第140回 (平成25年9月号) SR山形会
GPS機能付き携帯電話の携行義務づけは、プライバシーの侵害か?
GPS機能付き携帯電話の携行義務づけは、プライバシーの侵害か?
SRネット山形(会長:山内 健)
L協同組合への相談
G社の創業者は、L協同組合の初代理事長でした。その後も、G社の2代目、3代目が理事を務めつつ、これまでもL協同組合から事業活動のサポートを受けてきました。
自分の代で業績を落とすわけにはいかないと、3年前に就任したG社の3代目社長は頑張り続けています。しかし、現状に満足している古株の営業社員では事が前に進まず、組合事務局に来ては愚痴をいう日々が続いていました。そのようなときに、「営業社員の位置が把握できれば、効率的な移動指示が出せる」という情報を得て、さっそく自社に導入しようとしたところ、「俺たちは猫じゃない!」「プライバシーの侵害だ!」と全社員が反対し、大変な騒ぎとなりました。「これからは、デパートやスーパーにも商品を納入しようと考えている。営業の引継や商品納入の際に、うまく連絡がとれるようにしたい、いくら言っても君たちは業務連絡すらしない、どこで何をやっているのかもわからない、もうルートセールスだけではやっていけないのだよ」と説得したようですが、「社長は、俺たちがサボっている、と思っているのですね…」とひねくれる始末です。
業務命令として、どこまで可能なのか、また、プライバシーの侵害とならないようにするにはどうしたらよいのか、社員たちが素直に携帯電話をもってくれるにはどうしたらよいのか、G社社長は組合事務局で頭を抱えていました。
現在の顧客と営業社員の深いつながりを考えると、いきなり人を入れ替える、というわけにもいきません。「難しい問題ですね、他に良い方法はないものでしょうか…」といろいろと相談にのっていた組合事務局でしたが、法律や現実的な運用について、より専門的な情報が必要だと判断し、連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。
相談事業所 組合員企業G社の概要
-
- 創業
- 1941年
- 社員数
- 正規 5名 非正規 9名
- 業種
- 食肉加工業
- 経営者像
G社の社長は55歳、祖父が起業し、創業70年を超える老舗の3代目です。質の良い原材料と独特の味付けが好評のG社の商品は、多くの料理店で使用されています。新たな販路を切り開きたい社長は、営業社員の育成に力を入れ始めました。
トラブル発生の背景
経営者が交代した場合には、何かと軋轢を生じることがあります。社長に就任して頑張りすぎた結果、意思の疎通が図られないまま社長一人が空回りし、その状況の中でGPS機能付き携帯電話の話を持ち出したため、古株の社員たちが一斉に反発したのでしょう。
得意客のみではやっていけないと判断した社長、自分たちがいなければ顧客を失うよ、と思っているかもしれない社員、根が深そうな様相です。
また、社員たちの間では、G社の社屋・工場と社長の自宅が同じ敷地内にあることから、いろいろと公私混同して、身内で利益を独占している、という噂話も流れているようです。
ポイント
GPS機能付き携帯電話の導入が進んでいるという話もありますが、現実的な運用はどのようにすべきでしょうか。個人情報保護法・プライバシーの侵害・業務中に使用を限定・職務専念義務、さまざまな問題を整理し、社員たちの同意を得ること、また、効果的な運用方法など、G社の社長への良きアドバイスをお願いします。
税務面についても、自宅と会社が同居に近いような状態にある場合の留意点などが気になるところです。
弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)
最近では、外回りをする営業社員には必ず携帯電話を持たせ、必要に応じて連絡が取れるようにしている会社が大半ではないかと思われます。それでも、従来型のGPS機能のない携帯電話であれば、営業社員の本当の居場所まではわからなかったわけですが、GPS機能が付いた携帯電話であれば、居場所まで会社にわかってしまうことになります。このあたりが、G社の社員たちが「俺たちは猫じゃない!」「プライバシーの侵害だ!」「社長は俺たちがサボっていると思っているのですね」等と反発する理由になっているものと思われます。
社員たちは、「プライバシーの侵害だ」と不満があるようですが、就業中である限り、GPS機能付携帯電話の携行により、居場所が会社に明らかになるのは受忍すべき範囲のことと考えられます。社員には、就業中は職務に専念すべき義務があり、事業場外で就労する営業社員だからといって、自身の判断で就業を中断ないし終了してよいということにはなりません(みなし労働時間の適用(本シリーズ第128回掲載)とは別の問題です)。常に居場所が明らかになっている、事業場内で就労する社員との均衡からしても、就業中の居場所を会社に知られない権利が営業社員にあるとは考えられませんから、GPS機能付携帯電話の携行義務づけが直ちにプライバシーの侵害になることはありません。
