちよく休日出勤手当を払えます。納得いく説明がなく、疑いが残った場合は、悩ましいですが、「すでに過ぎた日付の休日出勤分の手当は勤務表どおり支払う。けれども今後は、確かに労働していたとはっきりわからない分は支払わない」とEさんに警告するぐらいが無難かもしれません。
2.どうやって労働の実態を把握するか?
どうすれば「確かに労働していたとはっきりわかる」ようになるでしょうか。厚生労働省の発表した『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン』が参考になります。ガイドラインは、①労働者の出勤・退勤を使用者が現認するか、②タイムカードやICカード等の出勤・退勤時刻を機械的に記録するか、いずれかを推奨しています。労働者本人からの自己申告制は原則としてとるべきではありません。
今回のケースでは、L社は「勤務表」によって労働の実態を把握していました。この「勤務表」とは、どのようなものだったでしょうか。もし、労働者であるEさん本人が手書で書き込むような用紙なら、自己申告制です。自己申告制は、申告内容が虚偽ではという疑いの余地を残してしまうので、ふさわしくありません。L社がとるべき対処としては、①タイムカード等の機械的方法で労働時間を把握する、②休日は抜き打ちで誰かが店舗を見回ってみる、③休日出勤については、労働者から事前に何をするために出勤するのか記載した勤務予定表を提出させ、上司が許可し、さらに、事後に結局何をしたのか結果報告書を提出させ、上司が承認する、という方策の導入等が考えられます。
3.今までの休日出勤手当を返還してもらえるか?
これも証拠によります。Eさんが実際には労働していなかったことを示す証拠が手に入れば、返還請求できます。疑わしいけれど証拠がない場合、返還請求は難しいでしょう。L社としては、過去の分を取り返すことを考えるより、今後の予防策を考えるのがよいのではないでしょうか。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:高岡 伸次)
労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下におかれている時間」をいいます(三菱重工業長崎造船所事件:最高栽判例平成12.3.9)。
そして法定労働時間を超えた場合、会社は原則として割増賃金を支払う必要が生じます。また、労働時間など法律に違反した場合には罰則が適用されます。会社には、従業員の労働時間を適切に管理すべき責務があり、会社が部下の不必要な休日出勤などを管理する義務があります。労働基準法は、使用者は労働者に対し、「毎週少なくとも1回」あるいは「4週間を通じて4日以上」の休日を与えなければならないと定められています。またこの労働基準法で定められている休日には「法定休日」と「法定外休日」があり、割増賃金率が変わってきます。法律上会社が3割5分以上の割増賃金を支払う必要があるのは、「法定休日に労働させた場合」です。つまり、土・日曜休みの会社で土曜日に休日労働をさせた場合でも、日曜日に休めば「法定休日」を満たしていますので、土曜日の出勤に対して3割5分以上の割増賃金を支払う必要はありません(ただし、土曜日の出勤によってその週の労働時間が40時間を超えた場合には、超えた時間に対し2割5分以上の割増賃金が必要になります)。
今回、就業規則に「時間外労働、休日労働及び深夜労働を行う従業員は、事前に会社の指示又は承認を得なければならない」というような規定を設けていたかがポイントです。会社の指示や承認を受けてない、または承認されていない労働は、労働時間とは言えず、原則的に休日割増賃金を支払わなくてもかまわない場合もあります。また、就業規則に「許可のない時間外労働及び休日労働は認めない」「違反した者は懲戒処分の対象とする」旨の規定を記載することも重要です。
