第154回 (平成26年11月号) SR大阪会
「なぜ…? 不正行為がわからなかったのか…」
入社1年目の社員が…!
「なぜ…? 不正行為がわからなかったのか…」
入社1年目の社員が…!
SRネット大阪(会長:木村 統一)
G協同組合への相談
A社の社長は、個人で漁業協同組合、法人でG協同組合に加入し、両組合の活動を支援しつつ、G協同組合からは継続的な経営サポートを受けています。昨年は、組合の勧めもあって、何年振りかに新卒社員2名を採用しました。2名は工場管理部と経理部に
配属され、目立つこともありませんが真面目に勤務しています。ある日のこと、先代から勤め上げている72歳の経理部顧問が社長に相談にきました。その内容は、新卒で
採用した社員が不正行為を行い、業者への支払いを1カ月伸ばすなどしながら、浮いたお金を使い、翌月同様の手口でそれを穴埋めし、ということを繰り返しているとのことでした。驚いた社長は「なぜ、いままでわからなかったのだ! 経理部長がチェックして、君が月1回監査するルールだろう」と怒鳴りましたが、「責任は経理部長にあると思いますよ。私は全体をチェックしているだけです。たまたまある業者と話をしたら、そういう状況がわかり、確認した結果…」という顧問の話が終わる前に、社長は経理部長を呼びつけ、事の次第を確認すると「要は、信用していました、内容はチェックしていません、ということか…何のための組織だ」あきれたA社社長がG協同組合を訪れ「このような場合、どうすべきか、経理の新卒社員は懲戒解雇、部長は降格、顧問は諭旨解雇かなぁ。いや、経理の新卒社員は母子家庭だったな。何か事情があったのか?そうすると懲戒解雇は厳し過ぎるか…」と組合事務局職員の話を聞くことなく、1人で悩んでいます。A社社長に正しい判断をさせる必要があると考えた組合事務局は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業A社の概要
-
- 創業
- 1944年
- 社員数
- 正規15名非正規63名
- 業種
- 食品加工業
- 経営者像
経営者像漁港近くに工場を有するA社の社長は68歳の4代目社長です。個人でも漁船を2隻使いA社に魚を卸しています。A社の海産物加工品は地元のお土産として人気があり、近郊に居住するパートタイマーをうまく活用しながら、効率的な経営を実現しています。
トラブル発生の背景
A社の経理は、顧問1名、部長1名、経理部員2名の組織です。ある程度仕事に慣れると「任せる」という仕事の進め方をしていました。担当者が作成した伝票を部長が決済し、後は同じ担当者が振込処理をする方法で、業者への支払い、給与の支払いも同様となっています。新卒社員の不正行為は3カ月に及んでいました。
このような状況では、勤務実態のない者に給与を振り込むことも可能でしょう。
小規模ゆえの「人に頼る仕事の仕方」「地方ゆえの性善説」が原因なのかもしれません。
ポイント
将来のある新卒社員にどのような対応をすべきでしょうか。情状酌量の余地があるとすれば、どのようなことがあるのでしょうか。また、顧問・経理部長の責任は、どの程度にするべきか、A社の就業規則の懲戒事項は一般的な内容となっています。
また、これからの管理の在り方も考えなければなりません。少人数の経理部における危機管理はどのように構築すべきでしょうか。A社の社長への良きアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:山本 展大)
まず、会社が組織として、各社員にどのような対処を行うべきかについて検討します。
総論としては、各社員に懲戒処分を下すことを検討し、新卒社員には業務上横領罪(刑法第253条)にて刑事告訴することまで検討範囲に入ることになります。A社社長は、新卒社員を懲戒解雇、部長は降格、顧問は諭旨解雇処分を下すことを検討している模様です。これらの処分はすべて懲戒処分の一類型ですので、各論の前に総論をご説明しましょう。会社が懲戒処分を下す場合には、?懲戒事由が存在していること、?懲戒事由に該当すること、?選択された懲戒処分が相当であること、という要件が満たされていなければなりません(労働契約法第15条参照)。以下、各社員について具体的に検討を行います。新卒社員については、業務上横領行為を行った実行犯ですので、「会社内における窃盗、横領、傷害などの刑法犯に該当する行為があったとき」および「故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき」という類の懲戒事由に該当することになります。業務上横領行為などというのは職場規律違反の最たるものであり、新卒社員については、懲戒処分として懲戒解雇を選択することはやむを得ないでしょう。上司の職務懈
