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第18回 (平成15年8月号)

“社員が代表取締役に!?”
それでも兼務役員という認識の社長の意図は…

SRアップ21山形(会長:山内 健)

相談内容

高級を売り物にした美容院R社は、社員の入れ替わりが激しく、なかなか管理職が育たない状況にありました。その原因は、A社長の独裁的な経営手法にあるようです。
最初のうちはカリスマ的に思われるA社長なのですが、新入社員も半年経ち、1年経ってくると、社長の言動にいらいらしてくるようです。

社員たちは、次第に顧客との関係強化のみにエネルギーを注ぐようになり、店舗内での他の社員との協力体制は不安定、経費削減の指示は無視、といったひどい状態です。“勤続5年でハワイ旅行”“今月の売上目標○万円”などの目標を掲げても効果がありませんでした。
そこでA社長が思いついたのは、現在の株式会社以外に3つの有限会社を設立し、それぞれ社員を役員にして独立採算のシステムを確立することでした。「お前が社長だ!」このことで、幹部社員のモチベーションを飛躍的に向上させようと考えたのです。

相談事業所 R社の概要

創業
昭和57年

社員数
32名(パートタイマー 3名) 

業種
美容院

経営者像

46歳、25歳で独立し、21年間で8店舗まで事業を拡大した。今後も多店舗展開を目指しているが、思うように店長が育たない。業界特有である社員たちの「強い独立思考」をコントロールしながら苦労している。自分の思い通りにいかないと機嫌が悪くなるタイプ。


トラブル発生の背景

社長に指名された社員は、とまどいながらも最初は喜んでいました。しかし、月給はさほど変わらず、雇用保険は資格喪失、残業手当もつかない、経費も自由に使えない、など肩書きだけの社長であることに気づきました。「このまま辞めると失業保険ももらえない」「A社長にだまされた」という意識が強くなってきました。
3人の新社長は、団結してA社長に対抗することにしました。

経営者の反応

「社長にしてやったのに何が気に入らないんだ」とA社長。

「責任だけ押し付けの社長なんてお断りです」
「雇用保険に再加入してください」
「このまま社長を続けるのであれば、社員の人事や経費の使途を任せてください」と3人の新社長。
どうにもこうにも話がまとまりません。
A社長も「ここは、専門家を交えて調整しよう」と言うしかありませんでした。
A社長は、かつて知人からSRネットの話を聞いていましたので、まずは自分ひとりで相談することにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

有限会社の取締役は、会社の業務を執行し、かつ、会社を代表する権限を有します。
この有限会社においては、株式会社の場合と異なり、取締役は1人でもよく、数人の取締役を置いたときでも各自が単独で会社を代表するのが原則です(特定の者を代表取締役と定めることも可能ですが、定める必要はありません)。
その選任は、社員総会(ここでいう社員とは、従業員の意味ではなく、出資者、すなわち、株式会社の株主に相当する者を意味します)の決議によって行われますが、設立時の初代取締役は、定款で定めることもできます。また、取締役の報酬も定款または社員総会の決議によって定められます。

本件においては、A社長個人が1人で出資して3つの有限会社を設立しましたので、それぞれの取締役の選任および報酬額の決定は、社員総会決議、定款の定めのいずれに依ったにせよ、A社長の意向によって決定されました。3人の新社長は、とりあえずその就任を承諾し(取締役に就任するには、被選任者の承諾が必要です)、同時にR社を退職した扱いとなって雇用保険資格を喪失した経緯です。

有限会社の取締役には、前述のとおり、会社の業務を執行し、単独で会社を代表する権限がありますから、当該有限会社の人事や経費使途についても、これを決定し、実行する権限があることになります。しかし、本件の場合、A社長の意思に反する業務執行を行えば、社員総会の決議(社員はA社長1人のようですから、A社長個人の意思が社員総会の意思となってしまいます)によって取締役を解任(あるいは取締役報酬の減額ということも)されてしまうでしょうから、解任を覚悟しない限り、A社長の意向に逆らうことは事実上困難でしょう。

しかし、取締役としての権限が事実上A社長の意向に拘束されているからといって、取締役としての法的責任の方は、減免されるわけではなく、A社長が代わって責任を負うわけでもありません。3人の新社長が「責任だけ押し付けの社長なんてお断りです」とか、「このまま社長を続けるのであれば、社員の人事や経費使途を任せて下さい」というのは、もっともなことと言えます。

