第143回 (平成25年12月号) SR福岡会
研修出張の外国人を観光案内中に階段から転落!
「労災? 自分も遊んでいたのでしょ…」
研修出張の外国人を観光案内中に階段から転落!
「労災? 自分も遊んでいたのでしょ…」
SRネット福岡(会長:内野 俊洋)
O協同組合への相談
C社は、A国に工場を建設する際にも、O協同組合からの指導のおかげで大きな失敗をすることなく、現在まで順調に事業活動を行うことができています。
A国での操業開始から早や2年が過ぎました。人事交流も活発化し、今月は3回目のA国社員の出張研修となりました。この研修は、日本の事務所や工場を見学し、実務研修も行うという1週間の日程で行い、最終日は、研修生たちが日本で自由に過ごせる日としてフリータイムとしています。
今回は、A国法人の課長クラスがメインでしたので、最終日は、C社社長の発案で地元の観光案内をすることになりました。この案内人として白羽の矢が立ったのが、入社2年目のH社員です。何事にも前向きで、社長のお気に入りでもありました。
「悪いが、今週の日曜日にA国の社員達を案内してやってくれ。君も一緒に食事などをしてよいから、無理がないコースで道案内を頼むよ」と社長がH社員に10万円を渡しました。
案内日当日は、あいにくの雨でしたが、昼食を終えたところまでは、A国の社員達もみな満足した様子で、順調に工程が進んでいました。しかし、最後の観光地である寺院を見学中に事故が起きてしまいました。
H社員が説明をしながら後ろ向きに階段を下りていた際に、足が滑り階段を10段ほど転げ落ちてしまったのです。直ちに救急車で病院に運ばれたH社員は、左肩、肋骨、左足首を骨折する大けがで、全治3ヶ月の診断です。特に左足首は複雑骨折で、後遺症が残るかもしれないということでした。
H社員の両親への説明を終えたC社の社長が組合事務局にやってきました。
社長のあまりの落ち込みように、「ヘタに慰めるよりも、積極的なアドバイスが必要だ」と考えた事務局職員は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業C社の概要
-
- 創業
- 2005年
- 社員数
- 正規 76名 非正規 12名
- 業種
- 合成繊維関係製造業
- 経営者像
A国に同業者との共同資本による法人を設立したC社の社長は51歳。 やる気のある若い社員を登用しては、語学力・対人折衝能力を身につけさせるため、A国で実務経験を積ませ、幹部候補生として教育を続けています。また、自らも積極的に職場に顔を出しながら、社員とのコミュニケーションを図りつつ、OJTを実践しています。
トラブル発生の背景
あわてて病院に駆けつけてきたH社員の両親は、C社の説明を聞きながら「もちろん労災ですよね」と社長に尋ねますが、「こればかりは申請してみないと…」と歯切れの悪い説明しかできませんでした。「なぜ、息子が案内役になったのか」「日曜日に勤務させたのに、なぜ申請してみないとわからないのか」と、両親の矢継ぎ早の質問に社長も「できる限りのことをしますから…」と返すのみでした。実は、C社社長としては、休日勤務を命じたというよりは、H社員にも楽しんでもらおうという意図があったからでした。
ポイント
昼食時にH社員もビール1本程度飲酒していたことがわかりました。このことを含めて、後からでも、H社員の日曜日の行動を業務命令であるとできるものなのでしょうか。
H社員への損害賠償は、C社なのか、あるいは社長個人なのか、それとも自己責任となるのでしょうか。
まずは、治療費の問題が先決です。そして、両親への説明、補償義務を負う者、その範囲について、C社が把握しておかなければならないようです。
C社が検討すべき今後の改善案も含めて、C社の社長への良きアドバイスをお願いします。
弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)
労災保険法の保険給付は、労働者の業務上の負傷、疾病、障害または死亡(業務災害)に対して行われますが、「業務災害」と認められるためには、労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態(業務遂行性)を前提として、業務と災害との間に相当因果関係が存在すること(業務起因性)が必要となります。
本件は、H社員が日曜日に観光地の案内をしていたときに負傷したということですので、就業時間外であり、かつ、事業場外での負傷であることから、観光地の案内をすることがH社員にとって業務と認められるかということが問題となります。