しかし、このようにいえるのは、あくまでも就業中に限定してのことです。もしも、会社側が、就業時間外の私的な時間帯についてまで居場所を把握しようとしたら、それはまさしくプライバシーの侵害です。GPS機能をどの範囲で利用するかについて、労使間でしっかりと取り決めをしておく必要があります。
さて、本件から派生する問題について、若干触れたいと思います。
G社の社長は「君たちは業務連絡すらしない」と言っていますが、多くの会社では、セールス先の訪問が終了する都度、その旨と次に向かう先などについて、上司宛電話を入れさせているものと思われます。このような連絡を業務として命令することに問題はなく、そのような命令を受けているにもかかわらず、これを無視して連絡をしないというのであれば、服務規律違反ということになります。繰り返し業務連絡をするよう指示を受けたにもかかわらず、ほとんどこれに従わないというようなことになれば、懲戒処分の対象となる可能性もあるでしょう。
つぎに、会社が機器本体を購入し、会社名義で契約(料金を会社が負担)している携帯電話を、社員が不注意で破損してしまった場合、会社は社員にその弁償を求めることができるのでしょうか。
この問題は場合を分けて考える必要があります。業務用に貸与され、私的使用を禁止されている携帯電話を私的に使用した際に破損したというのであれば、会社は社員へ弁償を求めることができます。では、業務で使用中に破損した場合はどうでしょうか。この場合は、故意又は重大な過失によって破損した場合に限り弁償すべき、というのが判例・通説です。会社は社員の労働によって経済的利益を得ていることから、「利益の帰すところ損失もまた帰すべし」という報償責任の原理が働くと考えられているからです。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:西村 吉則)
IT技術の進展により、携帯電話型通信機の普及は、日本の人口よりも多く、一人が複数台所持するまでになっています。企業活動においても、その小型化、便利さ、手軽さにより必要不可欠なビジネスツールとなっています。G社社長は「営業社員の位置情報が把握できれば効率的な移動指示が出せる」との戦略から、社員のコンセンサスを得ることなく導入を決意したことによりトラブルとなってしまいました。最近は、位置情報以外に、出退勤や業務内容を容易に報告することができ、営業社員にとっても、業務遂行に役立つスマートフォン用アプリが普及しつつあります。
ここで、企業にとっての通信機器導入のメリットを考えてみましょう。
?コストダウン
位置情報を使って場所が正確に記録できます。時間の経過(時系列に)と共に、どのようなルートで移動しているかなどを緻密にチェックすることが可能となり、営業社員の勤怠管理の手間とコストが削減されます。
?業務の効率化
打ち合わせなどで、自宅から直行した時や訪問先から直帰する際の出退勤の時刻が正確に記録され、その都度報告の必要がなくなります。また、位置と時刻の情報をリアルタイムに記録することができることで、営業社員の行動をグラフィカルに捉えられ、より効率的な業務展開を検討し、あるいは新たな提案が可能となります。
営業社員自身にとっても、所要時間や業務内容、自身の業績などが把握でき、定時連絡も不要となります。
?安否確認
東日本大震災以降、災害発生時の社員の安全を確保することが企業の責務とされ、不測の事態に社員の安否をいちはやく把握し指示を出すことが可能となります。
G社の営業社員は、主として自分の位置情報を管理されることに不快感を露わにしているようですが、通常の営業時間内であれば、会社の指揮命令下にあり、社員が現在の居場所を問われれば回答しなければならない必然性もあります。
そのあたりを踏まえて、G社での導入手順を考えてみましょう。
?十分な説明 前述の導入メリットを説明し、会社にとっては効率的な営業活動により業績向上が見込めること、一方、営業社員にとっては顧客管理が容易になること、出退勤時刻の記録や定時連絡、また営業日報作成事務の軽減化など、双方に有益であることを理解させましょう。
?導入のルール化
GPS機能付携帯電話導入にメリットがある反面、イニシャルコスト及びランニングコスト、バッテリーの消耗や室内では完全に動作しないといったデメリットがあるものの、やはり最大の問題点はプライバシーにかかる部分です。そこで、勤務時間のみGPSでの位置情報収集等を行い、勤務時間外はそれらの収集等を行わないようにするか、営業社員が勤務時間外はアプリの位置情報機能を停止してよいあるいは、電源をオフにしてよい、などとルール化しておく必要があります。
GPS携帯電話使用規程作成
