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第163回 (平成27年8月号) SR東京会

有給休暇が取得できない会社?
「会社を休んでよいのは、病気と慶弔のときだけだ!」

SRネット東京(会長:小泉 正典)

M協同組合への相談

J社はM協同組合の創立メンバーです。地域零細企業のまとめ役として、また、工業振興の企画役として活躍しているJ社の歴史は、M協同組合の歴史そのもののようです。
「有給休暇の取得促進…?遊びに行くのに給料払うなんて、まったく理解できない…」と始まりましたので、工場長達は「またか…」という顔でうなずくしかありませんでした。「だいたい、俺の若いころは…」と続ける社長は、先代社長から厳しく育てられ、寝る間も惜しんで、人一倍働いていました。しかし、時代の流れは、勤労意識を確実に変化させていますので、2人の工場長は、社員たちをなだめるのに大変な苦労をしていました。そんなJ社でしたが、ついに事件が発生しました。「なにぃ…同窓会旅行で2日も休むだと!」中堅のH社員がやっとのことで申し出た休暇申請を社長が欠勤扱いしたのです。「みんなが働いているのに、1人だけ遊ぶなんて社会人失格だ!」とやってしまったものですから、H社員は「こんな会社辞めてやる」と返してしまいました。慌てた工場長は、組合事務局に泣きついてきましたが、事務局担当者も有給休暇の問題ではJ社の社長を説得できないと判断し、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介しました。

相談事業所 組合員企業J社の概要

創業
1949年

社員数
正規 9名 非正規 2名

業種
金属加工業

経営者像

J社の社長は66歳、父親の跡を継ぎ2つの工場を切り盛りしています。受注の波が激しい業種だけに、一人ひとりの社員が貴重な戦力です。誰かが欠けると、他の社員への負荷が大きくなり、それでなくても長時間労働の実態がさらに悪化します。「働いて稼ぐ」これが社長の持論です。


トラブル発生の背景

昔は有給休暇の日数も少なく、働く側も滅私奉公的な感覚がありましたが、いつまでもそれを引きずるJ社長の労務管理手法に社員たちは嫌々従っていました。有給休暇は「権利」だけなのか、「義務(休んでも迷惑をかけない状態)を履行することが条件の権利」なのか、このあたりを整理しながら、J社の社長を説得する必要がありそうです。

ポイント

J社の社長の考え方を変えるため、生産量を維持しての「新しい働き方」「職務ローテーション」などの提案、休みを確保する勤務シフトが可能かどうか。
このことは、H社員を説得する要素にもなりそうです。J社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

労働基準法上の有給休暇の利用目的は、労働者の自由であり、使用者がこれに干渉することは許されないとされています(林野庁白石営林署事件、最高裁昭和48年3月2日判決・民集27-2-191)。よって、J社は、取得理由が同窓会旅行であるとしても、H社員から請求された時季に有給休暇を与えなければなりません(労基法39条5項本文)。他方で、これが「事業の正常な運営を妨げる場合」使用者は年休を他の時季に与えることができる(時季変更権)とされています(同但書)。J社では、一人ひとりの社員が貴重な戦力で、誰かが欠けると他の社員への負荷が大きくなりますが、H社員の有給休暇取得が「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するのかどうか検証してみます。
「労働者の誰かが有給休暇をとることがあるということは事業を運営する上に本来予定されているべきであること」(上記事件、仙台高裁昭和41年5月18日判決・高民集19-3-270)という判例があります。かなり多忙であるということだけではだめで、たとえば、同日に多数の年休請求者がいて、代替要員の確保が困難で業務上支障を生ずる、あるいは当日当該労働者でなければ処理できない重要な用務がある、とった場合に時季変更権があるとされています。この判例によれば、J社は代替要員確保の努力が必要となります。なお、恒常的な人員不足から、代替要員を確保することが常に困難であるという状況は、それがいかに現実の運用であっても時季変更権の行使を正当化しないとされています(名古屋高裁金沢支部平成10年3月16日判決・労判738-32参照)。
本件の場合、H社員が休んだだけで、J社の事業に支障をきたすおそれがあり、社長の「みんなが働いているのに、1人だけ遊ぶなんて社会人失格だ!」という気持ちも分からなくはありません。しかし、J社において代替要員確保の努力をした形跡はみられませんので、J社が時季変更権を行使することは許されないと考えられます。したがって、J社社長の欠勤扱いの対応は違法であると解されます。その結果、J社社長とJ社には労働基準法119条1号・121条による刑事罰が科せられ、J社には年休手当の不払いにつき同法114条による付加金が課せられるおそれがあります。このままでは、いわゆるブラック企業のレッテルを貼られて、有益な人材確保が困難になるおそれもありますから、J社社長は意識の転換が必要です。
なお、就業規則における有給休暇取得ルール(1週間前に申請など)は、有効なのかどうかをご説明します。就業規則で一定日数ないし一定時間前までに年休申請することを義務づけた場合の効力については、これが合理的なものである限り有効であって、代替要員確保を容易にするため、原則として前々日の勤務終了時までに年休請求することを求める就業規則は有効であるとされています(電電公社此花電報電話局事件、最高裁昭和57年3月18日判時1037-8)

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:戸谷 一彦)

