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第147回 (平成26年4月号) SR高知会

「無呼吸症候群かどうか、検査して報告するように…」
これは義務ですか?

SRネット高知(会長:結城 茂久)

G協同組合への相談

R社は1980年からG協同組合に加入し、R社の社長は理事も引き受けています。その関係で、何かあるとG協同組合の理事会の議題とし、そして全組合員が情報を共有できるように結果を発信していました。

「みなの会社はどうかな…」ある日の理事会でR社長が出席者の顔を見渡しました。実は、R社ではこの1ヶ月、営業社員2名が自爆事故を起こしていました。幸いに物損のみでしたが、どうやら2件とも居眠り運転が原因だったため、R社の社長は、両名が無呼吸症候群ではないかと疑っており、他社の対応を確認しようとしたのでした。

しかし、他社では同様の事例がなく、「運転がメイン業務ではないからね…」という意見が多数を占め、その日の理事会は終了しました。
R社社長は、会社に戻った後も、やはり気になって仕方がなく、総務部長を呼ぶと「社員全員に無呼吸症候群の検査を受けさせ、その結果を会社に提出するように指示しろ」と命令しました。「検査費用はどうしますか?」と総務部長が問うと「自分は健康ですから安心してください、と社員が会社に対して言うことだろ!そんなもの自己負担に決まっている!」と総務部長を一瞥して会社を出ました。残された総務部長は、何とか社員が反発しないような段取りを考えるしかありません。いろいろと苦心して社員に通知しましたが、案の定「それでしたら会社が費用を負担すべきでしょう…」「もしも、無呼吸症候群だったら解雇ですか?」「検査しなかったらどうなるのですか?」と進んで検査しますという社員は一人もいませんでした。「やっぱり、言わない方がよかったな…」といっても、このことを社長には言えない総務部長は、組合事務局に相談することにしました。

相談事業所 組合員企業R社の概要

創業
1959年

社員数
正規 18名 非正規 6名

業種
自動車部品製造業

経営者像

R社の社長は68才、そろそろ息子に社長の座を譲ろうかと考えていますが、かなりのワンマン社長です。R社の現況は、国内需要は伸び悩んでいますが、輸出用パーツの受注が続き、全社員がフル稼働しているような状態です。ご機嫌なはずのR社社長ですが、大きな不安が持ち上がりました。


トラブル発生の背景

何事も口に出さずにはいられないR社社長ですが、もう少し慎重な進め方が必要でした。無呼吸症候群とは何か、会社としてどう対応すべきか、専門ドライバーだけの問題なのか、検討すべき要素がたくさんあるはずです。組合事務局でも理事会終了後のR社社長のことを心配していましたので、総務部長が訪れたときには「やってしまったか!」と頭を抱えてしまいました。
R社社員のモチベーションが低下する前に、何とか手を打たないとなりません。

ポイント

最近話題となることが多い無呼吸症候群ですが、会社としてどのような対応が必要なのでしょうか。無呼吸症候群とわかっていて、あるいは知らないで何か事故を発生させた場合、会社にどのような責任が生じるのでしょうか。
無呼吸症候群以外にも、てんかんなどの持病の問題を差別することなく、しかも雇用を維持する方法はあるのでしょうか。
R社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:参田  敦)

持病が原因となって事故が生じた場合に、会社が負う可能性のある責任は次のようなものが考えられます。

まず、会社は、従業員に対する安全配慮義務を負っており、従業員が、事故等により怪我をしたり、死亡したような場合は、従業員やその遺族に対して損害賠償責任を負う可能性があるということです。

また、従業員が会社の業務中に運転し、人身事故を起こした場合、会社は、民事上の責任として、被害者に対する損害賠償責任(民法715条、自動車損害賠償保障法3条、)を負ったり、刑事上の責任としては、過労運転を容認した場合、3年以下の懲役または50万円以下の罰金(道路交通法117条の2の2第7号、第75条第1項第4号)が課せられる可能性があります。

