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第157回 (平成27年2月号) SR愛知会

「復職させなければよかった…」
度重なる遅刻と休暇取得をどうしたものか?

SRネット愛知(会長:田中 洋)

J協同組合への相談

D社の専務(社長の母親)がJ協同組合の理事をしていることもあって、D社とJ協同組合は常に連携をとりながら相互発展を目標として、今日まで歩んできました。
8ヶ月前のことですが、勤続25年、45歳の経理部F課長が精神疾患に侵され、その症状がやや重かったことから、D社の規則では最長の6ヶ月間の休職を与えることになりました。ところが、休職期間が3ヶ月を過ぎたころからF課長の職場復帰願望が強くなり、担当医の「復職可」という診断書を持ち込んでは、社長と専務に復職を願い出る行動に出てきました。しかし、F課長は見るからに痩せこけ、目はうつろで、とても正常な勤務ができるとは思えなかった二人は、「とにかく6ヶ月間は療養に専念しろ、必ず復職させるから…」とF課長を説得することを3回繰り返しました。
「あと半月で6ヶ月か…」と社長と専務、経理部長が打合せをしています。「約束だから、とりあえず復職させましょう」と専務。「担当医の診断書はあてになりませんよ、実際にどのような業務をするのかわからないのに復職可なんて…」と経理部長。三人でさんざん悩んだ挙句、F課長を復職させることに決定したのでした。復職当日は、笑顔で勤務していたF課長でしたが、その後、遅刻や当日に有給休暇を申し出る事態が頻発し始めました。理由を聞くと「体調不良」ということで話になりません。痺れを切らした経理部長が「このままだと、勤怠不良で解雇になるぞ、その前に自分で進退を判断したらどうだ」というと、「遅刻も半日有給休暇に振り替えているし、休みも後から有給休暇の届出をしています。25年間ほとんど有給休暇を使わなかったのですから、これくらい良いではないですか、休暇は、残り20日あります」と言い返したF課長でした。
D社の社長は、ことの経緯を組合事務局担当者に相談したところ、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介されました。

相談事業所 組合員企業D社の概要

創業
1959年

社員数
正規 31名 非正規 8名

業種
空調設備工事業

経営者像

D社の社長は二代目の59歳、創業者である父親は他界しましたが、母親の専務と伴にD社をけん引しています。
大企業の下請工事が収益の柱ですが、一般家庭の空調・水回りリフォームでも徐々に業績が伸びてきました。下請を数社使うようになってからは、利益率が向上しています。


トラブル発生の背景

本人の希望を先行させた中途半端な復職対応が招いた事態です。
休職・復職に関する会社のルールが不明瞭で、F課長に対するケアも不十分だったようです。また、経理部長の一言で、F課長はD社に不信感を抱き、さまざまな機関に相談しているようです。このままでは、「不当解雇」と言われかねないような事態となるかもしれません。

ポイント

復職の判断、休職期間の延長可否などを会社としてどのように考えておくべきでしょうか。また、復職後、労働条件が十分に履行されない状況となった場合に、会社は何をどこまで許容すべきなのか、あるいは義務として配慮すべきなのでしょうか。
D社にしがみつこうとするF課長への正しい対応を検討し、実行しなければなりません。
D社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:橋本 修三)

傷病休職制度は、通常は就業規則で定められます。休職期間は、勤続年数や傷病の性質によって異なるのが一般的でしょう。休職期間中に傷病から回復して就労可能な状態になれば復職するわけですが、期間中に回復せず期間満了となれば、解雇もしくは自動退職となります。このように、傷病休職制度は、解雇猶予措置として位置付けられるものです。
さて、休職中の労働者が復職を希望する場合、復職が可能か否かを判断することが必要となります。この判断においては医師による診断がなされるのは当然のことですが、その診断内容を踏まえて最終的に復職の可否を判断するのは、人事権を有する使用者です。
裁判例では「従前の職務を通常程度行える健康状態に服したかどうか」を復職可否の判断基準としています(浦和地判S40.12.16他)。もっとも、当初は軽作業に就かせれば、ほどなく通常業務へ復職できるという回復ぶりである場合には、使用者はそのような配慮を行う義務があり、職種が限定されていない労働者の場合、従前の職務だけではなく、現実的に配置可能な業務が実際にあるのかどうか等を考慮して判断すべきである(東京地判H16.3.26)とする裁判例もあり、使用者には個々の具体的事案に応じた柔軟な判断が求められているといえます。

