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第169回 (平成28年2月号) SR東京会

「損害賠償をお願いします…」「車に乗せた方が悪い!」

SRネット東京(会長:小泉 正典)

T協同組合への相談

かつては従業員が30名以上いたR社ですが、売上と比例して従業員が減少する中、T協同組合が積極的にサポートし続けた結果、R社は現在も事業活動を継続しています。

R社の社員は5名で、うち4名が60代前後、1名が23歳です。この23歳のY社員が問題児で、粗暴で落ち着きがなく、また短気という、非情に取り扱いにくい人物でした。交通事故も複数回発生させていますので、R社での業務は整備助手となっています。

ある日のこと、インフルエンザで社員が3人休むという事態が発生しました。その日のうちにどうしても納車しなければならない顧客車両があるのですが、Y社員しか残っていません。「留守番させるか…運転させるか…」さんざん悩んだ社長は、「君の将来のための訓練だ!」と言って、しばらく説教した後、Y社員に顧客宅までの自走を命じました。

2時間後「お宅の社員がうちの犬にけがさせて、しかも車まで傷つけた!どうしてくれる!」とえらい剣幕の電話が入りました。戻ってきたY社員から事情を聞くと、ガレージに犬がいるとは思わずに、バックした際にその犬の足を轢いたこと、驚いてハンドルを切ったら壁にぶつけた、ということでした。Y社員は「俺は悪くない」という顔をしています。こいつに言っても仕方ないと思った社長は、身元保証人であるY社員の母親に電話をかけました。しかし、「うちの子が乱暴なのはわかっているでしょ、車には乗せないと社長が言っていたのだから、乗せた方が悪いのではないですか…」と返されてしまいました。

組合事務局を訪れたR社社長は、すっかり落ち込んでいます。事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業R社の概要

創業
1955年

社員数
正規 5名 非正規 2名

業種
中古車販売・自動車整備業

経営者像

最近はインターネットで中古車を販売する時代になりましたが、R社は昔ながらの店頭販売と近隣会社の社有車整備で経営を維持しています。68歳になるR社の社長は、後継ぎもおらず、従業員も高齢化しているため、自分の代で事業を廃止しようと考えていました。


トラブル発生の背景

限られた人員の中で起こってしまった事件です。果たしてY社員に留守番させるという選択肢をとるべきだったのでしょうか。Y社員は勤続2年ですが、その間は一度も会社・顧客車両を運転させたことがありません。今回の件は「犬がいることを知らなかった」ということがY社員の言い訳になっています。

ポイント

問題があるとしても、雇用している限り普段から教育訓練を行うことが使用者の義務です。しかし、犬の治療費、車の修理費等、すべて会社が負担しなければならないのでしょうか。また、あまりにも無責任なY社員には、どのように対応すべきでしょうか。そして、身元保証人に損害の一部賠償を求めることができるのかどうか、R社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

Y社員は、R社の業務遂行上、顧客に損害を与えています。それ故、R社は、R社と顧客との中古車販売契約(ないし車両整備契約)上の車両を安全に配送する付随的義務に違反したものとして、あるいは、使用者責任(民法715条1項)により、顧客に対し、直接損害賠償責任があるといえます。

まずは、担当社員と社長が顧客に謝罪し、顧客の被った損害を賠償して、顧客との間で示談書を取り交わすなどして、速やかに事態収拾を図る必要があります。

つぎに、Y員への損害賠償ですが、R社は、Y社員が業務遂行上の注意義務を怠った過失により、顧客に損害を与え、その賠償を余儀なくされた訳ですから、本来、Y社員に対し、雇用契約上の債務不履行を理由に顧客に支払った金額全額を損害賠償請求あるいは民法715条3項により求償できるはずです。

