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第183回 (平成29年4月号) SR北海道会

「営業手当だけでは無理です」
「今までの分の精算と残業代を払って下さい」

SRネット北海道(会長:安藤 壽建)

M協同組合への相談

Y社は家族経営から徐々に規模を大きくしてきた会社で、社内でも創業者一族(親族)がかなり多く在籍しています。その他の社員についても、すでに10年以上勤務している社員が多く、特に大きな労務問題は今までありませんでした。

∪さんは中途入社でY社に入社してきました。特に問題もなく入社して1年ほど経ったある日、さんから書面で交際費30万円、残業代60万円の請求書を渡され社長はビックリ。すぐに面談を行いました。

「これはどういうことかな?」「昨年1年間分の精算です。すぐ支払って下さい。」「いきなり請求書だけ貰っても対応できないよ、領収書もないし」「内訳は記載してあるはずです」「君にはちゃんと営業手当を支払っているじゃないか」「営業手当だけでなんて無理です。支払いをしてくれないのであれば、今後は一切飲み会へは参加しません!」

Y社では営業担当には、営業手当を月2万円支給していました。しかしさんが言うには、月に多いときで10回も飲み会という取引先との接待をしてきた、月2万の営業手当ではとても足りずにずっと自腹で支払ってきた、等か上司に相談しても「自分達だってそうしてきたんだ」と何にも対応してくれないので書面で請求することにした、また接待は仕事と同じなのだからその分の残業代も支払ってほしいということでした。

今までそんなことを言ってきた社員はおらず、社長はどのように対応するのが良いのか、困ってしまいました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業Y社の概要の概要

創業
1953年

社員数
正規 15名 非正規 4名 

業種
内装業

経営者像

創業一族の3代目で昨年社長に就任したばかり。まずは現場を知ることと、毎日現場に行き勉強している。経営については、古株の社員に任せていることも多い。


トラブル発生の背景

取引先との飲み会がある営業には、営業手当として支払いをしていましたが、頻繁にある飲み会のため、さんは自腹で対応していたようです。今までの社員も多少の自腹精算があったようですが、さんはこれ以上は自腹対応出来ないと、支払いを求めています。営業のさんが飲み会に一切出ないとなると、会社の営業業務にも多少の支障が出ることは予想され、社長としては今までと同じように飲み会に出てもらいたいと考えています。

ポイント

営業手当はどのような取り扱いなのかY社の就業規則には明記はありませんでした。会社としては、飲み会の多い営業担当への「手当」であり、手当を支払っているのだから、飲み会に出るのも当然、飲み会は残業ではないと考えているようです。

営業の飲み会=接待はどのように考えるべきなのか? 残業代の対象となるのか? 今回は接待費、残業代を支払うべきなのか(領収書はなし、本人内訳記載のみ)? 支払わなくてもよいのか? また今後の会社の対応、注意点などY社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:倉茂 尚寛)

1 Y社は残業代請求に応じなければならないのか

Uさんは、Y社に対して、交際費30万円、残業代60万円を請求しています。Y社は、Uさんの請求に応じなければならないのでしょうか。結論から言うと、Y社は、以下で述べるような事情がない限り、Uさんの請求に応じる必要はありません。

まず、残業代について、検討します。Y社は、Uさんを所定労働時間以外に「労働」させた場合に、残業代を支払う必要があります。「労働」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」とされています(最高裁平成12年3月9日判決・三菱重工業長崎造船所事件)。

いかなる場合に「指揮命令下」に置かれているのかは、飲み会の内容や目的、飲み会の実態等に照らして個別に判断する必要があります。飲み会が、取引先との懇親を目的としており内容も飲み食いが主ものであれば、Y社はUさんを指揮命令下に置いていたということはできないでしょう。これに対して、飲み会の主な目的が取引先との契約交渉や契約締結をする場合、内容が取引先の社長就任パーティなど付随的に飲食が伴うに過ぎない場合、飲み会への参加を強制した場合などには、Y社はUさんを指揮命令下に置いていたといえます。