怠により横領行為が見過されていた、母子家庭である等の同情すべき事情は存在するようですが、経理担当者がその業務に関して横領行為をしていたわけですので、企業秩序を維持するためには、組織として、断固たる姿勢で臨むべきです(再犯の可能性がないとも言い切れません)。
手続きとしては、新卒社員の言い分を聞いて(弁明の機会を付与)、懲戒解雇を選択するべきでしょう。上司に職務懈怠があった、母子家庭であるからといって、経理として会社のお金を横領しても許されるのかというのは、他の社員に与える影響を考慮すれば、あくまで別問題です。むしろ、上司に職務懈怠があった、母子家庭であるという事情は刑事告訴を行うか否かの点で考慮されるところです。よって、新卒社員は母子家庭で将来があるとともに、横領行為が3カ月にも及んだというのは、上司による職務懈怠が影響を及ぼしていると評価されますので、かような新卒社員に刑事責任を負わせる点には抑制的であるべきです。また、懲戒解雇処分を下すことは可能だと思料されますが、
円満に事態を収拾したいというのであれば、会社と新卒社員の話し合いに基づく双方合意の上での退職を試みることが適切な手段となります。これらを踏まえて、A社社長には、新卒社員に対して、まずは、退職勧奨を行うことをお勧めします。
つぎに、経理部長および顧問という管理職への対処について検討します。管理職として職務を懈怠し、結果、新卒社員の横領行為を見逃したわけですので、同人らは、職務懈怠および職場規律違反について責任を問われることになります。本件の場合、具体的には、「当然なすべき注意を怠り、または職務に怠慢を認めたとき」および「故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき」という類の懲戒事由に該当することになります。
では、同人らに対して、懲戒解雇処分を選択することが相当である否かの問題ですが、参考裁判例として、部下の業務遂行に対する上司の管理・監督責任が問われ、部下の多額の横領行為を重過失で発見し得なかった営業所長に対する懲戒解雇が正当とされた事件があります(大阪地判平10.3.23労判736号39頁)。本件の場合、直ちに当該裁判例と同列に論じられるべき問題であるかどうか(懲戒解雇という選択が相当であるどうか)という点には慎重な検討が必要です。ただし、A社社長は、経理部長については降格処分を検討している模様であり、経理部長は新卒社員を信用して成すべき業務を成していないということですので、降格処分には十分に相当性が認められることになるでしょう。顧問については、相当性判断に際して、月に1回の監査がその業務内容ということですが、どの程度までチェック機能・役割が求められていたのかとの見合いになってくるでしょう。たとえば、顧問が当該業務に関連して高額の給料を受け取っており、経理部長を含めてチェックの対象としなければならないという状況下であれば諭旨解雇処分は相当であると判断されるでしょう。ただし、この場合にもまずは退職勧奨を行い、円満に会社を去ってもらうように試みるのがよいでしょう。
以上、各社員に対する対応を検討してきましたが、今後、管理職に対しては、「管理職は、常に率先して他の社員の模範となり、部下を指導して業務を円滑に遂行しなければならない。」等、就業規則に管理職の規律等に特化した項目を創設して、管理職に対してその意識付けを行うことが重要です。なお、この場合には、就業規則内において、「管理職」の定義(たとえば、管理職手当を支給されている者等)を明確にしておく必要があります。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:北村 庄司)
