第13回 (平成15年3月号)
下請会社の社員がうつ病に!
その妻が元請会社にやってきた…!
下請会社の社員がうつ病に!
その妻が元請会社にやってきた…!
SRアップ21大阪(会長:木村 統一)
相談内容
P社の請負った大規模プロジェクトがそろそろ終了に近づいた頃、現場副所長(一次下請K社の社員)のWが、心療内科に通院しているという噂が現場所長の耳に入ってきました。
所長がWに事情を聞くと「最近よく眠れなくて…、今は薬をもらいましたから大丈夫です」ということでしたので、そう心配しなくても大丈夫と安心していました。「工事もあと2週間で終りだから、最後まで気を抜かず頑張ろう」といってその場は別れました。
その後のWは、少し元気がないようでしたが、無事このプロジェクトでの役割を勤め上げ、数日の慰労休暇の後、K社本社勤務に戻ったと聞いていました。それから、2ヶ月くらいたったある日、P社に一人の女性が「社長に面会したい」と訪れました。
通常であればアポなしですので断るところでしたが、K社のWの妻と名乗ったので、社長と当時の現場所長の二人で応対することになりました。一通りの挨拶を終えた後、Wの妻が切り出した話に二人は仰天し、どう返事したものか言葉を失ってしまいました。Wの妻の話をまとめると以下の通りです。
・ 工事終了後、本社勤務に戻ったが体調が優れず、病院で「うつ病」と診断された ・ その後1ヶ月位、出たり休んだりの勤務を続け、K社を退職したこと(K社は自己都合退職と言っている) ・ Wは現在入院中、病院の話では、自殺の恐れがあるのでそれまでは退院させられないとのこと ・ 監督署に相談したら、元請の労災で申請してみなさいと言われたこと ・ 主人がうつ病になった原因は、現場の勤務状況に問題があったのではないか、よって労災の認定が下りるのまでの生活費援助をお願いしたいこと
相談事業所 J社の概要
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- 創業
- 昭和25年
- 社員数
- 64名(パートタイマー 15名)
- 業種
- 一般住宅建設業
- 経営者像
62歳、集合住宅、注文住宅、建売住宅などを幅広く手がける地元屈指の工務店経営者。この度、全戸数40数棟のミニタウン事業(工期約2年)を受注し、現場副所長は一次下請のK社に依頼した。
トラブル発生の背景
P社の現場監督やK社の経営者、社員たちは、工事終了間際のWの変調を特に異常と考えず、単に疲労しているという程度の軽い認識しかもっていませんでした。
果たして、工事現場の労務管理や過重労働などについて問題はなかったのでしょうか。
おそらく、建設業だから仕方がない、建設業だから当り前、といった風潮が現場には蔓延していたのではないかと思います。
経営者の反応
Wの妻が帰った後、「なぜ、下請会社社員の病気の面倒までみなければならないのだ。事故ならともかく、うつ病でうちの労災を使わなければならない理由などない。頑張ってくれたWには悪いが、生活費が必要ならばK社に請求すればよい。取引業者の親睦会から見舞金だけ出しておけ。」と、元現場所長に言い捨てました。
ただし、わが社に責任がないと言うことをはっきりさせておくためにも一応専門家の見解を聞いておくように付け加えました。
元所長はP社の総務部長に相談し、SRアップ21の事務所を訪ねることにしました。そして、今回の事件はSRネット大阪が担当することになりました。
弁護士からのアドバイス(執筆:奥山 泰行)
本件は主に、元請会社P社が下請会社社員に対し、“安全配慮義務”を有するのかどうか、が問題となる事案です。
これが認められれば、P社はWに対して民法上の損害賠償責任を負うこととなります。そこで、以下では、
(1)安全配慮義務の内容、 (2)元請会社の責任の有無 に絞って検討することにしました。
1)使用者の安全配慮義務 |
一般的に使用者には安全配慮義務があります。 安全配慮義務とは、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」(最判昭和50.2.25;陸上自衛隊八戸車両整備工事事件)とされています。 最近では、この安全配慮義務の内容として、物理的安全に対する配慮のみならず過重労働の忌避、身体機能欠損防止のみならず精神機能欠落の予防、一般的健康管理義務から特別健康配慮義務へと拡張されてきています(大阪地判平成10.4.30;佐川急便事件、岡山地判平成6.12.20;真備学園事件など)。 その結果、一般医療水準の健康診断を実施しているかどうか、または実施した場合でもその後の労働者の健康を把握し、配慮する義務を怠った場合には、安全配慮義務違反となりえるのです(津地判平成4.9.24;伊勢市消防吏員事件)。 |
(2)元請会社の責任 |
