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第16回 (平成15年6月号)

年俸制にすれば、残業手当は不要?

SRアップ21北海道(会長:安藤 壽建)

相談内容

「おい、年俸制にすると残業手当を払わなくてもいいそうだぞ。わが社も年俸制を導入しよう」とK社長が、N社の営業部長に話しかけています。どうやら何かの会合で仕入れてきた話のようです。
営業部長も「成果主義の時代ですから、残業手当に依存されても困りますしね…」と調子の良い相槌を打ったものですから、K社長はさっそく次の日の朝礼で社員たちにプロ野球選手の例を挙げながら、“年俸制導入”の話をしました。社長の話だけでは、何の事やらあまり理解できなかった社員たちでしたが、“残業手当も休日勤務手当もでない”と後でわかり大騒ぎです。
社員たちの質問攻めに合ったのは、営業部長と工場長でした。
「なぜ、年俸制になると時間外も休日勤務手当もなくなるのか」
「年俸といってもどれくらいの金額になるのか」
「賞与はどうなるのか」「月々の手取りは今よりも安くなるのか」…等々。
具体的な話になると、営業部長も工場長も答えようがありません。
社員の中には、「これまでも、きちんと評価されているとは思えないのに、プロ野球選手と同じ評価システムなどできるわけがない」とあからさまに会社を批判する者も出てくる始末です。

相談事業所 U社の概要

創業
平成3年

社員数
12名(パートタイマー 2名)

業種
自動車の販売・整備

経営者像

61歳、自動車販売の中堅ディーラーであるN社のK社長は、経営者対象のさまざまな会合や研修に積極的に参加するような人物です。社交家で人は良いのですが、社内の評価は、“社長は口ばかり”と、あまり評判が良くありません。


トラブル発生の背景

社長は“よし”と思ったことをすぐに口にするタイプでした。実行できるかどうかよりも、とにかく自分のリーダーシップを表現したいだけなのです。
また、N社の組織は、K社長を筆頭に、専務である奥様が総務経理担当、営業部長と工場長は、N社創業以来の生え抜きで番頭格という、絵に描いたような同族会社で、社長に意見する者はいませんでした。
これまでの労務管理手法も実際にやってみて、失敗したら別方法といったようなことの繰り返しでした。

経営者の反応

営業部長や工場長がK社長に泣きついてきました。
「いきなり年俸制とは、少し話が飛躍しすぎたようです。社員たちは不安と不信感を持っています。早く収拾しないと大変です」
「しかし、なんとか年俸制を導入したい。すぐに実行するわけではないから、社員たちをうまくなだめて、その間に専門家に相談するようにしろ」とK社長。
K社長は、何が何でも年俸制を導入する感じです。

営業部長と工場長は、やむなくK社長の奥様に相談して、K社長の説得に当たる一方、いろいろと専門家を探した結果、すべての問題が解決できそうなSRネットに相談することにしました。
応対した弁護士は、「K社長の言う通りに事を進めたら、“労働条件の不利益変更”などの問題が必ず発生する。まずは年俸制の“いろは”を社会保険労務士に教授してもらい、御社の現状を把握してもらった上で、コンサルを仰ぎなさい。また、年俸制に関する税務上の問題については、税理士の話をよく聞いておくこと。」と営業部長と工場長に話すとともに、K社長に電話を入れておきました。
K社長も少し冷静になったようです。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:)

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:小笠原 俊介)

バブル崩壊後の長期不況を乗り切るためには、中小企業といえどもリストラやリエンジニアリングに懸命に取り組まなければならず、N社も例外ではありません。
これからの本格的な実力主義、能力主義を実現するための手段として、K社長が年俸制に注目するのも理解できます。
しかしながら、「年俸制にすると残業手当を払わなくていい」などという理由で年俸制を導入することは、極めて安易な考え方です。
N社については、以下に記載する事項について十分に検討をしたうえで導入の是非を決定するように説明を始めました。

 