なお、それらの責任以外に、社会的信頼の失墜、営業・操業停止、訴訟等の準備に伴う経済的・時間的損失などの負担が発生するおそれがあります。

さて、使用者には、労働者との雇用契約に基づく付随的義務として、信義則上安全配慮義務があり、使用者は、労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用し、または使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命および身体を危険から保護するように配慮すべき義務を負担します(最判昭和59.4.10)。

また、労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」としており、さらに、労働者安全衛生法等労働安全衛生関係法令においては、事業主の講ずべき具体的な措置が規定されており、これらが安全配慮義務の内容となり、安全配慮義務を検討する上で充分斟酌すべきものとされています(神戸地判平成2.12.27、札幌高判平成20.8.29)。

労働安全衛生法は、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的としており(同法第1条)、労働者は会社等の実施する労働災害防止に関する措置に協力するよう努めなければならないとされています(同法第4条)。また、会社は、1年に1回は従業員に健康診断を受けさせる義務を負っており(同第66条1項)、労働者は、この定期健康診断を受ける義務を負っています(同5項)。

検診の結果、労働者の健康が損なわれていることが判明した場合は、就業場所や業務内容の変更、就業時間の短縮などの措置を講じなければなりませんし、この措置を講じないと安全配慮義務違反になる可能性があります(定期検査以外の検査で判明した場合も同様です)。

市の消防署の消防士が訓練中に死亡した事件で、消防士に労作性狭心症の持病があった件について、それを知っていたこと、訓練をした経過等から、消防士に対する健康管理に不十分な点があったとして、市の安全配慮義務違反を認めた判例があります(津地判平成4.9.24)。

会社としては、従業員に健康で安全に働くことができる環境を提供するために、持病に関する情報を把握する必要がありますが、他方でこれは労働者個人の情報ですので細心の注意を払う必要があります。

本件のように、無呼吸症候群やてんかんの持病が判明した場合、それらの持病が業務に対して影響を及ぼすのか否か、また及ぼすとすればどのようなものか等については、極めて専門的な内容になりますので、専門医の意見も聞いて、適切な対応をする必要があります(疾病のことを十分に理解して対処しないと差別的な扱いとなることもあります)。

R社としては、無呼吸症候群と診断された従業員については、それがどの程度運転に影響するのかを慎重に見極め、場合によっては、運転を必要としない業務に就かせるという措置を取ることも考えるべきでしょう。このことからもわかるように安全配慮義務は、その職種や地位、具体的な職務の内容や具合的状況等に応じて判断されます。

持病がある社員に対し、持病により事故を起こした場合には自己責任とする旨の念書を書かせることは、任意である限り許されると考えられますが、そのような念書があったとしても会社は責任を免れることはできません。上記津地裁の判決も本人から「業務遂行について何ら支障もないと思われ、万一の場合も私自身で責任を負いますのでよろしく御配慮下さい。」と記載された職場復帰願が提出された事案でしたが、安全配慮義務違反を認めています。もちろん、第三者である被害者との関係においては、そのような念書は内部的なものにすぎませんので、責任を免れる根拠には全くなりません。したがってその点では上記のような念書は意味がないことになります。

しかし、使用者が労働安全衛生法、および関係法令を遵守するにあたり、労働者の協力は不可欠であり、労働者の健康状態は、その労働者自身が最も把握していることですので、健康状態について、労働者自身の申告等を促すことは重要です。

たとえば「自己の健康管理を適切に行い、就業に支障が生じる場合にはその旨を会社に対して申告致します」などと記載した書面を書かせておくことが考えられます。これを書いたにも拘わらず、労働者が早期発見に対する協力を怠ったときは、労働者との関係では過失相殺が認められると考えられます。 

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:秋山 直也)

