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第172回 (平成28年5月号) SR北海道会

休職期間中にアルバイト?「懲戒解雇だ…!」

SRネット北海道(会長:安藤 壽建)

Y協同組合への相談

昨年、海外からゴルフレッスン講師を招へいしてはどうか、というY協同組合からの提案を受け入れた後、U社の顧客が増加し始めています。U社の社長はご満悦で、毎日アメリカ人の若い女性レッスン講師に会うのが楽しみになっていました。
そんな矢先、女性レッスン講師が施設の階段から足を滑らせて転落し、右足と左手を骨折する大けがを負ってしまいました。この講師とは雇用契約を締結していましたので、治療費や休業補償は労災保険から支給され、まずは一安心です。全治2カ月の診断を受けた講師は、3日入院し以降は自宅療養となりました。U 社としても、2カ月程度であれば日本人の代替要員でレッスン講師をまかなうことができそうです。ところが、事故から1カ月経過した頃に、自宅療養しているはずの講師が「ホテルのフロントで仕事をしている」という噂がU社に飛び込んできました。真偽を確かめようと、そのホテルに出向いたU社社長は、それが事実であることに驚き、そして怒りがこみ上げてきました。
ホテル従業員が制止するのも聞かず講師を問い詰めると「家にいても暇なので、座ってできる仕事を探していたら、通訳の仕事を紹介されて…。けがが治ったら会社に行きます」という返答でした。裏切られたような気持でY協同組合を訪れたU社社長は、「この事態を許したら、他の社員にも示しがつかない。辞めさせるべきなのか」と悩んでいます。組合事務局担当者は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業U社の概要

創業
2003年

社員数
正規4名非正規6名

業種
ゴルフ練習場の経営

経営者像

U社社長(48歳)の実家は、代々農業を営んでいましたが、その農地の一部を利用してゴルフ練習場を建築し、早や12年が経過しようとしています。なかなか経営は安定しませんが、近くに競合先がないため、生き延びているような状態です。


トラブル発生の背景

日本人が考える「当然」は、外国人に通用しないことがあります。U社では、休業の際の諸注意事項の説明や規則内容を説明していなかったようです。また、U社の「ドル箱」のようなレッスン講師でしたので、社長の思い入れが強く、それがホテルで強く詰問することにつながり、講師はおびえたような表情となっていました。もうU社には戻ってこないかもしれません。

ポイント

休業・休職期間中に他の仕事を行うことは、兼業禁止など規則遵守義務に違反するのか、また、違反したとして、解雇制限期間経過後、解雇することの正当な理由となるのでしょうか。今後、レッスン講師が復職した際には、どのような契約とすべきでしょうか。U社の社長へのよきアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:北澤 慎之介)