1.自社にとって年俸制導入の必要性があるのかどうかを冷静に考えてみる
年俸制とは、成果を業績に応じて分配するという要素が強い制度です。
言い換えれば、“年俸制は年収全体を賞与化する”ということであり、能力を時価で買い取るシステムでもあるといえます。
昨今、年俸制が注目される大きな理由としては、
(1) 業績評価を正しく実施する
(2) 社員に対する評価の納得性を高めるきっかけとする
(3) 業績管理をより緻密に実施する
(4) 結果として企業業績向上への強力な足掛かりをつくる
ということなどが考えられます。

 

2.年俸制が向いている企業とは?
1 経営トップ(含む管理職)の強い意志とリーダーシップ
年俸制を導入するということは、単なる賃金形態の変更ではありません。業績管理・業務上の責任と賃金の関わりをはじめとする経営政策の重大な変革を意味します。
年俸制の導入に当たっては、社員から強い不平・不満の声が挙がることもあります。
自社の現状と将来への対策として能力主義、業績主義を徹底させるためには、年俸制導入が必要であるという、企業としてのコンセンサスを得るためのリーダーシップが必要です。
2 業績主義の受け入れ
年俸制は、その企業に業績主義的な考え方がある程度徹底していないと、導入することは困難でしょう。
また、業績主義の導入とその徹底のために、年俸制を導入しようとするのはさらに難しいといえます。
例えば、職能資格制度、コンピテンシー評価制度等により評価しているような土台があって、そこから業績主義にシフトし年俸制に移行することは、社員にとっても受け入れやすいものだと思います。
3 業績管理制度充実の程度
年俸制における業績責任(目標の達成度合)に対する厳しい評価は、その結果によって、賃金の大きな変動に結びつきますので、業績管理制度はあるレベル以上に充実していなければなりません。
特に年俸制の場合は、社員の「何」を評価するのかが明確であり、評価基準が公開され(透明性)、結果が社員にフィードバックされることが必要ですから、評価基準(能力・業績・成果などの定義、評価手段としての目標管理、自己申告などとの相互関係)が不明確であることは許されないことになります。社員を納得させるだけの評価ができないからです。
4 時間賃金の法的問題に対応できるか
時間賃金の法的問題に対応できるか
年俸制は、どちらかというと部長職などの上級管理職を対象とした報酬形態です。
一部の企業では、一般社員にまで適用範囲を広げているところもあるようですが、みなし労働時間制を適用できる営業職(事業場外労働)や企画・専門職(裁量労働)以外の社員には、実労働時間に応じた法的時間外手当の支払義務を免れるものではありません。

 

3.年俸制のメリット・デメリット
メリット デメリット


・年間人件費管理/計画を立てやすい
・経営センスの向上
・高業績高収入によるモラールアップ
・部下からみた年俸制の厳しさで、昇進意欲の低下
・年俸額横ばい管理職の被害者意識増大
・部下の育成軽視
・年俸額ダウンは事実上困難


・社員の意欲刺激(モラールアップ)
・年間人件費計画が容易
(会社業績と人件費負担のバランス)
・優秀な人材の確保が容易
・年俸据置者、ダウン者の退職発生エゴイズムの発生(目先優先の活動)
・不公平感の上昇
・連帯感の消失

 

4.年俸制導入を阻む要因への対処
(1) 業績評価方法の不備を調査する
・評価基準が不明確になっていないかどうか
・数値で評価するのが難しい仕事、例えば「総務」は何を客観評価とするのか
・目標数値をどのように設定するのか
・本人の責任とはいえない状況が発生した場合に、目標未達成をどのように評価するのか
・本人の努力とはいえない要因で目標を達成した場合、どのように評価するのか
・未だに数値に表れてこない地道な努力(プロセス)をどう評価するのか

(2) 人間関係を理由とした社内での抵抗をどう払拭するのか

(3) 報酬ダウンへの抵抗をどう払拭するのか

 

5.年俸制と割増賃金の支払
年俸制は、社員の能力・業績に応じて、1年間の賃金支払い総額をあらかじめ決めておく、というものですから、本来“労働時間の長さ”は問題にしたくないところです。
いまだに多くの方が、時間外労働、休日労働に対して割増賃金を支払わなくてもよいと、思っているのは、ここに問題があるからです。
しかし、労働基準法は、“労働の質的な側面”について問うことはなく、法制定時から一貫して、労働時間の長さだけをとらえて規制する立場をとっています。
よって、年俸制を導入したからといって、これまで支払っていた割増賃金を突然支払わなくてもよくなるなどということには絶対なりません。
K社長が誤解しているように、「年俸制の場合には、残業手当を支払う必要はない」という見解は通用しないのです。年俸制適用者であっても、原則として1日8時間を超えて労働させたときには割増賃金を支払う必要があることを理解しておきましょう。ただし、次のいずれかの場合においては、割増賃金を支払う必要はありません。

