第161回 (平成27年6月号) SR北海道会
なぜ、そんなに時間がかかるのか?
「深夜勤務は申告しません!」?
なぜ、そんなに時間がかかるのか?
「深夜勤務は申告しません!」?
SRネット北海道(会長:安藤 壽建)
N協同組合への相談
H社は、N協同組合設立以来の会員で、会員相互の経営協力、組合からの経営情報を糧として、会社を発展させてきました。
このH社には部長が3名いますが、そのうち製造部長の在社時間が異常に長く、平均終業時刻が21時、遅いときは23時過ぎが退社時刻となっていました。
H社の残業は申請方式をとっており、管理職の深夜勤務も例外ではありません。しかし、製造部長は、深夜勤務の申請を一切行っておらず、早朝から深夜まで、いわば自分勝手に仕事を行っているような状態です。
まずは健康の問題、また労基法対応のこともあります。H社の社長が製造部長を説得しても、「仕事が遅いものですから、気にしないでください。自己責任ですよ」と笑って返される始末で、社長も「仕方ないか…」とあきらめムードになっているようです。いろいろと話を聞いた組合事務局担当者は、「このままでは良くない」と判断し、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介しました。
相談事業所 組合員企業H社の概要
-
- 創業
- 1959年
- 社員数
- 正規 38名 非正規 23名
- 業種
- 自動車部品等製造業
- 経営者像
H社の社長は75歳、郊外の工業団地に工場を移転して20年になります。下請の辛さをエネルギーに代えながら、産業用ロボットの開発やエクステリア関係のおしゃれな調度品の製作・販売も順調に業績を伸ばし始めました。自動車部品の受注が低迷しても、何とか経営を維持できるような体質改善を図っているH社です。
トラブル発生の背景
H社社長が組合事務局を訪れた次の日に、H社の製造部長が脳溢血で病院に運ばれるという事件が発生しました。工場内で倒れたので社内では労災と騒ぎ、病院に駆け付けた家族は「過労が原因ではないか?」と総務部長に詰め寄る一幕もありました。H社社長としては、「たまたま工場で発病したからといって、労災ではないだろう…」と青ざめています。
ポイント
管理職といえども、在社時間を把握する必要があり、また、健康管理上の措置を行う必要があったのではないでしょうか。このような場合に、会社はどのように対応すべきなのか、初期対応の重要性を含めて、H社の社長への良きアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:開本 英幸)
労働者が脳・心疾患によって倒れた場合、労災申請が行われる可能性があります。さらに、労働者の脳・心疾患が発症した原因について会社に落ち度があれば、損害賠償責任が発生します。これは、安全配慮義務、すなわち「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮」をする義務(労働契約法5条)に違反したことが主な理由となります。裁判所は、労災が認められている事案では、会社に安全配慮義務違反があったと評価する傾向があります。会社は、損害賠償責任というリスクを認識し、適切に対応しなければなりません。 脳・心疾患の原因が過労と疑われる場合、労災認定の基準は行政通達(平13.12.12基発1063号)が定めています。具体的には、?発症直前から前日までに異常な出来事に遭遇したこと、?発症前の短期間(1週間)に特に過重な業務に就労したこと、?発症前の長期間(6ヵ月間)にわたって著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したことのいずれかの場合は、労災として認定するというものです。業務の過重負荷は様々な要素から判定されますが、特に労働時間は疲労の蓄積をもたらす最も重要な負荷要因とされています。発症前1?6ヵ月間にわたって残業が概ね月45時間を超え、長くなればなるほど業務と発症の関連性が徐々に強まる、また、発症前1ヵ月間に概ね100時間か、発症前2?6ヵ月間にわたって概ね月80時間を超える残業が認められる場合はその関連性が強い、と評価されます。
この労働時間とは、「労働者が使用者の指揮監督のもとにある時間」をいい、「指揮監督」は黙示でもよいとされています。本件では、製造部長の在社時間が異常に長く、自分勝手に仕事を行い、説得に失敗していたとしても、製造部長が仕事をしていることを黙認していた以上は、H社に黙示の指揮監督があったものと評価されるといえます。黙示の指揮監督すらないといえるためには、残業禁止の業務命令を書面で出す、現実に仕事をさせないで退社させる等の姿勢が必要と思われます。
