第184回 (平成29年5月号) SR高知会
「有給休暇の日に残業しました」
「残業代を支払ってください」
「有給休暇の日に残業しました」
「残業代を支払ってください」
SRネット高知(会長:結城 茂久)
O協同組合への相談
社長以下、業務には一丸となって取り組むことで顧客の信頼を勝ち得てきたJ社。入退社の出入りもあるが、少数精鋭で経営は軌道にのっています。総務経理部長のIさんから質問があったのは、大きな商談の納品が無事終わり、社員全員が一息ついたころでした。
「社長、Kさんの勤怠承認なんですが、どうしたらいいでしょう?」「どうしたの?」「有給取得日に残業申請が入っています」「…??」
話を聞いてみると、納期が迫った数日前、Kさんは有給休暇を取得していましたが、納期が心配になり、J社の定時過ぎから2時間ほど出勤し、仕事をしたとのことでした。
「誰か連絡して出勤させたのか?」「いえ、本人が自分で来たようです。どう処理したらいいのでしょう?」「うーん…」
仕事に責任感が強いKさんはもともと長時間労働ぎみだったため、今回の有給休暇も会社の進めで取得したものでした。それでも仕事の進捗が気になり、やっぱり仕事をしにきてしまったということでした。有給休暇中の残業というは今まで申請もなく、聞いたこともなかったので計算の方法もわからず社長はどのように対応するのがよいのか、困ってしまいました。とりあえず給与支給日が迫っていたため、Kさんには承諾を得て一端いつもの月額を振り込むことにしました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業J社の概要
-
- 創業
- 1991年
- 社員数
- 正規21名 非正規8名
- 業種
- システム開発業
- 経営者像
システムエンジニアだった社長がコツコツと1人で作り上げてきた会社。5年ほど前から経営と営業に専念している。
トラブル発生の背景
長時間労働気味の社員に有給休暇を進め、取得したものの当日やはり出勤して仕事をしてしまったというケースです。特に上司等から出勤要請があったわけではなく、本人判断での出勤でした。会社としては、有給休暇についても、残業についても付与したくないわけではなく、処理方法がわからず困っています。
ポイント
有給休暇日の残業はどのような取扱いとなるのか? 処理方法(計算方法)はどのようなものになるのか? 有給休暇も含めた、今後の勤怠管理はどのようにしたらよいのか? 会社の対応、注意点などJ社の社長へよきアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:結城 優)
まず、Kさんが有給休暇中に出勤し仕事をした時間の取扱いについては、当該時間が「労働時間」に当たるかどうかによって決まります。
この点、行政解釈や最高裁判例によれば、労働基準法(以下、労基法)上の「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいいます(三菱重工長崎造船所事件・最判平12.3.9労判778号11頁)。もっとも、使用者の業務への従事が必ずしも常に使用者の作業上の指揮監督下になされるとは限らないことから、労働時間か否かについては、当該活動の業務性も指揮監督を補充する重要な基準になると考えられており、労働時間を「使用者の作業上の指揮監督下にある時間または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間」と定義する考え方が現在では有力です(菅野和夫「労働法」第11版補正版478頁)。なお、完全な自発的残業については、業務性があっても、指揮命令関係がなく、労働時間には当たらないことがあり得ます。
本件について検討すると、少なくとも明示的にはJ社からの業務命令としての出勤命令はなかったようです。もっとも、J社として、納期との関係でKさんが出勤せざるを得ない状況にあったことを把握しており、その状況を解消するような措置も採られていないとなれば、Kさんによる完全な自発的残業ともいえず、黙示の業務命令(出勤命令)があったものとして、Kさんが有給休暇中に自主的に出勤して仕事をした時間は「労働時間」に当たると判断される可能性が相当程度あります。この場合、J社としては、Kさんの実労働時間に対応した通常の賃金を支払う義務があります。