(1) 管理監督者
労働基準法第41条に定める「管理監督者」については、労働時間、休日に関する労働基準法の規定が適用されませんから、年俸制が適用されている労働者が「管理監督者」に該当する場合には、割増賃金を支払う必要はありません。
ただし、管理監督者の範囲については注意が必要です。なぜならば、各企業における管理職と労働基準法上の管理監督者とは、必ずしも一致しないことが通常だからです。

労働基準法第41条にいう「管理監督者」の範囲に関する行政解釈
「監督若しくは管理の地位にある者とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである。」(昭和22.9.13 発基第17号、昭和63.3.14 基発第150号)

 

職制上の管理職であっても、全て管理監督者とはいえませんので、たとえ企業内で管理職と位置付けられていても、労働基準法上の管理監督者に該当しない限りは、割増賃金を支払わなければならないことになります。
なお、深夜業に関する規定については、管理監督者においても適用除外となりませんので、深夜割増賃金の支払義務があることを忘れないで下さい。
ただし、労働協約、就業規則その他によって深夜業の割増賃金を含めて所定賃金が定められていることが明らかな場合には、別途深夜業の割増賃金を支払う必要はありません(昭63.2.14 基発第150号)。
いずれにしても、使用者には管理監督者の深夜労働従事時間数を把握・管理する義務が残るのでこれも注意が必要です。

(2) みなし労働時間制適用者
事業場外労働者および裁量労働者(専門業務型、企画業務型)については、みなし労働時間制を適用することを条件として、割増賃金を含めた年俸額を決めることができます。みなし労働時間が8時間を超える場合は、36協定の締結と時間外労働に対する割増賃金の支払が必要になります。この場合、年俸額に含まれる割増賃金部分が“いくらなのか”を明確にして、基本年棒と区分しておくことが必要です。
みなし労働時間制は、労働基準法第4章の労働時間の算定に限られた取扱いであるため、「深夜業、休日労働、休憩の規定」等の適用が排除されることはありません。深夜業、休日労働には時間数に応じた割増賃金の支払が必要であり、そのための労働時間管理が必要です。

なお、上記(1)(2)以外の社員について年俸制を採用した場合には、時間外労働、休日労働、深夜業について割増賃金を支払うことが必要です。
この場合、割増賃金単価の計算方法としては、例えば年俸のうち実際に毎月支払っている額をもとに通常の月給制の場合と同じ計算方法により単価を算出する方法、また、年俸額を年間所定労働時間数で割って単価を算出する方法、があります。
後者は、労働基準法施行規則第19条第1項第5号に規定された計算方法であり、年俸制本来の趣旨からすれば後者の方が妥当と思われますが、年俸制の決め方は企業によってまちまちであり、前者の方が妥当な場合もあります。

実務的には、一定時間分の割増賃金額をあらかじめ年俸額の一部として別枠表示・定額払いにしておき、実労働時間がこれを超えたときは、不足額を支払うという定額払いも可能であり、違法ではありません。

 

6.N社の年俸制導入の可能性
以上の点を勘案すると、N社の年俸制導入は時期早計の感がしなくもありません。
N社が年俸制のような人事制度の改革を行うためには、まず導入についての分析・検討に時間をかけ、社員との十分な話し合いと、導入した場合の人件費の投資効果を把握することが必要です。

さらに年俸制導入への条件として、
(1) 管理職の質の高さはどうか
(2) 業績管理制度の充実度はどうか
(3) 業績評価が妥当に実施できるかどうか
(4) 場合によっては、報酬ダウンを受け入れる組織風土であるかどうか
等々N社がクリアしなければならない課題が多々あることを認識すべきでしょう。