地元で人気の海鮮物加工食品製造会社での新卒社員の不正行為。地方ではよくある「人の良さ」が起因する「あるはずのない事件」です。さらに、行為者が「新卒社員」という将来ある若手社員なだけに解決をより困難にしている側面もあります。さて労務管理の観点からどのように対応すべきでしょうか?懲戒処分については、さまざまな要件がありそれに基づくものでなければ「懲戒権行使の乱用」にも当たり得ますので、慎重に進めることが大切です。事実関係の正確な把握に努めるまず取りかかるべきは、正確な事件の全容把握です。経理顧問の調査から、事件が発覚したようですが、社長や総務人事責任者等が当事者である新卒社員、経理顧問、経理部長に対して個別に面談し、本件の発生原因や経緯等の事実確認をする必要があります。また、新卒社員が不正行為を否定する場合には、必要に応じ他の社員や取引先に対しての情報収集を行う必要があるでしょう。そのうえで、会社が把握している実態との齟齬の有無をつかむことです。新卒社員の弁明内容を分析する事件の全容がつかめたら、つぎは今回の事件における新卒社員の動機や手口を冷静に分析することです。今回のケースは、「3カ月」にわたっていますので『継続的』『意図的』であることへの疑義はないでしょう。また、その手口が巧妙であればあるほど、その『悪意性』も肯定されます。仮に母子家庭で金銭的に困窮し、起こしたことであったとしても許されるはずもありません。懲戒処分の決定等についてこうした経緯や収集確認した事実を踏まえ、就業規則に定める懲戒事由に該当するか否かを冷静に判断することになります。懲戒処分該当と判断した場合には、就業規則等に定める手順により手続きを進めます。就業規則等で懲戒委員会の諮問を経る等の定めがあれば、必ずその手続きを踏まなければなりません。もしも、こうした規定がない場合であっても、少なくとも本人に弁明の機会を与えることは必要であり、問答無用の懲戒処分は原則無効となります。さらに、懲戒処分を決定するに際し、次の点に注意しなければなりません。
?就業規則等に規定された懲戒処分の種類・程度を確認し、同様の事例についての先例を十分に踏まえ、従来の懲戒の種類や程度と同様の内容となるように行う。
?労働者の行った懲戒処分行為と使用者が課した懲戒処分が相当であること。つまり行為の種類や程度と処分内容が相当であること、たとえば軽微な行為に対して、重い処分を課することは、「懲戒権行使の濫用」となる。
?1つの行為に対して、2回以上の懲戒処分をしないこと(一事不再理の原則)一度何らかの処分を課した行為について、処分後、さらに懲戒処分を課すことはできない。以上のことを踏まえ、本件の懲戒処分について検討していきます。
新卒社員に対する懲戒処分決定には、客観的事実の確認と不正行為を働いた理由を中心に調査を行った結果、行われた期間、回数、会社の損害額等がどの程度であったか、また不正行為を働いた理由等がどうであったのかが大きな要素となります。本件では、新卒者の担当する職務が経理であり、直接金銭を取り扱える部署であることなどから、会社に対する背信性は高く、その損害額の大きさにより懲戒解雇もやむなしと思われます。しかし、懲戒委員会等での弁明内容や将来を考慮し、情状酌量の余地があるとすれば、諭旨解雇(懲戒処分)あるいは退職勧奨(自主退職)により退職届の提出を求めることも考えられます。一方、経理部長に対しては、重大な管理責任違反があるといわざるを得ません。特に新卒社員に与える業務としては、さまざまなリスクを考慮すれば過重な業務であったと思われますし、「要は、信用していました、内容はチェックしていませんでした」という状況であることから、求められる指導監督義務についての
行為責任過失として、出勤停止、降格以下の懲戒処分や配置転換などで対応することになると考えられます。また、顧問については、年齢やこれまでの経歴から、組織上の要職ではなく「名誉職」であり、本件に対する直接的な職務怠慢があるとは認められず、「経理部長」という組織上の直接管理者が存在することもあり、「厳重注意」が相当であると思われます。本件において、新卒社員が行った行為は、会社に対する重大な背信行為であり、許されるべき行為ではありませんが、企業組織の管理体制の甘さにも問題があります。日常の中で業務管理がしっかりと行われていれば、未然に防止できたはずです。今後は、各部門部署、職位・職責における権限の明確化、重要事項の決定に関する「会社決裁ルール(稟議制度等)」を確立し、それぞれの社員が十分に立場と責任をわきまえた管理と運営が行われる体制を一日でも早く構築する必要があるでしょう。その人」は『信用』すべきですが、「仕事」は『疑ってかかる』」くらいが「組織管理上」必要なことといえるのかもしれません。
