第180回 (平成29年1月号) SR東京会
「タバコを吸う人ばかり休憩してずるい!」「お茶休憩を認めて!」
「タバコを吸う人ばかり休憩してずるい!」「お茶休憩を認めて!」
SRネット東京(会長:小泉 正典)
Y協同組合への相談
システム開発を行っているM社。創業者の先代社長からの古株社員も多く、M社独特の昔からのルールのようなものがまだ多く存在しており、他社で修行してきた社長としては、そのようなルールは廃止したいと考えていますが、急に体制を変えることに良い顔をしない先代からの経営陣とアットホームな社風にも影響が出るのではないかと二の足を踏んでいます。
以前は席で喫煙をしていましたが、社内で受動喫煙がしたくない、分煙をして欲しいとの声が相次ぎ、今は会社の入っているビルの喫煙所以外は禁煙となりました。このためタバコ休憩に出ると通常でも10分ほどかかります。特にヘビースモーカーの社員はタバコ休憩も頻繁です。また一度タバコ休憩に立つとなかなか戻ってこない社員も目立ちます。
このような状況の中、タバコを吸わない社員から「タバコ休憩が頻繁で仕事に支障が出る」「タバコ休憩をしすぎて残業になり残業代まで貰っているのはオカシイ」「タバコを吸わない社員のお茶休憩を認めて欲しい」などと意見が出るようになりました。たしかに、タバコを吸う社員に比べ吸わない社員はお昼休憩以外(トイレ等は別として)特に休憩は取っていません。タバコ休憩については特に給与から控除することはしていませんが、社長からみても1時間に2回も3回も席を外す社員については悩みどころでした。ただ、社内禁煙とした際にも喫煙者からはかなりの反発があり、特に喫煙者の役員から猛反対を受けたことを考えると、どのような対応を取るのが良いのか分からず、頭を悩ませています。
相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業M社の概要
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- 創業
- 1975年
- 社員数
- 正規 33名 非正規 8名
- 業種
- システム開発業
- 経営者像
先代から代替わりしたばかり、張り切っているが、先代からの経営陣とジェネレーションギャップを感じることも多い。自身も新しい情報や技術をよく勉強しているため、若手社員からの信頼は高い。
トラブル発生の背景
先代の頃からの暗黙のルールと、時代の流れにズレが出てきている中でのトラブルです。タバコ休憩を頻繁にとる社員と、タバコを吸わない社員との間に溝が出来てしまっている様子です。タバコ休憩については給与控除をしていませんが、残業代はきちんと支払っています。非喫煙者側は、残業はタバコ休憩が頻繁なせいだと指摘しています。
ポイント
非喫煙者からみると、タバコ休憩はトイレ休憩と違い、自分のストレス解消のため、自分の好きな時間に自由に休憩をとっているように感じられることも多いものです。ただ実際にタバコ休憩を給与控除対象とすると、勤怠管理が煩雑となる可能性もあります。タバコ休憩はどのように扱えばよいのでしょうか?M社の社長へ良きアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:麻布 秀行)
平成15年5月1日に施行された健康増進法第25条により、会社は、受動喫煙を防止するよう努めなければならなくなりました。また、「受動喫煙防止対策について」(平成22年2月25日健発0225第2号)及び「受動喫煙防止対策の徹底について」(平成24年10月29日健発1029第5号)において、基本的な方向性として全面禁煙が求められています。したがいまして、喫煙者の反発は予想されるかも知れませんが、全面禁煙化の実施を検討すべきかもしれません。しかし、今まで喫煙を認めていたにも関わらず、全面禁煙化することは出来るのでしょうか。あるいは、今まで喫煙時間分の給与控除をしていなかったようですが、これを一方的に控除することは出来るのでしょうか。
1 まず、最高裁にて、「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」と判断されています(最高裁昭和45年9月16日大法廷判決)。
したがって、仮に喫煙の自由が憲法13条の保障する基本的人権であったとしても、従業員の健康を守るといった目的のもとに喫煙を制限することは可能と考えられます。
