第182回 (平成29年3月号) SR東京会
「事業所閉鎖なんて聞いてない」
「転勤はしない!」「これは解雇だ!」
「事業所閉鎖なんて聞いてない」
「転勤はしない!」「これは解雇だ!」
SRネット東京(会長:小泉 正典)
R協同組合への相談
北海道で創業したS社。北海道で地道に業績を伸ばし、二代目現社長になってから更なる業務拡大を目指し1年半前に東京へ進出してきました。しかし北海道出身の社員だけでは、なかなか東京のカラーに馴染めず、土地勘もないため東京営業所は苦戦。そこで、東京営業所で現地採用をすることにしました。
Yさんは同業他社の営業マンでしたが、何度も同じエージェントで顔を合わせランチなどを一緒にするようになったYさんを社長も東京営業所所長も度々S社へ誘い、勧誘のおかげかS社に入社することになりました。東京出身のYさんに会社も期待していました。
ところがそれから2年ほどで、やはり北海道での地盤をもっと固めようということになり、S社は東京営業所を閉鎖することを決定しました。Yさんの働きぶりは良かったため、Yさんには北海道本社への転勤を打診しましたが、共働きで小学生の子どもがいるため単身赴任になってしまうことを理由にYさんは転勤を拒否、閉鎖と同時に退職することになりました。
東京営業所が閉鎖となる1週間前、東京営業所所長から社長に電話が入りました。「Yさんが会社都合の解雇だと言っています。どうしたらいいのでしょう?」社長はすぐにYさんに電話を入れましたが「いきなり北海道なんて行けるわけないでしょう。しかもたった2年で閉鎖なんて聞いてません!これは解雇ですよね!こっちも生活があるんです!」と取り付く島もありません。解雇者を出すとなにか会社がペナルティを課されるらしいと東京営業所所長から聞いた社長は、どのように対応するのが良いのか、困ってしまいました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業S社の概要
-
- 創業
- 1982年
- 社員数
- 正規 43名 非正規 25名
- 業種
- 旅行業
- 経営者像
地域密着型から徐々に規模を大きくした先代から引き継いだばかりの二代目社長。創業から先代の右腕として、現場にも精通している。事業拡大のため東京進出を計画。普段は北海道本社にいる。
トラブル発生の背景
事業所閉鎖にともなう社員の退職について、自己都合か解雇かという問題が発生しています。東京営業所から急に北海道転勤となったことにYさんは戸惑い、結局退職となりましたが、Yさんの仕事ぶりが東京営業所閉鎖に直接的に作用した訳ではないため、解雇主張をしているようです。
会社としては転勤打診を本人が断ったため、自己都合と考えていますが、実際は、解雇によるペナルティということにも敏感になっているようです。
ポイント
転勤の打診を断った社員の退職理由は、自己都合となるのか、解雇となるのか?(Yさんの場合、東京営業所での現地採用でした。)また、解雇とした場合の会社のペナルティはあるのか?あるとしたらどの様なものなのか?また今後、支店や営業所での現地採用時の注意点など、S社の社長へ良きアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:麻布 秀行)
S社は、Yさんに対して、東京営業所から北海道本社への転勤を打診しましたが、Yさんから共働きであること等を理由に断られてしまっています。
そもそもS社は、Yさんに対して転勤を命じることが出来るのでしょうか? 仮にS社がYさんに対して転勤を命じることが出来たにもかかわらず、これをYさんが拒否して退職したのであれば、Yさんは、自主的に退職したということになります。他方で、S社に転勤を命じる権限が無いのであれば、整理解雇の可能性を検討することになります。
1 まず、使用者が労働者に対し、職務内容又は勤務場所を相当長期間にわたって変更することを命じる権限を配転命令権と呼び、裁判例によれば、次の条件が満たされる場合には、労働者の個別的同意無しに配転を命じることが出来るとされています。すなわち、①労働協約または就業規則、個別労働契約等に会社は業務上の都合により配転を命ずることが出来る旨の規定があること、②実際にそれらの規定に従い配転が頻繁に行われたこと(東亜ペイント事件・最2小判昭和61年7月14日)です。S社の就業規則の内容は不明ですが、仮に転勤に関する規定が就業規則に記載されており、それが周知されていたのであれば、①の条件は満たすことになります(なお、就業規則に配転に関する規定が無くても、労働契約締結に至る経緯等から配転命令権の存在を肯定した裁判例もあります。東京地裁平成18年7月14日付判決参照)。次に、②の条件についてですが、北海道本社から東京営業所に異動している従業員も一定数存在すると思われますので、②の条件も満たしている可能性はあります。
