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第165回 (平成27年10月号) SR山形会

定年後再雇用の勤務形態を変更!?
「雇い続けることに変わりはないよ」

SRネット山形(会長:山内 健)

P協同組合への相談

L社の社長は、代々P協同組合の理事を務めています。そんなL社がある工業団地は、P協同組合の強力な支援により完成した経緯があります。「定年後はフルタイムではなく、短時間勤務でも良いのではないか?」ある日の幹部会議でL社の社長が発言しました。昨今の受注減から、できる限り人件費を削減する対策を考えているようです。「しかし、年金の支給もまだでしょうし、生活もありますから…」と総務部長が意見しますが、「だったら社員の給与を引き下げるのか?それとも何人か解雇するのか?」と言われると、誰からも代替策の提案がありませんでした。再雇用者を集めた説明会で、次回の契約更新から、月90時間、月120時間、月150時間の勤務コースを新たに設定し、業務量に応じた労働時間で契約することが発表されました。再雇用者たちには一様に動揺が走り「功労者に対する裏切り措置だ!」「退職勧奨か!」という声が出始めると、説明会場が混乱状態となりました。社長は途中で退席し、総務部長がその場を収拾しましたが、再雇用者たちの不満は収まるところがありません。L社の社長と総務部長は、その日のうちに組合事務局を訪れ、事の経緯を説明しましたが、不安要素が多いため、事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介しました。

相談事業所 組合員企業L社の概要

創業
1932年

社員数
正規 34名 非正規 21名 

業種
機械器具製造業

経営者像

L社の社長は三代目で75歳、不景気の波を乗り越えながら頑張ってきましたが、最近の受注減には頭を痛めています。社歴が長いだけに、高齢者の割合が高いL社は、定年後再雇用者が10名を超えようとしていました。


トラブル発生の背景

L社では、再雇用時に賃金を大きく減額させる仕組みはとっていませんでした。それは、後進への業務引継ができていなかったため、定年後も一線で勤務してもらう必要があったからでした。そのため、再雇用者たちのモチベーションは高く、今回の“自分たちを切捨てるような”会社の対応に怒りが爆発したのでしょう。

ポイント

正規社員を守るために、定年後再雇用者の勤務調整を行うことは違法なのか。再雇用期間中の契約更新時に賃下げを行うことは、定年到達時再雇用時の賃金減額決定と意味が異なるのか。L社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

定年年齢を60歳と定めている企業が多くありますが、公的年金の支給開始年齢が段階的に65歳まで引き上げられることとなったため、このままでは、定年を迎えた後に、年金も給料も受け取ることができない「空白期間」が生じるおそれがあります。その対策として、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が改正され、65歳未満の定年制がある企業には、65歳までの雇用確保措置が義務付けられることとなりました。具体的には、①定年年齢を65歳以上に引き上げる、②定年後の継続雇用制度を導入する、③定年制を廃止する、のいずれかの措置を講じなければならないものとされました(同法91項)。

これを受けて、多くの企業は、②の継続雇用制度を導入しました(全体の9割前後の企業が②を選択したようです)。この制度は、現に雇用している高年齢者が希望する場合には、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用するというもので、定年年齢でいったん退職させた(退職金も支給した)後、再び雇用するものです。再雇用時に賃金や労働時間等の労働条件を見直すことができるため、この制度を選択した企業が多かったものと思われます。そして、定年後の継続雇用契約については、L社のように1年単位の更新制としている例がほとんどでしょう。

 それでは、定年直後の継続雇用契約で定めた労働条件を、その更新時に使用者側の一存で変更することができるのでしょうか。1年という期間を定めた契約とはいえ、労働者が65歳まで契約が更新されると期待することには合理的な理由があると考えられますから、更新時の条件変更を拒否した労働者を、そのことを理由として雇い止めにすることは許されないと考えられます(定年後再雇用労働者の雇い止めを無効とした判例として、東京地判平23.9.16等)。この法理からすれば、たとえ更新時であったとしても、労働条件を労働者の不利益に変更することになる場合には、不利益変更が許されるための厳格な要件を充たす必要があることになり、L社はこれを充たしていないことになります。よって労働条件については、定年直後の再雇用契約において、慎重に定めておく必要があります。

労働契約法第9条では「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない」とされ、次条(第10条)では「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則によるものとする」と規定されています。L社としては、勤務時間調整の必要性を十分に説明し、労働者に納得してもらえるよう努力する必要があります。

最後に、再雇用労働者の労働条件の変更ないし雇い止めは、正規労働者と全く同一の要件を充たす必要があるのかという問題に触れておきます。この点については、期間雇用労働者と正規労働者の間には合理的な差異があってよいとされていますので、経営環境が厳しく、従前通りの雇用ないし労働条件を全労働者について維持することが困難な事情が本当に存在する場合には、再雇用労働者の労働条件の不利益変更から先行的に実施するのは合理的と判断される可能性が高いでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:西村 吉則 )

いわゆる「定年」の法律上の根拠は、実は「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(通称 高年齢者雇用安定法、略 高年法)にその定めがあります。かつては60歳以上とすることを努力義務としていましたが、平成10年以降は60歳定年が義務化されました。また、急速な高齢化の進展に伴い同法は平成18年4月からは事業主に対し、年金の支給開始年齢の段階的引き上げに合わせて、弁護士が述べたように高年齢者雇用確保措置(以下「雇用確保措置」という)を講ずることを義務づけました。

