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第155回 (平成26年12月号) SR東京会

労働契約法改正
「平成25年4月1日を起点として、契約は5年を上限とします!」

SRネット東京(会長:藤見 義彦)

H協同組合への相談

B社の社長は、独立を夢見ていた頃から、H協同組合が開催するセミナーに参加し、創業当初からH協同組合の継続的支援を受けています。
「困ったなぁ…、労働契約法改正が成立して1年半たってしまった…」B社の社長と総務部長が話をしています。というのも、B社のSE、プロクラマー、テスターなど、開発部門の一般社員全員が1年の契約期間を反復更新している契約社員だったからでした。無期契約にしても問題ないような社員は3割程度で、あとは「いまいち」という印象を社長と総務部長はもっていますので、早く法改正に対応しなければと思いつつ、今日に至っています。法改正の話題は、B社の契約社員の間にもすでに広がり始めており、いろいろな憶測が飛び交うようになってきました。社長と総務部長は、遅ればせながらも、正社員登用制度を設けることと併せて、今後の契約更新は平成25年4月1日を起点として5年を上限とする、という通達を発表し、契約社員就業規則の変更に着手しました。
契約社員たちの議論があちこちで発生し、「正社員登用制度といっても、内容をみるとかなりハードルが高いよ」「あれでは、会社が好む人だけが正社員に登用され、われわれは切り捨てということだよ」「正社員もできない問題じゃないの」等々、マイナス思考が社内に渦巻くようになりました。「労働組合を結成しよう!」という社員まで現れると、さすがの社長も「これはまずい」と、組合事務局に相談に訪れました。契約社員の中には、5年以上の継続勤務者が多数いて「あと3年半」という期限切りに感情的になっている者もいるようです。B社社長に正しい判断をさせる必要があると考えた組合事務局は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業B社の概要

創業
2001年

社員数
正規 8名 非正規 61名 

業種
ソフトウエア開発業

経営者像

B社の社長は45歳、クリエーターとしても現役で活躍しています。B社では、ゲームソフトの開発をメインとしていますので、社員の長期雇用を前提とせずに、管理部門・管理職以外はすべて契約社員として雇用し、能力が発揮できない社員は、2?3年で契約更新しない方針を徹底しています。


トラブル発生の背景

労働契約法の改正は、契約社員を雇用する企業のこれからの人材基盤を考え直さなければならない機会を与えることになりました。「なぜ、契約期間が必要なのか?」というそもそも論から、評価に至るまで、さまざまな労務管理の切り口から問題を整理する必要がありそうです。また、長年継続勤続する契約社員たちの「心」の問題も忘れてはならないでしょう。正社員になれないから契約社員なのか、自ら契約社員でいることを望んでいるのか、双方の意識に対応するようなコース管理の手法も必要ではないでしょうか。
いずれにしても、説明の機会少なく、一方的に会社が決定したことに対して、契約社員たちの不満が燻っているようです。

ポイント

B社のように契約社員を多数雇用している会社は、この労働契約法改正にどのように対応すべきなのでしょうか。とってつけたように、契約期間の上限を設けることは、不利益な取り扱いとならないのでしょうか。また、代替措置により不利益変更となるリスクを少なくすることができるのでしょうか。
B社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