一方、会社が事前に休日勤務を行うことを知っていたにもかかわらず、従業員にやめるよう注意をしないで、放置していたような場合は、注意が必要です。会社は休日勤務を黙認していたと判断され、この場合は労働と見なされ、休日割増賃金の支払いが発生する場合があります。今回のケースは、休日出勤を会社として明確に禁止していない状態で、実際に従業員が休日勤務を行っていたので、会社は休日勤務を黙認していたと判断される可能性が高いと思われます。したがって、原則的には休日労働をした時間に対して、会社は休日割増賃金を支払うことになります。時間外労働や休日労働を行うときは、その都度、書面で会社の指示や承認を義務付けて、「必要でない」と会社が判断したときは、承認しないこと、禁止することが重要です。会社は、常日頃から従業員に就業規則の内容等を十分に理解させ、会社も就業規則に記載しているとおりに運用することを行ってください。さらに従業員の業務の実態把握、教育指導のために1日の労務日報の提出の義務化をお勧めします。
税理士からのアドバイス(執筆:大森 明郎)
給与の支払いをする者は、その支払いの際に、その給与について所得税を徴収し、その徴収した日の属する月の翌月10日までに、徴収した所得税を国に納付しなければならないことになっています。そして、通常は年末調整という手続きを通じて、その1年間に支払いを受けた給与の税額が精算される仕組みになっています。今回の相談事例のケースで、Eさんに支払った賃金を返還してもらうこととなった場合には、Eさんに支払った賃金から徴収した所得税が過大となってしまいます。それとともに、貴社が国に納付した所得税も過大になってしまいます。このような場合には、支払った賃金をEさんから返還してもらった後に、貴社が所轄税務署に還付請求することにより貴社に、過大納付したことになっている所得税が還付されます。そして、還付された額を貴社がEさんに返還することになります。
それでは、この場合の手続きを具体的に説明しますが、返還してもらう賃金が当年分賃金なのか、前年分の賃金なのかによって手続きが少し異なります。まず初めに、返還してもらう賃金が当年分の賃金である場合には次のような手続きをとります。当初源泉徴収の対象となったEさんへ支払った賃金の返還を受けた後に、なるべく早期に「源泉所得税の誤納額還付請求書」を所轄の税務署長に提出しなければなりません。
その後、提出した「源泉所得税の誤納額還付請求書」に基づき過大納付となっていた所得税が、貴社に還付されますので、この額をEさんに返金します。ただ上記の「源泉所得税の誤納額還付請求書」に代えて「源泉所得税の過納額充当届出書」を所轄の税務署長に提出し、過大納付となっている金額を「源泉所得税の過納額充当届出書」を提出した日以後に貴社が納付すべきこととなる給与等に対する源泉徴収税額から控除することによって、その過大納付となっていた所得税をEさんに返金する方法もあります。一般的にはこの方法によることが便利かと思われます。次に返還してもらう賃金が前年分の賃金である場合には、上記に説明した手続きに加えて次のような手続きが必要になります。まず前年分の年末調整の再計算をし、Eさんの前年分1年間に受けた給与の所得税の精算をして過大納付額の算出をしなければなりません。
もう一点、返還してもらう賃金が前年分の賃金である場合には、個人住民税に関しての手続きも必要になります。1月1日現在において給与の支払いをする者で、その給与の支払いをする際所得税を徴収する義務があるものは1月31日までに、その給与の支払いを受けている者についてその者に係る前年中の給与所得の金額その他必要な事項を記載した「給与支払報告書」をその給与の支払いを受けている者の1月1日現在における住所所在の市町村の長に提出しなければならないことになっています。そして市町村は、この提出された「給与支払報告書」に基づき住民税を賦課決定してきます。このような手続きにより住民税が賦課決定されているので、すでに提出済みの「給与支払報告書」に記載されたEさんの給与所得の額が過大になっているので賦課決定された住民税も過大になっていますので、これを訂正する必要があります。この過大となっている給与の支払い額を訂正する手続きに関しては、地方税法に規定がないようです。実務では、一般的に訂正した「給与支払報告書」を提出することにより対応しているようですが、「給与支払報告書」の提出前に市町村の個人住民税課にどのような手続きをとったらよいのか問い合わせをすることをお勧めします。
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SRネット山梨 会長 高岡 伸次 / 本文執筆者 弁護士 後藤 英恵、社会保険労務士 高岡 伸次、税理士 大森 明郎