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第131回 (平成24年12月号)

高齢者法の改正!
再雇用後の労働条件低下はどこまで可能か?

SRネット東京(会長:藤見 義彦)

F協同組合への相談

建売住宅販売業のP社は、F協同組合に加入し、これまでも事業活動のサポートを受けてきました。今般、P組合員より組合事務局に次のような相談がありました。

P社では、これまで3名の社員が定年を迎えましたが、すべて再雇用の基準に到達せず、全員が定年退職しています。しかし、来年からは、「希望する者すべて」を再雇用することになると聞いた社長の話は、「当社は、基本給設定が高く、歩合割合が少ないので、60歳までは何とか我慢できるが、年齢とともに売り上げが減少していることを考慮すると、60歳以降も雇い続けることには無理がある。基本給を下げると新規採用や社員の士気に影響するし、どうしたものか」という内容でした。

再雇用はするものの、たとえば、パートタイマーでもよいのか、基本給12万円プラス歩合給、あるいは、週3日のアルバイトなど、会社が労働条件を勝手に決めて、「これでよければ、どうぞ」ということでも構わないのか、など、さまざまな悩みがあるそうです。また、問題のある社員について、何とか定年で辞めさせられないのか、どのように対処すべきか、ということも考えなければならないテーマとなっています。

現在のP社の退職金は、基本給と連動した計算方式で、勤続20年で約300万円程度になる設計ですが、これも継続雇用が完全な義務となる場合には廃止、あるいは減額措置を講じたいという希望もあります。

これからの時代は高齢者をいかに活用するのかということが重要なことはわかっているようですが、当面のP社がとるべき雇用継続の方法、今後のP社が目指すべき高齢者の活用と処遇について、アドバイスを求められた組合事務局では、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業P社の概要

創業
1954年

社員数
正規82名 非正規9名

業種
建売住宅販売業

経営者像

P社の社長は59才、まだまだ若手の営業マンには負けないバイタリティで、社員を引っ張っています。P社には、40?50代の営業社員が多く、このままいくと、5年後には60歳以上の社員が20名を超える事態となることに、危機感を感じているP社長です。


トラブル発生の背景

改正高齢者法への対応は、各企業も悩んでいるところでしょう。P社の場合は、まだトラブルにはなっていませんが、社長の考え方で物事を進めてしまうと、トラブルとなる可能性が高く、また、後進の社員がP社の扱いに不満をもって、有能な社員が退職するという事態が発生するかもしれません。

ポイント

再雇用後の労働条件は、社員にとっては生活にかかわる重大問題です。まして、子供がまだ学生という場合は、死活問題にもなりかねません。ことが重大なだけに、企業の意向と現実的な対応には、もしかすると“みえない溝”がリスクとして存在する場合があります。本件は、この“みえない溝”を顕在化させ、P社に正しい判断をしていただくことが必要だと思う案件です。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

平成24年8月29日の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高齢者法」)が改正され、雇用確保措置を取らない企業が厚生労働大臣から勧告を受けても、これに従わない場合は、企業名を公表できることとなりました(平成25年4月1日から施行)。

この改正高齢者法は、従来の労使協定による対象者の限定を廃止し、原則として、希望する者すべてを再雇用しなければならなくなりました。とはいえ、法律は個別具体的な労働条件まで規制していませんので、会社が提示した合理的な労働条件について、労働者と合意できない場合にまで、労働者の求める条件で再雇用する義務はありません。

また、改正高齢者法は、厚生労働大臣が再雇用制度の実施・運用につき、指針を定めるものとされており、「高年齢雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」において、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に関わるものを除く)に該当する場合には、継続雇用しないことができることとされました。(平成24年11月9日厚生労働省告示第560号)。

再雇用時の労働条件については、法律上の定めがありませんので、基本的にはどのような労働条件で再雇用するかについては、会社と労働者が合意した内容によることとなります。このことは、必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用を求めるものではなく、年金受給開始年齢の引上げ等を背景として、意欲と能力に応じた労働環境を高齢者へ提供するという高齢者法の趣旨を踏まえたものであれば、短時間勤務や隔日勤務などの多様な雇用形態を含めて考えてよいとされています(厚生労働省職業安定局長平成16年11月4日職高発第1104001号通達)。