しかし、近年は危険性のある労働や損害を引き起こしやすい労働を従業員に任せて、その労働により多大の収益を上げる以上、企業活動から生じるリスクも負担すべきとの考え方(報償責任)から、損害の公平な分担を図るため、「信義則上相当と認められる限度」でのみ、従業員に賠償等を請求できると解されています(茨石事件・最判昭和51年7月8日判タ340-157)。同判決では、「事業の性格、規模、施設の状況、従業員の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮、その他諸般の事情に照らして判断する」としています。これによると、直ちに全額請求できるということにはなりません。

 R社員は、故意にぶつけた訳ではないようですが、初めて訪問する顧客宅のガレージ内に車庫入れするにつき、かなりの不注意があったと思われます。しかし、R社は、賠償責任保険に加入するなどして損失の分散も図っておらず、勤続2年で一度も会社・顧客車両を運転させたことがない整備助手のY社員に対し、顧客宅まで自走させるについて、日常的な教育も十分に行っていなかったようです。以上によれば、R社からY社員への損害賠償請求できる範囲は、信義則により、相当程度限定されると考えられます。

なお、前記最高裁の事例や大隈鐵工所事件(名古屋地判昭和62年7月27日労判505号66頁)では、使用者の請求は4分の1に制限されています。

では、R社からY社員への損害賠償請求が認められる場合に、身元保証人であるY社員の母親に損害賠償請求ができるでしょうか。

 身元保証については、従業員に業務上不適任または不誠実な事跡があって、身元保証人の責任が発生するおそれがあることを知ったときや、任務の変更等があって身元保証人の責任が重くなるなどするときは、使用者は身元保証人に通知しなければなりません(身元保証法3条)。また、裁判所は、身元保証人の責任と金額を定めるのに、従業員への監督に関する使用者の過失の有無や身元保証の経緯など一切の事情を考慮します(身元保証法5条)。

本件では、前述のとおり、R社の不適切な業務上の命令に基づいて、本件事故が起きていることや、任務の変更を通知していないことなどから、身元保証人の責任を軽減すべき事情があると思われ、R社員へ請求できる額からさらに減額される可能性がありそうです。 

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:池田 光代)

昨今、社会人として未熟な社員が増加しており、問題社員・ローパフォーマー社員対策が多くの企業にとって重要な課題となっています。では、こうした社員に対しどのような対応を行えばいいのか、その労務管理について考えてみましょう。

まず就業規則等、会社の実態に応じた服務規程・賞罰規程といったルールを構築する必要があります。会社の業種は多種多様ですから、自社の業種や業務内容・業務遂行方法に応じた内容で定めましょう。R社のように車両の運転業務がある場合は、「車両管理規程」等で一定のルールと運用を厳格化することにより、会社のリスク軽減に役立ちます。たとえば、道交法による安全運転管理者の選任、管理責任者の選任・運転者台帳・運転者のモラル・安全運転の確保等といった内容です。

諸規程の整備ができたら、社員へ周知します。就業規則等諸規程を配布して終わりとしている会社も多いと思いますが、ただ配布しただけでは十分ではありません。読む人によって違った解釈をしてしまい、間違った認識でいる方もいるはずです。手間はかかりますが、必ず説明を行い、併せて必要な教育を実施することが大切です。

効果的な教育については、まず、雇い入れ時の安全衛生教育があります(労働安全衛生法第59条第1項)。雇い入れた時、その従事する業務に関する安全、または衛生のための教育を行います。その際には、併せて会社の就業規則・諸規程についても周知・教育をします。入社してすぐに会社のルールを認識させることで、その後の業務がスムーズになるとともに、既存の社員と同じルールで業務を行えるため、摩擦を最小限に抑えることができます。

