第128回 (平成24年9月号)
事業場外労働?!
社内業務も“みなし”に含めてよいのか?
事業場外労働?!
社内業務も“みなし”に含めてよいのか?
SRネット山形(会長:山内 健)
相談内容
観光地でみやげ物店を経営し、地域の特産物を全国販売しているE社の奥様からの相談です。最近採用した営業社員がE社の事業場外労働に関する処理が違法ではないか、というのです。E社の営業は、得意先に直行直帰する機会が多く、会社の車を通勤にも使用させています。まったく会社に来ない日もあり、会社としては、実際の実働時間を把握することができません。しかし、その営業社員の言い分としては、「朝は着電を入れ、都度業務連絡を行っているのだから、始業と終業の時間は分かるはずだし、会社に戻って日報をまとめることもあります。それなのに“日々1時間の時間外労働とみなす”というのは納得いきません。すくなくとも会社に戻って日報や見積を作成する時間は別にカウントしてくれてもよいのではないか」というものでした。
奥様としては、社内の業務もふくめて“みなす”という説明をしているそうですが、他の社員にも同調するものが増えてきて困っているそうです。また、日中は車の中で昼寝している、などの話が聞こえてくると、時間外手当を別に支払うなんてとんでもない、という気持ちだそうです。
過去の通達によると、時間のみなし方には2通りの解釈があるとも聞きます。昔と違い本当に時間が把握できないのか、という点については、確かに携帯電話もあるし…というところもあります。
この営業社員への説明、今後の営業社員の管理方法と賃金の支払い方についてアドバイスをお願いします。
相談事業所 組合員企業E社の概要
-
- 創業
- 1988年
- 社員数
- 正規 11名 非正規 3名
- 業種
- 地方物産品販売業
- 経営者像
E社の社長は67才、先祖代々この観光地でみやげ物店を営んでいます。数年前から体調を崩し、現在の経営主体は奥様というE社です。奥様には、ものが言いやすいのか、最近は社員たちがいろいろと注文を出すようになってしまいました。
トラブル発生の背景
社長が一線を退いたあたりから、社員の不平不満が噴出するようになりました。奥様は、労働法を独学で勉強しながら頑張っていたようですが、法律の解釈や運用例規などになると限界を感じたようです。
経営者の反応
問題がこじれる前に決断したことが、きっと功を奏することでしょう。
企業法務の問題は、専門家に意見を求め、併せて解決策の指導をお願いすることがポイントです。
弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)
労働者がセールス業務などのために事業場の外で労働する場合、使用者の目が届かないため、実際に何時間労働したか正確に把握できないことがあります。そのような場合には、割増賃金を支払うべき時間外労働があったかどうかもわからないことになり、実際に事業場外で相当の時間外労働をしているのに、割増賃金が支払われないということになれば、事業場内で働く労働者とのバランスに欠けることになってしまいます。
そこで、このような場合に対処するため、労働基準法38条の2により、事業場外労働に関する「みなし労働時間制」を定めています。
その内容は、労働者が労働時間の全部または一部を事業場外で業務に従事した場合で、労働時間を算定することが困難なときは、?原則として所定労働時間労働したものとみなし、?その業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には、その業務遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなし、??の場合であって、労使協定があるときは、その協定で定める時間を当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする、というものです。
E社においては、営業社員の労働時間の算定は困難との認識に基づき、上記?にいうその業務遂行に通常必要とされる時間を「所定労働時間+1時間」と定めていたわけですが、労働時間の算定が困難という要件を充たしているのかという問題、当該業務遂行に通常必要な時間が本当に「所定労働時間+1時間」なのかという問題、さらには一部事業場内業務がある場合の労働時間算定方法如何という問題があります。
労働時間の算定が困難かという問題については、昭和63年1月1日付の解釈例規により、?何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合、?事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合、?事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち事業場外で指示通りに業務に従事し、その後事業場に戻る場合は、労働時間の算定は可能である(=みなし労働時間制は適用できない)とされています。携帯電話が普及した現在、E社の営業社員は「朝は着電を入れ、都度業務連絡を行っている」というのであり、業務連絡時には相応の指示もなされているものと思われますから、上記?に該当し、労働時間の算定は可能と判断される可能性が多分にありそうです。
みなし労働時間制の適用如何が争われた裁判例としては、添乗員業務に関する阪急トラベルサポート事件があり、国内旅行の添乗員のケース(第1事件)では、細かく旅程管理がなされており、日報や携帯電話により労働時間を把握することは可能だと判断されました(東京地判平22.5.11)が、海外旅行の添乗員のケース(第2事件)では、現地での旅程変更があったり、携帯電話による随時連絡もなされていないことから、算定困難と判断されました(東京地判平22.7.2)。また、同第3事件においては、みなし労働時間制の適用を肯定しつつ、みなし労働時間(数)の設定にあたっては現実の労働時間と大きく乖離しないようにする必要がある、との判示がなされています(東京地判平22.9.29)。
次に、みなし労働時間制の適用が認められるとしても、そのみなし労働時間(数)が「所定労働時間+1時間」でよいのかという問題があります。営業社員たちは、「+1時間」では不満のようですが、当該業務を遂行するのに通常必要とされる時間が何時間なのかが問題です。普通の労働者が普通の状態で、その業務を遂行するのに客観的に必要とされる時間数ということになりますが、実際に多くの営業社員が「+1時間」よりも多くの時間労働しなければこなせない業務量があるのが常態であるとすれば、現実に近付けるよう是正する必要があります。前述の阪急トラベルサポート第3事件判決も、この趣旨を判示しています。仕事が忙しい日もあれば暇な日もあり、日中に車の中で昼寝している日もあるのかも知れませんが、実際の仕事の繁閑を問わずに、労働時間を一定時間にみなしてしまうのがみなし労働時間制ですから、たまたま暇な日があることを捉えて、時間外手当を払わないというわけにはいかないのです。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:西村 吉則)