使用者側のリスク
休職中の労働者がメンタルヘルス不調者の場合、復職可否の判断が難しい場合が少なくありません。判断を誤ったとされるリスクを避けるためには、試し出社や通勤訓練等の復職支援措置を就業規則で定めておくことが有効です。
一方、労働者が治癒しないまま休職期間満了を迎えた場合、使用者は、原則として就業規則の定めにしたがって当該労働者を解雇、または自動退職とすることができます。
しかし、労働者の解雇は雇用関係を終了させるわけですから、その終了事由には客観的合理的理由があり、社会通念上相当であることが要求され、これを欠いた解雇は無効となります。このため、雇用関係を終了させる際には、慎重に判断しなければなりません。
自動退職とした事案で、使用者の側で当該労働者が復職することを容認しない事由を立証する必要があるとされた判例もあり(東京地判S59.1.27)、自動退職の場合でも解雇の場合と同様に使用者が一定のリスクを負うことは避けられません。
また、休職中の労働者の復職を認め、復職後の就労において労働者の症状が悪化した場合、安全配慮義務を怠った使用者には損害賠償義務を負うことがあり得ますので相応の注意が必要となります。
本件のように、復職後に期間を置かずして勤怠不良が認められる場合があります。それが傷病と無関係であれば、普通解雇の問題として対処することとなりますが、傷病の再発と認められる場合には、直ちに普通解雇の問題として対処することは困難であり、休職制度に従って再び休職として取り扱う必要があります。このような事態に備えて、勤怠が安定しないような復職者に対して再び休職を命ずることができるようにし、制限的な休職期間を就業規則で定めておくといった方策が必要となると思われます。
以上を踏まえて本件を検討しますと、有給休暇の請求は労働者の権利ですから、その権利をも勤怠不良と評価して解雇することは、解雇権濫用となるおそれが高いと思われます。F課長の勤怠不良は、精神疾患が完治していない、あるいは再発したものと考えられますので、いったん会社の判断で復職を認めたとしても、就業規則の定めに沿った再度の休職を検討し、その後において改めて復職の可否を判断することが適切ではないかと考えます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:松下 操)

昨今、精神疾患を理由に休職・退職する労働者は増加の一途を辿っています。心の健康問題は個人の問題のみならず、企業にとっては労働力や生産力低下につながる職場環境の大きな問題として、適切に取り組むべき重要な課題といえます。
D社は、使用者側が精神疾患に罹患した労働者に対し、休職・復職時に不適切な対応を取ったことにより、問題をこじらせた典型的なケースといえます。以下、ポイントについて検証してみましょう。

就業規則・休職規程について
就業規則等で精神疾患に対応する私傷病休職制度を定めるには、?休職の事由 ?休職制度の適用範囲 ?休職の要件 ?休職の手続き ?休職期間 ?休職中の対応・連絡方法 ?職場復帰についての手続きと復帰の基準 ?復職後の業務・配置・賃金 ?退職または解雇について ?休職期間の延長の有無 ?再休職の可否や通算について等を定めておくことが必要です。
D社は就業規則で最長6ケ月間の休職期間を定めていますが、休職から復職にいたるまでの細かな事項は定めていないようです。今回のトラブルは、場当たり的に本人の希望を先行させた中途半端な対応が招いた結果といえるでしょう。中小企業の多くが、D社同様に、就業規則に休職の定めはあるものの、精神疾患を考慮したものになっていないため、本件のような事態にはまったく対応できないのが実情のようです。