本件では、Uさんが飲み会に参加せずとも会社の業務に多少の支障が出る程度の影響しかないようですので、主として取引先との懇親を目的とした飲み会であったようです。そうであれば、Y社は、Uさんの残業代の請求に応じる義務はないといえます。なお、仮に、上述のような事情があり、Y社が、Uさんの残業代請求に応じなければならない場合には、Uさんの残業時間の長さ、事業場外みなし時間外労働制(労働基準法38条の2)の適用の有無を検討する必要があります。

 

2 Y社は交際費の請求に応じなければならないのか

次に、交際費について、検討をします。就業規則に交際費の清算をする旨の定めがなく、Y社がUさんに対して飲み会に参加するよう強制していなかった場合、Uさんは、Y社に対して、事務管理に基づき、「有益な費用」の償還請求を主張してくることが考えられます(民法702条1項)。しかし、事務管理は、本人(会社)の意思に反することが明らかな場合には成立しません(民法700条)。Y社は、従前、取引先との飲み会がある営業には2万円の営業手当を支払い、それ以上の交際費の清算をしていませんでした。Y社は、交際費の清算をしてまで、Uさんに飲み会へ参加をして欲しいとは考えていなかったのではないかと思います。このようなY社の方針が明確だったのであれば、Uさんが会社の意思に反することが明確な行為をしたものとして、Y社は、Uさんの事務管理に基づく交際費の請求に応じる必要はないといえます。

これに対し、Y社がUさんに対して飲み会に参加することを強制していた場合、Y社は、Uさんとの労働契約に基づき、30万円の償還をしなければなりません。

 

3 Y社はUさんを飲み会に参加させることができるのか

社長は、今後もUさんに取引先との飲み会に出てもらいたいと考えているようです。社長は、Uさんに対して、業務命令として飲み会に出るように指示をすることができます。ただし、Y社は、このような業務命令を出すのであれば、Uさんに対して残業代を支払わなければなりません。

また、Y社が業務命令を出すのであれば、Uさんに対して交際費の清算をする必要があります。このような場合、就業規則において交際費の清算のルールを定めておく方が望ましいでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:倉 雅彦)

1 労基法では、「労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合は、通常の賃金の計算額の25分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」(労基法37条)と定めています。

今回のケースが残業と認められれば、使用者は労働者に割増賃金を支払う必要があります。割増賃金額は、1時間あたりの通常の賃金額に以下の割増率を乗じて算出します。

①時間外労働…25分以上

②休日労働…35分以上

③深夜労働…25分以上

上記の計算の基となる1時間あたりの通常の賃金額の原則的な算出方法は以下のとおりです。

①時間給者…時給額

②日給者…日給額÷1日の所定労働時間数

③月給者…月給額÷1月の所定労働時間数

特に留意していただきたいのが、分子となる月給等の額です。実は、この月給等に含めないものがあるのです。以下の7つです。

<除外賃金>

①家族手当

②通勤手当

③別居手当

④子女教育手当

⑤住宅手当

⑥臨時に支払われた賃金

1月を超える期間ごと支払われる賃金

これら①~⑦に該当しない手当等はすべてさん算入しなければなりません。また、除外賃金に該当するか否かは、その名称によらず、実質的に判断されます。たとえば①~⑥の手当は、労働者個人の事情により変動する賃金なので除外されています。

ですから、家族手当や住宅手当という名称であっても、その支給方法が個人的な事情によらない場合(住宅手当が全員一律定額で支給されている等)は、除外賃金とはなりませんので注意が必要です。

 

2 労基法では、「賃金(退職手当を除く)、災害補償その他の請求権は2年間行わない場合は、時効により消滅する。」(労基法115条)と、賃金の請求に時効を定めています。

