第176回 (平成28年9月号) SR愛知会
「試用期間で終わりにして欲しい」
「不当解雇だ!」
「試用期間で終わりにして欲しい」
「不当解雇だ!」
SRネット愛知(会長:田中 洋)
T共同組合への相談
H社は社長の思いがつまった1軒のカフェバーからスタートし、現在は3店舗まで拡大。脱サラをして開業するまでも、長く接客業に携わってきた社長の厳しいながらも愛情のある指導で、社員を始めパート、アルバイトに至るまで、教育が行き届いていると客からも高評価を受け、居心地の良さがお店の魅力のひとつとなっています。
Sさんは結婚を機に家庭に入りましたが、子育てが一段落したのでまた自分でしっかり働いてみたいと求人に応募してきました。ブランクは長かったものの、社長は主婦ならではの視点や気付きもあるだろうと試用期間有りの採用としました。ところが実際は掃除やコーヒーなどの淹れ方についても「長年これでやってきて、主人に文句を言われたことはない」などと言って会社のルールに従わず、社員が注意しても「年長者の意見は聞くもの」と取り合いません。Sさんがいる店舗は次第に売上が落ちてきました。
ある日、注文を受けたコーヒーを誤って客にこぼしてしまうということがありました。もちろんそういったことは過去にもありましたが、Sさんは「私は悪くない」とそのお客と言い争いをしてしまいました。すぐに連絡を受けた社長が客先に出向き、それ以上大きなトラブルとはならなかったのですが、今までのSさんの勤務ぶりとこの一件で本採用は難しいと、試用期間での終了を告げました。Sさんは「それは解雇だ!」「私は悪くないのに不当解雇だ!」と大騒ぎし、「社長が謝るまで出社しない」とお店にも来ません。このままSさんを放置しておく訳にもいかず、どうしたものかと頭を悩ませています。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業H社の概要
-
- 創業
- 1988年
- 社員数
- 正規 10名 非正規 15名
- 業種
- 飲食業
- 経営者像
長年の夢であったカフェバーを脱サラして開業。細かいところまで気の利いたお店と美味しいと評判の料理で、現在は都内近郊に3店舗を構える。
トラブル発生の背景
しっかり働いてくれると思い採用した社員が協調性がなく、お店の売上にも支障をきたしている状況です。他の社員からはSさんと一緒に働きたくないという声も出ているため、社長は試用期間で終了にし、本採用は見送る方針ですが、Sさんは納得できない様子です。
ポイント
社長は試用期間での終了については「解雇」とは思っていないようです。試用期間での終了は解雇扱いになるのでしょうか?また、今回のケースは不当解雇にあたるのでしょうか?連絡をしても出勤しないSさんに、どのように対応したら良いのでしょうか?再三の注意にも改善がみられない場合、会社はどのような対応をすれば良いのかなど、H社の社長へ良きアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:橋本 修三)
1 試用制度について
わが国では、従業員の採用にあたり直ちに正式採用せず、入社後の一定期間(3ヶ月程度とすることが多いようです)を試用期間とし、この間に当該従業員の人物・能力をみてその適格性等を評価したうえで、正式に採用するか否かを決定するという手続きを経ることがあります。この制度により正式採用を拒否されて労使間で紛争となることもあり、どんな場合に採用拒否が認められるかが争点となります。試用制度は、使用者にとっては、新規採用者とのミスマッチを解消するための重要な手段といえますが、他方、労働者からみれば、これが認められると一方的に労働契約が終了されるという重大な結果が生じることとなるからです。
この試用制度については、解約権が留保された雇用契約であるとするのが判例です(最高裁昭48年12月12日三菱樹脂事件判決)。この判決では、正式採用拒否について、「通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、より広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべき」としたうえで、「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である」としています。
2 本採用拒否について
H社の社長は、試用期間での終了を告げたということですから、解約権の行使(解雇)の有効性が問題となります。Sさんは、お客とのトラブルを起こしたり、会社のルールに従わないため売上が落ちるほどであり、また、他の社員からも苦情があるとのことですから、試用期間満了による終了(解約権の行使)をしても有効と判断される事案であると言えましょう。周囲の者と調和を欠く行動を取ったり、会社の指示に従わないといった点において本件とほぼ同様の事例で解雇の有効性を認めた判例があります(東京地判平成18年11月24日)。他方、営業幹部としての業務に対する意欲、計画性が感じられなかった等として会社側が試用期間中に解雇したことについて、真実の解雇理由はワンマン社長が会社を訪れたときに声を出して挨拶をしなかったことにあるとして解雇を認めず、従業員の地位の確認を認めた判例もあります(東京地裁平成13年2月27日判決)。また、雇用契約書に試用期間満了前にいつでも解約することができるとの規定がない事案で、証券会社の営業職に対し、6ヶ月間の試用期間の経過を待たず3ヶ月間の経過後に行った解雇が無効であると判断された判例もあります(東京高判平成21年9月15日)。
3 解雇予告手当について
使用者は、労働者を解雇しようとする場合には、少なくとも30日前にその予告をするか、30日前に予告をしない場合には30日分以上の平均賃金を支払わなければならないとされています(労働基準法(以下「労基法」)20条1項本文)。これを解雇予告手当と言います。ただ、同法21条本文および4号により、試用期間中の者については解雇予告の規定が適用されません。しかし、その場合でも、14日を超えて引き続き使用されるに至った場合には、解雇予告をしなければならないと規定しています(労基法21条但書)。従いまして、本件でも原則として解雇予告手当を支払う必要があると思われます。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:鷲野 裕子)