B社では、管理部門・管理職以外はすべて契約社員として雇用しており、開発部門の一般社員全員が1年の契約期間を反復更新している契約社員です。しかも、能力が発揮できない社員は、2?3年で契約更新しない方針を徹底しているとのことです。
今般、有期労働契約(契約社員)が平成25年4月1日を起点として通算で5年を超えて反復更新された場合、労働者の申込みにより、無期労働契約(正社員)に転換されるなどの法改正があり、B社は正社員登用制度の導入とあわせて、今後の契約更新は平成25年4月1日を起点として5年を上限、つまり、今後は正社員に登用されなければ5年で雇止めにするということのようです。
本件の場合、5年以上の継続勤務者が多数いるとのことですが、就業規則の変更により、これらの社員たちも「あと3年半」で雇止めになりそうです。反復更新の実績がある契約社員たちに対し、将来の更新期限を設定することは、就業規則の不利益変更とならないのでしょうか(労働契約法9条、10条)。特に1年半以上も遡って更新期限の起点を定めることに合理性があるでしょうか。なお、本件では、就業規則の変更をしてしまったとしても、労働者の過半数を代表する者の意見を聴いていないようですが(労働基準法90条違反)、合理的な変更であれば変更後の就業規則が適用になります。また、就業規則の変更ではありませんが、契約社員の取扱いについて、契約更新時の不更新予定条項の雇用契約書への追加か正社員登用のいずれかに限定し、契約の反復更新の可能性を排除するという方針は、それ自体不合理なものであるとした裁判例もあります(東京地裁平成21年12月21日判決・判タ1355号136頁)。
B社の場合、これまで能力に問題がなければ更新が繰り返されてきたのに、今後は一定の期限をもって更新されなくなってしまうのですから、不利益変更に該当し、その不利益は大きいということができます。法改正の趣旨は、労働者が安心して働き続けることが可能な社会の実現を図ろうとしているところですので、更新期限を定めることはこの趣旨にそぐわないといえます。また、1年半以上も遡って更新期限の起点を定めて、無期契約への転換の機会を奪うという不利益はさらに大きいでしょう。
一方で正社員登用制度を設けようとしているようですが、社員に不信感をもたれ、労働組合等の意見聴取もないままに進められているようですから、どの程度合理的なものといえるか疑問です。以上の結果からすると、現在の契約社員たちの労働条件は変更されないということになります。ただし、もともと1年更新ですから、5年で雇止めする運用をすれば、変更後の就業規則を適用したのと同じことになります。なお、その雇止めが法的に認められるかどうかは、以下のとおり別問題です。 
新設された労働契約法19条は、有期契約の反復更新により無期契約と実質的に異ならないといえるような場合や契約更新を期待することに合理的な理由がある場合、雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、契約更新されたものとみなすとしています。
本件では、たとえ就業規則を変更して5年で雇止めにする旨を定めたとしても、継続勤務者については、この法律によって、契約更新されたものとみなされることがあり得ます。法律の要件を満たさない社員は雇止めとなり、退職することとなります。
過去の裁判例では、雇止めの事案にあっても、解雇に関する法理の類推等により契約関係の終了に制約(雇止め法理)を課してきました(雇止め法理を法定化したのが前記19条です)。たとえば、業務内容が恒常的で、更新手続が形式的であり、雇用継続を期待させる使用者の言動が認められ、同様の地位にある労働者について過去に雇止めの例がほとんどないといった事案において、雇止めは否定されています(最高裁昭和49年7月22日判決等)。これに対し、業務内容が恒常的であっても、更新回数が多く、業務内容が正社員と異なり、過去に雇止めの例がある事案では、経済的事情による雇止めについて、正社員の整理解雇とは異なるという理由で雇止めを認める傾向があります(最高裁昭和61年12月4日判決等)。

正社員登用試験の合理性、公平性に関する問題
ところで、これから正社員登用制度を設けるにつき、どのような制度設計が望ましいのでしょうか。
会社が恣意的な登用をすれば、社員のモラール低下を引き起こすおそれがありますから、公平性があり、合理的な内容とする必要があります。具体的には、応募資格について、一定の経験年数や保有資格を考慮することのほか、契約社員をランク分けして、最上位ランクの契約社員に正社員登用の資格を付与することも考えられます。さらに、正社員登用といっても、完全な正社員と同様の雇用条件にするという雇用形態だけではなく、単純に雇用期間についてだけ無期限とし、その他の雇用条件については契約社員のときと同じにするという雇用形態での登用というものも考えられます。
本件では、1年毎の更新を繰り返しており、更新回数も相当あるといえ、業務内容も正社員とは異なっていて、2?3年で雇止めになっている社員もいたようですから、景気の変動などの経済的事情による雇止めが認められる可能性があります。
なお、B社としては、正社員に登用できない社員や希望しない社員については、せっかくの人材ですから、できれば有期契約で残ってもらうことが望ましいと思われます。そこで、社員とB社の意向がマッチすれば、6ヶ月以上のクーリング期間(労働契約法19条2項)をおいて、期間満了後再度、有期契約を締結するということも考えられるでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:小泉 正典)