就業時間外または事業場外で行われた懇親会、慰安旅行等の行事に労働者が参加中に災害にあった場合、これに参加した労働者の災害について、当然に業務性が肯定されるものではなく、労働者が参加した懇親会等の主催者、目的、内容、事業主の指示の有無、費用の負担等の事情を勘案して総合的に判断することになります。一般的には、労働者の本来業務とは異なるため、業務性が希薄である場合が多く、裁判例も、行事を行うことが事業運営上必要と客観的に認められ、かつ、労働者に対し行事への参加を強制しているような特別の事情のない限り業務遂行性を認めていません(名古屋高裁金沢支部昭和58年9月21日判決・労働関係民事裁判例集34巻5・6号809頁、岐阜地裁平成13年11月1日判決・労働判例818号17頁等)。
しかし、懇親会等の行事の運営、世話役等を担当することを命じられている労働者が当該行事に参加して必要な役割を果たす場合は、自己の職務の一環として参加していることから、業務遂行性が認められることになります。
社長は、H社員にも楽しんでもらおうという意図から、H社員にA国の社員の観光案内を頼んだということですが、A国の社員は出張研修で日本を訪れており、最終日の地元観光はC社の人事交流の一環の行事と考えることができます。その観光案内をすることは、H社員の職務の一環として参加していたとみられることから、業務遂行性が認められる可能性が高いといえます。
なお、H社員は、観光案内中の昼食時にビール1本程度飲酒したということですが、案内役の仕事は、A国社員が安全、快適に観光できるように常に注意し、途中における乗下車、食事、その他のサービスについて意を用い、連絡にあたることをその任務としており、昼食時に飲酒をすることも観光案内中の行為として許容されると考えられます。
裁判例でも、飲酒した従業員の事故について業務災害であることを認めたものがあり(千葉地裁佐倉支部昭和58年2月4日判決・労働判例406号58頁、福岡高裁平成5年4月28日判決・労働判例648号82頁参照)、飲酒していたことをもって、業務遂行性を否定する要素とはならないでしょう。 業務遂行性が認められれば、次に業務起因性を検討することになりますが、本件では、H社員が頼まれた観光案内という業務中の事故であることから、業務起因性が認められることについて異論はないと思います。
したがって、H社員が怪我をしたことは業務災害と認められ、労災保険給付を受けることができるということになります。
ところで、労災保険給付は、労働者が被った財産上の損害のうち逸失利益を一定率で補償するもので、精神的損害や入院雑費、付添看護費などの積極損害は補償されないことから、労災保険給付が認められた場合にも、これにより填補されない損害について、民事上の責任が問題となることがあります。
民事上の損害賠償請求としては、不法行為に基づく損害賠償請求(会社法第350条)と安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(労働契約法5条、民法415条)が考えられますが、本件は、H社員が自らの不注意で階段から転落した事故であるとともに、事業主の管理下にない観光案内中の事故であったことから、事業主がとるべき安全措置を想定し難い事例です。
したがって、C社が不法行為及び安全配慮義務違反の責任を負うことはないでしょう。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:江田 博)
本件では会社行事に世話役として参加した場合の業務災害(労災)の認定基準と、あいまいな休日勤務命令による労務管理上の問題、その対策について考えてみます。
業務災害の補填内容としては、療養、休業、障害、傷病、遺族補償及び葬祭料があり、補償の方法としては、一定の場合には打切補償、分割補償が認められています。この権利は、退職によって変更されることはありません。
国内の事業場で就労していた人が海外で業務に従事する場合の労災適用については、大きく「海外出張」と「海外派遣」に分けられます。「海外出張」の場合は、海外出張者に関して何ら特別の手続きを要することなく、所属する国内の事業場の労災保険により給付を受けられますが、「海外派遣」の場合は、海外派遣者に関して特別加入の手続きを行っていなければ、労災保険による給付を受けることができない点にも注意が必要です。
業務災害に該当するか否かは業務起因性と業務遂行性で判断します。業務起因性とは業務に起因して災害が発生し、その災害によって傷病が発生することで、業務遂行性とは労働者が労働契約に基づき使用者の支配下にある状態をいいます。
本件では、H社員は社長から直接、観光案内の業務命令を受け、費用(10万円)も会社が負担していることから、この観光の世話役として参加していると考えられます。