ところで、取締役の責任には、当該会社に対するものと第三者に対するものがあります。まず会社に対する責任については、有限会社法第30条ノ2第1項に列挙されていますが、これに尽きるものではありません。取締役と会社との関係が委任契約関係と解されることから、取締役は、受任者として、善良な管理者の注意義務(善管注意義務と呼びます)を負い、さらに忠実義務を負うものとされていますので、これに反する行為があれば、すべて損害賠償責任の対象となるのです。

また、第三者に対する責任は、同法第30条ノ3に規定があり、取締役としての職務執行に悪意または重過失があったとき、あるいは、貸借対照表等に記載すべき重要な事項について虚偽の記載をしたときには、損害賠償責任を負うとされています。
対会社、対第三者いずれの関係においても、経営判断の誤りが責任の原因となる場合があり得ますので(必ずなるわけではありませんが)、取締役の責任は重いと言わなければなりません。

このたびA社長が思い付いた方法は、それ自体が違法という性質のものではありませんが、新社長らの反発を招いてしまったことからして、失敗と言わざるを得ないでしょう。A社長としては、名目上給与が取締役報酬になっただけで支給額はさほど変わらず、雇用保険や残業手当の負担がなくなる分コストダウンになるし、社長に指名すれば、指名された方も喜んで働くので、売上も上がるだろう、という読みだったのでしょうが、名目と責任だけの社長をありがたがる社員はいないということです。

社会保険労務士の指導により、A社長が立ち直ることを願うばかりです。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:山内 健)

近年、美容業はカリスマ美容師がマスコミに登場するなど、若者の憧れの職業の一つとなっています。若くして開業し、時勢に乗って店舗数拡大に成功した事例がよく見られました。
しかし、一方では、経営者の労務管理に関する知識・経験不足等により、多くの問題が表面化していることも事実です。

元来、美容業界は従弟制度的な労使関係が強い職業であり、弟子として技術を習得する期間等の労働条件は、長時間労働、無休で低賃金でした。その後、暖簾分けの形で独立開業するパターンが多かったようです。

現在では、労働基準法第69条(従弟の弊害排除)は、「技術の習得を目的とする者であることを理由として労働者を酷使してはならない。又、技能の習得に関係のない作業(家事等)に従事させてはならない」と禁止しています。

従業員のモチベーション向上を目的とした別会社設立、そして代表取締役就任は、従業員にとって歓迎すべきことではありますが、R社の場合には、多くの問題が潜んでいます。法的には、有限会社の代表取締役は、労働者ではありません。よって、労働基準法、雇用保険法はもちろんのこと、特別加入制度を利用しない限り、労働者災害補償保険法の適用もありません。

モチベーション向上を目的とした別会社設立ですから、会社経営に関する大幅な権限の委譲が絶対の条件となるはずなのですが、R社の場合はそれが成されていません。
権限と責任は表裏一体であり、それが労働意欲を高めます。この権限委譲が不可能であれば、新会社設立の意義を持ちません。出資と経営は本来別のものとして、A社長は社外取締役としての立場のみで、新会社の経営に参画すると良かったのではないでしょうか。

なお、出資口数の割合の低い者が代表取締役になっている場合は、その者は非常に不安定な立場になってしまいます。A社長が出資口数の過半数以上所有していることで、臨時社員総会の開催請求、代表取締役の解任請求を行うことが可能となり、解任された代表取締役に対する退職金を支給しないこともできます。

従業員にとって、労働各法の保護を受けられない名ばかりの代表取締役では、従来より労働条件が悪化したことに他なりません。これでは、モチベーションの向上どころか労使紛争の元になるだけです。

A社長があくまで経営の支配権に固執するのであれば、今回のような乱暴な方法はすぐに改め、3人の代表取締役を労働者に戻すしかありません。
A社長が、管理職が育たないという状況を変えていきたいと思うのであれば、自分自身の言動・行動を反省しましょう。また、根本的な労使間のルールが無視されているようですので、企業の経営理念をはじめ、就業規則や諸規程の見直しによる労使間の信頼回復を図るように助言し、サポートすることにしました。

 

