第152回 (平成26年9月号) SR北海道会
「こいつは俺の弟子だから余計なことは言わないでくれ!」…?
「こいつは俺の弟子だから余計なことは言わないでくれ!」…?
SRネット北海道(会長:安藤 壽建)
C協同組合への相談
Y社は創業者である先代のときからC協同組合に加入し、先代急死後は、現社長の経営サポートを強力に行ってきました。特に料理人の募集や財務など、ノウハウのない現社長にとっては頼りになるC協同組合です。
Y社で10年近く勤務したB社員が退職することになり、調理担当社員を採用しなければならなくなりました。社長がいつものように組合に相談しようとすると、「よい人材がいるので私に任せてください」と料理長が申し出てきました。社長は、採用しても料理長が上司なのだから、それでもよいか、と安易に承諾しましたが、いざ、採用してみると困った事態となってしまいました。
料理長は「給与は17万円で結構です。当分社会保険も必要ありません。労働時間も私が指示しますので、社長が直接話しかけるようなことはしないでください」とA社員に関する処遇を社長に告げると、早朝の買い出し、朝の仕込み、夜は清掃までA社員につきっきりで指導しています。「おいおい、昔と違うのだから、あまり無理な使い方をしないでくれよ。40代の男に給与17万円というのもなぁ」と社長が注意しても、「A社員は、自分から私の指導を望んでいるのです。かつて私が厳しく指導した頃に戻って、自分を取り戻したい、と言うものですから」と料理長は言い、「料理の腕はよいものをもっているやつです」と自分の教育方針に疑いをもっていないようでした。
組合事務局を訪れたY社社長が、この顛末を話しながら「昨今、飲食関係でも、残業不払いで訴えられるケースもあるしなぁ。大丈夫かなぁ…」と悩んでいます。
組合事務局は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業Y社の概要
-
- 創業
- 2003年
- 社員数
- 正規8名 非正規43名
- 業種
- 飲食業
- 経営者像
Y社の社長は43歳、サラリーマンから転身し、親の後を継いで割烹料理店の経営者になりました。父親が急死したため、かなり苦労しましたが、この3年間で何とか経営者らしくなりました。しかし、先代からの料理長には相変わらず手を焼く毎日が続いています。
トラブル発生の背景
料理業界では、料理長と子方の関係が徒弟制度のようなことになっているケースが少なくありません。昔はこれを「修業」といったのでしょうが、現在の法規からすると、雇用関係がある以上は許されない関係となります。
また、料理長は、自身の経験が第一として労働法規を無視する傾向があり、経営者としても「任せている」部分が多いため、口を出しにくい環境にあります。
現在、A社員は従順なようですが、いろいろと職を変えているようですし、この状態が何カ月か続くようですと、大変なことになりそうな気配です。
大規模チェーン店などと異なり、料理長依存が強い料理店が抱える独特の問題かもしれません。
ポイント
料理長の意見を立てた場合に、料理長がA社員を雇用するような関係は構築できるのでしょうか。一方、あくまでもA社員はY社との雇用関係ありきで考えた場合、料理長と会社の関係をどのようにするべきでしょうか。
また、料理長(月給50万円)は、労基法の管理監督者に該当するのかどうかも疑問なところです。仮に管理監督者に該当しないとなると、A社員と同様の労働時間を勤務していることになり、毎日12時間以上の実働で休みが週1日という状況です。
Y社の社長へのよきアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:諸星 渓太)
現在、A社員に賃金を支払っているのがY社であることからすると、A社員の労働契約法上の使用者はY社と考えられますから、仮に、A社員から未払残業代の請求がされた場合、Y社が支払義務を負うことになります。
では、Y社に対してこのような請求がされることを避けるため、料理長がA社員を雇用するような関係を構築することは可能でしょうか。
まず、料理長がA社員を雇用する方法としては、Y社と料理長との間の労働契約を維持したままで雇用する方法と、Y社と料理長との間の労働契約を業務委託契約に変更した上で雇用する方法が考えられます。