よって、弁護士の説明の通り、本件は業務災害として認められる可能性があります。
同じような事例として、平日に会社が企画した慰安旅行で滝を見物中に転落死した世話役について業務災害として認められた事例(昭和55年1月31日労働保険審査会裁決)や釣り船から転落死した幹事役について業務災害として認められた事例(昭和55年1月31日労働保険審査会裁決)等があります。ただし世話役本人の恣意行為や常軌を逸した振舞いなどが原因となって災害を引き起こした場合になると、災害と業務との因果関係いわゆる業務起因性が認められなくなりますので、この場合は業務上の災害とは認められません。
今回は世話役が被災した事例でしたが、被災者が世話役でなく一般社員が職場の旅行や行事に参加し、負傷した場合、それが業務上の災害になるかどうかについては、?当該行事に労働者を参加させることが、事業の運営に社会通念上必要と認められること、?労働者が当該行事に参加することが事業主から強制されていることが必要になります。
労務管理上の問題として考えられるのは、本件ではH社員の不注意で階段から転落しましたが、昼食時に飲酒するなど、業務としての認識が薄いように感じられます。C社社長のあいまいな休日勤務命令をH社員は業務とは思っていなかったかもしれません。
このような状況にならないためには、社員に観光案内も業務の一環であるとの認識を持ってもらう必要があり、業務命令書を交付し、観光時における業務災害発生のリスクを説明するなど災害を未然に防ぐ努力をすることが重要です。そして災害が発生した場合、必ず災害の原因を明らかにして再発防止策を検討し、同様の災害が起こらないようにしなければなりません。
H社員の職場復帰についても注意が必要です。H社員は全治3ヶ月の大けがを負い、後遺症が残る可能性がありますので、事前に本人の意向を確認し、産業医の意見も参考にしながら職場復帰が不利益にならないよう会社としての配慮が必要と思われます。元の職場に復帰することが困難と判断した場合の配置転換やリハビリ出勤、短時間勤務制度等の検討も必要でしょう。
補償の面から考えるとH社員が業務災害と認定された場合、療養補償、休業補償、障害補償(障害等級に該当する障害が残った場合)の各給付を受けることになります。休業補償については休業開始4日目以降が対象になり、休業補償給付から給付基礎日額(労働基準法の平均賃金)の6割、休業特別支給金から2割支給されます。ただし最初の3日分と残りの2割が補償されず、慰謝料等も補償の対象となっていません。さらにC社は慰謝料とは別に安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求を求められる可能性もあります(これらの支払いだけでもC社にはかなりの負担になるかもしれません)。
今後も災害の可能性がある限り対応していかねばならない問題ですので、労災保険からの保険給付に加えて補償を受けられる労災上積み補償規定を作成し、民間の労災上積み保険等の加入を検討されてはいかがでしょうか。
税理士からのアドバイス(執筆:衛藤 政憲)
最近は中小企業においても海外進出する企業が多くなっていますが、海外において子会社を設立して事業展開を図るという場合、他のあらゆる事業活動を行う場合と同じように、その子会社との取引についても、税務との関係を視野に入れておくことが重要です。
ご承知のとおり、法人税法は、企業の恣意的な経理処理を排除して適正な課税所得を計算するために各種の別段の定めを置いていますが、その別段の定めは、法人税法だけでなく、租税特別措置法にも規定されています。
本件のように、海外子会社を設立してその子会社と取引をするという場合には、その租税特別措置法に規定されている「国外関連者との取引に係る課税の特例」(第66条の4、以下「特例規定」と記載します)の適用に関して特に留意する必要があり、設立した海外子会社の発行済株式等の50%以上の株式等を保有する場合や親会社の代表取締役が子会社の代表取締役を兼務する、役員の2分の1以上が親会社の役員の兼務であるなどその子会社を実質的に支配できる特殊な関係にある場合には、その子会社はここにいう「国外関連者」に当たることとなりますので、その子会社との取引については、この特例規定の適用対象ということになります。その特例規定は、移転価格税制(第66条の4第1項)と寄附金課税(同条第3項)の2つの制度から構成され、移転価格税制においては、海外子会社との間で親会社のした棚卸資産の販売や購入、棚卸資産以外の有形資産や無形資産の譲渡、取得、使用等、役務の提供、金銭の貸付等に係る取引価格が独立企業間価格かどうかということが問題とされ、寄附金課税においては、親会社が海外子会社に対してした金銭の贈与、債務免除、経費負担等が問題とされることとなります。