かりに、本来の終業時刻が17時とすると、平均して21時に退社していたのであれば、4週間の平日だけで80時間(20日×4時間)残業をしていたことになります。また、土日や早朝の出社があれば、概ね月100時間程度の残業となり、上記基準により労災認定される可能性が高くなるでしょう。他方で、休憩時間の長短、業務内容及び実態、精神的緊張度等の事実も、労災認定の判定要素の一つとなりますので、H社はこれらを調査すべきですし、労働基準監督署の調査にも真摯に協力すべきです。
製造部長は、労災認定により国から一定の労災保険給付を受給するのとは別に、H社に損害賠償請求をすることが考えられます。これに対し、H社としては、製造部長は管理監督者(労働基準法41条2号)であり、労働時間を管理する必要はないので、安全配慮義務違反はないと考えているかもしれません。しかし、労働基準法上の管理監督者に該当するかどうかの裁判例の傾向は会社側に厳しいものがあります(日本マクドナルド事件東京地判平20.1.28労判953-10等)。また、管理監督者に対しても、使用者には、深夜労働時間に対する手当の支払義務(労働基準法37条3項)、長時間労働者に対する医師による面接指導等の義務(労働安全衛生法66条の8等)等が認められていることから、安全配慮義務違反があるものと理解されています。平13.4.6基発336号等の行政通達も同じ理解です。H社は、製造部長は管理監督者であるとの一点を理由に、その責任を免れないことを認識する必要があるでしょう。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:和田 繁彦)
企業を取り巻く環境の変化が厳しくなっている状況の中で、体質改善を図っているH社の製造部長の働き方、働かせ方に問題はなかったのでしょうか。
最近は、管理職でありながら自らも第一線で業績向上に貢献し、同時に部下の指導育成に当たるプレイングマネージャーが増えています。企業側にとっては、売り上げに貢献する現場のプレーヤーと管理職を兼任させたほうが、それだけ人件費が抑えられるという背景があるのでしょう。
さて、本件の製造部長は、早朝から深夜まで自分勝手に仕事を行っています。社長が説得しても、「仕事が遅いものですから、気にしないで下さい。自己責任ですよ」と笑って返され、これに対して社長も「仕方がないか…」とあきらめムード、しかし労働時間を適正に管理する責務は使用者にあります。「平成13年4月6日付(基発339号)労働時間の適正な把握のために使用者が講ずるべき措置に関する基準」。
?始業・終業時刻の確認及び記録する方法を原則とする。
?自己申告制に関しては、これを行わざるを得ない場合の例外的方法と位置付ける。
製造部長には、職務権限と責任を明確化し、管理職としての役割について強く自覚を促す必要があります。残業は申請方式、管理職の深夜勤務も例外ではないようですが、製造部長が深夜勤務の申請を一切行っていないことは、労務管理上いただけません。
残業は本来、業務上の必要性に基づいて、会社が命令するという性格のものです。だからこそ、就業規則においても「業務上必要なときは、残業(時間外労働)を命令する」と明記されているはずであり、残業の申請・許可制は、本来の姿であるといえます。
つぎに、製造部長は、果たして労働基準法第41条2号の管理監督者に該当するのでしょうか。労基法の管理監督者は社内の処遇、身分としての管理職とは必ずしも一致しません。肩書や職位ではなく、その社員の立場や権限を踏まえて実態から判断する必要があります。管理監督者であっても、深夜割増賃金(22時から翌日5時)は支払う必要があり、年次有給休暇についても同様です。管理職であれば、何時間働いても構わないとの誤解もありますが管理監督者であっても、健康を害するような長時間労働をさせてはなりません。また、会社には年に一回、定期健康診断を受診させる義務があります。定期健康診断有所見率をみると平成25年の有所見率は全国53%(平成20年以降、50%代推移)二人に一人が健康診断で何らかの所見が指摘されております。長時間労働と労災認定との関係(脳、心臓疾患)では、長時間労働とそれによる睡眠不足は脳血管疾患、高血圧などの発症の要因となることが指摘されております。