なお、年俸制の導入は、N社にとって基本的な労働条件である賃金に関する変更となりますので、対象となる社員の個別の同意が必要です。また、就業規則の変更によって行われる場合でも、従来の賃金の固定部分を査定部分に切り換えることなどで、賃金の引き下げになるような場合には、就業規則の不利益変更の法理が適用されることになりますので、変更に当たっては高度の必要性に基づく合理性が必要となります。

 

以上を踏まえても、さらにK社長が年俸制導入にやる気があるのならば、喜んでお手伝いしましょう。
まずは、現在の労務管理基盤の整備と見直しの段取りを策定することから始めなければなりません。

税理士からのアドバイス(執筆:村上 健一)

年俸制導入に伴う所得税は、給与所得として通常取扱われ、給与所得税の源泉徴収を行います。N社については、年俸制の種類による所得税の扱いと兼務役員の所得税の扱い、そして法人税との関係について説明します。

1.所得税の源泉徴収制度

所得税は所得者自身がその年の所得金額とその他の収入、社会保険料等の支出によって税額を計算し、これを自主的に申告して納付する、いわゆる「申告納税制度」が建前とされていますが、これと合わせて特定の所得については、その所得の支払いの際に支払者が所得税を徴収して納付する「源泉徴収制度」を採用しています。
この源泉徴収制度は、?給与や利子、配当などの所得が、?その所得を支払う際に所定の方法により所得税額を計算し、?支払う金額からその所得税額を差引いて国に納付するものです。

2.年俸制の種類別による所得税の扱い

一般に年俸制には、給与総額を一本の年俸で管理する「完全年俸制」と刺激性の強い業績賞与を併用する「業績賞与併用型年俸制」の二つに分類されます。
ここで、それぞれの所得税の扱いについて説明します。

(1)完全年俸制の所得税の扱い
完全年俸制の給与は一本の年俸額で管理され、通常、年俸制を12等分して月々に12分の1ずつに支払うことが多いようです。
この場合の所得税の扱いは、毎月支払われる給与に対しては源泉徴収税額表により、徴収額を求め、源泉徴収を行うことになります。
また、完全年俸制の給与であっても、仮に年俸額を15等分して月々15分の1ずつに支払い、15分の3を賞与の支給時期に支払う場合は、賞与に対する源泉徴収税額の算出率表により徴収額を求め源泉徴収をすることになります。

(2)業績賞与併用型年俸制の所得税の扱い
業績賞与併用型年俸制の給与は、基本年俸と業績年俸(賞与)から構成されます。
基本年俸については前記(1)と同様に取扱い、業績年俸(賞与)の部分は、当年の実績値と前年の実績値によって賞与の決定がなされますが、当年において実績値が確定し、賞与額を算定するときおよび、前年の実績値によって賞与の決定が行われる場合、いずれにしても賞与の支給時に支払われる額に対しては、賞与に対する源泉徴収税額の算出率表により、徴収額を求め源泉徴収をすることになります。

3.兼務役員の所得税の扱いと法人税との関係について

兼務役員に対して役員報酬と給与部分に年俸制を導入し、かつ、賞与の支給がある場合は次の点に留意してください。

(1)役員報酬は役員に対する給与のうち定期的なものをいい、それ以外の臨時的な給与は賞与となりますので、法人税法上損金の額に算入されません。つまり、法人税の課税対象となります。(基通 9―2―13 但し書き)

(2)役員報酬額が年額または、半年額等に定められている場合に、その年額または半年額等の範囲で毎月定額の報酬を支給するとともに、特定月だけ増額支給した場合は、増額部分の金額が役員賞与とされます。(基通9―2―13注2)

(3)兼務役員の役員報酬と給与の部分が年俸制(賞与の算出方法と支給も含めて)となっているときは、就業規則の給与規定中に給与算出方法が年俸制であることを明確にしておくこと、さらに株式会社組織であれば、株主総会議事録または、取締役会議事録において役員報酬部分と給与部分(賞与の算出方法と支給も含めて)の区分を明確にしておくことによって、役員賞与とみなされないようにすることが必要です。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21北海道 会長 安藤 壽建  /  本文執筆者 弁護士 、社会保険労務士 小笠原 俊介、税理士 村上 健一



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