会社が貸与する携帯電話は、社外での使用となり、常時使用状況(私用など)は監視不可能です。台数が多くなれば通信費が膨らみ、これを放置することはできなくなります。また、マナーが良くなければ周囲に迷惑をかけることになり、会社のイメージダウンにもつながりかねません。このようなことを防止するために携帯電話の使用方法等に関し規程の作成が必要となります。
GPS携帯によって営業社員をあまりにも細かく管理しすぎると、これが原因でストレスがたまり体調不良を訴えたり、場合によっては営業車両での事故発生も考えられます。管理する際には、適度な「あそび」を持たせ、過度な締め付けにならないよう十分に注意する必要があります。せっかくの業務効率化対策が、会社と社員の関係をぎくしゃくさせる結果となるのは本末転倒です。
税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)
小さな会社で創業七十年という老舗の会社の場合、一般的には、社長の自宅と社屋や工場などが一体となっていて、従業員自身も社長の家族同様のなかで仕事をしたり食事をしたりしているような形態をとっている場合も多いようです。
ある意味では、家族的お付き合いのなかで、良好な人間関係が形成されて、とても強い組織となるのでしょうが、逆にそのような人間関係を嫌う人達も増えていますし、昨今の社会経済環境や従業員の権利意識の変化などを考えると、むしろトラブル発生の原因となるようなことも多くありそうです。
さて、このような会社については、税務の面からの問題点として、次のようなことが考えられます。会社の経費や費用として計上されているものの中に、本来個人(役員や従業員)が負担すべきものが含まれている場合、あるいは会社の資産を個人が使用している場合のその経済的利益について、会社側の損金性を否認されるケース、あるいは役員報酬(賞与)、従業員給与(賞与)として、個人に対する源泉徴収の対象とされるケースが想定されます。
ここでは、主に役員に対する課税関係について検討してみましょう。
本来、役員に対する報酬額は総会で決議されるものです。それを超える報酬や賞与が支払われた場合には、税務上、法人の損金(費用)とはなりません。一方で役員個人については、その超える部分も給与所得とされ所得税の課税対象となり、会社には源泉徴収義務が発生します。法人税と所得税のダブル課税となってしまうわけです。例えば社宅のケースを考えてみましょう。会社名義の建物で一階が会社の事務所、二階が社長家族の居住用スペースといった場合に、社長から会社に適正な家賃の支払がなされていなければ、その適正家賃相当額が役員報酬として認定されることになり、その額が総会で決められた報酬額を上回っていれば、過大役員報酬としてダブル課税の対象になります。
同様に二階部分(住居部分)の光熱費や水道代などもその対象となります。では適正な家賃とはいくらなのか、ということが問題となるわけですが、実務上は所得税基本通達によって、使用人に対する場合と役員に対する場合とに分けて、その賃貸料相当額を計算する算式が示されており、その算式で計算された金額と実際に会社が受け取っている賃貸料との差額を給与等とすることとされています。
つぎに、水道光熱費はどうでしょうか。一階部分と二階部分がはじめから分離されていれば一階部分は会社の経費、二階部分は個人の負担分と簡単に分けられますが、そうでない場合には、按分計算が必要です。これに関しては、通達等で家賃のような計算式は示されてはいません。それぞれの状況に応じて、明確な計算根拠を示したうえで、按分計算をしておく必要があります。
その他にも、社用車の個人的使用、新聞や事務消耗品、コピー機の個人使用など、細かいことかもしれませんが塵も積もればなんとやらで、注意が必要です。今回問題となった、携帯電話なども同様でしょう。
食事の問題はどうでしょうか。会社が食事代を何らかのかたちで負担した場合にも、当然その支給を受けた側には経済的利益が発生します。これについては残業や宿日直の場合などもありますので、福利厚生という面なども考慮して、一定の課税されない支給額が所得税基本通達に規定されています。
昼食については、使用人等が半額以上負担していれば課税されません。そうでない場合でも、会社の負担が月額3,500円以下(消費税抜きの金額)であれば課税されません。また、残業や宿日直の際に支給される食事については、課税しなくても差し支えないこととされています。これらの規定は、当然役員にも適用されますが、役員だけを支給対象としている場合には、また違った問題になると思われますので注意が必要です。
公私混同は、税務上も様々な問題が発生することが多いのはもちろんですが、会社内での従業員のモチベーションにもマイナスに作用しますので、より慎重な配慮が必要だと思われます。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット山形 会長 山内 健 / 本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 西村 吉則、税理士 木口 隆