なお、前者については、民法第625条第2項において、「労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。」と規定されていますので、Y社の承諾があれば、料理長がA社員を雇用し、自己に代わって労務に従事させることが、法律上不可能ではないと考えます。
また、後者についても、料理長の労働実態によっては、業務委託契約の名で契約を締結していても、実質的には労働契約であると評価される可能性はあるものの、かかる契約形態を採用すること自体は、法律上不可能ではありません。
いずれの契約形態を採用するにせよ、Y社とA社員との間には直接の契約関係がありませんので、Y社はA社員に対して、直接に指揮・命令を下すことはできません。また、A社員の賃金支払義務は、料理長が負うこととなります。
これに反して、Y社がA社員に直接に指揮・命令を下し、かつ、A社員の賃金をY社が事実上決定しているなど、実質的にみてY社がA社員に賃金を支払っているような事情が認められる場合には、料理長は形式的に介在しているに過ぎないとして、Y社とA社員との間に、黙示の労働契約が締結されているものと評価される可能性があります。この場合、Y社はA社員の使用者として、未払残業代の支払義務を負うこととなります。
以上のように、料理長がA社員を雇用する方法には、指揮・命令権が限定されるという制約や、A社員の労働実態によっては黙示の労働契約の締結が認定されうるというリスクがありますから、Y社としては、A社員と直接に労働契約を締結し、料理長を説得した上で、A社員について法に適合する労働条件を整えることが、オーソドックスであり、かつ、健全な選択であると考えます。
管理監督者
つぎに、料理長は、労基法上の管理監督者に該当するでしょうか。該当するとすれば、料理長には、労基法上の労働時間、休暇および休日に関する規定が適用されないこととなります(労基法第41条第2号)。
管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者をいい、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきであるとされています。
管理監督者の問題については、多数の下級審裁判例が存在しますが、裁判例では、主に以下の判断要素を総合的に考慮して管理監督者性を判断しています(なお、参考裁判例として、肯定例:大阪地判昭和62年3月31日、否定例:大阪地判平成3年2月26日)。
?職務内容の重要性、責任・権限の重大性。
?部下に対する人事考課や労務管理についての裁量の有無。
?出退勤の自由の有無。勤務時間についての裁量の有無。
?特別手当等において、相応の待遇が図られているか。
本件についてみると、料理長は、月給50万円と比較的高額の賃金を得ており、また、部下であるA社員の労働条件の決定について一定の裁量を有しているようですが、他方で、A社員の採用に際しては、社長の承諾を必要としており、本件に表れる事実のみでは、料理長が管理監督者に該当するか否かを判断することはできません。これらの事実に加えて、たとえば、料理長の裁量で店舗を閉めることができるか、など労働時間がその自由裁量に任されていること、職務内容が店舗の経営方針の決定等重要な部分にまで及ぶことといった事情が認められ、料理長が経営者である社長と一体的立場にあると評価できる場合には、料理長は管理監督者に該当すると考えます。
もっとも、管理監督者性の判断については、裁判例は比較的厳格に判断する傾向がみられますので、労働者に労基法の規制を超えた労働をさせることには、慎重に、かつ十分に検討を重ねることが必要です。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:遠藤 英子)
Y社のように割烹料理店という業種は、料理業界の中でも特に「徒弟制度」のような慣習が根強く残っていることが多く、労務管理が難しい点があるといえます。また料理人は、厳しい修行を経ているからこそ、仕事に対する自負心が強いのでしょう。とはいえ、会社は例外なく労働・社会保険諸法規を守らなくてはならず、法規を無視した会社経営は様々なトラブルを発生させるリスクが高くなります。Y社はA社員に対して、早急に以下の対応をとる必要があるでしょう。