休業・休職期間中に他の仕事を行うことが兼業禁止などの規則遵守義務に反するとして、U社のレッスン講師を辞めさせることができるのかについては、兼業禁止を定める就業規則等の具体的な定めによることになります。労働者は労働契約を通じて1日のうち一定の限られた時間のみ労務に服することを原則とし、就業時間外は本来労働者の自由であることからして、就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠くことになります。しかし、裁判例には従業員の兼業の許否について、労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮したうえでの会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当とはいえないとして兼業禁止を定める規定を有効としているものがあります(小川建設事件・東京地判昭57.11.19)。さて、規則に合理性があり有効だとすれば、それに反して兼業した場合には規則遵守義務違反になります。休業・休職期間であっても、労働契約期間内である以上、同様の義務違反です。この場合、規則遵守義務違反を理由として解雇できるのかどうかは、兼業による?労務提供上の支障の程度や?企業秩序への影響の程度を実質的にみて考慮する必要があります。?を重視した例として、副業が深夜に及ぶ長時間のものであり、労務提供上の支障をきたす蓋然性が高いことから通常解雇を認めたもの(前掲東京地判昭57.11.19)、?を重視したものとして家具組立工が勤務時間外に同業会社に就労した行為等について、企業に好ましくない影響を与えたとして懲戒解雇を認めているもの(昭和室内装置事件福岡地判昭47.10.20)や、いわゆる管理職ないしこれに準ずる地位にあった者が競争企業の取締役に就任した行為について解雇を有効としたものがあります(橋本運輸事件名古屋地判昭47.4.28)。
他方、解雇を認めなかった例として、タクシー運転手の新聞配達業務への従事について、出勤前に新聞配達に従事していた時期については、配達にかかる時間が短かったことから会社への労務の提供に格別支障を生じず兼業禁止規定に該当しないとし、出勤・出庫後に新聞配達に従事していた時期については、企業秩序に影響を及ぼし労務の提供に支障を来たすとして兼業禁止規定に該当するとされたが、これを理由とする懲戒解雇は、労働者の不利益が著しく大きく、解雇権の濫用として無効とされたものがあります(国際タクシー事件・福岡地判昭59.1.20)。本件におけるレッスン講師の兼業は、完治するまでの一時的なアルバイトであれば、講師としてのU社への労務提供上の支障が大きいとはいえず、またゴルフ練習場の経営とホテル業には競業関係もなく、講師のU社に対する影響力も大きいとはいえないため企業秩序への影響も小さいと思われます。そのため、講師がホテルでアルバイトをしていたことは、同人を解雇することの正当な理由にはならないでしょう。今後、レッスン講師が復職した場合には、兼業が規則で禁止や制限されていることを説明することが必要です。また、兼業をするのであれば、事前に会社に相談し承諾を得るようにすることを契約内容として盛り込むとよいでしょう。U社としても、兼業の申出があった場合には、規則で決まっているからと一律に拒否するのではなく、?労務提供上の支障の程度や?企業秩序への影響を考慮の上、できる限り認めるようにするべきだと考えます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:遠藤 起予子)

まず、確認すべきことは、労働者災害補償保険(以下、「労災」という)は、労働者の保険であるということです。よって、もし委託契約で勤務していれば、労災の対象外になります。本件の場合は、被災者とは雇用契約ですので、問題なく労災給付が受けられます。
次に、現在受給中である労災の休業補償給付は、業務が原因でケガや病気になり、療養するため労働することができず、そのために賃金を受けていないときに、その第4日目から支給されます。休業補償給付は給付基礎日額の60%、休業特別支給金は給付基礎日額の20%のため、休業中であっても、おおよそ80%の給与保障があると考えてよいでしょう。待機期間の3日間(連続する3日でなくてよい)については、業務災害の場合、労働基準法に基づいて、休業補償(1日につき平均賃金の60%)を会社が支払うことになります。さて、ここで問題になるのは、「労働することができない」という要件です。
昭和27.11.14基災収1861号によると、「労働することができない」とは、必ずしも負傷直前と同一の労働ができないということではなく、一般的に働けないことをいうとなっています。したがって、軽作業に就くことによって症状の悪化が認められない場合、あるいはその作業に実際に就労した場合には、その賃金が休業補償給付額よりも低い場合であっても、給付の対象とはなりません。そのため、「ホテルのフロントでの通訳の仕事」は本来の業務ではありませんが、「一般的に労働することができる状態」であると判断され、休業補償給付は受給できなくなります。労災の様式第8号(休業補償給付支給請求書休業特別支給金支給申請書)の?欄:「療養のため労働できなかった期間」には、通訳の仕事をする前日までの期間を記入することになります。
ちなみに、私傷病で労働することができず、そのために賃金を受けていない時に健康保険の制度から支給される傷病手当金という給付があります。支給要件は、労災保険休業補償給付と似ていますが、?労務不能の判定は、医師等の意見を基に被保険者の従事する業務の種別を考慮し、本来の業務に耐えられるか否かを基準としていること?待機期間は連続した3日間であることなど、異なる要件がありますので注意してください。
今後は、日本人と慣習が異なる外国人との無用なトラブルを防ぐために、就業規則等の内容を事前にじっくり説明し、休職などの特別な事態が生じた場合には、該当する規定について個別に注意や説明をすることが重要です。たとえば、雇用契約の職務内容が、「事務」となっている場合、多くの日本人は、一般的な事務仕事のほかにも、接客や掃除をすることも当然と考えますが、外国人労働者に掃除を指示すると「契約にない」と一蹴されることもあります。このように、慣習や考え方にも大きな違いがあるため、お互いに悪気がないのに労使トラブルになってしまうこともあります。雇用対策法に基づき厚生労働大臣が定めた「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」では、労働条件の明示や、就業規則、労働基準法等関係法令の周知の際は、当該外国人が理解できるよう配慮することを努力義務としています。具体的には、書面を英語や母国語に翻訳したり、ふりがなを追記したりする対応となります。
最後に、今回のようなホテルでの詰問は、パワーハラスメントと受け取られてもおかしくありません。訴訟に発展する前に、謝罪するのが賢明と思います。