上記のような「労働時間」に当たるか否かについて争われることもしばしばありますが、本件では、Kさんは有給休暇中に出勤した時間中、確かに納期が迫った仕事に従事していたようですし、J社としてもその分の賃金を支払いたくないという姿勢ではないようですから、今回、Kさんが有給休暇中に労働した時間については、実労働時間分の通常の賃金を支払うのが適当な対応であると考えます。なお、有給休暇取得日は、単に労働者の就労義務が免除されるのみであって、休日扱いとなるわけではありませんので、休日割増は必要ありません。
ただし、会社としては、業務上の必要性がない場合にまで、社員が頻繁に自主的に有給休暇中や休日等に出勤してくることは、避けるべき事態です。Kさんに対しても、今回については実労働時間分の賃金を支払いつつも、今後は会社の業務命令なく自主的に出勤したとしても基本的に賃金を支払わない旨を日頃から注意・指導しておくべきでしょう。また、特定の社員のみならず、社員全体としてそのような状況が散見されるようであれば、社内通達で同様の内容をアナウンスしておく等の対応もあり得ます。なお、J社に年次有給休暇の半日単位付与や時間単位付与の制度がないのであれば、これらを新たに規定することで、より柔軟な制度設計としておくことも一つの対策として考えられます。
その他のリスクとして、Kさんはもともと長時間労働気味であったとのことですから、そのような社員が有給休暇中に出勤せざるを得ないような状況を会社として放置、黙認していたとされれば、万が一、当該社員が長時間労働によって心身に支障を来したような場合、会社が社員に対して負う健康配慮義務や安全配慮義務を怠ったとして、損害賠償責任を追及されるリスクもあります。会社としては、そのような最悪の事態も想定した上で、今後採るべき対応を検討すべきです。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:秋山 直也)
責任感が強いため仕事のことを心配して、有給休暇の日にもかかわらず出勤してきたKさんですが、そもそも労働時間とは何かを考えてみると、労基法第32条に定める労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かによって客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である」(三菱重工長崎造船所事件・最判平12.3.9労判778号11頁)とされています。
したがって、前述の定義に該当している場合には、労働時間と認められ労働の対価としての賃金支払いが必要となります。また、明確な指示はないものの、労働者が労働していることを黙認している状況であれば、労働者に対して黙示の指示をしたものとして、労働時間とされる可能性は高くなります。
今回のケースに当てはめた場合、Kさんが会社や上司等からの指示を受けることなく、自主的に出勤したことから、労働時間とはいえないものと判断される可能性はあり、したがって、本人から出された残業申請は認められないということも考えられます。
しかしながら、Kさんの仕事に対する情熱を汲み取りたいとして、「労働者に対して黙示の指示をしたもの」とし、社長が特別に残業と認め、残業代を払うことになった場合、残業代の計算方法をどう考えたらよいかということですが、労基法では、労働時間について「1日8時間、1週間につき40時間を超えて労働させてはならない」と規定しています(労基法第32条)。これが「法定労働時間」であり、 この時間を超えて働かせた場合が労基法でいう「時間外労働」となります。
なお、この労働時間のカウントの方法については、労基法では「実労働時間主義」をとっています。これは行政通達として「法第32条または第40条に定める労働時間は実労働時間をいうものであり、時間外労働について法第36条第1項に基づく協定及び法第37条に基づく割増賃金の支払を要するのは、右の実労働時間を超えて労働させる場合に限るものである。したがって、例えば労働者が遅刻をした場合その時間だけ通常の終業時刻を繰り下げて労働させる場合には、1日の実労働時間を通算すれば法第32条または第40条の労働時間を超えないときは、法第36条第1項に基づく協定及び法第37条に基づく割増賃金支払の必要はない」(昭29.12. 1 基収6143、 昭63. 3.14 基発150、 平11. 3.31 基発168) があるためです。
したがって、例えば、始業時刻が午前9時で終業時刻が午後6時(休憩1時間) の場合で、 午前11時に出社して午後8時まで働いたとしても、 実際に働いた時間、すなわち「実労働時間」は2時間遅刻した日に2時間残業し、 差し引きすれば法定労働時間である8時間以内であることから、時間外労働として扱わなくてもよいということになります。