・法定時間内の所定労働時間の設定
・時間外労働の削減
・時間外割増賃金の支払
・社会保険、雇用保険の加入
Y社の現状における労務管理上の問題点を検証し、社長が料理長に納得してもらえるように説明をした上で、問題を未然に防ぐ労務管理ができないかどうか、検討してみたいと思います。
料理長はY社において、先代社長の時代から勤務しており、先代の急死により後を継いだ現社長にとっては、頼りになる反面、なかなか口を出しにくい存在のようです。
しかし、会社の経営者と社員という関係においては、労務管理や法令遵守の義務が会社にあるため、社員は会社の就業規則や職務上の命令に従わなければなりません。
料理長が採用に関する決定権や現場の指揮管理を任されていたとしても、会社に雇用されている社員であり、法規を無視した雇用条件で部下を働かせ、社長に口出しをさせないということは職務上の権限を超えた行為です。また、そのような問題を認識しながら、料理長のやり方を放置してしまうと、ますます料理長の越権行為を助長することになり、他の社員にも悪影響を及ぼしかねないでしょう。
料理長は、A社員について、「給与は17万円」と勝手に決めてしまったようですが、
毎日12時間以上、週6日の労働ということを考えると最低賃金を下回り、最低賃金法違反となっていることが確実です。また、時間外割増賃金が払われておらず、労働基準法違反となります。会社の社員数からすると、法定労働時間は1週40時間であるところ、時間外労働が月約137時間超となり、かなりの長時間残業が発生しています。
法定時間を超える時間外労働については、労働基準法第37条第1項により25%以上の割増賃金を支払うこととされています(大企業は月60時間を超える残業には50%以上。中小企業に対してはその適用が猶予されています(労働基準法第138条)。)。A社員の未払の時間外割増賃金は、月平均所定労働時間が173.33時間とした場合、17万÷173.33時間×1.25×137時間≒167,960円となり、1年で約200万円を超える計算です。
時間外労働をさせるためには、時間外労働協定(36協定)の締結と所轄労働基準監督署長への届け出が必要ですが、1カ月間の時間外労働の上限は45時間です。「特別条項付き36協定」を結ぶことにより、限度時間を超える時間を延長時間とすることができますが、臨時的な特別の事情がある場合に限られ、限度時間を超える月が1年のうち6カ月を超えないことが必要です。A社員の勤務状況が1年を通して同じであれば、たとえ36協定に特別条項を設けていても協定を大幅に上回ることになり、労働基準法違反となります。
また、会社には社員に対する安全配慮義務があり、日常的な長時間労働を課し、社員の心身の健康に配慮しない労務管理を行えば、安全配慮義務違反となります。長時間労働をさせ、うつ病や脳・心臓疾患等を発病した場合に業務との因果関係を認められれば、損害賠償等の法的リスクがあることを認識しておかなくてはなりません。
さらに、料理長は「当分社会保険も必要ない」と社長に発言していますが、雇用保険、健康保険、厚生年金は本人の希望により加入の有無を決めるものではなく、強制加入です。各保険未加入により不利益が発生した場合、社員から訴えられるケースも考えられます。
このようなさまざまなリスクがあることを料理長に理解してもらったうえで、会社という組織である以上、会社の方針に従って部下の指導・管理にあたることを料理長の責務として再認識させ、料理長には、時代にマッチした労務管理の必要性を日常的に意識してもらうことが重要です。
また、A社員だけではなく、他の社員に対しても同様のリスクが発生していないかどうか、この機会に会社全体としての労働時間をチェックし、必要な対策を講じるようにしてください。
税理士からのアドバイス(執筆:吉田 幸広)
Y社と料理長、およびA社員の関係についての税務上の取扱いと、本件のような飲食店における税務上の留意事項について説明します。
料理長やA社員が受け取る報酬は給与所得?事業所得?