今回のように、過去の残業代未払いが発覚した場合、時効により請求権が消滅する前の2年間分を遡って、賃金計算のやり直すこととなり、大変な負担となります。

後でトラブルにならぬよう、日ごろから労働時間となる範囲を確認し、労働者に周知しておくことが重要でしょう。

よく問題になるものに、休憩中の電話番、出張中の移動時間などがあります。

「休憩時間を自由に利用させなければならない」(労基法34条)との定めにより、休憩中に業務を命じてはいけないこととなっています。電話番等を命じていた場合は、休憩中も労働していたとして残業代を請求される可能性があります。

出張中の移動時間は、原則として労働時間として取り扱わなくてもよいとされています。ただし、移動と業務が業務が密接な場合や、移動中も上司の指揮監督を受けている場合は、労働時間として扱うケースがありますので、社労士等の専門家に確認し、賃金の支払い対象となるか否かを明確にしておきましょう。

税理士からのアドバイス(執筆:坂本 文彦)

1 法人税法上の交際費について

平成2641日以後に開始する事業年度においては、税務上の取扱いは交際費等に該当するものは、期末資本金の額又は出資金の金額が1億円以下である法人については定額控除限度額(事業年度が1年である場合800万円)と交際費等のうち「接待飲食費」の50%に相当する金額のいずれかを超える部分が損金不算入となります。一般的には多くの中小企業が800万円を超えることは少ないと思われます。事実、国税庁が発表している会社標本調査平成26年分によると、資本金1億円以下の法人の場合、全業種の交際費等の平均は116万円ということで、現行の税制においては、交際費等の損金不算入額を税務上加算するケースは少ないと考えます。

 

2 支払ったY社

①Uさんから請求を受けた交際費30万円

事例のケースで会社の交際費に該当するか否かは、法人の業務に関連性が認められるか否かであり、領収書の有無は関係ありません。というのも、ケースとして領収書をもらえない場合や紛失する場合も考えられます。その場合は支払証明書などに㋑支払の日㋺支払先(名称、所在地)㊁支払額㋭支払いの事由等㋬交付を受けられなかった理由等を記入し、作成、保存することにより、交際費とすることは不可能ではないと考えます。ただ、事例のケースでは領収書が全くない、すべて本人内訳記載のみということは、本来の領収書の意義であるところの客観性が疑われます。

となると支払った30万円はどうなるのか。

法人の業務と関連性が明らかでない場合は支給する役員等が任意に処分できるものから、給与の性質を有するものと考えられ、交際費等には該当しないことになります。(措通61の4(1)-12(3))

以上のことからY社にとっては給与等に該当した場合、源泉徴収の義務が発生することを除いては取り立ててデメリットはないと考えます。ただ、事例のケースではUさんは従業員ですが、支払う相手が役員(みなし役員も含む)のケースですと支払った金銭が賞与と認定されると役員賞与の損金不算入の規定により、これについて法人税が発生するケースがありますのでご注意ください。

なお、詳述はできませんが、消費税法の観点から支払証明書の場合、仕入税額控除のための「帳簿」の記載要件として前述の㋑~㋬が重要となることも申し添えておきます。

②残業代として支払った60万円

通常の労務提供と対価として支払ったものであれば、「給与手当」として法人税法上の損金として取り扱われます。当然、源泉徴収の義務も発生します。

 

3 受け取ったUさん

交際費とされた場合はそれについては課税関係が起きませんが、交際費とされなかった場合の30万円と残業代60万円についてはいずれも給与所得に該当するため、Y社に扶養控除等申告書を提出し、年末まで在籍していた場合、これらを加算し、年末調整を行うことになります。

 

4 会社の交際費について

支出する金銭が給与とされないためには、業務に関連する飲食代については領収書等により精算する方法がベストだと考えます。そのために業務関連性、支出金額などを管理する体制作りが必要となります。

事例のように従業員が自腹を切っているという状態が異常であるため、会社が負担すべき経費については当然に会社が負担するというのが本来の姿ではないでしょうか。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット北海道 会長 安藤 壽建  /  本文執筆者 弁護士 倉茂 尚寛、社会保険労務士 倉 雅彦、税理士 坂本 文彦



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