この考え方は、年次有給休暇を付与した場合も同様と考えます。それは、 年次有給休暇は、 遅刻の場合と異なり、正当な労働者の権利として認められているものではありますが、労基法第37条に定める割増賃金が、あくまで法定労働時間を超えて働かせた場合、すなわち実際に長時間労働に従事させたときに、その補償として支払いが義務づけられるものだからです。例えば、午前に半日年休を取得した者が、午後1時から出社した場合では、午後1時からの実労働時間が8時間を超えない限り、時間外手当を支払う必要はないということになります。
そのため仮にKさんに残業代を払うとしても実労働時間が8時間を超えているわけではないので、2割5分以上の割増賃金での残業代を払う必要はなく、通常の賃金の2時間分を支払うことでかまわないということになります。
今回のご相談ですが、Kさんの残業の申請方法からみると、会社の残業の管理のあり方に問題があるように思われます。残業をする場合には、基本的なルール(残業が命令によるものであることや事前に許可を受けることなど)を定め、会社がしっかりと残業の管理をすることで、Kさんの長時間労働といった問題や引いては今回の相談の件も発生しなかったのかもしれません。今後は残業時間を含めた勤怠の管理を改善する必要があると思います。
税理士からのアドバイス(執筆:高木 学而)
今回の事案は、会社を思うがゆえに従業員が自主的に残業を行い、それに対して、社長が報いてあげたいという考えのもとに発生したと思われますが、その一方で、昨今、残業代の未払い等に関し、その支払いをどのように処理するべきなのか、ということが無視できない問題になっています。
では、有給休暇中の残業について、税務上どのように対応すべきか、考えてみたいと思います。
まず、税務上の処理方法につき混乱が発生する理由としては、会社の残業代の支払い方法が二つに類型化されます。
いわゆる損害賠償金的な性質に基づき、残業代を一時金として支払う場合及び過去の給与の後払いとして支払う場合があり、そのいずれかによって、処理方法が違うからです。
会社の処理については、前述のどちらの場合をもってしても支払をした期の損金として取り扱うことになります。企業会計原則に従う法人税では、過去の事業年度にかかる損益についても当期の損益として認識するという企業会計の方法に原則従うことになっています。
一方、従業員の処理については、場合分けが発生します。過年度の残業代を一時金として納付を受けた場合にあっては賞与と同等となるため、その支払いを受けた年分の所得として扱われることとなります。
しかし、過去の実労働時間に基づく未払い残業代を過年分の給与の後払いとして納付を受けた場合にあっては、本来の各支給日に支払うべきであった残業代を一括で支払ってもらったことになり、本来の支給日の属する年の給与所得になってしまいます。当然、会社は残業代を支払った各従業員の所得税の年末調整をやり直した上で、納付不足となっていたであろう所得税を未払残業代として支払った月の翌月10日までに納付することになります。
年末調整のやり直しとともに、各自治体に対して住民税の計算基礎となる給与支払報告書の再提出も必要となります。また、従業員が、医療費控除や住宅ローン控除の適用を受けるために確定申告を行っている可能性もありますので、その場合には、会社は当該従業員に対し、過年度の給与所得が増えたことによる修正申告の必要性を通知し、促すことが必要となります。
また、上記に付随し、会社は社会保険料の取扱いについても考慮しなければなりません。一時払いのケースであれば、所得税の場合と同じく賞与として取り扱うことになるため、過年分の社会保険料及び労働保険料の計算の修正は必要ないことになります。ただし、過去に遡って給与を修正して支払う後払いのケースの場合においては、その未払い残業代が過去の年度の4月から6月に対応するものであれば、社会保険料の算定基礎届出の修正が必要となります。労働保険料等の申告書再提出も必要となるでしょう。今回のように善意によるものにしろ、故意によるものにしろ、残業代の問題はこれからかまびすしくなってくるトピックですので、留意していただきたいと思います。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット高知 会長 結城 茂久 / 本文執筆者 弁護士 結城 優、社会保険労務士 秋山 直也、税理士 高木 学而