それでは、上記のような安全配慮義務は、直接雇用契約のない元請会社と下請の社員の間でも認められるのでしょうか。 これは、上述の判例の「特別な社会的接触」の範囲をどう捉えるかという問題です。 詳細は割愛いたしますが、結論的には元請会社にも安全配慮義務が課されるというのが最近の判例となっています(最判平成3.4.11;三菱重工業神戸造船所事件)。 なお、三菱重工業神戸造船所事件判決においては、社外工員に対する安全配慮義務を認めるにあたり、次のポイントが判断基準となっています 1. 元請企業の設備・工具等の利用の有無 2. 事実上の指揮・監督の程度 3. 本社労働者との作業内容の同一性 しかし、必ずしもこの三要件を満たさねばならないのではなく、事案によって緩やかに解されるというのが一般的な見方です。このような場合には、特に2.の要件が重視されると思われます。本件のように、元請会社の健康管理義務が直接問題となった判例は見あたりませんが、上述のような判例の傾向からすれば、K社は勿論のこと、P社にも責任が認められる可能性は否定できません。 すなわち、K社については、安全配慮義務が拡張されている近年の傾向から、当然自らが直接雇用する社員の(精神的)健康面に配慮し、配置換えや休暇の付与などを検討すべきであったといえます。 またP社についても、2年という長期にわたる工事であること、P社は工期を管理していたと考えられることなどから、さらにWが実質的にはP社の指揮・監督下にあったとすれば、P社には拡張された安全配慮義務があると考えられます。 P社も社員の噂などに頼らず普段からWの健康に配慮すべき義務があったと考えられるのです。このような義務は職種にかかわらず課されるものであり、いくら過酷な労働環境が慣習であるといってみてもとおるものではありません。 今後はたとえ、他社の社員であっても、直接の指揮・監督下に入るような場合には、安全配慮義務が課せられることがあることを認識し、そのような状態が長期にわたる場合には一般検診等を実施し、必要があれば下請会社に要員の交代を申し入れる等、健康面への配慮も視野に入れておく必要があるといえるでしょう。 |
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:)
まず、社長がもっとも危惧されている、「下請会社の社員の「うつ病」に対して、元請(自社)の労災を使わなくてはいけないのか?」という問題についてですが、W社員のように他の現場を兼務してないケースでは、P社の現場労災を適用させることになります。
複数の工事現場を受け持っていたり、工期の短い現場を次から次に移動しているような場合は事業所が特定できませんので、K社の継続事業の労災保険を適用して申請を行うことになります。
さて、本件ですが、業務に起因するストレス等で「うつ病」が引き起こされたと因果関係が証明されれば、労災保険からW氏の治療費や休業補償等が支給されます。
しかし、お話だけでは、プロジェクトの業務によるものなのか、W氏の勤務するK社業務によるものなのか、また、業務以外のストレスや個人的な事情、または既往症によるものなのかがはっきりしていません。
とりあえず、プロジェクト中におけるW氏の勤務状況等を早急に把握し、W氏の妻に誠実に対応するとともに、K社にも自社内の勤務状況やW氏の業務以外のストレスや個人的事情、既往症の有無の確認をお願いし、その結果が出た時点で慎重に判断していく旨を社長にアドバイスしました。
この事案は、労災の適否だけでなく、企業の安全配慮義務違反とそれに伴う損害賠償責任や慰謝料請求の問題に発展する恐れがあり、今後このようなリスクを防止し、適正な労務管理を行っていく必要があることから、まず以下のアドバイスを行いました。
■「過労による精神障害や自殺における業務上外の認定基準」について | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
昨今、業務上のストレスや過労による精神障害や自殺が顕著に増加しているため、労働省は平成11年9月に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」を発表し認定基準を定めました。 指針によると、 (1) 精神障害を起こしていた (2) 発病前の半年間に業務による強いストレス(心理的負荷)があった (3) 業務以外のストレスや個人的な事情で精神障害を発病したとは認められない (精神障害やアルコール依存症の既往症がないなど) の3点いずれにも該当する精神障害は業務上の疾病として扱われることになりました。そして、業務のストレス強度の評価として31項目からなる「職場における心理的負荷評価表」に定められ、ストレスの強度を3段階で評価し、それらが精神障害を発病させる程度のものであったかどうかを判断します。 |
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また、精神障害による自殺の取り扱いについても、業務上の事由による精神障害により、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、または自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺がおこなわれたと認められる場合には「故意」ではなく「業務起因性」を認める判断をとるようになりました。 |
■「過労死の業務上外の認定基準について」 | |
平成13年12月に基準が改正され、長時間の過重業務に起因する脳・心臓疾患に関しては、発症前おおむね6ヶ月について次の基準で判断されるようになりました。 | |
(1) | 発症前1ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど関連性が徐々に強まると評価できる。 |
(2) | 発症前1ヶ月間におおむね100時間または発症前2?6ヶ月平均で1ヶ月当たり80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる。 |