Y社が雇用契約に基づいて料理長およびA社員に対して給与を支払っている場合は、給与所得となります。
給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費、賞与、並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいいます(所得税法第28条第1項)。給与所得の性質を有するか否かの判断基準として最高裁は?雇用またはこれに類する原因に基づいて?雇用者の指揮命令に属して?非独立的に提供する労務の対価で、退職に伴う一時支給金を除いたもの(最判昭和56年4月24日)と判示しています。
では、Y社と料理長との間で請負契約が交わされている場合はどうでしょう。
事業所得とは、各種事業(所得税法施行令第63条)から生ずる所得をいいます(所得税法第27条第1項)。事業とは、自己の計算と危険において営利を目的として対価を得て継続的に行う経済活動をいいます。(最判昭和56年4月24日)事業性の具体的判断基準としては、?規模、設備、組織性?自己の計算と危険、独立性?営利性、有償性?継続性、反復性とされています。
したがって、料理長がY社に常用される者として他の仕事を兼業していない、仕事先で使用する包丁や備品および器具等その他営業用の資産を所持・購入していない、定期健康診断の費用を負担していない、制服・作業着を購入していない等の事実があれば、事業所得としての判断は難しく、給与所得になると考えます。
給与所得と判断されれば、源泉徴収の対象となります。
賄いと源泉徴収の関係
?給与となるもの
給与は、金銭で支給されるのが普通ですが、食事の現物支給(賄い)のように経済的利益をもって支給されることがあります。この経済的利益を現物給与といい、原則として給与所得とされます。税務調査で指摘され、追徴税額を支払うことにならないよう、食事の提供をする際は注意が必要です。
?賄いが給与として課税されないための要件
(ア)役員や従業員が「食事の価額」の半額以上を負担していること
※食事の価額とは、自社で調理した食事の場合には、材料代のことをいいます。
(イ)個人事業主や会社が負担した金額(食事の価額?従業員等の負担額)が、月額3,500円(税抜き)以下であること
たとえば、食事の価額が400円として、従業員が200円負担していたとします。これが月20回行われました。
この場合、(ア)は守っていますが、(イ)の月3,500円以下ではないため、会社が負担した1カ月の金額である4,000円が給与所得として課税対象となります。
気をつけなければならないのは、4,000円と3,500円の差額である500円が給与所得となるのではなく、4,000円全額が給与所得となるところです。
棚卸しの際の注意点
棚卸しとは、食材や飲料などの量や状態を調べ、在庫高を確認する作業のことです。
ではなぜ、棚卸しが必要なのでしょうか。それは、正確な材料費をつかむためです。
棚卸しは最低月に1回は行いましょう。できれば毎週1回、Y社が生鮮品を多く扱っているなら毎日実施することが望ましいです。
こまめにやれば意外と手間もかかりませんし、自然とお店の整理整頓がなされるというメリットもあります。また、在庫量を把握しておけば、過剰な発注も抑えられます。
在庫の回転率をチェックすれば何が出ていないかも一目瞭然ですし、不人気メニューの改善にも繋がります。
納品時には、冷凍庫や冷蔵庫内のものをいったん外に出して、新しい材料を奥のほうから並べ、古い材料は手前に並べる。先入れ先出しの鉄則を順守し、在庫ロスが出ないようにしましょう。
【棚卸のポイント】
・保管場所(冷凍庫、冷蔵庫、倉庫など)によって分担する。
・棚卸表は、冷凍品、冷蔵品、缶詰など店舗別、部門別、場所別に用意する。
・適正な標準在庫量を決めておく。
・棚卸表と材料単価表を準備しておく。
・材料の保管場所は整理整頓を心がける。
・材料の配列の順序と棚卸表に記入する順序を一致させる(主な材料は、あらかじめ棚卸表に印刷しておく)
・材料の単位を統一する。
・ソース、スープ類の計算方法を決めておく。
なお、飲食店の税務調査では棚卸についても厳しく調査されます。
棚卸表には種類、数量、単価、在庫金額を記載しますが、単価は税務署に評価方法を届出ていなければ、最後に仕入れた時の単価を記載することになりますので注意が必要です。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。
SRネット北海道 会長 安藤 壽建 / 本文執筆者 弁護士 諸星 渓太、社会保険労務士 遠藤 英子、税理士 吉田 幸広