2003年の山陽新幹線の運転士が、約26キロ、約8分間にわたり、居眠りをしたまま最高時速約270キロで走行していたという事件がありました。幸い乗客に怪我などはなく、大きな事故にはなりませんでしたが、後にこの運転士が睡眠時無呼吸症候群だったことが分かり、この事件をきっかけに睡眠時無呼吸症候群という病気が認識され、注目されるようになりました。

この病気は、睡眠中に何度も呼吸が停止する病気で、重症になると起きても熟睡感がなく、日中強い眠気を感じたり、集中力の低下や疲労感、活力や記憶力の低下をもたらすという病気で、「男性サラリーマンの5人に1人は治療を要する睡眠時無呼吸症候群である」ということが京都大学の陳和夫教授らの調査結果で明らかになっています。

しかしながら、この病気は本人の自覚症状がないため、知らず知らずのうちに疲労が蓄積され、その結果重大な事故を引き起こしているのが現状であります。そういったことから、今回R社の社長が、従業員の事故が睡眠時無呼吸症候群ではないかと疑問に感じ、着目したことは非常に良いことだと思います。しかし問題は、その取り組み方が強引であったことです。睡眠時無呼吸症候群に関する検査は、定期健康診断に含まれていない法定外の検査項目であるため、個人情報保護法とあいまって、実施にあたっては慎重に対応する必要があります。 

そこで、本件R社の事態収拾のための対応策として必要なことは、まずは従業員に対して今回の検診に至った経緯を含めて、下記のことをしっかりと説明することだと思います。

? 睡眠時無呼吸症候群がどういった病気なのか
・医学的には呼吸が10秒以上停止する無呼吸の状態が、一晩の睡眠中に30回以上生じるか、睡眠1時間あたり無呼吸が5回以上生じるものとされていること。
・主に肥満、鼻疾患、加齢、扁桃肥大、小顎症、アルコールなどが原因であること。
・深い睡眠が取りにくくなった結果、昼間の眠気につながったり、集中力や作業効率の低下につながったりすること。

? 睡眠時無呼吸症候群が招く危険性
【合併症の発症】
・睡眠時無呼吸症候群は身体への負担が非常に大きく、高血圧、心疾患、糖尿病などの生活習慣病を引き起こすリスクが非常に高いこと。
【重大事故の発生】
・睡眠時無呼吸症候群の患者が交通事故を引き起こす確率は、健常者の約3倍といわれていること。また居眠り運転による事故のため、重大事故につながることが多いこと。

? 早期発見・早期治療の重要性と治療
・睡眠時無呼吸症候群は放っておくと、生活習慣病を悪化させることや、重大な事故を引き起こすおそれがあることから、早期発見・早期治療が重要であること。
・いびきは寝ているため自分で気づくことが極めて困難であることから、従業員の家族の協力が必要であること。
・睡眠時無呼吸症候群は治療が可能であり、適切な治療を受けることで通常の労働者とほぼ同じように業務につくことができること。

? 睡眠時無呼吸症候群に関する会社の対応について
・従業員が不利な扱いを避けるために病気であることを隠し、治療を受けないで運転業務を続けることが最も危険であることを理解してもらう。
・睡眠時無呼吸症候群と診断されても、会社はその従業員を解雇したり、不利な扱いをしたりしないことを明言する。

また、検診費用についてですが、定期健康診断の費用については、労働安全衛生法(第66条)において、実施義務を課している以上、当然事業者が負担すべきものとされていますが、睡眠時無呼吸症候群の検査は定期健康診断以外の検診であるため、費用については法律の定めがありません。しかし、検査によって睡眠時無呼吸症候群が判明し、その治療を受けることで従業員の健康が守ることができ、会社としても事故発生リスクを下げることにもつながります。よって、法定外の検診ではありますが、会社がその費用の全額または一部を負担することが望ましいと思います。
今回の件をきっかけに、今後も睡眠時無呼吸症候群の早期発見・早期治療に会社として取り組むことは、非常に重要なことですので、こういった取り組みをより具体的に文書としてまとめ、規程を作成して従業員に周知させていくことで、よりスムーズに従業員の協力を得られ、より良い安心・安全な職場環境の形成につながると思います。