2 次に、喫煙の自由との関係で、喫煙を制限することが認められるとしても、今まで喫煙を黙認していたにも関わらず、これを全面的に禁止したり、喫煙時間分に相当する金額を給与から控除しても良いのでしょうか。
そもそもタバコ休憩している時間は労働時間でしょうか休憩時間でしょうか。
休憩時間とは、単に作業に従事しないという手待時間は含まず、労働者が権利として労働から離れることが保障されている時間であるとされています(昭和22.9.13発基17号)。飲食店の店舗内の更衣室兼倉庫で喫煙していたとしても、何か店舗内でトラブルが発生したら、直ちに対応しなければいけなかったことを理由に喫煙時間も労働時間と判断した裁判例(大阪高裁平成21年8月25日判決)がありますが、そういった裁判例があるからといって、直ちにタバコ休憩の時間も労働時間に含まれると判断することは適当とはいえません。M社のように物理的に喫煙室と勤務場所が離れている場合などには、手待ち時間とはいえず、労働時間ではないと判断される可能性はあります。
しかし、一部の職種、あるいは、労使協定が結ばれていない限り、休憩には、一斉休憩の原則がありますので、個別のタバコ休憩を休憩と考えることには無理があります。
ただ、タバコ休憩時間が労働時間といえないのであれば、ノーワーク・ノーペイの原則から、同時間の給与は発生せず、タバコ休憩分の給与を控除出来ることになります。
3 ですが、M社は、今まで給与控除をしていなかったので、ノーワーク・ノーペイの原則があるからといって、タバコ休憩分の給与を一方的に控除することは、労働条件の不利益変更に該当する可能性があります。したがって、労働者の個別の同意を得るか、労働契約法10条の要件を満たす形で就業規則の変更を行う必要があるものと思われます。
なお、喫煙を許可制とした上で、許可ごとに喫煙時間を管理するといった方法など想定されますが、現実問題、給与控除のための体制作りは困難を伴うものと思われます。
また、同じように今まで喫煙を認めていたものを全面的に禁煙とする場合にも、念のため、労働者の個別の同意を得るか、労働契約法10条の要件を満たす形での就業規則の変更を行っておいた方が宜しいかと思います。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:林 弘嗣)
健康上の理由とは言え、分煙によりタバコ休憩時間が長くなり非喫煙者からの不満が高まったり、業務効率の悪さが問題となることも多くなっているのではないでしょうか。
タバコ休憩を急にやめさせるとしても、会社が黙認していた事で、喫煙者側から反発を受け労使間の信頼関係を損なう可能性もあります。喫煙者自身は、喫煙休憩について法的な意味や業務効率等認識せず、成り行きでタバコ休憩している場合も多くあるでしょう。まずは、喫煙者に法的な意味や社内での不満を認識してもらう事から始める必要があります。最初に、「喫煙休憩による業務効率の悪化がある事、社内で不満の声が出ている事等の理由から節度ある喫煙を心がけるように」にとの経営トップの指示を出します。そのうえで、喫煙休憩が、①「労働時間中は使用者の指揮命令に服し職務に専念する義務を負い、勝手に業務以外のことはできない」という職務専念義務に対して違反になることや、②労働時間に該当せず、「ノーワーク、ノーペイ」の原則から賃金カットされてもやむを得ないことについて、きちんと説明し理解してもらうようにします。理解が進んだところで就業規則の変更手続きを進めます。変更内容については、周知をしておく必要があります。
では、就業規則にどのような条項を記載すべきでしょうか。第一に、職務専念義務についての条項として服務規律の遵守について記載します。その具体例として職務に専念すべきこと、例えば「労働時間中は離席せず、職務に専念する事。喫煙で離席する場合は上司の許可を受けること」という内容を加えます。違反した場合は懲戒理由としておくことで、節煙は進むと思われます。離席理由を喫煙に限定するかどうかは、社内の状況により判断すればよいでしょう。 第二に、非喫煙者から指摘を受けやすい喫煙で離席したうえで残業代を請求してくる場合への対応です。まず、離席時間を把握するため、喫煙での1回当たりの離席平均時間を決めます。これを1回あたりみなし離席時間とし、1回あたりみなし離席時間に自主申告による回数を乗じたものを離席時間とする旨規定します。これで離席時間分が確定します。この離席時間について終業時刻の繰り下げができる旨の条項を入れるようにします。これにより離席時間分を残業として認めないことが明確になります。離席時間分終業時刻を遅らせた場合でも、当日で相殺して残業無しとなります。離席時間分を控除すると就業時間が不足する場合は、翌日またはその週内の終業時刻をその分遅らせる方法で、早めに離席時間を相殺してしまうような運用にしていきます。給与計算時点で、相殺換算後の就業時間が不足する場合でも、当分は賃金の控除はせずその時間分定時後の就業を促すか喫煙時間を減らすよう指導し徐々に改善していくようにします。