そこで、この特例規定の適用に関して、C社の状況(C社にとってA国法人は国外関連者とする)をみますと、次のような費用負担について、特例規定の寄附金課税の適用を受けることとなる可能性があると考えられます。
? 幹部候補生教育としてA国法人で実務経験を積ませる際のC社社員の給与等をC社が全額負担して損金の額に算入し、C社から出向負担金等を受領していない場合
? A国法人社員の出張研修に係る往復の旅費、日本滞在中の費用等をC社が全額負担し、C社の費用として損金の額に算入している場合
これらの費用が国外関連者に係る寄附金課税の適用を受けるとなると、その負担した金額の全額が損金不算入となってしまいます。
一般に「寄附」というと、東日本大震災や台風災害等の復旧支援や歳末助け合いなどの際に行うものを思い浮かべますが、法人税に係る税務においては、そのような寄附も含めて寄附とされるものの範囲は広く、寄附金、拠出金、見舞金その他どのような名義であるかにかかわらず、内国法人が行った金銭その他の資産、または経済的な利益の贈与、または無償の供与(広告宣伝及び見本品の費用や交際費、接待費及び福利厚生費とされるべきものは除かれます)が寄附とされ、その贈与時のその金銭の額、金銭以外の資産のその贈与時における価額又は経済的利益のその供与時における価額が税務上の寄附金の額とされます(法人税法第37条第7項)。
さらに、資産の譲渡、または経済的利益の供与をした場合において、その対価の額がその譲渡時、またはその供与時における価額に比して低いときは、その対価の額とその価額のとの差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額についても寄附金の額に含まれます(法人税法第37条第8項)。
前記の?及び?の費用負担を税務上の寄附金とされる範囲に当てはめてみますと、いずれも無償で“経済的利益の供与”を行ったものとみなされ、国外関連者に係る寄附ということになりますので、C社においては、寄附金とされるその費用負担額の全額が損金不算入ということになってしまいます。
C社としてはこのような寄附金課税を受けないようにするために、何よりも海外子会社を自社の海外部門と見るような意識について全社をあげて改め、独立した別人格の法人としてみることを徹底して、海外子会社が負担すべき費用については、その全額あるいは応分の負担をきちんとさせるようにすることが必要であるということです。
本件の場合には、前記?の費用に関しては、C社社員がA国法人の業務に従事した期間の給与相当額については出向負担金等としてA国法人から回収することとし、?の費用については、本来的にA国法人が旅費日当として支出すべきものですから、C社が研修に係る準備手配等をしてその費用を支出したとしてもその支出は立替金として経理し、これもA国法人から回収することとするということです。
ただし、?の研修費用のうち、最終日の土産代等を含む観光の費用(社長がH社員に渡した10万円の現金が会社から支出されたものか明らかではありませんが、ここでは会社から仮払いされたものであるとしておきます)に関しては、交際費、接待費に当たることとなりますので、寄附金課税の対象とされることにはなりません。
また、観光の途中における飲食に係る費用負担については、その飲食に要した費用(土産等の飲食物の購入費用は除かれます)が1人当たり5,000円以下であれば交際費等の額に含めないでそのまま損金の額に算入することができます。昼食時に飲酒をしているようですが、この交際費等から除かれるかどうかの判断は、その飲食に要した費用が1人当たり5,000円以下であるかどうかの金額基準のみで判断されますので、飲酒をしていても問題はありません。
なお、仮にA国法人が国外関連者に当たらない場合でも、前記?及び?のような費用負担をC社が行った場合には、法人税法第37条の規定による寄附金課税の対象とされますので、損金算入限度額を超える部分の金額について課税対象とされることとなります。
結局のところ、前記?及び?のような費用負担をすると寄付金課税の問題が生じ、租税特別措置法あるいは法人税法のいずれの寄附金課税においても、損金の額に算入されなかった金額については流出処理とされて、以後損金の額に算入する機会はないということになりますので、この点についても承知しておく必要があります。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット福岡 会長 内野 俊洋 / 本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 江田 博、税理士 衛藤 政憲