2 それでは、①と②の条件を満たしていれば、配転命令権は何らの制限も受けないのかというとそういうことではありません。まず、採用時に勤務場所を限定する旨の合意が締結されていた場合には、当該労働者の同意なく転勤を命じることは出来ません。この点、Yさんを勧誘した際のやりとり等を詳細に検証する必要がありますが、現地採用されたという事実のみから、直ちに勤務場所を限定する旨の合意を認定することは困難であると考えられます。次に、仮に勤務先を限定する旨の合意が無かったとしても、当該配転命令が権利の濫用と評価されてはいけません。濫用か否かは、1)業務の必要性があるかどうか、2)他の不当な動機・目的があったか否か、3)社員への影響(通常甘受すべき程度を著しく超える不利益)があるかどうかといった観点から判断されます。本件の、共働きであり、子供がいるという事実から単身赴任をすることになるという事実が「社員への影響」との関係でどう判断されるかが問題となります。この点、共稼ぎ夫婦の事情を考慮したうえで配転命令を有効とした裁判例(ケンウッド事件・最三小判平成12年1月28日)等があります。ただ、育児介護休業法などで家庭的責任を有する労働者への保護・配慮規定が強化されたことや、労働契約法3条3項において、仕事と生活の調和に配慮するよう求められていることからすると、今後は、共働きで、子供がいる労働者への対応は慎重に行う必要があるものと思料されます。
3 上記の要素あるいは要件をいずれも満たし、配転命令が有効と判断された場合、Yさんの退職は自主退職と判断されるものと思われます。なお、紙面の都合上、詳述できませんが、仮に上記の要素あるいは要件を満たさない場合には、営業所閉鎖の必要性等を慎重に検討し、整理解雇が認められるか否かを検討する必要がございます。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:小泉 正典)
転勤については、労基法に特に定めがある訳ではなく、転勤は一般的には会社側の裁量で命令することが出来るものとされています。もちろん、最初の雇用契約時、または雇用契約更新時に「転勤しない」「転勤はない」ことが条件となっている場合では、社員の同意なしの一方的な転勤命令は認められません。このような雇用契約を勤務地限定契約などと言ったりします。
それでは、勤務地限定契約をしなかった場合は絶対に転勤に応じなければならないのかと言うと、そうではなく、様々な判例から、1.就業規則等で転勤を命じる規定があるのかどうか2.転勤をする業務上の必要性があるのか3.通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がないかどうか等で転勤命令が有効かどうか判断がなされます。さらに、注意したいのが、育児介護休業法第26条です。労働者の配置に関する配慮として「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」と定められています。
今回のケースでは、東京営業所の閉鎖ということなので、東京での勤務先がなくなるわけですから、他の場所での就業という意味では業務上の必要性はあるように思います。また、勤務限定とまでは読み取れませんので、勤務地限定はなかったものとすると、転勤命令は有効かと思われます。
ただ、似たようなケース(所属係廃止による転勤)で実際の判例においても(子どもの養育ではなく、要介護者がいる社員への転勤命令の是非を問うものでした)、転勤命令を無効としたものがあります(ネスレ日本事件・大阪高判平18.4.14)。この判決でも、社員は転勤が有ることが前提の正社員であり、個別同意なしに転勤を命じる権限は会社にあると認めていますが、社員の実情を調査もせず、育児介護休業法第26条の求める配慮をしないまま、配転(転勤)命令を維持したことは、配転命令権の濫用にあたり無効となっています。会社側は転勤に伴う費用や休暇、赴任支度金等も支給し、「経済的側面からは相当の援助を尽くしている」と裁判所も認めていますが、「肉体的または精神的な不利益が多大で、金銭的援助では補填し得ない」としていることもポイントです。つまりいくら転勤により給与面で優遇があっても、引っ越しを伴う遠隔地への転勤は、それ自体が不利益が多大であるとも読み取れます。転勤についての判例はケースバイケースでそれぞれ判決も異なるため、争いとなった場合は有効か無効かについては不透明です。