休職中の対応
休職中の労働者は、会社を長期間休むことで自分の帰る場所を失うのではないかという強い不安を持ちます。まずは、休職者の不安を和らげ、安心して療養に専念するために定期的に連絡を取る必要があります。休職中に受給できる傷病手当金制度等の説明や社会保険料の徴収方法など分かりやすく書面にしたものを提供します。症状が落ち着くまでは家族に間に入ってもらうことも一考です。また、可能であれば、休職から復職をよりスムーズにするためにも、本人の同意を得た上で「同行受診」が望ましいです。この同行受診は、外来受診時に、会社の上司などが主治医の許可を得て病院内で面談を行います。これにより、休職者本人の顔色が直接確認できる上、何より主治医との連携が密になります。

復職の判定
復職で最も重要な課題は、復職可否の判断です。主治医は、患者本人の従事する具体的な業務内容や負荷に関する十分な知識がないことから、病状の回復経過を通して診断書を出すため、復職診断書が直ちに職場での業務遂行能力まで回復しているか否かの判断とは限りません。本件では、社長・専務・経理部長が疑心暗鬼ながらも、診断書をうのみに安易な判断で復職させたことにより、F課長は復職直後に勤務不良の事態に陥りました。このままでは、会社全体の士気の低下にもつながりかねません。
復職の基準は、原則として「従前の職務を通常の程度に行なえる健康状態に回復したとき」をいいます。厚生労働省が策定した「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」によると、?職場復帰に対してその労働者が十分な意欲を示していること ?通勤時間帯に1人で安全に通勤できること ?使用者の設定している勤務日に、勤務時間の就労が継続して可能であること ?業務に必要な作業(読書、コンピューター作業、軽度の運動等)をこなすことができること ?作業等による疲労が翌日までに十分回復していること?適切な睡眠覚醒リズムが整っていること ?昼間の眠気がないこと ?業務遂行に必要な注意力・集中力が回復していること等が職場復帰の判断基準とされておりますが、最終的には使用者が復職可否の判断をします。

復職後の対応
精神疾患からの復職者は、当初休職前と同等の職務遂行能力が期待できないため、しばらくは従前よりも軽微な職に就かせることが多く、その期間が長期化することも珍しくありません。使用者としては、業務内容に鑑み賃金の減額をしたいところですが、労働者本人からの個別の同意を取り付けることは難しいかもしれません。一方、課長職の職責からくる精神的負担を軽減させることを考慮し役職を外すという意味での降格は、人事権裁量の範囲内として認められる可能性は高いものの、トラブルを防止するために就業規則等に根拠となる規程を設けておくことが望ましいでしょう。
平成27年12月に50人以上の事業場に対し、労働者に対する「ストレスチェック」制度が施行されます。当面の間、50人未満の事業場については努力義務としていますが、今後は中小企業においても、メンタルヘルス対策の取組みが必要不可欠になるでしょう。
また、メンタルヘルス対策を計画的に継続的に行うことで、職場環境の改善につながり労働者の定着や仕事に対するモチベーション向上が可能になるものと思います。

税理士からのアドバイス(執筆:川崎 隆也)