労働時間とは、使用者の指揮命令の下に拘束され、時間、場所などについて使用者の管理監督下におかれている時間をさします。しかし、外勤の営業社員や、出張している場合などは、その時間中は使用者の直接の指揮監督下にはなく、業務内容や遂行方法、時間配分などは、労働者に委ねられその間、食事時間や休憩時間なども自由です。つまり、事業場外で仕事をしている場合、何時から何時までが労働時間で、何時から何時までが休憩時間なのかを把握することは困難になります。
E社営業社員のように、事業場外で使用者の直接的な指揮監督が及ばず、自己裁量性と継続性をもつ労働者については、実際に労働した時間が把握できないことから、あらかじめ定めた労働時間をもって労働したとみなす制度をいいます。みなし労働時間制には「事業場外労働のみなし労働時間制」と「裁量労働制」に大別することができます。
事業場外労働のみなし労働時間制については弁護士の説明の通りが、この場合に、事業場外労働、事業場内労働が混在する日については、みなし労働時間制によって算定される事業場外で業務に従事した時間と、別途把握した事業場内での労働時間とを合わせた時間が1日の労働時間となります。
たとえば、所定労働時間が8時間、事業場外のみなし労働時間を5時間と定めた場合、午前中は社内で業務に従事し、午後から6時間業務をしたとしても社内で勤務した時間を含めて所定労働時間の8時間を労働したこととされます。これに対して、1日の所定労働時間は8時間、事業場外のみなし労働時間も8時間と定めた場合に、外勤で6時間勤務、内勤で事務処理を2時間したとしても、社内での2時間は時間外労働となり割増賃金の支払い義務が生じます。
労働時間の算定が困難な事業場外労働について、時間外労働が恒常化している場合、その業務の実態に即した労働時間算定が必要となり、その業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、その業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなします。この場合において、「業務の遂行に通常必要とされる時間」とは、通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要とされる時間になります。みなし労働時間の労使協定は、所轄労働基準監督署長に届け出なければなりませんが、協定で定める時間が法定労働時間以下である場合には、その必要はありません。
E社の今後の対応としては、営業社員と十分な話合いをもち、次の5つのテーマに早急に取り組むことをお勧めします。
(1)事業場外みなし労働時間制採用のため、対象となる営業社員に業務の具体的な指示をしないこと
(2)事業場外みなし労働時間を9時間とすること
(3)内勤勤務で日報や見積書作成の場合は、従事した時間については時間外労働となるため、日々1時間の時間外労働に加算して割増賃金を支払うこと
(4)事業場外みなし労働時間は、就業規則の絶対的必要記載事項の一つである始業・終業時刻の定めの例外的措置として、労働時間を算定するものであり、就業規則に規定すること
(5)労使協定を締結し、所轄労働基準監督署に届け出ること
税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)
税理士の立場からは、まず通勤手当等について税法上どのような考え方をしているのかについて考察してみます。
通常、会社が支給する給与は、それを受け取る側では給与所得として所得税の課税対象となります。「給与所得」は、「勤労者が勤労者たる地位に基づいて使用者から受ける給付」と定義されており、その範囲は非常に広いものです。通勤手当等として支給される項目の給与についても、「給与所得」に含まれるのが原則ですが、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるものは課税されないこととされています。政令では、その非課税とされる通勤手当等について、電車・バス等の交通機関による通勤の場合、自転車・自動車通勤の場合等に区分して細かな定めを置いています。所得計算上、この収入に対応する通勤費に必要経費性があるかどうかは必ずしも自明のことではありませんが、自己の自由な選択によって居住地を選択できるといっても、現実には無理がある場合が多いために、税制上は、一定の範囲で非課税枠を設けることで対応しているというのが実態のようです。
このような取扱いから考えると、通勤手当のうちの非課税部分については、実費弁済的な、あるいは本来雇用主が負担すべき費用としての性格を有しているものとして非課税扱いに、またそれを超える部分については、本来の「所得」であるとして課税扱いに区分しているようです。
さて、営業車通勤の場合に、このことを当てはめてみた場合はどうなるでしょうか?前述の内容から考えれば通常の場合は、その経済的利益はないものとして考えてよさそうですが、その距離が異常に遠距離に当たる場合などは注意が必要かもしれません。しかし現実問題としては、税務の現場でこれらのことが問題となることはあまり無さそうです。むしろこのような場合に問題となるのは、その車両が通勤や通常の業務以外に使用された場合でしょう。このような場合には、現物給与として、「給与所得」とされるのがむしろ当然といえるでしょう。
会社としても、ガソリン代や駐車料金などの不正使用を黙認しておくことには問題があります。通常の通勤経路の報告や日々の営業日報・車両運行日報等を作成し、これとの突合によって、ガソリン代等の支払状況の確認作業などを経理・総務部門できめ細かいチェック作業を怠らないようにしていくべきでしょうし、『営業車持ち帰り規定』等を定め、その運用について社内の規則を設け、原則として業務外の使用を禁止するような指示を徹底することが重要になると思われます。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。
SRネット山形 会長 山内 健 / 本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 西村 吉則、税理士 木口 隆