今回の労働契約法改正では「勘違い」と「今後への恐怖感」から、労働者、会社、双方がピリピリと敏感に反応してしまい、どこの会社でも、B社のような問題となってしまう可能性があります。まず、しっかりと今回の改正について確認してみましょう。

無期労働契約への転換
有期労働契約が反復更新されて、通算5年を超えたときは、労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できる。

雇い止め法理の法定化
最高裁判例で確立した「雇止め法理」が、そのままの内容で法律に規定。一定の場合には使用者による雇止めが認められない。

不合理な労働条件の禁止
有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を設けることを禁止。

無期労働契約への転換については、「申込み」は労働者からで、「口頭」であっても法律上は有効です。必ずしも、無期労働契約を申込む必要はなく、申込みをするかしないかは、労働者の自由です。口頭だけでは、後日「言った」「聞いていない」のトラブルにもなりやすいため、書面での申込みをしてもらう方法が良いでしょう。
また、別段の定めがない限り、労働条件は「直前の有期労働契約と同一」となりますので、無期契約=正社員ということではありません。ただし、定年など、有期労働契約時には適用されない労働条件を無期転換後の労働条件として適用する場合は、個別の労働契約等で、改めて労働条件を労使ともに確認し契約することが必要です。なお、無期転換を申し込まないことを契約更新の条件とすることは禁止されています。
つぎに、雇い止め法理の法定化については、どういった場合に雇い止めが認められないか、が法律に規定されたものです。過去に反復更新された有期労働契約で、更新を期待する合理的な理由があったり、雇い止めの理由が通常の解雇権濫用と同じであると考えられる場合は、雇い止めが認められないということです。
3つ目の不合理な労働条件の禁止については、個々の労働条件ごとに判断されるものですが、例えば同じ職務内容で責任の程度も同じであるにも関わらず、契約の有期・無期の違いだけで賃金や労働条件が違うのは禁止ということです。
無期労働契約への転換は、今の時点で通算5年以上の反復契約労働者がすぐに申込みできる訳ではなく、法改正施行となった後に通算5年以上となった場合が対象となるため、早くとも平成30年4月に申込みがスタートとなります。このためB社も、平成25年4月1日を起点とし、契約更新については5年上限とするという方針を示したと考えられます。
もともとB社は2?3年で契約更新をしない方針を徹底しているとのことなので、5年以上継続して契約更新をしている労働者は、B社としても能力が有り仕事を任せていると考えることができるため、無期契約となっても問題ないのではと思われますが、もしも、B社が無期契約=正社員としなければならないという勘違いからの、契約更新上限5年の方針を打ち出したのであれば、特に上限を設けることはないと考えます。無期の申込みも受け付けられるように変更し、更に正社員登用制度により、正社員への門戸も開かれていると前向きに受け取ってもらえるよう、一方的な通達だけではなく、契約社員を集めての説明会など、きちんと会社側の意向、契約社員側の疑問の解消に努めることが大切です。
期間限定のプロジェクトや、ある一定期間の仕事に対応するため、契約社員という雇用形態を取ることも、契約を更新しないことも経営判断となるので、それ自体は違法ではありません。ただ、能力に問題がないのに無期契約申込みをされたくないから、通算5年となる前に辞めて欲しいという理由だけで雇い止めをすることは今後違法となってくる可能性が有ります。
今後は、一つの企業の中で、正社員、無期契約社員、契約社員という社員が混在することが珍しくなくなってきますので、それぞれに対応した就業規則や雇用管理が必要となるでしょう。正社員登用については、どのような場合に登用となるのか、自己申告制なのか、推薦が必要なのか、試験や面談があるのか、年に何度もチャレンジすることが出来るのか等、より具体的な定めをすること、無期契約社員は、労働条件のうち直前の有期労働契約と何が同一で、何を改めて契約し直すのか(定年等)について定めておくこと、などがポイントとなります。
なお、有期契約→無期契約、無期契約→正社員、有期契約→正社員など、社員のキャリアアップとなる取り組みは助成金の対象となる場合もあります。(参考:キャリアアップ助成金・H26年10月31日現在)