つまり、会社としては、高齢者法の趣旨を踏まえて、会社の実情に応じた合理的な労働条件を提示すれば足りるということです。

賃金水準については、定年前後で職務内容に大幅な変更があれば、それに伴う大幅な減額にも合理性があるといえます。これに対し、職務内容に変更がないような場合の大幅な減額は、同一労働同一賃金の原則の観点から疑問がありえます。しかし、高齢者法が65歳までの継続雇用の義務化を支援するため3?4割程度の減額を想定して高年齢雇用継続基本給付金を支給することとしていることや、多くの企業で3?4割程度の減額を実施していることなどから、職務内容に変更がなくても3?4割程度の減額であれば公序良俗違反として無効とされることはないと考えられます(大阪高裁平成22年9月14日判決・労働経済判例速報2091号7頁)。

実務的には、再雇用に際し、職務内容や勤務条件を変更して、賃金水準を下げるというのが現実的かと思われます。本件では、再雇用に際して基本給を減額するとしても、営業担当については士気低下を回避するため歩合給を高くするなど、能力の高い人について減額分をカバーできるような措置を取ることが合理的ではないかと考えられます。

最後に、定年後再雇用と労働条件の不利益変更の関係について考えてみましょう。

退職金の支給が就業規則で定められている場合、一方的に会社が廃止したり減額すれば、労働条件の不利益変更となります。就業規則の不利益変更は、不利益の程度、変更の必要性の内容・程度、変更内容の相当性、代償措置等の状況、労働組合との交渉、社会情勢等を総合考慮して、合理性があると認められなければなりません(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁)。

仮に、退職金制度を廃止するとすれば、不利益の程度は相当に大きいこととなります。本件では、5年後には60歳以上の社員が正規社員の4分の1近くに達するようであり、これにより退職金資金が不足して会社が破綻するおそれがあれば、変更の必要性が高いといえそうです。定年後の全員の再雇用を認めることで、退職金制度の廃止や減額に対する代償措置といえるかどうか、については、再雇用後の労働条件も勘案する必要があり、その条件次第では一定の合理性を有すると思われます。

この点、希望しても再雇用されない人がいるような再雇用制度では退職金減額の代償措置としては不十分であり、退職金規程の変更は労働者に不合理な不利益変更であるとして、退職金算定額との差額の支払いが認められた事例があります(福岡高裁平成23年9月27日判決・判タ1369号192頁)。

P社としては、いきなり退職金を廃止するのは問題が大きいと思われるため、再雇用に際しての基本給の減額幅を抑えつつ、退職金を減額したり、場合によっては分割払いとすることなどが考えられます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:木戸 惠美)

平成25年4月1日より、高年齢者等雇用安定法が改正されます。

主な改正点は、?「希望する者すべて」を65歳まで継続雇用することの義務化。?継続雇用制度の高年齢者が雇用される企業をグループ企業まで拡大。?高年齢者雇用確保措置義務違反の企業名の公表等です。

ただし、「希望者すべて」といっても、弁護士の説明の通り、「高年齢者雇用確保の措置の実施及び運用に関する指針」において述べられた事由に該当する者は、対象外とすることができます。

これにより、従前の労使協定で定めた基準で、対象者を限定することは認められなくなりますが、すでに継続雇用制度基準の労使協定等を締結している企業は、次の期間と年齢までは、希望者全員を継続雇用し、以降は協定により対象者を限定できる経過措置が設けられています。下記の年齢は、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢と一致します。
H24.4.1?H28.3.31 61歳
H28.4.1?H31.3.31 62歳
H31.4.1?H34.3.31 63歳
H34.4.1?H37.3.31 64歳
H37.4.1? 65歳

さて、当面のP社が取るべき対処については、再雇用制度を導入し、人事・賃金制度、労働時間、仕事の内容を見直す必要がありそうです。

人事については、本人の能力や職務に応じた評価制度を導入することで、賃金の抑制につながり、一方、後輩で能力のある者にとっては、モチベーションが上がります。

また、賃金制度では、基本給を下げると新規採用に影響があり、加齢とともに効率が悪くなっているということですので、諸手当も含め全体的に体系を見直し、特に50歳代後半から60歳以降の賃金カーブを調整して、65歳までの賃金を確保することが必要でしょう。この方法ならば、たとえ改正法の経過措置が終了しても65歳までの雇用を見据えた計画が立てられます。

退職金については、弁護士の説明の通り、人事・賃金制度の見直しにより、減額措置が取れるかもしれません。

これまでの再雇用制度では、賃金と年金の両建てをうまく用いることができましたが、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が引き上げとなりますので、せめて、年金支給開始時期までは、賃金でカバーできる施策を取ることが理想でしょう。

しかしながら、P社は余裕がないようですので、再雇用にあたっては、労働時間数を短縮し、それに見合った賃金を支給するようにしてはいかがでしょうか。ノーワーク・ノーペイの原則から労働条件の低下による不利益変更とはなりません。