まず、A社長の意識改革からです。
労使関係は一方的に決めつけるものではなく、話し合いのもと、就業規則等のルールに則って構築していくこと
経営手法の説明を行い従業員の理解を深めること
意思の疎通、意識の統一、ルールの運用などがうまくいかないのは、全て一方的に押し付けて、コミュニケーションや従業員の経営参加意識が不足していることに大きな原因があるということを認識すること
役員報酬制度、賃金制度は、思いつきや画一的なものから成果、能力に応じたものへと移行していくこと

 

つぎに3人の代表取締役制をこのまま継続する対応策をアドバイスしました。
社長に指名した従業員には、代表取締役としての権限を与え、業績の成果や店の運営能力を判断し、報酬を決める。
社内のルール、評価基準、従業員の職位等を明確にして、全従業員に対して説明し、運用の徹底を図る。
経営の目的、目標を提示しながら、従業員と十分なコミュニケーションをもち、大幅な権限委譲、成果配分に関する明確な規定を設ける。

 

よい顧客サービスは、よい労働条件の下でしか提供できないのです。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

R社グループの実態からすると、A社長ひとりが本当の社長で、ほかの社員や幹部社員(3人の新社長)も全員がA社長の従業員の様なもの。実質的に4つの法人は、ひとつの組織としてしか機能していないようです。

さて、R社グループの抱えている問題点を会社設立の時点から検討してみましょう。
有限会社を設立する時には、まず出資の金額と出資割合が問題となります。誰がいくら出資金を出すのか、ということです。当然のことですが、会社が配当をするときには出資の割合で配当がされるわけですし、社員総会の議決権も出資割合によります。今回の場合3人の社長は出資をしている訳でありませんから、利益が出た場合の配当の期待権もなければ、取締役会で経営に関する意思決定を行なっても、社員総会で取り消されたら何もできません。
もっともR社の状況からすると幹部社員の人たちに会社設立の時点で、出資するようにA社長が持ち掛けることは難しそうですから、今回の場合は、A社長個人が出資するやり方は仕方ないことだったかもしれません。

このような場合は、取締役にどのような範囲で、業務執行権を与えるかを取り決めておく必要があったでしょうし、将来の出資金取得の可能性などについてルールを作っておくこともひとつの方法だと思います。

有限会社の場合、50%超の出資割合を持つオーナーは、いざとなれば100%の経営権を持っているのと同じことなのですから、社員のモチベーションアップのためにも、ある程度の裁量権を幹部社員にも与えてもよいと思います。
次の問題は役員報酬です。報酬額の決定は社員総会の決議事項ですが、税務上でもさまざまは問題が発生するところです。

R社の使用人という立場から、それぞれの会社の社長になった3人には、残業手当や歩合給などの変動的手当てが支給されなくなります。支給してはならないという決まりがあるわけではありませんが、税務上、役員に対する臨時的な給与(退職金を除く)は賞与とみなされてしまい、法人税の計算上費用とならないのです。つまり変動的な部分の給与は、すべて賞与とされてしまうため、その様な不利な支給の仕方をする会社は無いということです。また昇給についても同様の考え方から、不定期に給与の額を変更することも臨時的な支給とみなされるために、期中での変更も難しくなります。

例外は、使用人兼務役員の場合です。この場合は、残業手当なども給与として税務上も経費として扱われるのですが、代表者(社長)は兼務役員にはなれません。つまり彼ら3人は、次の社員総会までは、どんなに残業して、一生懸命仕事しても、最初に決められた定額の給与しかもらえないわけです。

今回の事件は、3人の新社長がこのような事情を理解し、合意した上で、報酬額が決められていなかったことに問題があります。

会社の収益性、過去の支給額、報酬額改定の際の条件などを、3人はA社長ときちんと話し合いをして、お互いに納得した上で社長になることを引き受けるべきだったのです。いまとなっては、今期中に報酬額の改定をするのは難しいでしょうが、話し合いは何時でもできます。

新会社設立から現在までのそれぞれの会社の財務状況や過去との比較など、客観的な資料を元に、まず会社の経営について、議論すること、そして次に今後の経営計画を立案し、行動し、評価すること。そうすればその過程で、役員報酬の額も相応に決まってくるはずですし、その後の成果配分の考え方についても、3人の新社長とA社長とで検討できるようになり、お互いの合意を形成することができるようになるのではないでしょうか。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:草刈 修司)