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

本件において、契約社員から正社員に登用した場合の人件費的影響、その他経営上の人件費に関する経営指標についてご説明します。

契約社員から正社員に登用した場合の人件費的影響
契約社員から正社員に登用した場合に人件費の中で影響が大きいのは、退職金の負担の有無です。契約社員に対して退職金を支払う制度を設けている会社はあまりないでしょう。スタートアップ時のまだ設立間もない会社では退職金制度が確立されていないこともありますが、正社員には退職金制度を設けている会社がまだまだ多いのではないでしょうか。契約社員から正社員に登用することで、将来発生する退職金(会社の制度によっては賞与)の負担が人件費に影響することが考えられます。

賞与引当金・退職給付引当金の会計処理の方法
現在の法人税法では、賞与引当金、退職給付引当金のように将来発生する費用・損失を見積もった費用・損失の額は、法人税の計算の上では、損金不算入となります。したがって、中小企業にあっては、決算において会計上処理をせず決算書に計上していない会社も多く見受けられます。
しかし、中小企業が拠るべき会計処理の方法の一つとして定められている、「中小企業の会計に関する基本要領」においては、引当金は、未払金等の確定した債務ではないもの、財政状態を適正に表示するために、負債の計上が必要であると考えられています。
この賞与引当金、退職給付引当金については、次の会計処理が定められています。
 ?賞与引当金 翌期に社員に対して支給する賞与の見積額のうち、当期の負担に属する部分の金額を計上する。
 ?退職給付引当金 退職金規定や退職金等の支払に関する合意があり、退職一時金制度を採用している場合において、当期末における退職給付に係る自己都合要支給額を基に計上する。なお、中小企業退職金共済等、将来の退職給付について拠出以後に追加的な負担が生じない制度を採用している場合には、毎期の掛金を費用処理します。

生産性の高い会社とは
会社の経営力を判断する材料の一つに「付加価値生産性」という経営指標を用いることがあります。まず、付加価値額の計算ですが、次の2つの方法が良く用いられます。考え方としては売上高から外部への支払高を差し引いたものが付加価値額となります。
付加価値額の計算方法
?控除法…売上高?(直接・間接材料費+買入部品費+外注加工費+運賃など)
?積上法…経常利益+人件費+金融費用+賃借料+租税公課+減価償却費など
この付加価値額を社員数(期中平均人数)で割った「1人当たり付加価値額」に注目します。これは、社員1人が生み出す年間の付加価値額という意味です。この金額が大きいほど生産性の高い会社といえます。同じ年間5億円の付加価値額を生み出す会社であっても、社員が50人の会社と20人の会社では、20人の会社のほうが生産性の高い会社といえます。
ヒト、モノ、カネという経営資源では、やはりヒトの重要性は高く、資産を多く所有していても、資金が潤沢にあっても、ヒトがいなくては仕事になりません。そのため会社が付加価値を分配する相手先のなかでは、社員への分配の比重が最も高くなります。
「労働分配率」とは、会社が生み出した付加価値額を、労働力つまり人件費に、どれほど分配したかを見る指標です。人件費には、給料や賞与以外にも、社会保険料の会社負担分である法定福利費や慰安・保険のための支出である福利厚生費、退職金の準備額なども含まれます。これらのいわゆる間接的な給料を含めると、人件費としての会社負担額は給料の1.5倍程度になります。この労働分配率(%)は、人件費÷付加価値額によって算出します。
(人件費=役員報酬+給料賞与+法定福利費+福利厚生費+賞与引当金繰入額+退職給付引当金繰入額+教育研修費)
算式からも分かるように、分子が人件費で、分母が付加価値額となっています。当期も前期も同じ人員で仕事をする会社があるとします。社員全員が、毎年1つ年齢が上がることで定期昇給を行うと、分子の人件費は増加します。もしも、この会社の付加価値額が前期と同額であれば、労働分配率が上昇する結果になります。また、人件費に係る経営指標を他社と比較する場合には、社員の平均年齢を加味して考えることも必要です。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット東京 会長 藤見 義彦  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 小泉 正典、税理士 山田 稔幸



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