税理士からのアドバイス(執筆:井上 菜穂子)

本件に関しましては、直接的な税金の問題は生じないと思いますが、昨今の人材不足解消のために、外国人の採用を検討する会社は増えてきておりますので、その際の注意点を説明します。会社が外国人労働者を雇用する場合には、その労働者が居住者か非居住者かによって税金の取り扱いは変わってきます。ここでいう居住者とは、国内に住所を有する人または現在まで引き続き1年以上国内に居所を有する人を指し、これら二つの要件のいずれにも該当しない人は非居住者ということになります。居住者である外国人労働者を雇用した場合は、日本人労働者を雇用したときと同じく、雇い入れ時に「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を記載してもらい、毎月支給する給与から「給与所得の源泉徴収税額表」に基づいた所得税を徴収し、年末調整を行って所得税を精算することになります。
この場合の扶養者は、国内に居住する配偶者や子などの親族に限らず、外国在住の親族も含まれることになります。扶養者に該当するかどうかの判定は年間103万円(給与の場合)の収入があるかどうかという基準がありますが、外国在住の親族であっても同様に適用されます。国によって貨幣価値が異なりますので、配偶者や子に限らず、両親や兄弟姉妹も扶養者とするケースも考えられますが、虚偽の申告によって所得税が過少となることもありえるため、平成28年分の扶養控除等申告書や確定申告書からは、国外への送金を証明できる書類や扶養者の年齢や続柄が確認できる書類(日本語訳付き)の添付が義務化されました。これらの書類の添付がない場合、所得控除を受けられなくなりますので、会社は年末調整時に注意が必要となります。また、居住者である外国人労働者が、年の中途で退職し帰国する場合などは、帰国時において非居住者となりますので、退職日と給与支払日、帰国する日の関係で、場合によっては会社が年の中途において年末調整をすることになります。非居住者である外国人労働者を雇用した場合は、会社はその支払う給与の額に20.42%を乗じて計算した所得税を徴収し、年末調整の際に「非居住者等に支払われる給与、報酬、年金及び賞金の支払調書」を税務署に提出しなければなりません。なお、一定の国の教授等や留学生、事業等の修習者などに給与を支払う場合、「租税条約に関する届出書」を税務署に提出しているときは源泉徴収の必要はありません。住民税については、その年の1月1日現在において居住者となっている場合は外国人労働者であっても住民税が課されますが、非居住者については住民税は課されません。住民税が課されている外国人労働者が、年の中途で帰国する場合には、会社は住民税を一括徴収する必要があります。このほか、外国人労働者に対する支出としては、社宅貸与と一時帰国の旅費支給があります。
社宅については固定資産税の課税標準額等を基礎に算出した「賃貸料相当額」の50%以上の家賃を、外国人労働者が負担している場合には、給与として課税されません。一時帰国する際の旅費については、会社がその旅費を支給した場合において、その一時帰国が概ね1年以上の期間を経過するごとにされており、かつ、その帰国のための経路及び方法が合理的なものである場合は、その旅費は外国人労働者に対する給与として課税されません。また、この一時帰国のための旅費には、外国人労働者と生計を一にする配偶者その他の親族に係るものも含まれます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット北海道 会長 安藤 壽建  /  本文執筆者 弁護士 北澤 慎之介、社会保険労務士 遠藤 起予子、税理士 井上 菜穂子



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