この時点の継続雇用制度を利用できる対象者は、労使協定による基準等に適合する者のみでしたが、平成25年4月からはその定めた基準で選別する仕組みが廃止(経過措置あり)され、希望する者全員(除外規定あり)を対象とすることが義務づけられました。

改正高年法には上記の雇用確保措置についての定めはありますが、再雇用後の労働条件についての定めはありません。新しい労働契約は、高年齢者の安定した雇用を確保するという法改正の趣旨を踏まえたものであれば、労働基準法や最低賃金法などの強行法規に違反しない限り、基本的には契約で自由に決定できるものとされます。

さて、L社の件ですが、同社も定年後の再雇用制度で雇用確保措置を行っています。その内容は、再雇用時の賃金は定年時と比較し大きく減額することもなく、勤務時間もフルタイム制となっており、再雇用者は定年延長、または65歳までの勤務延長とさほど変わらない労働条件で勤務しています。

本件は、次回の契約更新から3種類の新たな勤務コースを設定し、業務量に応じた労働時間で賃金額を決定する契約にするとの提案が問題となりました。最近の大幅な受注減による人件費の削減を意図するものでしたが、勤務コースによっては大幅な賃金引き下げになる場合も予想され、再雇用者からは激しい反発がありました。

再雇用制度を採っている企業の多くは、定年時の賃金額と再雇用時の賃金額には大幅な金額の差(定年時賃金の50%~70%)があることが多く、判例で仮に同一の職務内容で減額した場合でも、この範囲内であれば比較する定年後の労働条件がないため不利益変更とはされませんが、同社は既に継続雇用措置を講じており、後出しで労働条件を労働者の不利に変更するのであれば、労働者の合意がない限り不利益変更となると考えられます。

今後の対応については、高年法が定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではありませんので、退職時再雇用の労働条件の決定において事業主は合理的な裁量の範囲の条件をあらかじめ提示しておく必要があります。さらに、更新時の労働条件決定では、やむを得ない事情が発生した場合など、労働者の同意が得られるように十分に説明する義務があることも理解しておきましょう。

また、今回提示した勤務コースを直ちに適用するとしても、経過措置を設けたり、賃金減少額に対する代償措置を設けるなど、急激な賃金の低下を避けるようにすることが人事管理上望ましいといえます。

L社には55名の社員がいますが、人件費の抑制の問題については、正規社員・非正規社員の割合、女性の採用、高齢者の採用等人員構成により様々な方法が考えられます。また、長年培ってきた製造技術の承継、高齢な経営者の後継者育成を含めた総合的なビジョンを構築する必要もあるでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

退職金に対しても、支払い法人側には、源泉徴収義務があります。法人の使用人(ここでは役員等を除いた一般の従業員のみを対象とします。以下同じ)に対して、その労働の対価として通常支払われるものには、毎月の給与や定期的に支払われる賞与、臨時的に支払われる賞与そして退職を起因として支払われる退職手当等があります。いずれも通常は、支払者側にとっては経費として損金算入される性格のものですが、これを受取る使用人にとっては所得税法上「給与所得」と「退職所得」とに区分され、負担すべき所得税等には大きな違いがあります。

給与や賞与などの「給与所得」は総合課税の対象であり、「雑所得」や「一時所得」など他の所得と合算した総所得金額から各種所得控除を行ない、課税総所得金額を求め、これに対して累進税率により税額を算出します。

一方、「退職所得」は、他の所得とは合算せず、単独で課税退職所得金額が計算されます。いずれの所得にもそれぞれの控除額があり、収入金額がそのまま所得金額になるわけではありませんが、「給与所得」の場合と「退職所得」とでは、その控除額には大きな違いがあり、しかも「退職所得」の場合は、退職所得控除後の金額をさらに二分の一した金額が、所得金額になりますので、結果的には「給与所得」と較べて所得税等が大きく減少することとなります。これは退職金の性格が、長期に渡る労務等に対する給与の後払い的なものと考えられるために、本来は過去の年分の所得に分散すべきものであるが、実際上その計算が困難であるために、このような取扱いになっているとされているからです。

このような事情から、税務上は、支給の形態にかかわらず、実質的に「退職所得」に該当するか、あるいは「給与所得」に該当するのかということを明確にしておく必要があり、基本通達等でも詳細な規定が置かれています。

定年到達後も引続き勤務する使用人に対して支給する退職金に対しては、一定条件のもとに「退職所得」とされますが、場合によっては、「給与所得」と判定される場合がありますので、注意が必要です。

「退職所得」とされるための条件のひとつが、その支払われた退職金等の後に再度(再雇用終了時等)支払われる将来の退職金等の計算上、すでに支払われた退職金等の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものであることです。退職金規程や就業規則等に「定年」が明確に規定されていることは当然ですが、退職金等の支給規定もきちんと整備しておくことが求められることになります。

また、「退職所得」として認められない例としては、次のような場合が考えられます。

雇用契約の更新等により毎年支給される退職金等、あるいは退職に際し支払われるものであっても、その支払金額の計算基準からみて、他の引き続き勤務している使用人に支払われている賞与等と同じ性質のものである場合などです。

ところで、定年後に再雇用する場合には、定年に達した時に一旦退職金を支払うケースと再雇用満了時にまとめて退職金を支払うケースが考えられます。実務的には、前者のケースが多いようですが、これは想定している勤続年数が結果的に増えてしまうために退職金の原資が増加してしまうことを避けるためであると思われます。

いずれにしても、再雇用時の労働条件等を規定として整備しておくことが、無用なトラブル防止のためには必要だと思われます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 西村 吉則 、税理士 木口 隆



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