仲間の不本意な職場離脱は、切ないものです。温かく復帰を待ち望みたいものですが、中小企業においては、労働者に対する処遇と企業体力のバランスが難しく、やみくもに厚遇するのでは、職場全体に歪みが生じることもあり得ます。そこで、会社がどこまで許容するべきか、あるいは、義務としてどこまで準備しておくべきなのかについて、ここでは、一般的支援策について触れてみたいと思います。場当たり的対応にならないため、一定のルール作りが必要です。
まず、前提として、勤務先から、給料、賞与等に加え、何かしらの経済的な支援を受ける場合には、それが非課税とされる所得や経済的利益として課税されないものでない限り、給与所得として所得税の対象になります。手助けを受けられないよりは、所得税がかかるとしても支援を受けたほうが良いということもありますが、制度的に課税されないものがあるならば、その恩恵にあずかりたいものです。
所得税法では、損害保険契約に基づく保険金や生命保険契約に基づく給付金等で、身体の傷害に基因して支払を受けるもの、その他これに類するものは非課税とされています。
また、疾病による重度障害の状態になるなど、生命保険契約、または損害保険契約に基づき支払を受けるいわゆる高度障害保険金、高度障害給付金、入院費給付金等(一時金として受け取るもののほか、年金として受け取るものを含む。)も、身体の傷害に基因して支払を受けるものに該当するものとするとされています。そして、災害等の見舞金で、その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当と認められるものについては、課税しないとしています。(所得税法第9条、同施行令30条1号、所得税基本通達9-21、9-23)
本件を前提に、会社が考えうる制度を整理いたしますと、まずは、休業に対して所得を補填するものがあります。公の制度では、病気療養中に、健康保険から支給を受ける「傷病手当金」があります。病気療養中に、健康保険から支給を受ける傷病手当金は、非課税所得であり、所得税は課されません(健康保険法52、62、99)。このほか、労働基準法に規定される各種の手当のうち、労働基準法(第26条)に基づく「休業手当」で、使用者の責に帰すべき事由により休業した場合に支給されるものについては、給与所得となりますが、労働基準法(第76条)の規定に基づき支給される、労働者が業務上の負傷等により休業した場合に支給される「休業補償」など、労働基準法第8章(災害補償)の規定により受ける療養のための給付等は、非課税所得となります。これ以外にも、勤務先の就業規則に基づき、労働基準法第76条第1項に定める割合を超えて支給される付加給付金についても、労働基準法上の給付では補填されない部分に対応する民法上の損害賠償に相当するものであり、心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料として非課税所得となります。(所得税法第9条、所得税法施行令第20条、30条、所基通9-24)
公的制度にかえて、使用者が、生命保険契約を締結することで、退職等の人材補充にかかるコスト増や一時の負担が大きい弔慰金や退職金に備えること、他にも、使用人の日常生活全般における福利厚生の充実を図ることが可能となります。ただし、保険の契約内容によっては、使用者および保険対象者に、経済的利益が及ぶとして給与課税されることがありますので、その内容には注意を払わなければなりません。
具体的には、契約者を使用者、被保険者を使用人等、死亡保険金および生存保険金の受取人を当該使用者とする養老保険に加入する場合、使用人等が受ける経済的利益はないとされます。また、死亡保険金の受取人を被保険者の遺族、生存保険金の受取人を当該使用者とした養老保険でも、特定の者だけを被保険者としている加入でないといった条件が具備される場合、使用人等が受ける経済的利益はないとされます。これらにより、使用者は、人材補充コストや弔慰金、退職金などの負担に備えることができます。
また、使用者が使用人等を被保険者として契約する傷害特約等の特約を付した保険や、使用者が契約者で使用人等のために使用人等の身体を保険の目的とする特定の保険契約および介護医療保険契約等(満期返戻金等の給付がある場合は受取人を使用者としている契約に限る)に加入する場合についても、特定の使用人等のみを対象としている場合を除き、当該保険料を支払ったことにより使用人等が受ける経済的利益はないとされます。これらの保険を活用することで、使用者は、使用人等のけがや医療、介護に対するリスクに備えることが可能となります。
これらの他にも、使用者から、使用人等に対し社会通念上相当とされる常識的な見舞金の支給も想定されますが、中小企業においては、すべてのリスクに備えることはできないため、補償範囲、優先順位をしっかりとつけ、日頃からその内容を周知しておかなければならないと考えます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット愛知 会長 田中 洋  /  本文執筆者 弁護士 橋本 修三、社会保険労務士 松下 操、税理士 川崎 隆也



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