多くの会社は、社員を雇う際、3カ月、6ヶ月など「試用期間」を定めています。試用期間とは、実際の働きぶりをみて社員として能力や業務への適正があるかを見極める期間ですが、これは会社側だけではなく、社員側も思っていたような職場かどうかを見る期間であるといえるでしょう。そして、試用期間は本採用後の正社員契約の一部とみて、解約権留保付労働契約が成立していると最高裁の判例(三菱樹脂事件 昭48.12.12判決)は認めています。試用期間中に社員としてふさわしくないと判断した場合に労働契約を解約できる特約がついており、本採用を拒否することが正社員よりは緩やかである、ということです。つまり、試用期間でも既に労働契約は成立しており、本採用しないということは雇入れ後の解雇と同様の取扱いになる、ということです。
勤務態度も悪く、協調性もないSさんを試用期間終了で辞めてもらうためには、30日以上前に試用期間満了後の本採用は行わない、という解雇予告を行なう、予告は行わずに解雇予告手当(30日分以上の平均賃金の支払い)を行なう、解雇予告と解雇予告手当の支払いを併用する、という手続きが必要です。解雇予告日数には、予告をした当日は含めずに30日の計算をするので、たとえば6月30日に解雇する場合、30日前の6月1日ではなく、5月31日に解雇予告を行なわなければなりません。また、30日前に解雇予告が出来なかった場合、たとえば6月16日に解雇予告をした場合は、予告日数不足の16日分の解雇予告手当を支払うことになります。いずれの場合も、解雇通知書、解雇予告通知書といったに文書を本人に交付することです。試用期間が14日以内であれば、解雇予告、解雇予告手当の支払いはいりません(労基20、21条)が、それ以外は、このような手続きが必要になります。
それでは、このようなトラブルを未然に防止するにはどうしたらよいでしょうか。まずは、労働契約書の整備です。採用面接時に、勤務時間、給料などの労働条件とともに、試用期間があり仮採用期間であることを説明して本人の同意をとり、署名をもらって労働契約書を労使で保管して下さい。試用期間中に、仕事への適正があるか、指示を聞けるか、勤務時間を守れるか、他の社員とうまくやっていけるかなどについて判断して、勤務成績や勤務態度、指導記録や改善点などを記入した勤務状況報告書を作成します。改善点があれば、まずは懇切丁寧に指導していくことです。が、改善が見られない時は、指導と報告書作成を2週間に1度、のような割合で繰り返します。このように本人に指導していること、それを文章で残していくことがポイントになります。今回のケースでも、この報告書を見せながら説明ができ、感情をこじらせたまま、いきなり辞めてください、と言われるのとは雲泥の差があります。Sさんのように出社しなくなったら、こちらの要望、これまでの顛末を記載した書類を郵送して、会社も段階を追って対応していることを立証しておいてください。
また、就業規則に試用期間について定めておきます。必ず入れなければならないものではありませんが、労働契約や就業規則で試用期間を定めていない場合には、最初から本採用の扱いになります。本採用を拒否するケースをきちんと決め、「試用期間中に社員として不適格と認めた者は、解雇することがある」と明記しておきます。
人材は、雇用する以上に退職する時の方が問題が起こりやすいことを念頭におき、入り口の労働契約、勤務してからの就業規則を作成しておくことが大切です。
税理士からのアドバイス(執筆:川崎 隆也)
私からは、実務上の取り扱いについてコメントしたいと思います。一般的に、給与から天引きされるものには、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、源泉所得税、住民税、他にも、企業側で立て替えた資金や昼食の弁当代、社宅家賃の徴収などがあると思われます。この中で、その月の雇用保険料及び源泉所得税は、そもそも計算の元となる給与の支給がない場合、天引きするべき額が存在しませんので、試用期間・欠勤云々関係なしにマイナス支給の問題は発生いたしません。しかしながら、前出の具体例にありますように、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、住民税、その他天引き等につきましては、あらかじめ、控除されるべき金額が決まっているため、当該金額を控除する事が出来るだけの給与の支給が無い場合、マイナス支給の問題が発生致します。
マイナス支給とは、給与明細の最終支払額が、本来プラスであるのに対しマイナスで表記されることを表します。実際にマイナスの支給が起こるのではなく、当該マイナス分だけ、企業側が立て替えたという事になります。立て替えたものの性質については、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料は、あらかじめ定められた標準月額報酬に基づき従業員本人が支払うべき社会保険料であり、また、住民税も、当該従業員の昨年の所得に対し、市区町村から徴収を求められた(特別徴収)金額であって、社宅等の個人利用代金等の単純な立て替えを含め、負担すべき者は従業員本人となります。
よって、企業側が、この分を代わりに支払っているということになりますので、会社の経理処理としましては「立替金」となり、従業員から当該金額の回収をしなければなりません。ここで問題なのは、従業員本人が出社せず、また、支給すべき給与が発生しないということです。徴収すべき術がないことや従業員本人との連絡が取れないという状況において、この立替金の精算がなされる可能性は低いと思われます。企業は、当該従業員の地位・処遇の確認といった争点以外にも、トラブルとなっている期間に、立替金が発生していることを意識しておかなければなりません。妥協案含め、解決策の中には、立替金の負担や回収方法を予定した対応方法を検討していかなければならないことを申し添えます。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット愛知 会長 田中 洋 / 本文執筆者 弁護士 橋本 修三、社会保険労務士 鷲野 裕子、税理士 川崎 隆也