残念ながら、製造部長が業務中に脳溢血で病院に運ばれる事態となりましたが、弁護士の見解のとおり、製造部長の働き方、働かせ方の就労状況からみて、労災認定基準に照らし合わせると、製造部長の脳溢血と長時間労働の因果関係が深いと認められれば、労災と認定される可能性が高いと思われます。
現在、50人以上の労働者がいる会社は産業医を選任して、健康管理を行わせなければなりません。健康診断結果の有所見によっては、医師の意見を勘案して、その必要性があると認められるときは、労働者の事情を考慮のうえ作業の転換、労働時間の短縮、深夜勤務回数の減少などの措置をとることが必要とされています。
税理士からのアドバイス(執筆:中川 智)
製造部長は、弁護士の見解のとおり会社が残業を黙認している以上、労働時間と評価され、少なくとも労働債権の時効である過去2年間の深夜労働割増賃金を支給する場合は、その本来支給すべき日の属する年の給与所得として課税されることになります。
つぎに、労働基準法上の休業手当、本件が労災扱いになった場合の製造部長への療養補償給付、休業補償給付その他労災上の各種給付金ですが、これらは所得税法上非課税とされており、労災認定されず私傷病扱いになった場合の健康保険法上の傷病手当金の給付も同様に非課税となっています。
問題は、本人に対して支給する見舞金や家族の交通費・宿泊費等を会社が負担した場合の課税関係、いわゆる現物給与に該当するかどうかです。
見舞金は広く社会的な慣習として行われているものであり、この金品等の金額が受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし、社会通念上相当と認められるものについては非課税とされています。つまり非課税とされる心身、または資産に加えられた損害につき支給を受ける相当の見舞金に該当するか否かを問わず、金額的に不相当に高額でなければ、その経済的利益をあえて認識して給与所得として課税する必要がない、と考えられています。
また、通常、社員や社員の家族に対する慶弔見舞金については、就業規則その他の諸規定に、支給に至った事情や続柄等に応じてウェイトを付けた支給額を明示している会社が大半で、これらにしたがい支給しているのであれば、なおさら現物給与として課税される可能性は少ないと考えられます。
一方、家族の交通費・宿泊費等を会社で負担するようなケースは、その金額を含めて見舞金として支給して、社会通念上、または諸規定上の相当額の範疇に納まるのであれば、前述のように非課税となりますが、そうでない場合、給与として課税される場合があり得ます。
製造部長の脳溢血に関し会社に帰責性がない場合には、当該金額は恩恵的に支給するものであり、見舞金としての相当額を超える部分は製造部長に対する給与課税されるのが原則です。それに対し、労災認定等会社の帰責性が高い場合は、労災で補償されない費用負担について、本人または家族からの損害賠償請求の対象となるケースが多く、この場合、心身または資産に加えられた損害につき支給を受ける相当の金額として非課税になると考えます。
役員・社員に支給する報酬・給与の性格の違い
役員に支給する役員報酬も社員に支給する給与(給料・諸手当)も所得税法上は同じ給与所得に区分されます。しかし、法的にはその支給根拠は全く異なり、その法的性格の違いや中小企業の大半が同族企業に該当する事実から役員報酬の税務上の取り扱いが平成18年度税制改正により、これまで以上に厳しいものとなりました。 会社と役員の法的関係は委任であり、役員報酬は委任の対象である経営上の職務執行に対する対価として、会社と社員の法的関係は雇用契約であり、給与(賃金)は労働の対償として支払うもので、名称の如何を問わず(経済的な利益も含めて)原則として役員または社員に対し支給するすべてをその対象とすることが共通点になっています。
社員に対する給与は損金に算入されるのが原則であるのに対し、役員報酬は原則として損金算入が認められず、定期同額給与・事前確定給与届等に該当する場合にのみ損金に算入され、その支給額の根拠として株主総会等の決議が必要であること、不相当に高額な金額は、法人税法上否認されるリスクがあること等慎重な対応が必要です。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。
SRネット北海道 会長 安藤 壽建 / 本文執筆者 弁護士 開本 英幸、社会保険労務士 和田 繁彦、税理士 中川 智