また、最近では政府主導での「働き方改革」により、柔軟な働き方が出来るような会社側の配慮がより求められる時流になりつつあります。厚生労働省も転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)策定に向けた研究会を開催し、2017年3月末までに対策をまとめるとしています。法的拘束力はないですが、一つの判断材料にはなりますので、今後転勤については慎重に、社員との合意が大切となってくるでしょう。弁護士の先生の見解にもあるように、本当に東京営業所を閉鎖する必要性があるのか(例えば営業所縮小でYさんは東京営業所に残留できないのか)、転勤なのか整理解雇なのかといったことを再度会社側で確認、検討し、Yさんに納得できる説明が必要かと思います。
なお、社長の気にされている解雇のペナルティですが、法的には特に問題ありません。ただ、雇用関係の助成金については解雇があってから2年程度は申請できませんので、それがペナルティといえばペナルティになるかと思われます。
税理士からのアドバイス(執筆:上田 智雄)
Yさんが退職を選択した場合、給与や退職金の手続きは通常どおりの処理をすることとし、ここでは転勤の際に生じる会社負担の費用の取り扱いについて、いくつか考えてみたいと思います。
①引越費用の負担
会社が東京営業所から北海道本社へ赴任を命じ、それに伴う転居の家財一式の引越費用を支払う場合、会社は費用計上すれば損金として処理することができます。また受け取った本人も非課税の扱いとなります。なお金額については、実際にかかった金額と同額であり、かつ過度に多額でなければ適用の範囲内となります。また、本人および家族の移動旅費についても同様の扱いとなります。
これらの適用にあたっては社内ルールを統一させるため、出張旅費規程を準備しておくと良いでしょう。
②借上げ社宅は会社負担にできるか
会社が、転勤先で住む居宅を借り上げて用意する場合、その全額を会社負担とすると給与として所得税が課税されますが、本人から次の算式の1~3の合計額(以下「賃貸料相当額」といいます。)以上の家賃を受け取っていれば、会社も本人も非課税となります。
1.(その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×0.2%
2.12円×(その建物の総床面積(平方メートル)/3.3(平方メートル))
3.(その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×0.22%
本人から賃貸料相当額より低い家賃を受け取っている場合には、受け取っている家賃とその金額との差額が、給与として課税されます。なお、本人から受け取っている家賃が、賃貸料相当額の50%以上であれば、受け取っている家賃と賃貸料相当額との差額は、給与として課税されません。
③着後赴任費の取り扱いについて
新居住地に到着後すぐに社宅に入れない場合、そこで生じるホテル宿泊料や挨拶等に要する費用に充てるために支給する着後赴任費については、給与課税の対象となります。
④遠隔地でも毎日通うという場合の通勤手当は
東京と北海道の往復を毎日するというのはあり得ないと思いますが、今後の支店や営業所を設置する際に生じる可能性があるので挙げておきます。基本的には通常の給与に加算して支給する通勤手当や通勤定期券などは全額経費になり、また給与所得者本人も非課税の扱いとなります。この場合の非課税となる限度額は、通勤のための運賃・時間・距離等の事情に照らして、最も経済的かつ合理的な経路及び方法で通勤した場合の通勤定期券などの金額です。新幹線鉄道を利用した場合の運賃等の額も「経済的かつ合理的な方法による金額」に含まれますが、グリーン料金は含まれません。 最も経済的かつ合理的な経路及び方法による通勤手当や通勤定期券などの金額が、1か月当たり15万円を超える場合には、15万円が非課税となる限度額となります。
⑤特定支出控除の適用
この転勤にともなう費用を会社が負担できず、本人が負担する場合においても、次のような支出(以下「特定支出」という)をした場合、その年中の合計額が給与所得控除額を超えるときは、確定申告によりその超える金額を給与所得控除後の金額から差し引くことができる制度があります。これは給与所得者の特定支出控除と呼ばれています。
1 一般の通勤者として通常必要であると認められる通勤のための支出
2 転勤に伴う転居のために通常必要であると認められる支出のうち一定のもの
3 単身赴任などの場合で、その者の勤務地又は居所と自宅の間の旅行のために通常必要な支出のうち一定のもの
なお、これらの特定支出は、いずれも会社が証明したものに限られます。
以上、まず会社が負担できる金額なども把握してから、本人との転勤交渉に臨むことで、転勤に伴う不安・不満を少しは解消させられ、違った結論となる可能性もあります。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット東京 会長 小泉 正典 / 本文執筆者 弁護士 麻布 秀行、社会保険労務士 小泉 正典、税理士 上田 智雄