有給休暇とは、正式には「年次有給休暇(以下年休という)」といい、一定期間継続した労働者に付与される休暇で、労働基準法第39条に定められています。使用者は、採用後6ヵ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続または分割した10日の年休を与えなければなりません。採用後6年6ケ月以降は、8割以上の出勤率を満たしている場合に、年間20日の年休が与えられます。同様に、所定労働日数が少ないパートタイマーなどの労働者に対しても、所定労働日数に比例した日数を付与することが定められています。年休は労働基準法により労働者の権利として守られており、年休を取得するための理由は、原則として問われることもなく、特別な事情がない限り、いつでも自由に取得することができるとされています。
しかしながら、現実的には業務が忙しく、労働者にとっても取得しづらい職場が多いのが現状です。その場合には、事業場全体で年間計画などの中で年休を組み入れ、計画的に年休を取らせる日を定め、休暇を取りやすくする方法があります。これが「計画的付与」の制度です。この制度は、少なくとも5日間は、労働者が好きなときに使える休暇として残しておくこと。また、労使協定でその内容を定めておく必要があります。
J社の社長は、「働いて稼ぐ」が持論で、やっとのことで申し出た休暇申請を欠勤扱いにしてしまい、社員とのトラブルになってしまいました。滅私奉公的な感覚の職場であるとのことですが、このままの状態が続くと、労働者の「やる気」や「生産性」が低下し、また、長時間労働ありきの職場では、今後、労働者のメンタル面での不安が生じ、人材の確保という点からも問題が起こる可能性があると思われます。
年休を取得することのメリットとして、労働者にとっては、メリハリのある仕事をすることができ、心身ともに健康的な働き方や生活ができること。経営者にとっては、労働者がいきいきと働くことで、生産性が高まり、優秀な人材の確保や労働者の健康のリスクが軽減できるなど様々な利点があります。
J社においては、今までの働き方を見直す必要があるでしょう。たとえば、業務内容を再点検し、ムダを省き効率化を考えること。年休を取得できるよう、お互いに協力し、仕事を分かち合うこと(ワークシェアリング)により労働時間を短縮すること。半日または時間単位(年5日を限度)の年休取得制度を考えることなど、年休取得により、社員のモチベーションが向上する仕組みを考えることが必要だと思われます。
平成28年4月1日より、「長時間労働抑制策・年次有給休暇取得促進策等」の一つとして、10日以上の年休が付与される労働者に対して、毎年、時季を指定して年「5日」の年休を取らせることが使用者の義務となります。これは、年休を取得できない労働者に対して、年に5日間は必ず年休を取らせるようにする、という趣旨の制度です。
企業にとって、人材を確保し、育成していく上でも適切な年休を付与することは、必要不可欠なものとなります。さらには社員の成長につながる働き方、子育てや介護などライフイベントに対応した働き方など、ワーク・ライフ・バランスに対応した経営が、今後ますます求められていくことでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

本件において、人件費における有給休暇の考え方、その他の税務上での留意する必要がある事項についてご説明します。
人件費と有給休暇の関連性
会計の基準の一つに国際会計基準(IFRS)という基準があります。日本では上場会社においてのみ任意での適用が始まっており、任意適用会社61社、任意適用予定会社27社の合計88社(平成27年6月現在)と、日本でこの会計基準を適用している上場会社は毎年増加傾向にあります。この国際会計基準(IFRS)では、顕在化する可能性の高い債務は負債に計上する必要があります。残存有給休暇は潜在コストとも考えられます。未取得の有給休暇は、取得された時点で対価としての従業員の労働役務の提供が無いのに、賃金の支払いが発生するという意味では、未払の債務として負債の認識計上が必要であるという考え方となります。
しかし、我が国の法人税法上、この未取得の有給休暇の負債への見積計上は、引当金と同様のものであり法人税の計算上では、損金不算入とされています。したがって中小企業においては、この未取得の有給休暇を未払の債務として認識する会計処理は、ほぼすべての会社において行われていません。
有給休暇を会計の上でも負債として認識されるようになると、会社側にも社員の有給休暇取得を促す契機の一つとなると言えるでしょう。
労働生産性の高い会社とは
有給休暇の取得率が高い会社と低い会社を比較した場合に、労働生産性の効率は変化するのでしょうか?会社の経営内容を判断する材料の一つに「労働生産性」という経営指標を用いることがあります。労働生産性=付加価値額÷従業員数という計算式により算定されますが、この指標は一年間に従業員一人当たりどれだけの付加価値を生み出したかを測る指標です。なお、付加価値額は、(経常利益+人件費+金融費用+賃借料+租税公課+減価償却費)の合計です。
この労働生産性指標の計算上、人件費は会社が支払った人件費で算定しますので、単純に有給休暇の取得率の高低での計算上の影響はありません。
しかしながら、生産性(付加価値額)を上げるためには、機械化や自動化に加えて、従業員のやる気やチームワークが影響します。
数値に見えない部分での従業員の内面(モチベーション)の向上などの面で、有給休暇の取得率の高い会社は、次の項目での改善、好転の結果として会社の業績に影響を与えることがあるといえます。?業務効率の改善。?職場内の安全の確保。?従業員の創造力の能力上昇。?従業員定着率の向上。?従業員の健康状態の改善。
残存有給休暇を買取った場合の税務上の処理
会社が、従業員の有給休暇の残日数(法定を上回る部分)を金銭により買取った場合には、支払った金額の多寡にかかわらずその部分は給与所得として課税する必要があります。また、金銭に代えて物品で支給する場合にも、給与所得となります。
なお、従業員が退職した場合に、消化できなかった残日数分を会社が買取る場合には、基本的に退職所得に該当すると考えられます。退職所得とは、退職に基因して一時に支払われる給与等をいいます。退職時の有給休暇の買取りは、退職をしなければ発生しないはずのものであり、退職に基因して発生するものと考えられますので、税金の計算上は退職所得として取り扱うことが可能です。
退職所得は、退職金の収入金額から一定の退職所得控除額を控除して、さらに2分の1をした金額に対して税率を乗じて計算します。一般的には給与所得よりも退職所得であるほうが、従業員の方の所得税負担の面ではメリットがあるといえます。

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SRネット東京 会長 小泉 正典  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 戸谷 一彦、税理士 山田 稔幸



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