■「時間外労働の限度に関する基準について」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
労働者に時間外労働をさせる場合には、時間外労働・休日労働に関する労使協定(36協定)を結ぶ必要があり、その延長時間の限度としては、下記の時間を超えないものとされています。 ただし、建設業や運送業などについては、この限度時間の適用がありませんので、K社がどの程度の限度時間で36協定を締結していたのかが問題となるでしょう。 |
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今後、P社の社員はもちろんのこと、下請会社に関しても次のような労務管理上のポイントに留意し、必要な対策を講じておくことが重要であるとアドバイスしておきました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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税理士からのアドバイス(執筆:)
会社の従業員や下請負人の従業員等に事故などが発生し、その原因が会社にあるものとして損害賠償責任が生じた場合、その金額(保険金等で補填される金額を除く)は、会社の費用(損金)として処理することになります。
原則としてその計上時期は、その損害賠償すべき金額を支払った時点で、会社の費用(損金)として処理します。また、損害賠償金が確定してない場合でも、その金額として相手方に申し出た金額について未払金に計上した場合は、その事業年度の費用(損金)として認められます。なお、この場合、補填される保険金等が未定の場合には、その見積り額を除くことなっています。
P社としては考えたくもないことでしょうが、本件が万が一、民事賠償の問題になった場合には、必要な税務知識ですのでご説明しておきます。
さて、建設業の場合には、親睦会、互助会などの名称で元請け、下請の会社が集まって会を運営することがよくみられます。
この会費の取り扱い等について、とりまとめると以下の通りですので、今後の参考になさって下さい。
(1)通常会費 |
その会の目的とする業務内容を十分に把握することが必要です。 加入する同業者の広報活動、調査研究、研修指導、福利厚生費の拠出を行うことを業務内容としている場合は、支払時の費用(損金)として税務処理できます。 |
(2)その会に多額の剰余金が発生していないでしょうか? |
その会に多額の剰余金が発生していないでしょうか? 過剰に多額の剰余金が発生している場合は、その剰余金が適正額になるまでの間、その後の会費を前払費用として処理する必要がありますので注意してください。 |
(3)特別会費(同様の目的の徴収が普通会費に含まれている場合は、その部分も含まれます) |
まず、その徴収目的が下記のいずれに該当するかの把握が必要です。経理処理は、同業団体等がそれぞれの支出を行った時期にその目的に応じて行う必要があり、その支出時期までは、前払費用として処理しておかなければなりません。 ・ 会館等の施設の取得、改良 ・ 会員相互の共済 ・ 会員相互又は業界の関係先等との懇親会 ・ 政治献金その他の寄付 |
最後に、上記の根拠となった法人税法基本通達を掲載します。
(法人税法 基本通達9?7?15の3)
法人がその所属する協会、連盟その他の同業団体等(以下「同業団体等」という)に対して支出した会費の取扱いについては、次による。
(1) | 通常会費(同業者団体等がその構成員のために行う広報活動、調査研究、研修指導、福利厚生その他同業団体としての通常の業務運営のために経常的に要する費用の分担額として支出する会費をいう。)については、その支出をした日の属する事業年度の損金の額に算入する。ただし、当該同業団体等においてその受け入れた通常会費につき不相当に多額の剰余金が生じていると認められる場合には、当該剰余金が生じたとき以降に支出する通常会費については、当該剰余金の額が適正な額になるまでは、前払費用として損金の額に算入しないものとする。 |
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(2) | その他の会費(同業団体等が次に掲げるような目的のために支出する費用の分担額として支出する会費をいう)については、前払費用とし、当該同業団体等がこれらの支出をした日にその費途に応じて当該法人がその支出をしたものとする。 イ 会館その他特別な施設の取得又は改良 ロ 会員相互の共済 ハ 会員相互又は業界の関係先等との懇親会 二 政治献金その他の寄付 |
(注)1 | 通常会費として支出したものであっても、その全部又は一部が当該同業者団体等において(2)に掲げるような目的のための支出に当てられた場合には、その会費の額のうちその充てられた部分に対応する部分の金額については、その他の会費に該当することに留意する。ただし、その同業団体等における支出が当該同業団体等の業務運営の一環として通常要すると認められる程度のものである場合には、この限りでない。 |
(注)2 | (1)の場合において、同業団体等の役員又は使用人に対する賞与又は退職給与の支給に充てるために引き当てられた金額で適正と認められるものは、剰余金の額に含めないことができる。 |
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21大阪 会長 木村 統一 / 本文執筆者 弁護士 奥山 泰行、社会保険労務士 、税理士