つぎは、作業内容を変更した時です(労働安全衛生法第59条第2項)。これは今回のY社員のように、通常の整備業務ではなく運転業務を行うといった作業内容の変更の際、その作業に応じた安全、または衛生の教育を行うことになります。この時、事前に定めた車両管理規程等を使用して教育すると効率的です。また、違反時にペナルティーを課すだけで終わるのではなく、そのときに必要な教育を行うこともポイントでしょう。たとえば、違反をした原因や解決策を思考させ、今後の改善計画を一緒に策定します。このようなさまざまな教育は、会社の人数や業務の繁閑等を考慮した上で、全社員を対象に、継続的・定期的に行うことが重要です。R社の場合、普段から教育体制が引かれていなかったために、突発的な事象に対応することが難しくなっていたといえます。

社員全員で情報共有をすることにより、自己の再発見や他社理解につなげましょう。また、社員から意見を求めることも効果的です。

社員への適切な教育は、職場環境の改善にもつながる重要な事項です。自社に必要な教育を適切に実施できるよう社内で話し合われることをおすすめします。

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

今回のケースで、R社が顧客から請求される可能性がある犬の治療費、車の修理費等の税務上の取り扱いについて検討します。

まず、法人の役員、または使用人がした行為等によって他人に与えた損害につき、法人がその損害賠償金を支出した場合には、次(法人税基本通達9-7-16)によります。

?その損害賠償金の対象となった行為等が法人の業務の遂行に関連するものであり、かつ、故意、または重過失に基づかないものである場合には、その支出した損害賠償金の額は給与以外の損金の額に算入する。

?その損害賠償金の対象となった行為等が、法人の業務の遂行に関連するものであるが故意または重過失に基づくものである場合、または法人の業務の遂行に関連しないものである場合には、その支出した損害賠償金に相当する金額は当該役員、または使用人に対する債権とする。

本件では、Y社員の行為は、故意または重過失ではない行為等に該当しますので、R社が負担する可能性のある犬の治療費、車の修理費等は損害賠償金として損金の額に算入されます。

ただし、法人の業務の遂行に関連するものであっても、故意または重過失に基づくものである場合については、役員または使用人に対する債権(貸付金等)となります。つまり、この段階では損金算入が認められないで、益金の計上が必要となります。

また、法人が貸付金等として処理した債権を、その役員または使用人から回収できる状況にあるにもかかわらず、回収しないこととした場合には、その役員または使用人に対する給与となります。

さて、所得税には、雑損控除として損害の一部が控除される規定があります。本件でこの規定が適用できるのかどうかを検討します。

地震や洪水などの天災、火災などの人災、又は、盗難などの犯罪等により財産に損害を受けると、それだけ担税力が減少すると考えられます。このような納税者の担税力の減少を考慮するために設けられた所得控除が雑損控除です。

雑損控除の適用を受けるためには、次の4つの要件を満たす必要があります。

?所有する資産に損害が生じたこと。ただし、この場合の資産は、厳密に納税者が所有する資産に限定されているのではなく、生計を一にする配偶者その他の親族が所有する資産であっても、納税者本人が雑損控除を受けられます(その配偶者等の総所得金額等が38万円(基礎控除の額)以下の場合に限られます。)

?雑損控除の対象となる資産は、居住用不動産(建物)、生活に通常必要な動産類、事業にいたらない業務用の資産であること。

?損害が生じた理由が「災害」又は「盗難もしくは横領」に限定されています。「災害」とは、自然現象の異変による災害、人為による異常な災害、害虫などの生物による異常な災害などです。これに対して「盗難もしくは横領」は、厳密に刑法上の窃盗または横領に限定されています。

?雑損控除は損害額が納税者の総所得金額等の合計額の10分の1を超える部分についてのみ適用されます。あまり少額の損害についてまで控除を認めると、税務行政上対応が困難になるので、一定の下限が設けられています。

なお、雑損控除の適用を受けるためには、確定申告を行う必要があります。本件の損害賠償金の支払いは、雑損控除の適用される要件に該当するものではないので、Y社員または身元保証人が損害賠償金を支払った場合でも、雑損控除の適用を受けることはできません。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット東京 会長 小泉 正典  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 池田 光代、税理士 山田 稔幸



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