離席時間の管理は難しい面もありますが、喫煙者自らが自主管理するような方向で仕組みを作れば、反発も少なくスムーズに移行できるのではないでしょうか。
なお、非喫煙者からの提案であるお茶休憩を認めることは、①その時間帯や時間等の意見をまとめることに手間がかかる、②喫煙者以外にも労働時間や賃金カットについての理解してもらう必要も出てくる事等もあり、あえて混乱を招くようなことは避けたほうが良いと思われます。
税理士からのアドバイス(執筆:上田 智雄)
非喫煙者が増えている昨今。喫煙者が勤務中に席を立つことで生じる不平等是正のため、何らかの対策を行いたいという意見はよくあることでしょう。
その対策としてタバコ休憩を給与控除対象とするのであれば、税金の対象から外れることになりますので、課税所得から差し引いて給与計算を行います。
今回は、給与などの待遇面で差をつけるいくつかのケースについて、税制・会計面について考察してみたいと思います。
①非喫煙者に「禁煙手当を支給する場合」
喫煙者に対し、今まで喫煙を認めてきた慣行に対して給与控除といった不利益な変更をすることはそれなりのハードルがあると思います。そこで非喫煙者に対して、禁煙手当などのインセンティブを支給するケースが考えられます。
非喫煙者の方が労働時間が長いという点で、禁煙手当を付与するというのは合理性があります。また、タバコによる健康被害は社会的にも認知されており、吸わないことで仕事のパフォーマンスが上がると考えるのであれば一定の妥当性もあると思います。
この禁煙手当は、給与や賞与といった支払方法や名目を問わず「労働の対価」の扱いになるため給与所得として課税されることになります。
②非喫煙者に「禁煙表彰をする場合」
こちらも前項と同じく非喫煙者に対するインセンティブの支給になりますが、こちらは非金銭的な報酬を与えるケースです。いわゆるお金以外の報酬として、非喫煙者に対して「表彰」や「休暇」などを与えることです。
非金銭的な報酬なので、基本的に受け取る社員には課税されません。また、会社が用意する贈答品やトロフィーは、福利厚生費として会社の費用になります。
ただし、その費用があまりに高額で、ごく一部の社員だけが適用対象となる場合は、給与として課税される可能性があるので注意が必要です。
給与課税を避けたいのであれば、費用は常識的な範囲とし、表彰基準なども全ての社員に概ね一律に適用されるような規定を用意しておくと良いでしょう。
③過去にさかのぼって修正する場合
タバコ休憩について、過去にさかのぼって給与控除をするケースです。M社ではかつて社内禁煙とした際にも喫煙者からの反発が多かったことなどからも、過去の不利益変更をすることは現実的ではないと思います。ただし、経営サイドにとっては、状況がひどければ過去へさかのぼりたいという考えがふと頭をよぎるものです。
過去にさかのぼった場合、その減少額については発生年度の給与所得から減算し、各年度の年末調整の修正をする事となります。会社としてはその年末調整に伴って源泉所得税は減ることになるので、還付もしくは今後の納税から差引いて取り戻します。
また会社では給与負担額が減り、利益が増えることになりますので、発生年度もしくは当期の利益として処理をします。
以上、税務については、ちょっとした判断の違いで課税・非課税と大きく変わることがあるものです。この事例だと『②非喫煙者に「禁煙表彰をする場合」』は、比較的導入しやすいものの、判断によっては思いもしない税金が課税されることがあります。
税務当局から指摘されても対応できるように、計算根拠と関連資料を保存し、いつでも速やかに取り出せる状況にしておくとよいでしょう。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット東京 会長 小泉 正典 / 本文執筆者 弁護士 麻布 秀行、社会保険労務士 林 弘嗣、税理士 上田 智雄