なお、60歳到達時の賃金より60歳以降の賃金が低下した場合、一定の要件を満たせば、高年齢雇用継続給付金を社員が受給することができます。

財政上どうしても無理な場合、週の労働時間をP社の所定労働時間の4分の3未満にすれば、厚生年金・健康保険の被保険者資格を喪失させることができます。事業主の保険料の負担もなくなります。社員にとっては負担増になる場合がありますが、健康保険の任意継続被保険者になるか国民健康保険に加入することで対応可能でしょう。

平成28年10月1日から短時間労働者に対する厚生年金・健康保険の適用が拡大されますが、P社は社員90名程度の企業ですので、この適用拡大の影響は受けません。

ちなみに、拡大適用条件は、週の労働時間が20時間以上、月額賃金が8.8万円以上(年収106万円以上)、学生は適用除外、従業員501人以上の企業です。

また、P社は社員に従前の仕事をそのまま継続雇用後も継承させるより、社員の技能、経験や特性に基づき、社員の力量を発揮しやすい仕事の内容を検討すべきです。これが働く意欲にもつながります。また、加齢が原因で労災に結びつくような事故が起きないよう、安全に配慮することも忘れてはなりません。

そして、すべてを踏まえた就業規則の見直しが必要となります。

いずれにしても、60歳に達するまでに社員に継続雇用を希望するか、希望する場合はどのような働き方をしたいかを確認しておくことです。雇用形態の選択肢を用意して、社員に選ばせることもひとつの方法です。

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

会社の費用・支出である人件費の観点からみた継続雇用と退職金制度について考えてみましょう。

会社の賃金体系は、高年齢者の賃金水準が高く、若年齢者の賃金水準は低いことが一般的です。このため賃金の低下を伴わない継続雇用を実施した場合には、企業に多大な人件費負担増を生じさせることとなるため、再雇用の実施をする場合には、給与水準の見直しが必要となります。また、会社の事業継続という観点からは、社員の年齢構成の一定のバランスも必要であると考えられます。若年齢者の雇用創出の原資という点からも再雇用者の高年齢者の給与水準の見直しは避けられないと考えられます。

また、退職金の支払は、その支払の際に企業からの資金流出を伴いますので、資金繰りの悪化要因となります。この点を踏まえてそれぞれの企業実態に則した退職金制度の構築が必要となります。

会計上の退職給付引当金の計上の必要性については、 中小企業が退職給付引当金を計上しているケースは少ないのが現状です。しかしながら、退職金の支給をその支給時の一時の費用・損失とすることは、企業の財政状態および経営成績に大きな影響を与える可能性が高いといえます。中小企業が準拠することが望ましいとされる『中小企業の会計に関する指針』においても、就業規則等の定めに基づく退職一時金、厚生年金基金、適格退職年金及び確定給付企業年金の退職給付制度を採用している会社にあっては、従業員との関係で法的債務を負っていることになるため、引当金の計上が必要とされています。

さて、P社では、基本給と連動した計算方式での退職金支給の設計をされています。

原則としては、退職給付会計に係る会計基準により退職給付債務を計算することとなりますが、原則的方法による計算は煩雑であるため、中小企業においては簡便的方法として、毎期の退職給付に掛かる期末自己都合要支給額を退職給付引当金として計上することも認められています。

次に、貸借対照表上に計上した退職給付引当金は、会計上の見積計上であって、実際の退職金支給時の支払原資の確保ができているわけではないという問題点があります。

このため中小企業の場合には、中小企業退職金共済制度、特定退職金共済制度、確定拠出年金制度のように拠出以後に追加的な負担が発生しない外部積立の制度の利用が考えられます。これらの制度については、拠出時の掛金の額をもってその都度費用処理することとされています。貸借対照表上の退職給付債務が発生しないことが企業にとってメリットになるといえます。

最後に、中小企業の場合には、資金繰りの都合上、退職金を分割して支払うということも考えられます。この場合の所得税の源泉徴収は、次のようになります。

支給総額の確定している退職金を分割して支払う場合には、まず、支払うべき退職金の総額について源泉徴収税額を算出し、その税額をそれぞれの分割支給額で按分して算出された金額をそれぞれの税額として支払の都度所得税の源泉徴収をします。徴収した税額は、納期の特例の適用を受けていない場合には、それぞれの支払の月の翌月10日までに納付することになります。

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SRネット東京 会長 藤見 義彦  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 木戸 惠美、税理士 山田 稔幸



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