企業成長に欠かすことの出来ない人材育成について、数多くの手段・手法が実践されています。今回のケースはアイデアとしてはいいと思うのですが、A社長と新社長たちとのコミュニケーション不足によって、不満が噴出しトラブルとなってしまいました。

成果主義の導入に関しては、経営者の考え方とそのシステムの理解が重要です。
特に、リスクマネジメントの観点からいうと、2つのポイントが上げられます。

(1) 成果を数値化して、収益動向にリンクさせる。
(2) 報奨ルールや支給基準を株主・従業員などの利害関係者に明示させる。

しかしながら、日本の中小企業の現状では上手に活用されているケースは少ないのが現状です。R社も今後の課題として取組まれるとよろしいでしょう。

次にFPの立場から、従業員の福利厚生対策についてご説明いたします。
一般的に、企業の福利厚生とか、従業員福利厚生とか言われますが、次の2つの部分から構成されていると言えます。

1つは、社会保障システムの一部で法定福利厚生と総称されるものです。健康保険や厚生年金保険や雇用保険などの社会保険制度から、法的に、すなわち、強制的に保険料負担や事務代行などの事業主関与が義務づけられている部分です。

もう1つは、各企業の任意的判断にもとづいて実施されていることから、前掲の法定福利厚生と対比され任意福利厚生と総称されるものです。各企業にとっては、ここでの資金投下は、自社の従業員のモラール、定着率などの維持・向上を目的として行う一種の労務管理費用であり、生産性向上のための人的資源投資として位置づけられる部分です。

 

【 法定福利厚生と法定外福利厚生の関連 】
(1) 法定福利厚生費用は、雇用している従業員数と被保険者の報酬月額水準の2点が算出対象のために、業績の好不調に関係なく支出されます。法人税が当期の利益如何で納税の有無が決定されるのに対して、法定福利厚生費用は、前述のように、毎期負担しなければなりません。
すなわち、低成長下でも、ベアや定昇があり、賃金水準は上昇していますので、算出額の増大は、そのまま企業負担額の増大になります。また、雇用保険率アップ分も加わりましたので、企業の負担額は、ますます経営を圧迫し始めています。

(2) 一方、法定外福利厚生は、各企業の自由裁量によって、さまざまな制度やサービスが導入されたり改廃が決定されますので、企業の財政力の差が直接反映されます。したがって、企業規模間の格差はもちろん、同規模間でも収益力の格差により、施策内容にも違いが発生します。

また近年の新しい動向として、中小企業の退職金倒産というリスクが加わり始めました。高額になった退職金を用意するために、資産を売却して資金調達せざるをえなくなった企業が増加しています。退職金の急速な拡大を防止する対策が必要になったのです。

法定福利厚生費用の負担増は、法定外福利厚生費用の削減でバランスをはかるという企業論理や、時代とともに変化する労働者の勤労観や価値観、さらには退職金増加という新たなリスクをどのように軽減するかなど、企業内の福利厚生問題はますます複雑化しています。

 

【 今後の日本型従業員福利厚生のあり方 】

従業員の福利厚生問題は、企業経営を圧迫するリスクとなりつつあります。
このような状況下で今後の企業福利厚生のあり方を探る際のヒントをご紹介しましょう。数年前の「国民生活白書」は、次のように指摘しています。

企業が以前ほど従業員の期待に報いることができなくなったため、従業員にとって、「会社人間」的行動の合理性が薄れ、企業への帰属意識も低下しています。一方では、すでに若年層では転職も辞さず、個人としての能力発揮を重視する新しい「仕事人間」意識の芽生えが見られます。

この傾向は、女性や高齢者の職場進出により、さらに労働市場が多様化することで進むと展望しています。従業員福利厚生に関する検討課題のポイントを、国民生活白書は見事に指摘しています。

 

また、企業福利厚生を充実する上での障害については
 ・ 企業の費用負担能力におのずと限界がある
 ・ 従業員の価値観、生活観

福利厚生制度全般の問題点については
 ・ 福利厚生の充実より現金給与増額を求められる
 ・ 長期的運営ビジョンが持てない
 ・ 従業員の高齢化などにより法定福利費が増加
 ・ 各制度の効果測定が困難で効率的運営ができない
などが上げられます。

 

R社もそうですが、各企業ごとに現在の福利厚生制度を見直し、もっとも効果的な福利厚生を模索する必要がありると思います。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 山内 健、税理士 木口 隆、FP 草刈 修司



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