税理士からのアドバイス(執筆:林 愛子)
不正はどの会社にでも起こり得る問題です。昨今では景気の低迷により、不正を働く動機や機会が多くなっているといいます。本件では大きな問題になる前に不正を発見できたようですが、このまま発見できずにいれば、より大胆な方法で多額の不正行為が行われ、会社存続に関わる大問題に発展した可能性も否定できません。
万が一A社の経営が破綻すれば、A社に魚を卸している社長の個人事業の業績にも影響が及びますし、何より社員をはじめとした多くの関係者に大変な迷惑をかけてしまいます。経営者はこうした事態を防ぎ、会社・社員・その他の関係者を守るため、不正を防止・発見する仕組みづくりをすることが求められます。不正を防止・発見する方法として代表的なものは職務分掌・上司による承認・人事異動です。ひとつの取引に関わる一連の業務を複数のプロセスに分け、プロセスごとに異なる担当者を配置すると不正を働きにくくなります。また、担当者が行った処理の妥当性を上司が確認することで、不正が起こった場合でも早期発見が可能です。さらに、人事異動を行うと、後任者に発
覚する可能性がありますので、前任者が不正を働きにくくなります。小規模な会社では大企業のような徹底
した職務分掌・承認・人事異動を行うのは困難ですので、可能な範囲で不正防止策を講じた上で、不正防止の取組みが不十分となっている箇所をあらかじめ把握し、起こり得るリスクを想定しておきましょう。本件では、「担当者が作成した伝票を部長が決裁し、後は同じ担当者が振込処理をする」という方法で支払業務を行っていました。部長の決裁という承認体制が敷かれていますが、部長が部下を信用するあまり、これが機能していなかったことが不正を発見できなかったひとつの原因です。上司の承認は、A社のように形骸化してしまうケースが少なくありませんので、その他の方法を組み合わせて不正防止策を運用することが必要となります。本件では、伝票を作成する社員と振
込処理をする社員を分ける、伝票を作成する社員と振込処理をする社員を定期的に入れ替える、伝票通りに振込処理が実行されたことをもう一人の経理部員が確認し上司もこれを確認する、といった方法が効果的です。また、A社は正規社員が15名と経営者の目が届く規模ですので、経営者自らが定期的に社員の活動をチェック・承認することでより強固な体制が構築できます。資金に余裕があれば、銀行のデータ伝送サービスを利用するのもひとつです。データ伝送サービスでは振込処理に管理者の承認が要求されますので、振込データ作成者と管理者を分けることで本件のような不正の防止・発見に有用な手段となると考えられます。不正を防止・発見する仕組みを作り上げたら、つぎに、これを規定として文書化し、社内に周知させます。社長をはじめ経営者自身もこの規定を遵守し、不正が起こりにくい企業風土を根付かせることも重要です。特に、小規模な会社では職務分掌・承認・人事異動の徹底が困難ですので、経営陣の姿勢や企業風土といった間接的な不正防止策の重要性が高くなります。最後に、A社で起こってしまった不正に関する会計処理と課税関係を検討します。社員が流用した資金は、その社員から返済を受けることが可能ですので、不正発覚時に即損失計上することにはなりません。会計上は、不正を発見した時点で資産・負債の金額を調整し(本件の場合は、買掛金や未払金など、業者の支払のために記録していた勘定科目で負債の金額を増額)、被害金額は不正を起こした社員への貸付金として処理します。その後は社員から返済を受ける都度、貸付金を減額していきます。被害金額が多額で全額返済が見込めない場合や、不正をおこした社員が音信不通になるなど督促が困難な状況に陥った場合は、貸倒処理を行い、損失を計上することとなります。税務上も同様で、資金の流用があったからといって、その損失が即時に損金計上されることはありません。税務上の貸倒引当金、または貸倒損失の要件を満たした時点で初めて損金計上することが可能となりますので、会計上貸倒処理を行った場合は、税務上も要件を満たすかどうかの検討が必要となります。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット大阪 会長 木村 統一 / 本文執筆者 弁護士 山本 展大、社会保険労務士 北村 庄司、税理士 林 愛子