税理士からのアドバイス(執筆:?木 学而)

今回の件については、今後生じる可能性のある重大な事故を回避するための予防策の必要性を会計・税務の側面から考えてみたいと思います。

事が起こってしまってからでは、損害賠償金等の数字で表すことのできるダメージとともに、会社の信用等数字で表すことのできないレベルのダメージを会社が受けてしまう、ということを考えなければなりません。

そこで、現状会計・税務上の数字で予測が可能なうちに予防策を採り、少しでもリスクの回避行動をとっておく、というのは会社経営上重要なことではなかろうかと考えます。

その予防策としては、単純ではありますが、やはり従業員に対する健康診断を定期的に行っていく、ということが第一になるものと思います。この場合に、会計上クローズアップされてくるのが福利厚生費の扱いです。

福利厚生費とは、各種社会保険料の会社負担分等である「法定福利費」の部分と以下の「厚生費」の部分で構成されています。ここでいう「厚生費」とは、概ね『会社がその従業員の生活の向上と労働環境の改善のために支出する費用のうち給与、交際費及び資産の取得価額以外のもので、従業員の福利厚生のため、すべての従業員に公平であり、社会通念上妥当な金額までの費用』とされています。

よって、本件にあたっても『会社が直接費用を負担した従業員全員を対象とする一般的な検査等であり、その費用の額も常識的な範囲のものである』のならば、従業員の労働環境の改善という目的にも合致するため、厚生費の範疇となるものと思います。したがって、福利厚生費として税務上、損金計上され、結果として法人税節税の効果も期待されるところです。

しかし、ここで税務上問題としたいのは、その検査費用等がどの範囲の者に支出され、また誰を対象として支出されているのかで、税務上の取り扱いに違いが発生するという点です。

税務上、福利厚生費と他の費用(特に本件においては給与)との線引きの判断があいまいになり易いので注意が必要となってきます。

その判断の基準となるのが、厚生費の定義のうち「すべての従業員」が対象となっているかどうか、という点にあります。

もしも、事故を起こした、または事故を起こす可能性の高い従業員に対してのみ検査費を負担するという形をとった場合、これはその従業員に対しての給与と判断されてしまう可能性が高くなります。

では、従業員に対する給与になってしまった場合はどうなるのか、という点については、損金経理ができる経費である、ことに代わりはないのですが、対象の従業員については給与が増額されることにより、別途源泉所得税が発生する結果となってしまいます。

この方法では、他の従業員との公平も保たれない上に、せっかく検査を受けた従業員にも所得税の負担が発生してしまうため、モチベーションアップにはつながらないと推察されます。

これが従業員に対してならば、まだ従業員個人に対しての源泉所得税の増加のみで済む話ですが、役員に対してのみ検査費等を支出した場合においては別の問題も発生します。

役員のみを対象とした検査の実施ということになれば、それは役員に対してのその他の利益の供与とみなされ、役員賞与に該当することとなってしまいます。

基本的に法人税にあっては、役員賞与は損金不算入ですので、役員本人の賞与の発生に伴う源泉所得税の増加とともに、その法人についても法人税の負担増、という二重の税負担という結果になってしまいます。

特に、役員に対する厚生費の支出については、慎重な判断が求められます。

ただし、厳密にいえば上記の規定通りなのですが、実際は『社内規定等に基づき健康管理を必要とする一定の年齢以上の希望者について検査費等を支出するような場合』にあってはその支出した金額は厚生費として損金計上は可能であると考えられています。

会社の状況に応じて、社内規定等の整備を行うことで、不備のない会計・税務上の処理を行い、将来生じうるリスクをできるだけ回避できるようにして頂きたいと思います。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット高知 会長 結城 茂久  /  本文執筆者 弁護士 参田  敦、社会保険労務士 秋山 直也、税理士 ?木 学而



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